第062話、道化師の正体
戦いは終わり、知力デバフ空間は解けていた。
会談を行うという事で、馬車は大きな樹の木陰で停止中。
少なくとも話し合いの今だけは、不戦を互いに貫く魔導契約を交わしていた――。
目的は情報交換。
朝の陽ざしが射しているので、フィールド的には聖騎士側が有利。
いつでもガルムが吠える準備はできている。
道化師相手ならばたとえ契約を結んでいても油断できない、というのが聖騎士ミリアルドの見解だったのだ。
道化が言う。
『はいはい、そう睨まないでください。魔導契約は絶対、逆らえば致命傷となるとは魔術師ならば知っているでしょう?』
「生憎と、私は魔術師ではないのでな。そちらの常識で話されても困る」
『自慢にならないことを堂々と、はぁ……なんでこんな御仁に負けてしまったのか。まあいいですけどね。はいはい、しましょうしましょう情報交換。で? 何が聞きたいのです? と、その前に』
敗者たる道化師クロードは、露骨なため息。
道化芝居を中断するべく魔道具ともいえる道化の衣装を完全に外した状態で、大樹に背を預け腕を組んで睨んでいた。
『これでよろしいでしょうか? 勝利者の皆さま』
ピエロメイクもなく、普通の格好をしているせいだろう。
道化師クロードのまともな姿を見て、聖騎士ミリアルドと踊り子サヤカは僅かに面食らった様子を見せていた。
それもその筈だ。
木陰に佇み――敵意とまではいわないが、警戒心を主張するように腕を組む男が持っていた容姿は――悍ましい程に端麗。
神聖属性を彷彿とさせるいばらの冠を装備した、白人男性。
息を呑んでしまうほどの美青年だったのである。
まるで神話の男。
ナルキッソスのような外見だと思いながらも、サヤカが言う。
「構いませんけど、クロードさん。あなた、めちゃくちゃ美形だったのですね」
『当然でありましょう? ここは乙女ゲームの世界、普段は道化メイクと装備で隠しているキャラの素顔などゲーム中一番の美形となる。ゲーム開発者なら当然、そのように配置をする筈です。わたくしもまたそうだったというだけの話ですよ』
「そうですか、乙女ゲームであることも知っていると」
ようやくたどり着いたとばかりにサヤカとミリアルドは目線を交わし。
継続してサヤカがそのまま問う。
「ではあなたがセブルスの街に配置されていた天使……なのですか?」
『おや、そこまでは把握していなかったのですね。負けた以上、まあ素直に話しますが……いいえ、わたくしは転生者ではありますが天使ではありません。貴女と同じ、転生者側の人間ですよ。そうですね、それを証明するには……わたくしは沙耶香さんがどんな状態で事故に遭ったのかを知っている。そして事故を起こした社長の名も、どうです?』
サヤカは僅かに目を伏せ。
「どうやら、本物の転生者のようですね」
『契約していますからね、今この時だけは嘘は言いませんよ』
「ではあなたの天使はどこに。おそらく転生者と天使はセットで転生してくるのだと、わたしは判断しているのですが。どうです?」
『つまり、あなたがたはまだ転生者と天使の関係性に気付いていないと?』
試すような言葉だった。
おまえはどこまで知っている。どこまで話したらいいのか、話す価値があるのか――道化師も悩んでいるのか。
「推測だけはしています」
『おや、聞かせて貰っても?』
「選ばれる転生者は『三千世界と恋のアプリコット』を病的に、生活に支障をきたすほどにプレイしていた人間。その対となって選ばれる天使は、その転生者を間接的、あるいは直接的にでも殺してしまった人間。どうです?」
美貌の白人が、瞳を細めパチパチパチ。
道化とは違う慇懃な拍手を披露してみせた。
『同じ見解です。ならばおそらくはそれが正解なのでしょうね』
「それで、先ほども聞きましたが――あなたの天使はどうしているのです?」
『そこまでお答えする必要があるとは思えませんが、まあいいでしょう』
告げて道化師クロードは操っていた死骸人形を取り出し。
『既に揉めた後でしてね、まあミーシャ姫の事件を知っているのなら、同じようなものですよ。彼はわたくしを嵌めようとしていた、わたくしは抗った――とはいっても解決済み。ご紹介しましょう、彼らがかつて天使だった者達ですよ』
「彼ら!?」
サヤカが思わず声を漏らしてしまったのも仕方がない。
なにしろ、その道化人形の数は十体。
動かなくなった美麗な天使たちを蒼い目線で指し、道化は彼らが全て天使だったと言っているのだから。
戦闘中、鑑定により道化人形から感じた魂は天使。
元は人間だった者。
死骸を使う外道な作戦を用いる道化であったが、その死骸こそが天使――人ならざる強大な敵だった者だとしたら。
それは最強の駒となる。
外道な戦術にも一応の理由があった。
そうサヤカとミリアルドは判断したようだが。
「クロードさん、あなたは今まで天使を狩っていた。天使、あるいは天使たちをあやつる存在とは敵対関係にあろうとしている。そう判断していいのでしょうか」
『当然でしょう。彼らはこの世界を終わりに向かわせている。実際にわたくしがこの世界に転生した後にやってきた”クロードの天使”とでもいうべきヤツは、わたくしに「洗礼の矢」を突き刺そうとしてきましたからね』
「なるほど、あなたが素直に負けを認め従ったのは”洗礼の矢”の存在を知っていたからでもあったと」
『洗脳されるぐらいなら、自分から語った方がマシです』
真人間の言葉で返している道化師クロードにミリアルドが口を挟み。
「しかし、貴殿は随分とまともだな」
『喧嘩を売っているのですか、配布皇子』
「……。いや、道化師であった頃の貴殿はもっとこう、人を小馬鹿にしていたというか――飄々としていたというか」
『あれは装備効果もあります。そうですね……道化師の職業特性でもありますが、たとえば狂戦士の鎧を装備すると破壊衝動に駆られて暴走するでしょう? それと似た原理で、あの衣装を装備すると道化としての性質が強化されるようになっているんです。よろしいですか?』
「そうか――しかし、その配布皇子という言葉は」
サヤカは苦笑し。
「ゲームプレイヤーの中で使われていた隠語ですね。まあ親しみを込めた言い方かと」
「そ、そうか。ならばいいのだが、どこか馬鹿にしたような気配を感じたのでな。すまぬ」
サヤカとミリアルドのやり取りを見ていたクロードは、眉間に僅かなシワを刻む。
『しかし、あなたがたは不思議ですね。転生者と現地人、しかも攻略対象でしょう? よく共に旅を続けていられますね』
「どういうことです?」
『いや、だってゲームキャラですよ? よく人間相手みたいに会話ができるな、と』
「……あなた、もしかしてまだ洗礼の矢が刺さっているのでは?」
この世界がゲームだと思い込んでいる。
そう判断しての言葉だったが。
道化は首を横に振り。
『ああ、不快に思われたのなら申し訳ありません。なにしろ、彼らのキャラ設定の一部を担当していたのはわたくしなもので、どうも、この世界が現実になっていると理解はしているのですが……距離を感じてしまうのですよね』
「ちょっと待ってください!」
『はて? なにか?』
「キャラ設定をしていたって、あなたはいったい」
『おや、説明していませんでしたね』
道化師は道化装備ではないモノの、道化の笑みを作って。
『わたくしはソーシャル乙女ゲームアプリ、三千世界と恋のアプリコットの開発スタッフの一人なのですよ。どうです、ちょっとは驚いてくれましたか?』
ミリアルドはその言葉の意味を理解していないが、サヤカは違う。
赤い瞳には動揺が走り、その肌にも薄らと汗が浮かんでいた。
「驚くなという方が無理でしょう」
『でしょうね。今までわたくしが天使を狩れていたのも、ゲームを裏側から知っていたからという理由が一番大きいですし』
「はぁ、それにしても本当に良かったです」
『なにがですかな?』
「いえ、いっそあなたを討伐してしまうという意見もあったので。消し炭にしてしまわなくて良かったと」
その提案者はキース。
ミリアルドを操り、実の妹であるミーシャ姫を殺そうと動いていたと知り――彼は道化師に明確な敵意を向けている状態にある。
そんな物騒な言葉を鼻で笑い。
道化は、美形白人の面持ちで道化の顔を作り。
ニヒィィ。
『それはそれは、ですがわたくしを殺せると本気で思っていたと? 今回は負けを認めましたが、まだまだ裏技は多く残しているのですが?』
「それでもあなたはコーデリアさんには勝てない。そしてわたしたちにも、きっと――。虎の威を借る狐のようで恐縮ですが――おそらく、あなたは彼女やその背後についている存在を、全く理解していないのですね。わたしや天使アルシエルと契約している”あの方”の存在も把握できていない。違いますか?」
そう。
コーデリアだけは全ての例外。
例外となった彼女の、その根底にある力の出処。世界のルートを捻じ曲げている強大な存在こそが異神たる魔猫師匠だと、おそらくクロードは知らない。
魔猫師匠の本質を知っていると、ただの気まぐれでトンデモナイ事をしてしまう異界の神。遊びの延長でこの世界に干渉。多くのルートにズレを生じさせている原因だと分かるが――。
それは魔猫師匠を知っているから分かるだけ。
アレが外から入ってきたイレギュラーであり、その弟子であるコーデリアが既にこの世界のルール適用外にある存在だからと、知っているからだ。
けれど、クロードは違う。
イレギュラーを知らない。
なぜコーデリアが例外なのかを知らない。
なまじ開発スタッフだからこそ、異物の存在によって生じている狂いに頭を悩ませていると推測できる。
実際、道化師はサヤカの話に興味を持ったようだった。
『なにか、ご存じなのですね』
「ええ、まあ。教えて差し上げてもいいですけど。互いに価値ある情報を交換したい、こちらはそう思っていますがどうです?」
もっと情報を出してくれたらネタ晴らしをする。
そう告げているのだ。
情報交換は続く。




