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第054話、悩めるコーデリア【アンドロメダ視点】


 いったいこの乙女はなんなのかしら?

 それが血の鋼鉄令嬢アイナ=ナナセ=アンドロメダが抱いた、今の聖コーデリア卿へのイメージだった。

 本来なら解けぬ筈の毒が浄化された毒沼地帯に、彼女の居城は顕現していたのだ。


 砦と言っていたが既にここは白亜の城。

 魔境の王城ですら比較にならないほどの鉄壁城塞。


 この乙女はいつのまにか動いていた。

 トワイライトの王、ミッドナイト=セブルス伯爵王とも繋がっているようだった。その証拠はアンデッド特有の気配の名残。ターゲットの一人だった吸血鬼王、その魔力残滓が感じ取れるのだ。

 白銀狼の獣毛を靡かせるあの美麗な吸血鬼が、既に取り込まれているのは確実。


(非常に厄介ね――)


 通された迎賓館と同等以上の部屋。

 吸血鬼に化けるアンドロメダは深窓の令嬢を思わせる面差しで、静かに周囲を見渡す。

 貴族の部屋。

 結界の部屋。

 見慣れぬ豪奢な調度品は魔力によって作られたものだろう。


 紅茶に口をつけたアンドロメダの唇から漏れたのは――。

 苦笑。

 替えのドレスを新調して貰い、何故かそのままお茶をすることになり――こうなった。


 なぜそのまま帰らなかったのか。

 理由はよく分からない。

 けれどおそらくは――。


 アンドロメダは職業を聖女で領主とする、目の前の乙女を眺めていた。


(この子、誰かと話をしたいのかしら? 誰かと一緒に居たいのかしら? それにしても――この乙女、たぶんあのコーデリアよね?)


 聖職者として多くの者の相談に乗ってきたアンドロメダは思う。

 変な子であると。

 ただ同時に違和感があった。

 彼女はコーデリアを知っていた。

 正確に言うのなら、彼女の元となっているNPCを知っていた。


 コーデリア=コープ=シャンデラー。

 ルートによっては悪役令嬢に身を堕とすモブである。

 そのカップリング相手はオライオン王国の王子オスカー=オライオン。


 けれど、ここにオスカー=オライオンはいない。

 彼は今現在、どこかの迷宮に入り浸り、表舞台から姿を消しているとアンドロメダは耳にしていた。


(コーデリアの人生はアタシと同じくゲームとずれている。美しき狂人と化した門番兵士キースもずれている。ただのモブなのに。やはり、この聖女もゲームとずれた道を進んでいると考えるのが自然なのでしょうね)


 ルートによって人生を強制的に変えられるモブ。

 メインキャラではないから、本当にあっさり簡単に、酷い道を辿らされることもある、その他大勢の一人。

 モブだった者達。


(ああ、じゃあこの子もお仲間なのね)


 アンドロメダはゆったりと瞳を閉じ、少しだけ心を動かしていた。

 キースにコーデリア。

 もっとお仲間が他にいるのかしらと、心の奥が僅かに揺れていたのだ。


(けれど、この護衛達は一体……)


 護衛はコボルトとオーク。

 それと軍服を纏った、包帯男。それら全ては「三千世界と恋のアプリコット」ででてきた魔物とは違う。この世界がゲームではないことは既にアンドロメダも気づいていた。

 ならばこの異形なる者達は――。


「異物? 外の世界からきたということかしら……」

「異物? 紅茶にコボルトさんの獣毛でも浮かんでいましたかしら?」


 お取替えしますねと微笑む美麗な乙女の手を制し、苦笑しながらアンドロメダが紅を静かに動かしてみせる。


「いいえ、心配しないでいいのよ。そうじゃないの、アタシが言っているのはあなたについて。あなた」

「わたくしですか?」

「あなた――ここの住人じゃないでしょう? 何者なの? 訳あり貴族? 吸血鬼のお嫁さん? それとも追放されてこの地に来たばかり? ここは吸血鬼が六割……いえ五割かしら、ゾンビが二割、残り二割がファントムでその他一割は全て例外。あなた、人間種よね」


 質問ばかりが口から伝う。

 けれどコーデリアは気にせず自らの胸の前で、ぎゅっと手を握って。


「まあ! わたくしが人間だと分かるのですか?」


 パァァァァァっと花の笑みを浮かべている。

 にこにこほわほわ。

 人間と言われたことがとても嬉しそうである。


「分かるも何も、人間そのものにしか見えなくてよ」


 聖職者だった頃の微笑みを浮かべながらも、アンドロメダはしまったと思った。

 なにか姿を変容させる魔術でも使っていたのか。

 それを暴いてしまったのか。

 そう思い、新しく用意されたドレスを魔力で汚染、鋼鉄のトゲを用意するが――。


 聖コーデリア卿は、少し困った顔をしてみせて。


「それが、そうでもないのです」

「あら? なにかあったのかしら」

「最近……いえ、昔からですわね。わたくしはどうも少し、他の人たちとは違っているようでしたので」


 聖堂で聖職者として民からの相談を受けていたアンドロメダ。

 聖淑女。

 コーデリアの純粋な心はアンドロメダがまだ邪神に心を奪われる前の、優しい女性だった頃の感慨を取り戻させていたのだろう。


「あなたの気が休まるのなら、話を聞くわよ?」

「けれど――」

「話したくないのならいいの、話したいのなら、どうぞ。話す話さない。話せない、話したい。それを自分の心の中で考えるだけでも気持ちは少し安らぐものよ? 整理ができるの。だから語りたくないのならそれでもいいわ。けれど覚えておいて、悩むことは悪い事ばかりじゃない。たとえ最終的に同じ結論、死に至るとしてもそれまでに考え歩んだ過程は無駄ではない。アタシはそう思っているわ」


 神の教えを説く聖職者としてのアンドロメダ。

 その普段とは違い湿りや気怠さのない、透き通った声を聴きコーデリアが見せたのは。

 ハテナ。

 だった。

 頭の上に魔力として具現化された「????」が浮かんでいる。


「よくわかりませんわ」

「心の底から悩む人間は美しいってことよ。覚えておいて」

「悩む人間は美しい、だからあなたも美しいのですね」


 とても素直で純粋な乙女なのだろう。

 コーデリアは言葉をかみしめるように、長い睫を揺らして瞳を閉じている。

 その姿に捨ててしまった過去を思い出したのか、アンドロメダは僅かに唇を開いていた。


 うっすらと、瞳と口を開き。もう二度と掴めなくなってしまった昨日を見る顔で、腕を伸ばしていたのだ。

 けれど。

 腕は自らの腿に落ちていた。


(人間……か。今のアタシはどうなのかしら)


 アンドロメダは静かに言葉を否定した。


「アタシは人間じゃあないわ」

「あら? あなたも人間なのですよね?」

「あら、いけないわお嬢ちゃん。鑑定を使ったのね? 勝手にステータスを覗くのはマナー違反じゃなくって」

「誓って鑑定は使っておりませんわ。前に怒られましたので」

「そう……思い込んでしまってごめんなさい。けれど、じゃあなんでアタシが人間だと思ったの? アタシの偽装、完璧だったでしょう? 完全に吸血鬼種になっていた筈。ステータス情報も改竄していたと思ったのだけれど」


 純粋な疑問だった。

 今後のためにも把握しておきたかった。

 だからアンドロメダは問いかけた。


 返答は――。

 少しだけ疲れた笑みと共にやってきた。


「わたくしは昔から……見なくてもいいものまで見えてしまっているようで。なんとなくですが、分かってしまうのです」

「なんとなく? 神から下る啓示かしら。あれって、たしか知りうる筈もない知識を得るスキルでしたわよね。お持ちなの?」


 アンドロメダはかつてを思い出しながら言葉を口にしていた。

 綺麗な教会。

 穏やかな聖堂。

 こうして、他人の悩みに耳を傾けその憤りや苦悩を聞き、心からのアドバイスを与えていた優しい時代の記憶だった。


 コーデリアが言う。


「持っていた、という言い方が正しいかと存じますの。わたくし……神託や啓示、予知や未来視。そう言ったスキルや魔術は、全て……今は封印している筈、でしたの」

「でした?」

「はい、お母様がそれは不幸になる力だからと子供のころに封印を施してくれまして。あ、わたくしのお母様はとても綺麗で優しくて、誰よりも強くて、自慢の母でしたの。けれど、たぶんわたくしが成長し、大人になりかけた今――お母様の力を超えた影響で見たくもない、見てはいけない言葉や心が聞こえるようになっているのだと思いますわ」


 アンドロメダは考える。

 そして答えを見つけた。

 該当する能力が一つあったのだ。


 それは――人間の心を盗み見てしまう能力。


 悩めるコーデリアの口元に、真っ白い、血の色が栄えるだろう指をあて。

 アンドロメダは慈悲ある顔を覗かせていた。

 聖職者としての言葉が漏れ伝ったのだ。


「心が読めてしまう能力でしょうね。なら、今、アタシが思っていることも理解できているということかしら?」

「はい、とても親身になって、心配して下さっています」

「そう、合っているけれど少し嫌な気分ね。こんなことを言って悪いと思うけれど――ごめんなさいね。心を覗かれてしまうのは、少し怖いわ」

「だからわたくし、最近はあまり人間とは近寄らないようにしておりますわ」


 なるほどと、アンドロメダは護衛となっているコボルト達を見渡す。

 コーデリアも同じく、感謝するようにコボルト達を眺め。


「なんとか制御して、普段は読まないようにしているのですが……それでも不意に聞こえてくるのです。コボルトさんのように種族が人間ではない方や、ある程度強い人間の方や、転生者の方ですとわたくしの能力がレジストされるのか、心を読まずに済むのですが……」

「それで、心が聞こえたからアタシが人間だと気づいた。そういうこと?」

「はい――事情があって隠していたのですよね、大変申し訳ありませんでしたわ」


 人間の心を読む能力が発動したから、心が見えたから人間。

 アンドロメダは自分が人間だと認められたような気がした。

 だから、心の底からの笑みが漏れていた。


「優しいのね、あなた」

「勝手に心を読んでしまう女が優しいわけ、ありませんわ」


 それはきっと、本音だったのだろう。

 子供のころから他人の心を読めた聖女。

 母が封印するまでは、きっと、その強大な力に苦悩しつづけていたのだろう。


 おそらくは心が読めない相手、転生者や森に住まう妖精や精霊、魔物といった相手だけに心を開いていたのではないだろうか。

 それも相手を困らせてしまう程に、依存する程に。

 そして封印が解けた今は、心を読まなくても済む相手に心を預けたがっているのではないだろうか。


 けれど彼女は大人になりかけている。

 心を預けることの難しさを、もう十分覚えたのだろう。

 無理だと知っているのだ。

 だから。


(この子は、魔物ばかりを侍らせているのね――可哀そうな子。優しい子。いじらしい子)


 過去を懐かしんでいるだろう聖女の頬に手を当てて。

 アンドロメダは言う。


「いいえ、あなたはとても優しいわ。誰かを傷つけてしまう事が怖いのね」

「あなたは不思議な方ですのね。とてもお話をしやすい方。きっと、誰よりも優しい、さぞや名のある敬虔な聖職者の方ですのね」

「どうかしら、たしかに昔はきっとそうだったかもしれないけれど、今はもう違うのよ」


 言いながら、優しい女の瞳はまだ汚れていない聖女を眺めていた。


 きっと壊してはいけないものなのね、と――。

 その指が揺れた。

 綺麗なものを壊さないように。

 壊れやすい宝石を扱う手付きで――アンドロメダの白い指が、聖コーデリア卿の頬から離れたのだ。


「聖コーデリア卿、あなたにお願いがあるの」

「わたくしにですか?」

「ええ、そうよ――お願いだから、今回の件からは手を引いて貰えないかしら」

「今回の件?」


 コーデリアは考え。


「うっかりと暴れ魔竜の巣を山ごと破壊してしまった件……ですか?」

「いや、違うわよ」

「それでは人食い海竜を退治しようと海を操作し、嘆きの大渦と呼ばれる死の領域を作ったままにしてしまった東の海の件……でしょうか?」

「あなた、普段なにしてるの……?」


 氷のような女にジト目をさせた聖女はハッと、口元に手を当てた。

 さすがにドン引きしているのは理解したのか。

 コーデリアが慌てて、おろおろおろ。


「師匠の教えに従って、ちゃ……ちゃんと破壊してしまった場所や命は元に戻しておきましたのよ? 退治する対象以外の犠牲者はでておりませんので、問題ないとイーグレット陛下も笑って許してくださいましたし。セーフですわよね?」

「陛下のそれはおそらく苦笑いだと思うのだけれど、まあいいわ。それじゃあなくってよ」


 だいたい、元に戻したのはただの証拠隠滅では?

 突っ込みたくなる気持ちを堪え――。

 空気も乱され、テンポも乱され――はぁ……。

 ここまでの鉄の女から重い溜息を引き出した聖コーデリア卿。その掴みどころのない性根に呆れと関心を抱きつつ、アンドロメダは言う。


「アタシはミーシャ姫を殺すわ」

「ミーシャがここにきているの?」

「ええ、直接に会ったから間違いないわ。貴女に免じて今後、他のターゲットには一切の手を出さないと誓うわ。それならアタシとあなたは敵対関係にはならない。あの子だったら殺しても文句を言う人は一人しかいないから、構わないわよね? 指名手配もされているそうだし、それならあなたがアタシを止める理由にもならない。どうかしら?」

「あの……止める止めないと仰っていますが、なんの話です?」


 アンドロメダは元の邪悪な鋼鉄令嬢に姿を戻し。

 妖しく口紅を蠢かした。


「心が読めるのなら、見えていたのでしょう? アタシが血の女。アイアンメイデン。おそらくあなたたちが探していた殺人鬼。もうとぼけなくてもいいわ、分かっていたのでしょう?」


 目の前の聖女はしばし思考を停止させ。


「……まあ!」

「まあ、って……まさか気付いていなかったの?」


 本当に驚いていたのだろう。

 コボルト達もクワっと間抜けに口を開いて、聖女と一緒にこくこくと頷いている。


「え? じゃああなたなんでアタシを呼び止めたの?」

「ドレスを傷つけてしまったから?」

「偶然にアタシと出会ったというの!? どうして!?」


 コボルトと一緒に、聖コーデリア卿は首を傾げるばかり。

 ほわほわポワポワな空気に汚染されそうになりつつ、アイアンメイデン――アンドロメダは霧を纏って姿を影とし。


「興が削がれたし、アタシはもう行くわ。けれど、今の言葉は覚えておいて。詳細は魔導契約書に残しておくわ。本当にあの姫様以外は狙わないから、事件はもう終わり。ただ――犠牲者をだしてしまった国にごめんなさいと伝えておいてくださると助かるわ。まあ、狙ったのは世間で悪人とされる人や吸血鬼ですから――悪いとはこれっぽっちも思っていないのだけれど――」

「犠牲者でしたら全て蘇生済みですわよ?」


 さらりと言って見せているが。

 アンドロメダの頬には濃い球の汗が浮かんでいる。


「冗談、というわけでもなさそうね――」

「ですので、もし謝罪に行くというのでしたらお付き合いいたしますわ」

「結構よ――さっきも言ったでしょう? 狙ったのは全員、脛に疵持つ悪人と呼べる者達だけ。そもそも悪いことをした人間たちに詫びる気などないもの」

「つまり、あなたは良い人を殺したくなかったのですね」


 語りすぎた、と瞳を細め。


「とにかく、言いたいことは伝えたから。これでお別れ――あなたは嫌いになれない。どうか、これ以上は関わらないで。アタシがあのお姫様を殺すことは悪い事じゃないでしょう? だって、世界で一番の悪人といったらたぶん彼女でしょう? これは善行ですもの、ね?」


 告げて、アンドロメダは闇を纏って姿を消し……。

 去ろうとするも、砦の結界に妨害され失敗。

 気を利かせたコボルトが、チョンチョンと鋼鉄令嬢のドレスを引っ張り――クイクイ。


「そ、そう……出口まで案内してくれるのね。あ、ありがとう……でいいのかしら」


 聖コーデリア卿。

 その空気に完全に呑み込まれた騒動の主は、コボルトにエスコートされトコトコトコ。

 普通に徒歩で、砦を後にしたのだった。


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[良い点] アンドロメダは考える。 そして答えを見つけた。 該当する能力が一つあったのだ。 それは――人間の心を盗み見てしまう能力。 「それで、心が聞こえたからアタシが人間だと気づいた。そういうこと?…
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