表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

44/154

第044話、とある狢の終演劇


 歓声が、コロシアムを揺らしている。

 舞台を熱くさせている。

 最上位者同士の戦いに、戦闘種族の多い魔境の民は熱狂していた。


 既に様々な魔術の応酬は済んでいる。

 戦況は聖女が有利。


 息一つ乱さぬ彼女はたおやかに、そして凛と佇んでいた。

 聖コーデリア卿。

 彼女が繰り出すダンジョン要素を顕現させる迷宮魔術は、魔皇アルシエルの攻撃のことごとくを妨害。その大天使の翼を削るべく、着実に、確実に、追い詰めていく。


 今も、その穏やかな美貌の持ち主の視線は、敵を逃さず追っていた。

 光の眷属を召喚し、姿をくらまし光の中で奇襲を狙う「種族名:大天使」アルシエルの気配を逃さず――。

 シュゥ――っ!

 地面から発生する風柱の刃が光を裂く。


「そこですわね――」

『発動せよ光――防衛術式Ⅴ』


 光の眷属を薙ぎ倒した聖女の放つ風の刃。

 次元を断つほどの衝撃が、コロシアムの空間を七つに切り裂くが――。

 魔皇は光の束を障壁として防御。


 巻き起こるのは爆音。


 光と風が魔力干渉を起こしたのだ。

 弾けて行き場を失ったエネルギーが次元の狭間へと吸い込まれて消えていく。

 七つに分かれた空間が時間経過による復元現象で元に戻ると同時だった。


 限界まで魔力を使い続け、荒い呼吸の魔皇アルシエルに向かい。

 すぅ……。

 魔導書を静かに抱えたまま、微笑みを絶やさぬコーデリアは言った。


「もうこの辺でよろしいのではありませんか?」


 もはや勝負はついている。

 魔皇アルシエルの全ての攻撃はいなされ、ノーダメージ。

 暖簾に腕押し。

 力で魔境を支配していた男の攻撃がまるで児戯のように、全く届いていないのだ。


 けれど、魔皇は諦めない。

 その仮面の奥から闘気が消えることはない。

 迷宮魔術によって自動的に、定期的に生み出される妨害行為――迷宮罠「闇の槍柱」を粉砕しながら、聖女をギロリ。


『ご遠慮申し上げますよ、悍ましき程の魔力を内包せし聖女殿。こちらにも引けない理由がありますのでね』

「けれど……あなたの攻撃はわたくしの防御を貫通できませんでしょう? それでもなお戦いを継続する、わたくしにはまるであなたが、ご自分の命をここで散らそうとしているようにしか思えません」


 実際にその通りなのか。

 それともまだ策があるのか。

 探るような瞳でコーデリアは周囲を見渡しながら――。


「魔皇陛下は十年、魔境の皆様を導いてこられたのですね。陛下を応援する方が多くいらっしゃいます。よほど尊敬される統治者なのでしょう――」

『何が言いたいのですかな』

「端的に申しますと、あなたをあまり酷く打ちのめしたくはないのですが」


 強者のみに許される余裕だった。

 だが、この嫋やかな美女は該当者。

 その余裕が許される一握りの存在であると、観衆たちも、そして魔皇ですら承知している事だろう。

 それほどに圧倒的だったのだ。


 けれど、両翼に雷の魔道具を纏わせ魔力補給チャージする魔皇は言った。


『もはや後には引けぬのです――もし最後までやらぬというのなら、いずれワタシはあなたの領民に害をなす存在となりましょう』

「わたくしの民はそこまで弱くはありませんわよ?」

『だが、死者が出ないとは限らないでしょう。全ての民があなたのように強いとは思えない、違いますかな』


 告げた魔皇は天に向かい指を伸ばし。

 天候変更規模の雷撃を発動――竜の唸りにも似た爆音を発生させる先は……山脈帝国エイシス。

 対象地域は暗黒迷宮。


 他者を巻き込み、人質にしようとする超遠距離攻撃魔術を読み取ったのだろう。

 コーデリアに浮かんでいたのは悲しい顔。

 ぎゅっと腕に魔導書を抱きしめ――聖女はドレスの裾を僅かに揺らし、けれど特大規模の祈りを一言捧げていた。


 速効性を重視した詠唱だったのだろう。

 魔術名より前に光の柱が顕現――魔皇の雷鳴を消し去り。

 そして遅れて魔術名が紡がれる。


”解呪”(ディ・スペル)


 遠くの空で、放たれた魔術を無効化する、魔術解体が発生している。


『魔術封印!? そこまでの技術を……っ』


 脅しともとれる領民への攻撃。

 それは彼女にとっても一つの地雷だったのだろう。

 嫋やかなるコーデリアは微笑みで細くなっていた瞳を、薄らと開けた――。


「……。なにがどう、あなたにそこまでさせるのか、わたくしには分かりません。けれど、その心が本気だとは理解できました」

『そこまでの力がありながら、なぜ貴公は野心を持たぬのか――不思議ですね。あなたの技量ならば賢王ダイクン=イーグレット=エイシスとて逆らえないでしょうに、なぜ、一領主の器に収まっているのか』

「わたくしの方が分かりません。なぜ力があるからという理由だけで、そんなことをしなくてはならないのです?」


 聖女は言う。


「わたくしは空気の読めぬ貴族……それでも統治が成り立っているのは、わたくしの迷宮に住まう魔物の皆さまが優しいからです。わたくしには力があっても、欠けている部分が多くあるのでしょう――我が領土ですら皆の協力がなければ成り立たない、皆の力を頼りにしなければ動けない……そんな未熟なわたくしには帝国を導く器などございませんから」

『そうですか――けれど、そんな謙遜に付き合う気もありません』


 腕を伸ばす魔皇が空を割った亀裂から取り出したのは、エリクシールと呼ばれる回復アイテム。

 異界から流れ込んでくる、最上位の回復薬。

 まるでタヌキのような顔がプリントされた、少しファンシーな瓶だが、その効果は本物なのだろう。

 魔皇アルシエルが消費していた全ての魔力、体力は全回復していた。


 魔皇は再び、山脈帝国エイシスに向かい攻撃を仕掛けようとしている。

 コーデリアは理解できずにいた。

 なぜこの男がそのような、殺意や敵意を煽るような行為ばかりをするか理解できないのだ。


「理由を説明してはいただけませんか? あなたが何故そうやって、わたくしに自分を殺させようとしているのか……わたくしにはどうしても分からないのです」


 魔皇は言った。


『あなたと同じですよ。大事なモノを守りたい、ただそれだけです。ただワタシは貴公とは違う。他の全てを犠牲にしてでも、利己的になってでも――守りたいものがある。だから貴女を倒すしかない、この選択以外に答えはない』

「そうですか……。守りたいものが……ならば仕方ないことかもしれませんわね。引けないという理由もわかった気がします」


 聖女は男の言葉の裏にある感情に振れたのか。

 慈悲や慈愛を示す顔をしてみせていた。


「その御心に敬愛を――けれど、申し訳ありません。わたくしも領民を守る義務がございますので」


 それでは――と。

 聖女はまるで罪悪感を覚えながら花を摘むような、乙女の顔で腕を翳した。

 青空で輝く太陽が、聖女の純白の手袋を照らす。


「散りゆくあなたに祝福を――スキル『殺戮炎ノ自動回転刃スカーレット・バズゾー』発動させていただきますわ」


 コーデリアの宣言によって発動されたのは、四方八方から顕現した炎を纏った回転刃。

 本来はダンジョントラップとしてしかけられている、対象者を回転する炎の刃で肉を燃やし裂き、骨を断つ殺傷性の高い罠。

 それを飛び道具として、しかもその無数の刃を同時に解き放っていたのだ。


 聖女の魔術とは思えぬ、邪悪な迷宮魔術。


 ギュギュゥゥゥゥイイイイイイイイイイイィィィィィィン!

 鳴り響く其れらは、空間すらも切断して突き進む。

 破壊力と殺傷力の塊。

 飛び交う回転刃を目にした魔皇アルシエルの仮面が揺らぐ。


『ちい……っ!』


 動揺の声だった。

 それも仕方がない。

 迷宮探索の経験も多くある彼は、この罠を知っていたのだ。


 殺戮炎ノ自動回転刃。

 それは最上位の罠。


 直撃はもちろん無謀。

 魔力が尽きるまで永久自動追尾する罠なので回避は悪手。

 この罠は一度発動するとどこまでも追ってくる。


 だが、接近戦で切り落とすのも悪手。回転する刃のきっさきが剣に触れるだけで、回転刃から発生している獄炎が剣の所有者すら燃すからだ。


 だが最も恐ろしいのは、罠の直撃を受けた後だろうか。

 獄炎は魔力の炎。

 触れた対象を燃やし尽くすだけでは終わらないのだ。


 被弾し、延焼状態になった被害者がでるとその火は一気に燃え広がる。パーティー全体に広がる範囲攻撃も兼ねているのである。

 避けても接近戦で撃ち落しても被害がでる。

 対処法は二つ。


 刃の殺傷力を超える結界で防ぐか、回転刃と同じく遠距離攻撃で迎撃すること。


 とはいっても罠であるため奇襲となる、咄嗟に対応できるものも少ないせいだろう――この自動回転刃はダンジョンでも畏れられている最上位罠の一つであった。

 だが、魔皇アルシエルは別の対処法を取っていた。


『驕ったな! 聖女――自らの刃に切り裂かれて死ぬがいい!』


 相手の結界を破れないのなら、相手に破壊させればいい。

 罠を破壊できないのなら、相手に破壊させればいい。

 単純な答えだった。


 既に飛翔していた魔皇アルシエルは眩しい太陽を背に、急速落下。

 聖コーデリア卿の背後に回り。

 両翼を広げ――仮面の奥で詠唱を開始。


『聖柱よ――邪悪なる信徒の道を絶て』


 舞台の上に発生したのは、天を衝くほどの巨大で長大な光の壁が二柱。

 それは舞台を細い通路へと変形させていた。


 自動追尾の回転刃は諸刃の剣。

 聖女を盾に回避する強引な手段を取った魔皇は、光の柱で進路を妨害――聖女の避ける道を聖光による柱で封じたのである。


 配置は光柱に囲まれた細い道に佇む二人――魔皇アルシエルと、その前に聖女コーデリア。そしてコーデリアの背には、刃。魔皇を自動追尾する回転刃の順で並んでいる。

 回避は不可能。


 だが。

 ”殺戮炎ノ自動回転刃”の直撃を結界で受け止めた聖コーデリア卿は、無傷だった。

 その唇が淡々と告げる。


「先ほどの罠魔術の弱点は明白でしたもの……わたくしが、自分で防げない攻撃をするとお思いだったのですか?」

『長らく魔境を治めた魔皇を侮ってくれるな、聖女よ!』


 無論、そこまで理解をしていた。

 そんなぬるい反撃で倒せるはずがないと。

 だから魔皇は跳んでいた。


 雄々しく吠えた魔皇アルシエルの身が、赤く染まる。

 身体強化の魔術を更に重ね掛けしたのだろう。

 強化された筋力が天使の手の甲に浮かぶ血管を、凹凸が分かるほどに隆起させていた。


 斜めに、剣閃が走る。


 攻撃箇所は結界の一部分。

 バズゾーの直撃を受け、わずかに揺らいでいる結界の割れ目――ほんの少しの隙間に、剣が捻じ込まれていく。

 ズズズズズズ……。

 世界樹の杖から作り出された剣が、結界内部をこじ開けようと刺さっていたのだ。


 押し込まれていく剣。

 対抗する結界。

 魔力で強化された二者の間で重なり合う破壊のエネルギー。相殺されない魔力衝突が発生させるのは、けたたましい摩擦音だった。


 魔皇アルシエルの仮面に、僅かなひびが入る。

 押されていた衝撃だろう。

 コーデリア卿本人ではなく、ただ結界を割ろうと仕掛ける攻撃なのにだ。相手の圧倒的な魔力に魔皇アルシエルの身が押し負け、ダメージを受けているのである。


 押し切れないと判断したのか。

 魔皇の唇から挑発が発動される。


『バケモノめ……っ』

「あいにくですが、わたくし――そういう類の言葉は強さを褒められる事。称賛と受け取ることにしておりますので」


 挑発はレジストされていた。


 このまま押し負けると思ったのだろう。

 魔皇の翼が揺らぐが、その時だった。

 不意に結界を破壊しようとする剣が重くなった、いや、強くなっていた。


 パキ――。

 音が鳴る。

 仮面が割れる音ではない、剣が結界を破っていく音だった。


 魔皇に聖女。

 どちらにとっても計算外だったのだろう。

 コーデリアが困惑の息に声を乗せる。


「あら……? いったいこれは」

『ぬぅ……!?』


 コーデリアは答えを見つけたようだ。

 彼女は魔皇ではなく、舞台を見ていた。


 なにが起こっている。

 魔皇アルシエルは分からない。

 だが、聖女の顔を見ると理解できはじめた。


 聖コーデリア卿の揺らぐ瞳に、赤と黒のコントラストが輝いていた。

 反射しているのだ。

 なにを?


 それは――魔皇アルシエルが最も愛した踊りを披露する、赤き舞姫。

 そう。

 そこにはサヤカがいた。


 結界を破壊されかけながらも――ゆったりと……。

 コーデリアが言う。


「サヤカさん? どうして」

「ごめんなさいね、コーデリアさん」


 舞台に響くような声と共に。

 バサリ、バサリ。

 舞によって発生する衣擦れの音が――響く。


「わたし、この人に謝らないといけないことがいっぱいあるんです。どうやら、はい――この人を見捨てることなんて、できないみたいなので」


 荘厳な音が鳴る、スキルが空間を上書きしていく。

 そこはまるでミュージカル。

 舞台全体が、赤と黒の魔力と布で包まれ始めたのだ。


 魔皇アルシエルを守るように。

 支えるように――彼女はスキルを発動させていた。鑑定されるその名は、「最終舞踏をあなたと(ディア・ラストダンス)」。オリジナルスキルだろう。

 死んでいる筈のサヤカは魔皇の味方。対象の全能力を大幅に上昇させる舞を披露していたのである。


 周囲も騒然としていた。

 被害者が生きていたからではない。

 その舞が、人目を惹くのだ。


 聖女も呆然と見惚れていた――観衆たちの視線の先には、全てを惹きつける完成された踊りを舞う赤き美女。


 翼も声も震わせ――。

 魔皇アルシエルが肺の奥から声を絞り出す。


『サヤカ嬢……っ。どうして――どうしてあなたがここにいるのです』

「どうしてですか? そうですね――」


 踊りを継続させながらも、女はふっと微笑していた。


「ずっと何も言わずに、教えてくれずに、わたしにばかり悲劇のヒロインを演じさせていた社長さんへの最後の意趣返しのため、でしょうか。わたし、もう知ってしまったんです」

『バカなことを! ワタシはあなたのために――っ』


 初めてだった。

 魔皇アルシエルは本気で声を荒らげた様子を見せていた。


「それもあなたの自分勝手でしょう? わたしも自分勝手なだけですから、実はわたしたち、似た者同士だったのかもしれませんね。だから、気にしないでください」

『しかし』

「それよりも、わたしとあなたが生き残るには彼女を倒すしかないのでしょう? さあ、どうかご一緒に。わたしはあなたのためだけに踊ります、だから、あなたもわたしの踊りを楽しんでください」


 踊り子が、手を翳す。

 赤と黒のヴェールが、揺れる舞台の中を泳ぐように靡いていた。

 その間も世界樹の剣が、聖女の分厚く強固な結界に魔力摩擦を発生させている。


 強化された身体能力が、突破不可能と思われていた聖女の結界を割りつつある。

 だが――魔皇は告げる。


『ここは危険だ、すぐに去り給え』

「お断りします。わたしとあなたはビジネスパートナー。どちらもどちらの命令を聞く必要もない、そうでしたでしょう?」

『そんなことを言っている場合ではない、この聖女は――強すぎる』


 実際、ただ結界を割ろうとしているだけで魔皇は大ダメージを受けていた。

 防具も、壊れ始めている。

 また一つ、衝撃が彼を揺らす。


 バキリ……。

 魔皇アルシエルの仮面が、割れ。

 髪がバサりと風に揺れた。


『くぅっ、……っ――!』


 崩れ散った仮面が、舞台の上に塵の山を作る。

 魔道具が破壊された時に起こる、魔力残滓の塵だろう。

 魔境を治め続けながら。

 ずっと――顔を隠し続けていた魔皇アルシエル。


 その素顔は大衆の興味を引くのだろう。観衆はザわついていた。


 だがザワつきの原因はそこではない。

 皆が見てしまったのだ。

 その素顔を。


 素顔を隠し続けていたその揺らぎの下から飛び出したのは――壮年の美貌。


 少しだけ老いや疲れを感じさせるが、甘いマスクの絶世な色男。

 イメージはオペラ座の怪人か。

 それもサヤカ達の故郷の言葉で言えば、近代風に大幅に美化された――。


 それが天使化の影響でそうなったのか、転生前からそうだったのか。

 おそらくは後者だろう。

 サヤカは知っていた。彼を知っていた。俳優業を引退し、その知名度と美貌とカリスマを用い社長としても成功していた男。


 渋い甘いマスクの男の唇から、貫禄のある低音が響く。


『ワタシは君の踊りを失いたくなどない』

「なら、すみません。謝らないといけませんね。どんな結末を迎えたとしても、これは最後の踊りですから」

『最後?』


 言葉の意味を理解したのだろう。

 魔皇アルシエルは、酷く残念そうに、けれど決意を纏う美しい踊り手を見て。

 まさか……と唇を震わせる。


『ラストダンス――その踊りが消費するのは』

「ええ、わたしの魂そのものです」


 魂が燃えていた。

 その身が、燃えていた。

 燃えてもなお、美しかった。


 男の瞳が揺らぐ。

 瞳を合わせて、女が言う。


「その代わり、魂を燃やした分だけ仲間を大幅に強化できます。だから――これで本当におしまい。どうか一緒に、踊ってくれませんか?」


 差し伸べられたのは、指先。

 しなやかでありながら、鍛え上げられた踊り子の手。

 燃える女の最後の舞が――男に向かい捧げられる。


 男の唇が、懺悔するように蠢く。


『すみませんでした、ずっと言えなくて』

「いいえ、あなたは何も悪くない。ごめんなさい、気づいてあげられなくて」

『ワタシはあなたから全てを……奪ってしまった』


 それでも内罰的な男に、被害者であり加害者でもあった女が首を横に振る。


「いいえ、ごめんなさいね、あなたを許してあげられなくて。そしてもう一つ、ごめんなさい。あなたに全ての罪をなすりつけ、勝手に死んでしまった身勝手なわたしを。いいえ、わたしの踊りを好きなままでいてくれて、本当に……」


 ありがとう――と。


 魔皇と踊り子。

 二人の視線が絡み合う。

 もはや言葉はなくとも互いの気持ちも心も通じたのだろう。


 二人とも、相手を許している。

 許せていないのは、自分自身。


 どうせ消えるのならば、最後に美しい舞台を。

 ラストダンスの支援を受け、大幅に強化された魔皇の剣が聖女の結界を破る。

 豪快な音を立て割れた結界――身を引く聖女。


 追撃する神速の一撃が、魔皇から放たれた。

 避けようのない一撃だった。

 だが――。

 聖女は瞳で謝罪をしながら、無詠唱による結界を再展開。


 突如展開された強固な結界。

 それは――。

 致命的な反撃だった。


 魔力が散っていく。

 天使は身体を維持できなくなったのだろう。

 大天使を彷彿とさせる翼が、ざぁあああああぁぁぁぁぁっと周囲に散っていく。


 白い羽の雨の中。

 魔皇は敵を睨み告げた。


『ああ、初めから……分かっていた、あなたには敵わないと』

「ごめんなさいね……」

『それでも、こうなってしまった今は、彼女が戦いに参加する事になった今となっては……。ふふ、ワタシの力が及ばなかったことが、悔しくて堪りません』


 美貌を悲しくゆがめる魔皇が、先に崩れていた踊り子を見た。

 男は誰もが見惚れるほどの、微笑を浮かべていた。

 疲れた笑み。

 全てを受け入れた、諦めの笑み。


 自ら愛した踊りを破壊してしまった男の。

 贖罪を選び続けた男の声が――舞台に響く。


『……ワタシは……あなたに生きていて欲しかった。ただ、それだけで良かったのに……』


 けれど――と、言葉を区切り。


『何故でしょうね……どうやらワタシは、最後を共にできたことに――喜びを感じているようです……。あなたの踊りが見られるのなら……それだけで嬉しかったはずなんです……。なのに……、きっと……ワタシたちは……』


 同じ……穴の……。

 そう、満足そうに唇を動かして――。

 男は本当に、静かで美しい笑みを浮かべていた。


 ガチャン……。

 剣が男の腕から落ちる。

 魂を燃やし尽くした女の身体の側、戦闘ドレスに包まれるように落ちていく。


 力尽き、魔力を使い切ったその身を滅ぼしたのだろう。


 死んだ男の指は、死した女の頬に触れていた。

 まるで踊りの続きを催促するように。

 共に踊りましょうと――誘うように。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] いい話だ…… お互いが求めていたものを最後には手にできたと思えてるといいなぁ [一言] 魔猫師匠やそのお友達のタヌキ似の魔猫やら鶏さんやらがいれば蘇生できそうだなぁ ちょうどコーデリア…
[一言] 号泣。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ