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第058話、小休止


 悪を絶つ聖剣ガルムの光に包まれて――。

 ミーシャの意識はしばらくの間、暗転していた。

 急ぎ結界魔術を詠唱したが、防御しきれなかった。


 そのまま死んでいる筈だった。

 けれど、今は生きている。

 ガタリガタリと視界も体も揺れている。

 馬車の中のようだが。


 ミーシャは顔の違和感に気付き、手をあてた。

 ガルムの聖光を受け、焼き爛れている。

 しかし――。


「どうして、生きているの」

「お目覚めですか、お嬢様」

「キース……あなたが助けてくれたの?」

「半分正解、といったところでしょうか――」


 馬車を操作しながらキースが言う。


「もはやミーシャ=フォーマル=クラフテッドは死んだ。実の兄、聖騎士ミリアルドの天誅によって塵一つ残さず消滅した。そういうことになっています」

「悪いのだけれど、話が見えないわ」

「多少成長したところでミリアルド殿下があそこまでの聖光を放てた事に、疑問がなかったのですか?」


 ミーシャは考える。

 しかし答えが分からず、肩を竦めてみせた。

 キースが言う。


「ミリアルド殿下もあれでなかなかに食わせモノになっていたのでしょう。彼はこの国の道化師クロードに誘導されたフリをして、情報を引き出していたのでしょう。そして、殿下は我々の旅の目的も把握していた。だから、ガルムの光によってあなたを完全に消滅させた――という偽りの状況を作り出したのですよ」

「目的を知っていたって……」


 いったい、だれから。

 思い当たらない。けれどキースには思い当たるのだろう。

 馬車を操りながら、少しだけ懐かしさを感じさせる声を出していた。


「あの戦闘中、彼には強力な支援職バッファーが影から強化していた、あなたの結界でも防げなかったのはそのためです」

「クラフテッド王国にそんなバッファーが残っていたかしら……」

「ええ、一人だけ。ガルムの光に包まれたあなたを転移魔術で回収したのも、その方です。あなたを死んだことにして、天使を炙り出すつもりなのでしょう。殿下とその方の利害は一致していたのでしょうね」


 支援職と言えば吟遊詩人や歌い手や、踊り子。

 ……。

 ミーシャは該当者に思い至り。


 かつて酒場で見事な舞をして見せていた、転生者の女性を思い出す。

 赤き舞姫サヤカ。

 ミーシャは既に知っていた、彼女がキースにしたことを。


「なるほど、あたしを生かそうとしているあなたを手助けしたわけね。それが彼女のあなたへの罪滅ぼしってところかしら」

「あなたの命が無事で、本当に良かった」

「まあ、顔も爛れてしまったし。酷く疲れているし、完全に無事ってわけでもないですけどね」


 ミーシャが身体を起こそうとしたからだろう。

 馬車が止まる。

 キースは爛れたミーシャの顔に、筋張った男の手を添え。


「顔の治療もいたしますか?」

「いいわ、このままで」

「よろしいので?」

「あたしが死んだことになっているのなら、その方が都合がいいでしょう? それに、どうせヴェールで覆っていたし、あなたしか見る人がいないんだからこのままでいましょう」


 少し怖い顔になってしまって、一緒に居るあなたには悪いけれど。

 そう告げて、ミーシャは聖剣ガルムによるダメージで痛む身を揺らす。

 キースがもはや二度と人目に晒せぬミーシャの顔を見て、もはや彼女がどこにも行く場所などないと悟ったのか。安堵した様子で言う。


「少し休みましょう。血液すら採取できなかったあなたの死によって、状況は少し停滞するはずです。伯爵王も、その側近のあの道化師も――そしてアイアンメイデンも。ミリアルド殿下やサヤカ嬢はなにやらまだ動いているようですが」

「兄さんはあたしを生かす事を選んだ。サヤカさんはそれに協力をした。あの二人もどこまで情報を掴んでいるのか。今度、会ってみたいわね」


 覆いかぶさるように身を傾け、キースが言う。


「酷い顔になりましたね」


 男の指が、醜い肌を愛しそうに撫でている。


「……って、なんであなたそんなに嬉しそうなのかしら?」

「どうしてでしょうね。けれど、今の醜いあなたを見ているととても落ち着くんです」


 キースが言う。


「あの時、諦めないでくれて。生きることを選んでくれてありがとうございます」

「あの時? ああ、ガルムにやられそうになったときね。主従の絆のスキルは連携がとりやすくなるけれど、心が少し透けてしまうのは考えモノね」

「それはお互い様でしょう」

「そうね、本当に――こんなあたしについて来てくれるなんて、あなたどうかしてるわよ」


 それが今のキースの本心だと、ミーシャは知っていた。


 互いの肌の香りが分かるほどの距離に、美麗なモブの美しい顔立ちがある。

 減った魔力を補うエナジードレイン。

 魔力補給。

 いつもと同じ作業の筈なのだが――。


 男の端整な指は、女の爛れた顔を静かに触れ続ける。

 サヤカ嬢によって応急処置だけはされているのだろう。

 傷は塞がっている。

 だから触れられる痛みはない。


「ちょっと、なに? 本当に嬉しそうじゃない。どうしたのよ? そんなにあたしの顔がこんなになったのが面白いの?」

「そうですね――面白い、というべきなのかどうかは分かりませんが、とても嬉しく思っている自分がいるようです」


 キースが言う。


「これは――死に逃げずに、私を選んでくださった証なのですから」


 男は爛れた女の額に口づけを落とし。

 本当に愛おしそうに――。

 爛れた罪人の顔を抱き寄せた。


 事件はまだ終わっていない。

 天使はまだどこかにいる。

 けれど、今は少しだけ――休む時間が必要だと。


 従者の頼りがいある胸板の温もりの中、ミーシャは静かに瞳を閉じた。


【コロナ感染&次回更新のお知らせ】

14日に発熱を起こし、推敲作業が滞っている状態となっています。

なので、20日前後まで更新をお休みさせていただく予定です。

次回更新をお待ちいただければ幸いです…!

※体調自体はそれほど悪くはないです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 毎日更新がすごすぎなの〜 ゆっくり休んでください。 お大事にです。
[一言] こんなとこまでコロナが… ご無理をなさず… 無理をなさらずゆっくり英気を養ってください。
[良い点] 完全な人間なんていない、蔑むことで上質になることは無い、世界は蔑むことを上質とすることで救われることが無い (蔑む心は悪では無くて) ミリアルド様が、まがいものの聖騎士のプライドを振りか…
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