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第063話、道化師はまだ知らない【道化師クロード視点】


 大樹の木陰での情報交換。

 情報を小出しにする踊り子サヤカを前にして、道化師クロードは思考を巡らせていた。

 金糸色の髪を風に靡かせる美貌のクロードは、蒼い瞳を尖らせ思う。


 この踊り子は存外に計算高い女だと。


 おそらくは背後にいる天使が知恵を貸しているのだろう。かつて大企業の社長として振るっていた手腕は本物という事だろう。

 実際、クロードにはどうしても理解できない事があった。

 なぜか聖コーデリア卿とかかわる人間のルートだけが、大きくずれている。


 転生者ならば分かる。

 理解ができる。

 生まれたその時に、中に別の人格が入って動かしているようなものなのだから。


 しかし。


 コーデリアはただのモブ。

 アンドロメダもただのモブ。

 キースもただのモブ。


 なのに――この世界での彼らの人生は大きく道を違えていた。

 何かがきっかけで大きく変化しているのだ。その何かが分からない。けれど、相手はその何かを知っている。

 道化は聖騎士と踊り子に目をやる。

 警戒すべきは踊り子のみ。


 ノーメイクの道化師は、道化師としての余裕ある仕草で告げる。


『いつのまにか領主となっていた聖女コーデリア。いったい、アレはなんなのですか? わたくしはそれが知りたい。それでもこちらは敗者ですからね。そちらを優先しますよ。あなた方は何が知りたいので?』

「聞きたいことはたくさんあるんですよ? けれど、そうですね……先に確認させてください。あなたの目的は何なのですか? 正直、わたしたちの敵となるか味方となるか判断できません。まあ、世界を終わらせたくない側であるとは理解していますが」

『目的ですか。まあ生きることというのが第一ですかね』


 語っても問題ない部分を探し、道化はそのまま整った唇を蠢かす。


『せっかくこの世界で新たな生を受けたのです。生きたいと願うのは当然でしょう?』

「道理ですね。では、協力関係にはなれそうですか?」

『無理でしょうね』


 肩を竦めてみせる道化にサヤカが眉を顰め。


「あら、なぜです?」

『わたくしはできれば天使を全て消したいと願っている。けれどあなたは違う』

「ああ、そういうことですか」


 そう。

 天使とも共闘できるのなら手を結ぶ。

 その考えに道化師クロードは納得いっていなかった。


『理由はどうあれ、彼らは皆、生前の世界で人を殺した者たち。逆にこちらが聞きたいのですが、なぜあなたは自分を殺した相手と共に行動をしているのですか? いやはや、まったく理解ができません。殺人鬼ですよ? 人を追い詰め殺したのですよ? あなたとて、被害者だ。何よりも大事だった踊る足を潰されて――狂気の中で死んだのでしょう?』


 サヤカの生前の話はミリアルドにとってもほとんど初耳だったのか。

 黒髪皇子の端整な顔立ちが僅かに揺れるが、構わず道化は言う。


『とても恨んでいたのでしょう? 憎いのでしょう? なのに、なのになのになのに。今はこの世界で天使と踊り子、仲良く第二の人生ですか? はて、理解ができない、はてはてはて理解に届かない。わたくし、あなたが全く理解できません。そして理解ができないものとは協力はできない、わたくしは全ての天使を消したいのですから』


 彫り深い道化の白い顔が、僅かに軋んでいた。

 天使への恨み。

 自分を殺した者たちへの憎悪が、滲んでいたのだろう。


 道化の見せる怒りを冷静に眺め、サヤカが言う。


「そうですか、ならたしかに――天使とも共闘しているわたし達とは」

『ええ、手を取り合うことはできませんねえ。ま、情報交換自体に異論はありません。互いが互いを利用する事ならば、理解できますから。それでどうです?』

「構いませんよ」

『こちらからも宜しいでしょうか?』

「どうぞ」

『あなたの天使、サヤカの天使とも呼べるあの社長はいったいどうやって、天使の脳に送られてくる命令を拒絶しているので?』

「単純な話ですよ。結局のところは魔術による洗脳状態を引き起こす命令それは、分類すれば状態異常と言えますから。レジストをしているだけ。もっとも、今はコーデリアさんの張っている結界の中にいるので、命令自体が届いていない状態になっているわけですが――それはようするに、魔術の範囲外に逃げている状態になるわけですね。つまり、天使であっても問題なく協力できる。わたしはそう判断しますが」


 道化は考え、ぼそりと告げる。


『なるほど、命令は魔術……ならばレジストも可能、ですか』


 弱い天使ほど洗脳も受けやすい。

 それは十匹の天使を狩っていた道化も把握していた。

 納得できた。

 畳みかけるようにサヤカが言葉を繋いでいく。


「魔術もスキルも儀式も、全ては魔力と呼ばれる異質な力から取り出した現象ですからね。そもそも魔力と呼ばれるものがなんなのか? わたしは知りませんが――このファンタジー世界において全ての不可思議な現象の基本となっているのは間違いない。最終的に辿り着く先は力勝負、レベル差による成否判定に持ち込めます。あくまでも状態異常の一種ならば防げない道理はない。まあ、これもとある方の受け売りだったりしますが」


 とある方。

 それがこの世界に発生している異物だろう。

 そう判断したクロードが瞳を細め。


『そのとある方というのは?』

「その前にこちらから」


 サヤカが問う。


「血の鋼鉄令嬢アンドロメダが再臨させようとしている邪神、その正体を知りたいのですが」

『おかしなことをいいますね。シナリオ通りの存在ですよ?』

「あぁ……と、そのぅ」


 挑発的で情熱的だったサヤカ。

 その赤髪が揺れ、あはははは……と苦笑が漏れて。


「わたし、その辺りのシナリオを……スキップしていたみたいで」

『はい? いまなんと?』

「ですから! スキップしていたので、知らないんです!」


 ナルキッソスとまで形容できそうなほどの美麗な男の顔が。

 ビシ!

 完全無比に、硬直し。


『はぁあああああああああああぁぁぁぁ!? スススス、スキップ!? わたくしどもが毎日、夜中まで血反吐を漏らしながら作っていたゲームをスキップ!?』


 なにやら地雷を踏んだらしいと判断したのか。

 聖騎士ミリアルドが前に出て。


「クロード殿、落ち着いてください。いったい、どうしたというのです」

『これが落ち着いてなどいられますか!』

「その、まったく事情が理解できないのですが」


 聖騎士は困惑している。

 道化はその無駄に美形な黒髪イケメンにうんざりしながらも言う。


『開発スタッフだと言ったでしょう? わたくしは、この世界の元となっていた「三千世界と恋のアプリコット」を作っていた人間の一人なのです。色々な仕事を兼任していましたが、そうですね、上から直々に命令されて――世界を課金の天使が破壊してしまう規約違反ルートを作ったのは、このわたくしだったりするのですが――まあこの世界の住人であるあなたはご存じないでしょうなあ』


 妙に自慢げな道化を見て、聖騎士が真顔で言う。


「つまり……あなたが、神?」

『おや、それは良い響きですね。そうやって崇め奉ってくれてもいいのですよ』

「それでスキップとは……」


 せっかく戻りかけた機嫌を損ねる空気の読めない聖騎士に、道化は露骨な息を吐いていた。

 あまりにも大きな息だったので、容姿端麗なノーメイク道化の前髪がキラキラと輝きながら揺れる。


『我々は本当に、毎日命を懸けてこの世界のシナリオや人物、魔物やイベントを作り上げているのです。それこそ本当に死に物狂いで。なのにこの女は、そんなわたくしたちの努力の結晶を、あろうことか面倒だからと読み飛ばしていたのですよ!? 許せませんでしょう?』

「よく分からぬが……読み飛ばされないような、素晴らしいシナリオを作れば良かったのではあるまいか?」


 聖騎士ミリアルド。

 渾身の正論攻撃である。


『それができれば誰しもが大ヒットゲームメーカーですよ……っ』

「そ、そうか。すまぬ。だがゲームとは娯楽なのだろう? 自分が好きなところだけを楽しもうとするのは当然ではないのか? 全部を隅々まで見て欲しいなど、傲慢であるように思えるが」


 ゲームを知らないからこその正論パンチが、再びクロードに直撃する。

 娯楽なのだから楽しみ方など人それぞれ。

 作っている側が制限しようとするのは、いかがなものか。


 そんな相手の純粋さに押されたのか。

 道化はジト目を逸らし、踊り子に目をやっていた。


『サヤカ嬢、この男――ゲームの時よりうざくないです? もっとこう、地味で、とりあえず初期に作った個性のない正統派な翳あるイケメン聖騎士だった筈なのですが』

「ですから、この世界はゲームではないからでしょう? あなた方が作った世界が元になっていたのかもしれませんが、もう既に現実、ゲームのようにはいかない世界なんですから。というか、本当になんなんですこの世界。ゲームを作っていたあなたなら何かご存じなのでは?」

『まあ、下っ端でしたから詳しいことは。ただ――』


 言葉を引っ張り、道化は口の端を釣り上げていた。


『これ以上聞きたいのでしたら、そのあの方とやらの情報を』

「その前に、こちらは邪神についての情報を貰っていませんけれど。もしかして、有耶無耶にしようとしてます?」

『……。まあスキップなどしてくださった邪道ユーザーに教えるのは癪ですが、いいでしょう』


 道化は羊皮紙を取り出し、邪神の情報を刻んでいく。

 そこには息を呑むのを忘れてしまう程に美しい、貴婦人が写されていた。

 笑顔を絶やさぬ――どことなく幻想的で、御伽噺にでもでてきそうな、現実味の薄いメルヘンチックな美女であるが――。


『クラフテッド王国に潜んでいた邪神クラウディア。アンドロメダがその声に惚れこみ、真なる女神だと思い込み復活させてしまうバケモノ。三章のボスですよ』

「この女性は……」


 クラフテッド王国ということで見覚えがあったのか。

 聖騎士ミリアルドはあからさまに動揺している。

 口元を押さえる筋張った指の奥からは、乾いた吐息が漏れている。


「殿下、ご存じなのですか?」

「知ってはいるが……だからミーシャは一人で片を付けようと……。いや、後で説明する」

「そ、そうですか……」


 誰の目から見ても美しい美貌の貴婦人。

 おそらくどこかの貴族。

 踊り子サヤカには、それぐらいの印象しか読み取れないのだろう。


 道化師クロードはニヤニヤニヤニヤ。


「なんです、そのいやらしい顔は」

『いえ、あなたは邪神の正体を知らないようでしたので。もし真実を知ったらどうなるのか、個人的に少し興味がわいただけです。お気になさらずに』

「まあいいですけど……コーデリアさんや、わたしのバックにいる存在の事でしたね。単純な話ですよ、ここではないどこか別の世界からやってきた邪神だそうですよ、その方は」

『邪神……?』


 道化師が怪訝そうな表情で。


『別の世界、異世界があるとでも?』

「あら、その質問はナンセンスでは? わたしもあなたもこうして別の世界に転生している、それこそが証明、ありえないことが既に起こっている証拠ではありませんか?」


 そう、転生や別の世界は実在する。

 ならば。


『別の世界からやってきた邪神……まさか、本当にそのような存在が』

「信じる信じないはそちらでどうぞ。ただゲームの時には”不帰の迷宮”があんな状態になるように作っていなかったのではないですか? 彼、あそこを乗っ取ってボスになっているそうですよ」

『なぜ、そのようなことを……理解ができない』

「ご本人は暇つぶしとおっしゃってましたが、実際はどうなのでしょうね」


 暇つぶしで異世界の迷宮を乗っ取り、世界を改変させている。

 ありえない。

 だが――と、道化師は考えついたのだろう。


『なるほど。まったく想定していませんでしたが、魔術が本当にある世界ならば――あり得ない事とて実在する。わたくしたちとは全く理解や知識の違う異世界の神が、乙女ゲームを侵食しに来ていても不思議ではない、理屈では確かにその通りです。そんな神がモブである彼らの人生ルートを操っている、と』

「まあ絶対とは言いませんよ。ただわたしは信憑性のある説だと考えています。なにしろ、あの方が扱う魔術はこの世界の魔術とはどうも法則や魔術名が大きく異なるようですし」


 手の内の一つを明かしたサヤカであるが――。

 道化師はというと。

 笑っていた。


「不気味ですね、なんです、その顔……」

『いえ、コーデリア嬢がその異界の神の加護を受けた存在なのだとしたら。この勝負、わたくしの勝ちですね』

「勝ち? いったい何の話です」

『おや、疑問に思わなかったのですか? なぜここにわたくしの主人たる伯爵王がいなかったのか。なぜ、戦いに参加していなかったのか』


 聖騎士と踊り子はハッと顔を見合わせ。


「まさか……っ!?」

「貴様、コーデリアになにをするつもりだ!」

『いまさら気付いても遅いですよ。仮にわたくしが襲撃に失敗しても、問題ないように作戦を動かすのが道化の仕事。力を手に入れる術は二重三重に組むだけの話。今頃、力だけは立派な彼女は、殿下の腕の中。血を啜られ、吸血鬼となっている事でしょう』


 道化は道化装備を装着し。

 勝ち誇った哄笑を上げる。


『なにしろ! 今! わたくしが設定した! 実装当時から魅力値最大値を維持し続けているSSRキャラ、伯爵王がコーデリア嬢と婚活しているのですからね!』


 しばし。

 空気が止まる。


「え? ま、まさかわたしたちを引き付けている間に」

「コーデリアと伯爵が接触していると?」

『ええ、そうです。力で勝てないのならば魅了してしまえばいいだけの話。我が主人は現実世界となっても麗しく気高い、変身した姿もモフモフ。必ずや聖コーデリア卿を恋に落としている事でしょう』


 ミリアルドがぞっと顔を青ざめさせ、サヤカがひぃっと顔をヒクつかせ。


『って、なんですその反応は……わたくしの完璧な作戦に何か?』

「そそそそ、それってようするに」

「ハニートラップ。コーデリアに色仕掛けを仕掛けていると、そういう事で良いのだな?」


 あの天然コーデリアに恋愛勝負。

 その恐ろしさに、彼女をよく知る二人が硬直する中。

 聖コーデリア卿の本質を理解していない道化は、ビシ!


『もはや聖女も我らの手中! 伯爵王様こそが、この世界を支配するにふさわしい最強キャラ。わたくしが手掛けた、世界で一番魅力的なバケモノ王なのですから!』


 道化は信じていたのだろう。

 自分の手で作り上げた伯爵王ならば、かならず相手を誘惑できると。


 むろん。

 現在の山脈帝国エイシスは、阿鼻叫喚。

 振り回される伯爵はまるで子犬のごとし。


 婚活という名の天然聖女大暴走が始まっていると。

 道化師はまだ知らない。


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― 新着の感想 ―
[一言] ヤメとけろくな事にならんぞと思ってたら暴走始まってるのねw まぁどっちみち力量差があり過ぎてレジストされてるんだろうけど
[気になる点] そもそもNPCなんで思考を読み取られてしまうため… それがなくてもコーデリアさん歴代のキャラと比べても非常にマイペースですから… 悲惨な結果になるのが見えすぎて伯爵かわいそうw
[良い点] 「よく分からぬが……読み飛ばされないような、素晴らしいシナリオを作れば良かったのではあるまいか?」  聖騎士ミリアルド。  渾身の正論攻撃である。 『それができれば誰しもが大ヒットゲーム…
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