第060話、自らを釣り餌に【サヤカ・ミリアルド視点】
ポカポカ陽気と晴れた空、揺れる馬車の中。
自動操縦の課金馬車は、西への道を行進中。
聖騎士ミリアルドと踊り子サヤカ。
彼らを乗せた馬車が進むのは、セブルスの街からクラフテッド王国への長い道だった。
帰国の途についていたのだ。
ターゲットがセブルスの街にいるにもかかわらず、あの場所を離れる理由も主に二つ。
一つは噂を広めるため。
道中、大きな町に泊まり旅の踊り子として酒場に通い、許可を得て舞を披露しているのだ。
演目は悪女の死。
ミーシャ姫の死を、踊りによる演出で伝えているのである。
上位女吸血鬼カーミラの姿をしているサヤカと、その後ろ盾である大天使アルシエルの公演は評判を呼んだ。
なにしろ美男美女の、それも並ぶ者のいないほど高レベルな演目だ。
話題が話題を呼び、皆がミーシャの死についての踊りを眺めていた。
だが演目を観察していたのは物見遊山の観客だけではない。
それらは商売人。
謎の美男美女の歌や踊りに嫉妬し――自分も同じ演目を謡うと必死な吟遊詩人や、悪逆の姫の死をスクープにしたい情報屋。サヤカ達が直接に情報を伝えなくとも、彼らの口から爆発的に情報は広まっていく。
これで効率的にミーシャ姫の死の噂を、世界各国にバラまくことができる。
これはサヤカの強い提案でもあり、踊りを極める彼女の夢とも合致している。
公演の時だけ召喚される大天使アルシエルこと魔境の魔皇も、彼女の踊りと共演となる伴奏を楽しんでおりご満悦。
彼らは彼らで自分の世界観を生きているのだろう。
実際にミーシャの死を効率的に報せることができるので、ミリアルド皇太子もこれに文句はなかった。
そしてもう一つは、敵となるかもしれない脅威の誘導。
単純な強さならミリアルド皇太子を超えている伯爵王や、その強さがどれほどか分からぬ道化師クロードをトワイライトの結界外に引きずり出すことにある。
彼らはアンデッド、不死者。
その能力は黄昏結界の中にいることで強まるが、外に出てしまえばその逆。
馬車から外を眺める旅人。
サヤカとミリアルドの声が続く。
「つまり、わたしたちは妹さんの死の話をしながらあなたの国に帰国すればいいだけってことですね」
「私の血が狙われているのなら、わざわざ相手の得意フィールドにとどまっている必要もないわけだからな。奴らは必ず追ってくる。もっとも、これでこちらが道化師の掌で踊っていただけの、無能な人形ではないとバレてしまっているだろうが」
言って、ふと思い至ったのか。
「血と言えばだ、私の父が狙われるという事は無いだろうか」
「ミファザ国王がですか? ないと思いますよ」
「なぜ」
「そもそもあなたとミーシャ姫の強力な血筋は母となった方の影響が大きいのです。不敬かもしれませんが、ミファザ国王の血にはそれほどの力はありませんし……それになによりミーシャ姫はヒロインであり、あなたは攻略対象。対する御父上はモブですから、強さを求めて血を吸う対象にはなりえませんからね」
またヒロインやら攻略対象やら、ゲーム言葉が出たせいだろう。
露骨に眉を下げたミリアルドは、美麗な顔立ちに苦みを走らせる。
「本当に、この世界はゲームという属性に支配されているのだな」
「いいじゃないですか、御父上は安全という事なのですから」
「しかし、人質にされるというケースも」
「今のミファザ国王には、”あの”コーデリアさんの部下が護衛についているんですよ?」
”あの”と呼ばれてしまうほどのコーデリア。
その部下でソドムと名乗ったアンデッド。
七色に光る、妙に顔立ちの良い包帯軍服男が、まだ完治していないミファザ国王の寝室で待機しているらしいとはミリアルドも聞いていた。
「結局、手を引いたと言ってもコーデリアには迷惑ばかりをかけているな」
「まあ、わたしはまだ手を引いていませんし、コーデリアさんもわたしのためなら力を貸すとは言ってくれていますから」
「あいつは、これからどうするつもりなんだろうな……」
「領主としての仕事をこなしながら、学校にも通っているとのことですが――」
サヤカは少し考え。
「どうも、最近はなにかの力のコントロールが効かなくなりつつあるらしく、あまり登校出来てはいない様子なんですよね。殿下は何かご存じですか?」
「まあ……な」
ミリアルドには思い当たることがあったのだろう。
「だがそれを私の口から説明していいものかどうか、判断できん。ただ、それは彼女が昔から抱えていた問題だ。今回の件とは関係がないとだけは言っておく」
「そう、ですか」
「心配なら、そうだな――今度コーデリアと会って話してやってくれ。貴殿ならば今の彼女が抱えているコンプレックスにはひっかからず、スムーズに会話ができるだろうからな。彼女は、まあ……ああ見えて心だけは本当に純粋な乙女なのだ。誰よりもピュアと言えよう。だからこそ……彼女は今悩んでいる、誰かと気兼ねなく仲良く話をしたい、おそらくはそう思っているだろうさ」
サヤカが眉を下げ。
「訳知り顔で、まるで昔の男みたいな言い方ですね」
「茶化すな――」
「殿下ではダメなのですか?」
「私は……というよりも、ミーシャや君のような転生者でなければおそらくは」
サヤカには理解ができない様子だった。
だが本人の問題を他人であるミリアルドがこれ以上語るとも思えないと判断したのか。
「分かりました。今度お会いした時にさりげなく聞いてみます」
「頼む……、と、私が偉そうに頭を下げる権利も、もうないのだろうがな」
「なぜです?」
「私はもう、彼女とは二度と会わないだろうと――そう告げたよ。合わせる顔もないというのが、互いの共通理解だろうさ」
「そうでしょうか? コーデリアさんの心はそこまで狭くないと、わたしは思いますけどね。まあ、あまり深く考えていないだけとも言えるかもですが。どちらかというと、殿下が顔向けする勇気を持てなくなっただけではありません?」
辛辣な言葉であったが、そう言ってくれるサヤカのような存在はありがたい。
もはや背負う国を失いつつあるミリアルドは踊り子を振り返り。
攻略対象属性の、配布キャラと嗤われる男とは思えぬほどの美麗な顔で――苦く、笑っていた。
「かもしれないな」
踊りを担う者としての、芸術家としてのサヤカは一瞬惚けていた。
男が見せた端整な苦みが、踊り子としての琴線を弾いていたのだ。
馬が踏みしめる土と草の香りの中。
サヤカが言う。
「いつか殿下の物語も踊ってみたくなりました。愚かで哀れなバカ皇子、けれどその愚かさを自覚した後に前に向かおうと、諦めずに羽ばたくその姿だけは――どうやらわたしは、嫌いじゃないみたいですね」
「おい、いま、さりげなくバカ皇子と」
「言葉の綾ですね」
「ったく、油断するとすぐに嫌味を飛ばしてくる」
「あら、嫌味だと理解するだけの自覚はおありだったのですね」
ジト目と共に、皇太子が悪友に向ける声で言う。
「おまえ、性格悪いって言われていただろう」
「あら、どうでしょうか? 転生者って基本的に現代人と呼ばれる人種でしょうからね、現代人って、そういう陰口や嫌味や皮肉に長けた、結構特殊な種族なんですよ」
「ミーシャは違った」
「それはあの子が隠していただけでしょう……と言いたい所ですが。そうとも言い切れないかもしれませんね」
サヤカの表情が僅かに変化していた。
ミリアルドが言う。
「なにかあるのか」
「彼女、たぶん生前にそういった陰口や悪意を受けて亡くなってしまった……ニュースになっていた女子高生だと思うんですよ。わたしが死んだよりも後の事ですから、詳しくはないのですが」
言いながらスマホと呼ばれる魔道具を取り出し。
「ニュースの過去ログに載っていましたから」
「その、スマホというのが転生者が死ぬ前に使っていた道具というやつか」
「はい、これはあの時……ミーシャ姫とあなたが戦った時に手に入れた副産物。彼女が入手していたスマホをわたしの課金アイテムでコピーさせて貰ったものです。残念ながら死んだ当時のわたしはスマホを持ち込めませんでしたが、これでスマホ自体は入手できました。今はこうやって、三千世界と恋のアプリコットの情報も入った端末があるので、今、少しずつ読み解いているのですが」
だが、この端末にはアプリがない。
ミーシャ姫は生前、アカウントを剥奪されているのでログインはできない。
それでも攻略情報をコピーしてあるので、それを閲覧することはできる。
「もしかしたらこの攻略情報を辿れば、アンドロメダが呼び出そうとしている邪神の正体も分かるかもしれません」
「その様子だと、時間がかかるのか」
「なにしろ文字化けしていて……と、ああ、文字化けも分からないですよね。とにかく、古文書を解読するような作業が必要とだけは」
「それか持ち主であるミーシャに直接聞くしかないか」
「ミーシャ姫はまだ完治していないようですからね」
死んだと見せかけるために、本気で殺しかけたのだ。
そのダメージは相当な筈。
ミーシャ本人がもう動けると言ったところで、連絡係で過保護なキースが頷かないだろう。
考えるサヤカの横顔を一瞥しミリアルドが問う。
「そういえば課金アイテムがどうこう言っているが、それは簡単に入手できるものなのか? 君もミーシャも使っている、魔道具のカテゴリーなのだとは認識しているが」
それは自分にも使えるのか。
あるいは入手できるのか。
そう聞きたい様子を察したサヤカが、首を横に振り。
「おそらく転生者特権なので、現地人には無理でしょうね。それに入手手段も限られていますし」
「聞いても構わないだろうか」
「え? え、ええまあ……本来なら寿命や生体機能を代価に得られる力なので、簡単ではないのですが……まあ、その。手段はいろいろとありまして」
「何故顔を赤くしている」
「と、とにかく! 今は一応、安全な手段で課金を引き出す儀式を使えるので! 簡単ではないですが、無理なく課金できるようにはなっていますので、気にしないでください」
と、なぜかいつもは見せぬ様子で赤髪、赤ドレスのように耳先まで真っ赤にしてサヤカは咳払い。
たしかに。
課金アイテムを取り出す前日には毎回、妙に気取った姿をした大天使アルシエルが顕現しているのを確認しているミリアルドだったが。
深くツッコむのはマナー違反だと妙な直感が働き、そこで会話を中断。
ミリアルドは流れる雲を見ながら思う。
死んだとなっている以上、ミーシャ姫という呼び方もそろそろ考えなくてはならない。
彼女の新しい名はおそらく、キースが名付けることになるのだろうか。
どんな名にするのか、そもそもキースという男はミーシャをどう思っているのか。
ミリアルドには、まだよくわからなかった。
考えなくてはいけないことは山ほどある。だが一番の問題は、天使の存在か。
少なくとも天使は世界を終わりに向かわせようとしている。そのような破壊の指示が、脳に伝達されているようだとは魔猫師匠がミーシャの天使を騙し、情報を引き出したらしい。
それはもちろん、コーデリアによる「かくかくしかじか」によってミリアルドにも伝わっている。
サヤカの背後にいる魔皇アルシエルのように、終末へと世界を動かそうとする意志に逆らうこと自体は不可能ではないらしいとも。
もっとも。
裏切りの天使となっているアルシエルも、自由に行動できているわけではないとミリアルドは聞いていた。聖コーデリア卿の結界で魔力的に保護されている魔境に本体を置き、結界内からは、あまり離れられないようであるが。
それは逆説的に言えば、結界の外で洗脳を受けてしまえば敵となる可能性もあるということである。
そして洗脳に使われるのが、洗礼の矢と呼ばれる天使の弓矢だとは情報が既に上がっている。
そして、サヤカと情報共有して得られた知識の中によると、天使もまた転生者である可能性が高いとのこと。
ならばとミリアルドは考える。
転生者の心を読むことができないコーデリアならば、その性質を利用し天使や転生者を発見することも……。
そもそも天使とはいったい。
転生者でもない、異界の神の加護もない彼には分からないことだらけである。
ミリアルドは自分の未熟さと無力さを痛感していた。
皇太子が手を伸ばす。
今更ながら欲しいと思ったのだろう。
誰かを守れる力が、欲しいと。
せめて、傷つけてしまった同郷の乙女を守れるだけの――力が。
カタリカタリと、思考と馬車が進む中。
――ふと、馬車だけが止まった。
馬車が自動で停止したのだ。
何かが近づいていた。
敵意だった。
「やってくれましたね、ミリアルド殿下」
声は、道化師クロードのものだった。
さっそく釣り上げることができたと、サヤカとミリアルドは目線を合わせる。
武装状態に切り替え、彼らは馬車を飛び出した。




