第047話、幕間―契約―
コロシアムの騒動で聖女と魔猫が好き勝手に暴れた裏――。
怪我人がでないように動き、事件解決後に撤退したのは二人の人間。
黒鴉姫ことミーシャ、そしてその従者キース。
場所は猛吹雪もおさまった、魔境の貧民街の一角。
隠れ家にしていた宿屋の一室だった。
小さいが暖房施設が整った部屋で、二人と一匹の声がする。
ふわふわと宙に浮かぶ魔猫師匠が踊り子たちの今回の事情を語り終え、ぬーん……とした顔で尻尾を左右に揺らしている。
珍しく少し困った顔をしてみせていたのだ。
『と、言うわけなんだけど――……あの、キース君、大丈夫かい?』
そう――彼らは魔猫師匠から事情を聞かされた。
それは甘い物語であった、魔境の民としても明けぬ猛吹雪を切り開いた聖女の傘下に入る、新しい時代を照らす物語。けれどだ、今こうして事情を聞かされた彼らにとってはそうではない。
彼らが聞かされたのは魔猫師匠が見聞きした、ほぼ全て。
魔皇アルシエルが天使を連れていたのではなく、彼自身が天使であったこと。
そして赤き舞姫サヤカとの事情も――。
ミーシャにとってはさほど大きな衝撃はない。天使が人間の味方をする可能性もあるという、全てを敵と断定できない事例がでてしまった。敵と断定できないという――ある意味では厄介な問題となるが、その程度だ。
しかし――。
モブ門番兵士だったキースは違う。
彼は表情を曇らせたままに、滑らせるように言葉を床に落としていた。
「そう、ですか――彼女が……」
あの時は本当に何も知らない、誰からも好かれる好青年だったキースは知った。
かつて婚約者だった踊り子も天使の関係者。
しかも自分を踊りの糧とするためだけに近づいていた。
俯くキースであるが、大きな動揺は見られない。
静かだった。
その静かさが余計に心配を煽ったのか、珍しくミーシャが気に掛けるように口を開いていた。
「大丈夫……?」
「はい、ご心配をおかけして申し訳ありません。ただ、少し疲れを感じてはいるようです」
「でしょうね……」
はじめは既成事実を根拠に婚姻を迫られて困っていた。
当然だ。
純朴だった彼の心は動揺していた。いつのまにか泥酔して、いつのまにか同衾していて――責任を取れと言われたのだから。
酔った二人が夜の街へと消えたことは、酒場の皆が知っていた。
同僚も知っていた。
いつのまにか、そういう関係だと周知されるようになった。
酒場の皆は、サヤカちゃんを泣かせるなよと祝福していた。
もはや既成事実。
だから、婚約の話となったのだ。
真っ赤な髪と唇が、だって仕方ないでしょう……。
こうなってしまったんだから――と。
なるようになっただけだと言わんばかりに、少し冷たく動いていたことを彼は覚えている。
それでも婚約だ。
純朴な青年の心は動いていた。
愛しているとは言い切れなかった、けれど、少なくとも幸せにしようとは思っていた。
なのにだ。
その関係は全て課金の力。
そしてサヤカの目的は――復讐だった。
当時ただの門番兵士キースは、エナジードレインの被害者となった。
ミーシャ姫の玩具とされて婚約も破棄。サヤカには申し訳ないことをしたと思いながらも、天使に利用されていたミーシャに僅かな憐憫を抱き、行動を共にするようになった。
世界を壊しかねない天使をどうにかするために。
今もその歪な旅は続いている。
その全てのきっかけ、ミーシャ姫のエナジードレイン対象に選ばれた理由がサヤカによる復讐。
彼女が命よりも大切にしていた踊りを褒めなかった、その事への逆恨みで――こうなった。
どこまでが自分の心で、どこまでが操られていたのかキースには分からなかった。
「課金とは、なんなのでしょうね」
『おそらくは、天使と転生者という特殊な関係性を利用した再現魔術や儀式の一種だろうね。この世界を真似たゲームの中に存在した要素。世界にかなりの影響を与えていた課金というシステムを利用し、奇跡を起こす力。寿命や魔力、命といった対価は必要だが――まあ、大抵のことはできちゃうんじゃないかな』
魔猫師匠はあくまでも原理を推測する。
実際、キースの人生は転生者達の課金のせいで滅茶苦茶になっていた。
キースが黙り込んでしまう。
聞きたかったのはそういう事ではないと察したのだろう。
魔猫師匠が気まずそうに言う。
『あー……と、それでなんだけど。サヤカくんから受け取ったお金とか魔道具とか、あと、死んだときに持っていたアイテムを全部預かってきているんだけど……』
「すみません、その……」
受け取る気はないらしいと悟り、魔猫が言う。
『あぁ……っと、今、調印式のために発った魔皇アルシエルくんと共に、山脈帝国エイシスに事情を説明しに行ってるんだけど……落ち着いた後に、再会するかい? 言いたいこととか、あっちからも謝罪とかもしたいっぽいんだけど』
空気を読まぬ猫が空気を読む中。
キースは沈黙。
しばらくしてから告げた。
「少し気持ちを整理したいので。もう会う必要もあるのか、いえ、しかし会って彼女の謝罪を受けないと彼女の気も……」
整理できていない言葉を気にしながら、その心を拾い上げるように魔猫は言う。
『分かったよ、会うつもりはないらしいと伝えておく』
「申し訳ないのですが、お願いします。少なくともしばらくは……まともに顔を会わせる自信がない……と、伝えていただくことはできますか」
『構わないが……そこまで気を使う必要はないと思うけど……。あまり怒っていないのかい?』
「どうなのでしょうか――ここ一年で多くの事がありすぎて正直、私には分からないのです。私は……サヤカ嬢に利用されていた事にも、婚約が偽りであったことも……さほど悲しいと感じていないのです。かつての私ならば、きっと……もっと絶望していた筈なのに……」
気持ちの整理ができていないのだろう。
転生者に翻弄され続けたモブ。その精神は壊れていない、自我を強く保っている。けれど――どこかに破綻が生じているのだろうか。
魔猫がミーシャに目線をやる。
促された姫は長い黒髪に照明を反射させながら言う。
「もういいんじゃないかしら」
「なにがですか」
「最低最悪なあたしや、踊りをけなされたと逆恨みしたサヤカさん……だっけ? 彼女とあたしは自分の意志でやらかして、その尻拭いを自分でする必要がある。だから天使をどうにかしようと動いている。きっと彼女もあたしとは違う方法で動くでしょうね。けれどあなたは違う。本当に巻き込まれただけよ。あの女から一生遊んでいけるだけのお金を受け取って、自分の幸せを見つけるって道もありだと思うわ」
もしあなたの立場ならそうすると、ミーシャはあくまでも個人の意見だと疲れをみせる男に告げた。
けれどだ。
従者キースは顔を上げた。
モブであるが美麗なその瞳は、黒鴉姫を眺めている。
「――あなたには私が必要では?」
「そりゃあね。魔力補給も必要ですし、けれどあなたにあたしは必要ないでしょう? さすがに、もう自分の都合で他人の人生を壊したくないわ。あなたはあなたの人生を――」
姫の言葉が続く。
あなたがいなくても大丈夫。
なんとかやってみせる。
だから、もう解放されて自由に、幸せになりなさいよ。
魔猫は姫を眺めて心を読み取っていた。その言葉を眺め、心の奥を読み取っていたのだ。
地獄にはあたし一人で行くから。
どうか優しいあなたは、幸せになって――と。
ミーシャはそんな優しさを見せたのだが。
その時だった。
まるで追い詰められたような、心に限界が来ているような――。
行き場を失った猫のような顔で男は吠えていた。
「あなたも私を見捨てるのですか!?」
珍しくキースが声を張り上げていた。
ミーシャも魔猫師匠も珍しく動揺していた、驚いていたのだ。
言った後にハッとしたのだろう。
キースは額に流れた汗を拭って、小さく侘びた。
「すみません……」
「いえ、あたしも今のあなたに伝える言葉としては間違っていたかもしれないわね。ごめんなさい、キース」
「少し、外に出ます。一人で考えたいのですが……構いませんか?」
「え、ええ……でも、本当に大丈夫?」
心から心配しているとわかる声だった。
だからだろう。
姫の優しさに笑顔を返し頷いた男は、姫を正面から抱き寄せ。
唇を揺らしていた。
我儘を言ってすみません――と、自分でも自分の気持ちを掴めぬ声で言ったのだ。
◇
キースが部屋を出た後。
魔猫師匠とミーシャ姫は顔を見合わせ。
師匠が言う。
『彼はなかなかに苦労人で不幸体質なようだね。別にあそこまで他人の心を優先しなくても良いんじゃないかなあって、思うんだけどねえ』
「それが彼の良いところでしょう? そりゃ、欠点でもあるんだろうけど」
『でもねえ~。いままでも今も彼はずっと被害者だ。言っちゃ悪いが身勝手な転生者の二人に振り回されている、犠牲者だ。この状況に文句を言う資格がある数少ない人間の一人だろう? それなのに彼はいまだに君も、サヤカくんも気遣っている。私は嫌いじゃないが――あそこまで善人過ぎると少し、イラっとする人もいるかもね』
「あたしはイライラしないけど」
『私だってそうさ。彼の善良な心の中が見えるからね。けれど、そういう人もそれなりにはいるんじゃないかな? 心が綺麗な相手って、眩しすぎて嫌でも自分と比べてしまうだろう?』
言われて少し納得したのだろう。
ミーシャは貧民街に配布する魔術の護符をくみ上げながら言う。
「ある意味でコーデリアみたいね。イイ人過ぎて、ちょっと疲れることもある。あぁ……そう考えるとイラっとするわ」
『君はブレないねえ、コーデリア君がそんなに嫌いかい?』
「もう嫌いじゃないわ、嫌いなんて言う権利もないでしょうし。でも苦手は苦手。相性が悪いのよ、たぶんね」
『君と相性のいい人間は少ないだろうけどね』
茶化すような魔猫の目線を受けてもミーシャ姫は言い訳せず。
「嫌味を言ってるくらいなら手伝ってくれてもいいのよ? まだ護符を配れていない家はいっぱいあるの」
『低級だけど……不幸から身を守る護符か。まあないよりはマシだろうね』
「あまり高価なモノだと奪われる可能性もあるし、変な嫉妬を買うかもしれない。だからこれくらいの護符が丁度いいのよ」
意外に周囲を見ることができるようになった姫は、確かに成長していた。
この世界がゲームではないと知ってからの彼女は、多くの事を学んでいる。
けれど――その罪はなくならない。
キースの帰りを待つミーシャが言う。
「彼……これから、どうするつもりなのかしら」
『さあね、自分でもわからないというのが本音じゃないかな』
「心を読んだの?」
『いいや、むやみやたらに読んだりはしないさ。マナーってもんがある』
肉球で食卓に上がるマナー知らずな魔猫が、テーブルに並ぶ、護符用のヒモにじゃれながら言っていた。
だが、もはや慣れた姫は突っ込まない。
言っても無駄なら、直らないなら言うだけ疲れる。
「最低最悪なあたしに使われ、婚約者だった女も腹に一物を抱えていた問題のある人。あたしが言うのはお門違いだろうけど、彼女、自分はなんだかんだで運命のような出会いを果たしているのよね。転生者って、基本的に自分勝手な女が選ばれるのかしらね」
『さあ、どうだろうか――現段階での共通点は「三千世界と恋のアプリコット」を、生活に支障をきたすほどにプレイしていた女性。身勝手ってところも同じかもしれないが、そこが転生の条件かどうかは分からないね』
「天使も全員転生者ってのは――本当なの?」
ミーシャは自分の天使を思い出しているのだろう。
少し苦い顔をするが、構わず魔猫師匠が言う。
『少なくとも君の天使と、魔皇アルシエルはそうだよ。どちらも君と同じ世界からやってきている――』
「その顔はなに? まだなにか隠しているのかしら」
『おや、鋭いね。隠しているわけじゃなくて、いうべきかどうか悩んでいるだけだったんだが』
「言ってちょうだい――あたしは天使をどうにかする。魔皇アルシエルは既にあなたとコーデリアのおかげで、神だかなんだか知らない存在との接続が切れているそうだけど……どうせ他にもまだ、天使はいるんでしょう? 知っておきたいわ、あたしは――今まで迷惑をかけたぶん、この世界のために動かないといけないし」
姫だった女の決意を聞き、魔猫が冷めた表情で目を細めていた。
そのネコ手は護符用のヒモにじゃれ続ける。
しかし――空気は少し変わっている。
『いや、勘違いはしない方が良い。天使をどうにかしたところで君がかけた迷惑、君が陥れた人々が救われるわけではない。世界を救う事が彼らの人生を握りつぶしたことへの償いになるとは、私は思わないよ』
「分かってるわ、それでも何もしないで震えているよりはマシでしょ?」
『開き直りかい?』
「開き直ってでもいなきゃ、とっくに自分で自分の首でも斬り落としてるわよ」
コーデリアの蘇生によってミーシャは救われた。
ミーシャを救ったことで、ミーシャに生きていてほしいと願ったスラムの母子の心も救われた。
けれど、蘇生と同時にミーシャ姫にのしかかっていた責務も蘇ったといえる。
死で逃げることができない。
死で償う事は許されない。
それが彼女の罰でもある。
『自覚はあるようだね。私だって開き直っているが、言わせる人に言わせれば外道なる破壊神。間違いだらけの人生だったかもしれないからね。そういう開き直りは嫌いだけど、評価はするよ』
「そりゃあどうも」
『そうだね、今なんとなく決めたよ』
ヒモにじゃれていた手を止めて。
魔猫師匠が、すぅっと起き上がる。
「いったい、なに?」
『拭いきれない罪に不貞腐れるような道筋じゃあつまらない――じゃあどうしたらいいか、考えたよ。こうしようか――うん、いいよ。君がもしこの世界を取り巻く全部の天使をどうにかする……まあ、アルシエルくんみたいに神の命令に極力逆らい、世界を滅ぼす気などなかった存在もいるだろうから、危険ではない状態にできるのならば』
魔猫は言った。
『多くの異界に名を残す、この私。異神としての魔力と名声に誓って君と約束しよう。君が迷惑をかけ、弄び、命を絶ってしまった者たち全ての魂を救済しよう』
「できない事を口にしないで欲しいわ」
いつもの戯言とミーシャは聞き流し手を動かしていた。
けれど、その手を魔猫の肉球が止めていた。
こちらを見ろと、その気配が物語っている。
ミーシャが顔を上げると、そこには闇が広がっていた。
『いいや、できるよ』
魔猫師匠の影が、いびつに歪んでいく。
周囲が――深い闇に包まれる。
それはまるで黒猫の体毛。
それはまるで夜――宇宙。
そこには三つの、悍ましき魂が蠢いていた。
三つが、三つとも魔猫師匠の本体。正体の一種なのだろう。
いつもの形をしたネコ。
息を呑むほどの美貌の神父。
そして――巨獣とも呼ぶべき、悍ましき憎悪を抱いた巨大なケモノ。
「いきなり、なに?」
『ふむ、動じぬか――やはり貴様もなかなかに興味深い』
口調が変わっていた。
夜空の如きケモノが、咢を軋ませる。
宇宙に輝く太陽のような赤い瞳が、細く締まっていく。
『我は巨鯨猫神。鯨のごとき悍ましき魔力を抱き、憎悪と絶望を謡うケモノ。是は契約である――ミーシャ=フォーマル=クラフテッドよ。汝が全ての天使の危険性を排除したその時には、汝が起こせしかつての過ち、失われてしまった命をこの肉球で救い上げると約束してやろう』
かつて死なせてしまった命を全て救う。
そんなことできるはずがない。
だが――。
『我ならば可能であると本能的に察しておるのだろう?』
「正気? そりゃあこっちは目標ができる方が進みやすいけど。でも、待って。既に魔皇アルシエルはあたしの手ではなくコーデリアの手によって鎮められたわけでしょう? その条件はもう無理じゃない?」
『案ずるな矮小なる小娘よ、できぬ賭けなど面白くない。故にこそ、汝が直接に手を下さなくとも、その助けとなったのならば許容しようぞ』
今回の件ならば、コーデリアが疑われていた時にただの観衆のふりをして助け船を出した。
「だから、セーフってこと? 随分と甘いじゃない」
『言ったであろう? できるできないが分かりきっている賭けなどつまらん』
「だいたい賭けって誰と賭けているのよ」
何の気なしに言ったミーシャだったが、彼女はその言葉を後悔する事となった。
それは直後にやってきた。
いや、初めからいたのだろう。
ただ姿を隠していただけ。見ていただけ。けれど、今はその姿をあえて覗かせたのだろう。
魔猫の後ろで、多くのケモノがニヒィ……っ。
嘲笑っていたのだ。
異神だろう。
鶏に狼に、鳩に烏、ペンギンに金糸雀。
タヌキ顔のネコに、ナマズ髯のネコ、巨大熊猫に、銀髪少女が座る神樹。
他にも多くのケモノ神たちが、ざわりざわりと騒いでいた。
「なに……よ、あんたたち……」
ミーシャにとっては理解できぬ者たち。
レベル差がありすぎて、観測すらできない存在である。
文字通り、遥か高みに在る異世界の神々なのだろう。
その中でさえも、もっとも輝く魔猫師匠が言う。
『彼らは我を通じこの世界を観測する傍観者。我が友たち。彼らも汝が天使をどうにかできれば力を貸すと言っている、全ての異神が肉球や翼を翳せば――できぬことなど、存在せぬ』
「そう――それで、そんな凄いあなたは何が目的なわけ」
ミーシャは悍ましき魔力を揺らす異神たちを気丈に睨み。
「言っておくけれど、天使を排除した後にあなたたちがやってきてこの世界を乗っ取りました。はい、ご苦労様――なんて展開だったりしたら、さすがにあなたたちを呪うわよ」
『ぐはははははは! 我等を前にしてその気丈さ! 良いぞ、良い! その勇猛を評価し、我等の真の目的を語ってやろう』
ごくりとミーシャは息を呑む。
これは魔術契約が発動している。
つまり、今から語られる真の目的は――本音なのだ。
魔猫は言った。
『ただの暇つぶし、それ以上でもそれ以下でもない』
「はぁ……?」
『人間という存在は神の行動に理由をつけたがる、なれど、そなたらとて意味のない行動をするであろう? 行動に大いなる理由が必要というのなら、ゲームなど作りはせん。悠久なる時を生きる我等が”無聊の慰め”に汝らを観察したくなっただけ。それだけの話だ』
それも本音なのだとしたら。
ミーシャは頬に汗を浮かべながらも本音でぶつかっていた。
「暇つぶしが本音って、どうかしてるんじゃないの……?」
『我等はケモノ。自由に生きる神性。汝ら脆弱なる人間の価値観で語れるほどに小さな器ではない、という事だろうて』
巨獣と化した魔猫が告げた直後。
異世界の獣神たちは姿を消していた。
魔猫師匠の身体がいつもの太々しい猫に戻っていき、その姿も闇の中に消えていく。
『また新たな天使の気配がある。おそらくは魔皇アルシエルの離反を悟ったんだろうね。それじゃあ私はもう行くけれど、キースくんと仲良くやっておくれ』
「仲良く、ねえ――」
姫は、思う。
どの面を下げて――と。
世間も、自分もきっとそう思っているのだろう、と。
『それでも、彼の事情を知るのは君と私だけ。ま、強制する気はないさ。次の舞台は山脈帝国エイシスか、或いは滅びゆくクラフテッド王国か。せいぜいうまくやり給えよ。その罪を少しでも拭いたいのならね』
一方的に告げて、魔猫は消えた。
暴虐の限りを尽くしていた姫は、一人、考える。
しばらくして。
ミーシャはキースを探しに部屋を出た。
彼は一人にして欲しいと言っていた。
けれど、それが本音かどうかは怪しかった。
だから彼女は探すのだ。
おそらくはきっと、こういう時は追ってきて欲しいのだろう――と。
自分なら追って欲しいと、そう思ったのだ。
魔境編、幕間 ―終―




