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第064話、美貌王の邂逅


 数多くの美男美女を虜にしてきた伯爵王。

 由緒正しき高貴なる闇の血族――ミッドナイト=セブルスは驚愕していた。

 今現在、国交を開くべきかどうかの二国会談が山脈帝国エイシスと、トワイライト・セブルスの間で開かれているのだが――。


 用意された迎賓館の一室。

 伯爵王は美貌の野獣顔をしゅんとさせて、白銀の髪を垂らし、燃えるような赤い瞳を強く瞑っていた。

 牙の目立つ口から漏れる声も――戦慄に近い。


『いったい、何なのだあの娘は……っ』


 ヴァンパイア騎士王ロードは吸血鬼の血に恥じぬ、魅了にも長けた職業。

 妖艶で幻想的。

 口から漏れる魔力の吐息は、”豹の吐息”(レオパルド・ブレス)、一種の魅了スキルになっているのだが――当然レジストされる。

 もちろんレベル差を理解していたので、魅了効果による誘惑はできないとは想定していた。しかし、隠しきれぬ美貌王の容姿はレベル差に関係なく貫通する。

 絶対に敵に回してはいけない令嬢ならば、魅了し味方にすればいい。


 道化師クロードの策に、伯爵王セブルスも納得していた。

 なので以前よりも勢力を増している山脈帝国エイシスの賢王、ダイクン=イーグレット=エイシス十三世と会談する裏――秘かに聖コーデリア卿との親睦を深めようと、暗躍していた。


 ……。

 筈だった。


 アンデッドなのに垂れる冷や汗が、熱い胸板を伝っている。

 心なしか、豪奢な礼装に付属しているモフモフな白銀毛も、力なくしぼんでいるように見える。


 吸血鬼特有の、人より大きな手が美貌を覆う。


『この余が、このミッドナイト=セブルスがっ、にこりと微笑みかけてやっているというのに、堕ちんだと……っ』


 言葉は微妙に情けなかった。

 そう。

 いままで伯爵王の毒牙にかかって堕ちぬ女はいなかった。

 欲しいと思えば、ただ微笑みかければいいだけ。

 それでも焦れる相手であれば、手を取りその甲に忠義の接吻でも落とせば恋の虜となる。


 その筈なのに。

 聖コーデリア卿のガードは完璧。


 歯の浮くようなセリフを告げても、にっこり。

 迎賓館に共に連れてきた美男美女の吸血鬼を侍らせ、開いた晩餐会にて夜の誘いをしてみても。

 にっこり。

 にっこり、にっこり、にっこり。


 帰ってくるのはいつでも無垢なる花の笑み。

 話し相手としては歓迎されるが、恋のアプローチをしてもまったく相手にされていないのである。

 当然、伯爵王の自信もプライドも既にバキバキに折れていた。


 ミッドナイト=セブルス。

 彼は生まれてこの方、一度たりとも恋愛で苦労したことはなく。

 美貌のスマイルがまったく効かない相手を前にし、絶望の淵に追い詰められていたのだった。


 そんな伯爵王に声を掛けられる人物など限られている。

 よほどの実力者か、賢き者。

 今回の彼は後者だった。


「おや――何をそこまで項垂れているのですかな、伯爵王殿」

『イーグレット殿か……』


 迎賓館に現れていたのは、人間でありながらもダークエルフのような美貌を持ち合わせた銀髪褐色肌の皇帝。

 永遠を生きる伯爵王にとってはつい最近。この山脈帝国エイシスの新しい皇帝となった若造である。

 彼らは既に会談を終えていた。

 両者の関係は良好。

 迫りくる天使や邪神の恐怖に対抗するため、国交は開くという流れでほぼ決まり。

 互いの国では手に入らぬ資源の交易から始めると、なっているのだが。


 豪奢な椅子に腰かけ項垂れている伯爵王に、会談をしていた時に見せていた覇気は皆無。


 対する美貌の褐色肌男、イーグレット陛下は余裕の笑み。

 こうなることを予想していた、そんな策士の顔だった。

 人間種の美貌王は、ヴァンパイアロードともいうべき美貌の王に何があったのか――だいたい察しているのだろう。


 伯爵王が歓迎を示すように召喚した魔力氷製のグラスにワインボトルを傾け、告げる。


『余を笑いに来たのであるか?』

「まさか、これから友好的に国交を開こうとしている相手に、そのような。ただ、彼女を魅了しようとして失敗した仲間として、はて、いまごろどのような顔をしているのか。それには興味がありましたのでな」


 グラスを受け取った人間の若造。

 その鷹目の慧眼には、全てが見えているのだろう。


『知恵や思考を加速させ、答えを導き出す能力の持ち主、か。そんな貴殿ですらすでにアレの篭絡に失敗していたとは。計算外であった』

「振られる以前の問題だったのでありましょう?」


 そう。

 聖コーデリア卿はまったく恋のアプローチに気付かない。

 どれだけのアピールも美貌も、天然乙女オーラの前では無力。

 伯爵王が言う。


『素直に余の入国を認めたその腹黒さ、小賢しきエイシスの血は健在であったと言うことか』

「伯爵殿は我等の先祖を知っているのですか」

『美しき者達であった、貴殿のように美貌すらも武器にしてしまう皇帝ばかり――まあ、そなたの父は例外であったが。先祖返りをしたのやもしれぬな』


 過去の皇帝の話をされても、イーグレットには返す言葉はあまりない。

 十三代目なのだ。

 それこそ多くの皇帝が前にはいる。


 長くを生きる伯爵王と交友があった皇帝がいたとしても、不思議ではないが。

 それはあくまでも過去の皇帝。

 イーグレット自身には関係のない話だった。


『して、今宵はどのような意向で参られたのかな? 若き美貌の王よ』


 伯爵王の瞳が、つぅっと細く締まっていく。

 賢王が言う。


「なに、万が一という事もあるかもしれぬと確認に来ただけの話でありますよ」


 それはすなわち、コーデリアを陥落させることができたかどうか。

 失敗に終わると分かっていても確認しにきた。

 つまり――伯爵王は微笑する。


『なるほど、ミイラ取りがミイラになっていたということか。フハハハハ! 賢王殿はまだまだ若い、ようは心配であったと。しかしあれに惚れているのならば、よく余の会談要請を通したものだ』

「皇帝たるもの、あくまでも民の奴隷であるべし。私利私欲で国の利となる機会を逃すわけにはいかぬ。それが皇帝の務めであると――そう、教育係の口うるさい傭兵長に言われておりましたからな」


 皇帝は僅かに口調を変え。


「しかし、貴国との会談の前に我等も少し揉めたのですよ。聖コーデリア卿への干渉を止めないで頂きたい、それが国交を開く条件ではありましたからな。聖コーデリア卿が万が一にでもそちらの国に降ったら、話が面倒なことになると重鎮たちの意見が割れました。貴殿がなされようとしていた企みは明白、多くの者が想像していたのでしょう」

『一応、賢王殿の見解を聞かせていただきたいものですな』

「聖コーデリア卿――恋に疎い彼女を恋の虜にし、その力と美貌を自らの手に独占する。違いますかな?」


 初めから読まれていたのだろう。

 気付かれているのなら隠しても無駄だと、伯爵王は姿勢を直し。

 ギラギラとした野性的な美貌を輝かせ――燃える瞳に魅了の魔力を浸透させていた。


『しかし、貴殿もまだ青い――余のもう一つの企みには気づいておらぬ様子であるな』

「若輩者であっても、皇帝は皇帝。一国を治めている長ですので――こちらへの魅了も無駄であるとだけは告げておきましょう」

『さて、それは如何かな――』


 賢王ダイクン=イーグレット=エイシス十三世もまた、攻略対象属性を持つ美貌の王。

 たとえ伯爵王の魅了の力であっても、それに対抗できるだけの魅力を持ち合わせていた。

 しかし――。

 伯爵王には禁じ手ともいえる、最終奥義を所持していた。


 ザァァアアアアアアァァァッァっと。

 伯爵王の身体が霧と化し。

 その姿は吸血鬼の化身の一つへと変貌を遂げていた。


『十三代も続く皇帝の血――ここで頂かせていただこう』


 霧の中から。

 それは姿を現した。


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