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第070話、冒険者ギルドの過ち


 ここはかつて冒険者ギルドが存在した跡地。

 クラフテッド王国の寂れた一画。

 そこには確かな血の香りが漂っていた。


 終わる国の後始末の中、かつて冒険者だったモノの多くが失踪している。

 血の鋼鉄令嬢に襲われた形跡が発見されたのだ。

 当然、一連の件との関連を疑い動きが開始されていた。


 駆け付けたのは転移を扱える聖コーデリア卿と護衛のコボルト軍団の一部。

 現役冒険者を代表として会議に同席していた、数人の上位冒険者。

 そして、聖騎士ミリアルドと戦闘能力を有している戦鬼ベアルファルス講師である。


 参戦理由も極めて明白。ミリアルドは現地の王族として。

 冒険者ギルドは、失踪しているのが冒険者だという理由で。

 聖コーデリア卿は転移係、そしてベアルファルスはどちらかというとコーデリアが暴走しないようにとのお目付け役である。


 荒れた地を進む彼らの周囲にあるのは透明な厚い壁。

 聖コーデリア卿が展開している”聖女結界Ⅵ”で覆われている。

 害意から味方を守る絶対防御の結界なのだろう。


 人数はそれなりにいるが、全員が揃っているわけではない。

 コーデリアを除く王たちは待機。

 かなり戦える部類の存在、踊り子サヤカや道化師クロードはクラフテッド王国の王城に残っている。


 彼らは血の鋼鉄令嬢の急襲からそれぞれの王を守るため、会議場に残る形となっていたが――。

 実際には、互いが互いを警戒している状態にあるのだろう。

 むろん聖コーデリア卿がいる以上、敵対することはまずないだろうが、実際に王を守れる戦力を残すことは悪い判断ではない。


 もっともあの中には伯爵王ですら本能的に畏れる、軍服死霊のソドムがいる。

 よほどの存在でなければ彼が全てを鎮圧するだろうが――。


 ともあれ王たちとは別に、現地へと赴いた聖女ら一行。

 彼らは灰と血と瓦礫の道を掻き分け、ギルド内部を捜索。

 崩れかけた廃墟と化した冒険者ギルドを見渡し、絶対防御の結界に守られる聖コーデリア卿が言う。


「たしかに……それなりにレベルの高い存在があの方に襲われた形跡がありますわね。被害者の方の姿は……確認できませんが。ベアルファルス先生、そちらはどうです?」

「――こっちも似た状態だ。どうやら閉鎖されていた冒険者ギルドに潜伏している連中がいたみたいだが……こりゃあ、賊と一緒だな。あちこちから金持ち共のアイテムが発見されやがる上に、ご丁寧に魔道具で証拠隠滅……血を拭った跡まで鑑定にひっかかる。戦闘素人にはできねえ仕事だ。断定はしねえが、おそらくは元冒険者の連中が火事場泥棒で間違いねえだろうな」


 懐中時計型の魔道具を握るベアルファルスの大きな手から、鎖がチャラリと伸びる。

 鑑定魔術が再び発動されたのだ。

 魔力の輝きに彫り深い無精ひげな端整を輝かせ、ベアルファルスは告げる。


「死体がねえってことは、誰かに回収されたか。あるいは、コーデリアのお嬢ちゃんが来ることを察して蘇生ができねえように消しちまったか。なんにしろそいつらはおそらく、自分からアンドロメダに襲い掛かったんだろうな。まあ鋼鉄令嬢の方が罠を張り、襲われるように仕向けたって可能性もあるだろうが」


 だが王族の血ではないので、生贄には不十分の筈。

 彼らが消えた、或いは襲われたことに何の意味があるのか。

 まだ分からない状況であるが。


 心配そうに頬に手を当てるコーデリアが、索敵の魔術を発動させながら――。


「しかし、何故冒険者の方が火事場泥棒のような真似事を……」

「そりゃあ関係者の連中から聞くのが手っ取り早いだろ。で? 冒険者のおまえさんたちはなんか知ってるからついてきたんだろ? そろそろ語ったらどうだ」


 熊男の眼光を受けて、会議に参加していた冒険者の一人が言う。


「お恥ずかしい話ではありますが……。えーと……、なにから話したらいいのか……」

「安心しろよ、ここにはせっかちな奴はいねえ。サヤカのお嬢ちゃんや道化師野郎がいるなら話は別だが、あいつらは待機組だからな」


 ベアルファルスは教師としての周囲を安堵させる声を出していた。

 口から漏らす煙草と珈琲豆の香りも、人によっては落ち着く香りに感じるだろう。

 もっとも、ベアルファルスはこう見えても残忍な一面もある。事と次第によっては情報を引き出した後にどうなるか――。


 牽制するようにコーデリアが、ふふっと瞳をニッコリさせ。


「わたくしも、そうですわね。素直にお話になって下さる方を虐めるのには賛成できませんので。ねえ、先生?」

「……。ったく、しゃあねえな。いや、本当にマジでちゃんと話してくれたら何もしねえよ。だいたい、こっちには”心を読む魔術”もあるんだ。隠し通すことなんて無理だろうよ」


 同行している聖騎士ミリアルドがベアルファルスに目線を向ける。

 聖コーデリア卿がベアルファルスに、自らに人間の心を読んでしまう能力があり、制御できない事を語っていると察したのだろう。

 つまりはコーデリアにとって戦鬼は信頼のおける人物。

 ミリアルドはそう冷静に聖女と戦鬼の関係を分析していたのだと、一皮むけたその精悍な顔立ちから読み取れる。


 ミリアルドが言う。


「事情が事情だ。仮に冒険者ギルド本部に多少の責があろうとも不問にされるだろう。もちろん、多少の範囲を超えているのならば話は別だが――その場合は隠していたことが後の問題、責任となってこよう。語ってはくれまいか?」


 相談するように冒険者たちが顔を見合わせ。

 狩人帽子をクイっと傾けた冒険者が皮肉るように、聖騎士ミリアルドに告げる。


「今の殿下には不問にできるほどの権力もないでしょうに、偉そうに言わないで頂きたいものですが」

「そうであったな、すまぬ――」

「謝罪ならばきちんと頭を下げられてはいかがか?」


 ベアルファルスが、はぁ……と自らの頭を掻き諫めようとした時だった。

 コーデリアがそっと、ベアルファルスを制止する。


 もう二度と会う事はないだろう。

 そう魔術通信を終わらせた後もこうして再び出会っていた。コーデリアとクラフテッドの兄妹、幼馴染ともいえる三人の関係は終わった。けれど、国の垣根を超えた事態となればこうしてまた巡り合う事になった。

 世の中とは、言葉通りにはいかないモノなのだろう。


 そして何故、諫めようとしていたベアルファルスを彼女が止めたかというと――。

 単純だった。

 コーデリアには見えていたのだろう。

 妹という枷がなくなり成長した――周囲が見えるようになった聖騎士ミリアルドがどうするかが。


 実際、ベアルファルスは目を疑った。

 かつてプライドの塊だったミリアルドが、頭を下げていたのだ。


「そなたらは冒険者ギルド本部の人間、傲慢であった我らがクラフテッド王国を快く思っていないのだとは知っている。本当に申し訳なかった、父に代わり、逆賊たる妹に代わり最後の皇族として、このミリアルド=フォーマル=クラフテッドが謝罪させていただく――」


 皮肉や白い目に反論せず頭を下げる、亡国を遂げるだろう皇族。

 その姿に嫌味を飛ばした冒険者もバツが悪くなったのだろう。

 冒険者の中でも礼儀正しそうな男が言う。


「皆さんはクラフテッド王国に存在したこの施設……一流と呼ばれた冒険者ギルドが解体されたのは、ご存じですよね?」

「わたくしを追放した後に衰退し、そして成長したわたくしと相対した後に解体されたと聞いておりますが――」


 他人事のように言っているが、返り討ちにしたのは聖女本人である。

 その辺りは今は問題ではないのだろう。

 冒険者たちも聖コーデリア卿の性格や、どこか抜けている天然を既に知っているのか、気にした様子はみせない。


「ええ、ですのでこれは冒険者ギルド本部や、我々とは無関係であると宣言させてください。既に彼らは元冒険者、責任がこちらに皆無とまでは言いませんが……全ての責任を押し付けられても冒険者ギルド本部としては困る、というのが本音でありまして」

「おいおい、そういう責任の所在云々の話は後にしてくれや。それともなにか、お前さんたちは何か結構やべえことまでしちまってたんじゃねえだろうな?」


 戦鬼が瞳を尖らせる。

 山脈帝国エイシスを支えたベアルファルス、先の大戦の負傷で後遺症があるとはいえ――その実力はいまだ健在。彼の噂は冒険者の中でも有名なのだろう。

 そうして、冒険者たちはふと気が付いた。

 それはこの結界だった。


 周囲を守り、絶対的な防御結界を張っている聖女コーデリア。

 その守りは完璧。

 故に――自分たちも逃げることができなくなっているのだと。


 初めに気付いたのはどの冒険者だっただろうか。

 聖コーデリア卿はこの地に赴いたその瞬間、誰よりも早く結界で味方を巻き込み周囲を固めた。

 聖女は美しく微笑んでいる。


 本当に美しく――。

 だからこそ、ぞっとしたのだろう。

 ぞっとした瞬間、聖コーデリア卿は穏やかな微笑の中で告げた。


「いいのです、構いません。わたくしは畏れられて当然な力を持っているのですから」

「す、すみません……その、我等は本当に、後から聞かされただけなので――」


 言い淀む冒険者たちをまっすぐと眺め。

 やはり笑顔を保ったまま、清らかな乙女は清く告げる。


「申し訳ありません。実はもう、それなりに事情は察しているのです――教会の方々が嘘を言っていなかった以上、誰が何をしていたのか……だいたいのことは……。それでもわたくしは、あなたがた冒険者の口からお聞きしたいと存じておりますわ。どうか、語ってはくれないでしょうか?」


 聖職者は時に、全てを見透かした顔をするときがある。

 罪を告白する者のウソを見抜く、恐ろしい程に清廉で綺麗な、正しい顔をみせることがある。

 今の聖コーデリア卿もそうだったのだろう。


 おそらく、その美しさと得体のしれない姿をバケモノと呼ぶ者も、中にはいるのだろう。


 どちらが語るか。

 罪の告白ならば、先に言った方が印象もよくなる。

 どちらが先か。

 それは深い意味を持つはずだった。


 何を語るのか、ベアルファルスは気付いていない。

 だから男は訝しんでいるが――。


 告げぬ冒険者に悲しい顔を見せ、聖コーデリア卿が先に語ろうとしたその時だった。

 まるで声だけで生計を立てられそうなほどの、聖騎士ミリアルドの美声が先に空気を揺らしていた。


「そういう事ですか」

「おいおい、クラフテッドの連中と冒険者ギルドのやつらだけで話を進めるなよ。悪いが、こっちには全然伝わってねえんだが」

「おそらくですが、クラフテッド王国にかつて存在していた冒険者ギルド。野党や追剥に身をやつしてしまった彼らは、冒険者ギルド本部、或いはどこかの依頼人からのクエストで――この地域からとある宝を強奪していたのでしょう」


 帽子やフードを装備する冒険者たちは、バツが悪そうに装備で顔を逸らしていた。

 ベアルファルスも気づいた様子で、なるほどな……と息を吐き。


「つまり、聖コーデリア卿の母親の遺骸を盗み出していたのはおまえさんたち、冒険者ギルドの連中って事か」


 それは聖女の遺体。

 聖遺物。

 そして同時に、邪神クラウディアの依り代ともなる魔道具。


 教会関係者が知らないと言っていたのは本当だった。

 なぜなら既に墓には残されていなかったのだから。


 事情を知っていただろう一流の冒険者たちは、ベアルファルスの言葉に――。

 頷いていた。


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[良い点] 「今の殿下には不問にできるほどの権力もないでしょうに、偉そうに言わないで頂きたいものですが」 「そうであったな、すまぬ――」 「謝罪ならばきちんと頭を下げられてはいかがか?」 「そなたらは…
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