第031話、「皇帝の慧眼」
報告を聞き。老獪達も舌を巻く賢人でありながらも美貌を輝かせるのは――鷹目の皇帝。
銀髪褐色肌の容姿端麗な男。
攻略対象属性を持つ皇帝の名は、ダイクン=イーグレット=エイシス十三世。
聖コーデリア卿の後ろ盾ともなっている山脈帝国エイシスの統治者である。
彼は顎に指をあて考えていた。
クラフテッド王国からやってきた厄介事に頭を働かせていたのだ。
暗黒迷宮の応接室にて、焼き立てのチーズケーキを切り分けるコーデリア卿が言う。
「ご足労いただき申し訳ありません、イーグレット陛下。牢にミリアルド殿下がおりますので、わたくしがこちらを離れるのもどうかと思っておりましたので……」
「構わぬ、王宮は気が滅入るからな。その点、既に転移で出入りできるここは気楽。余とて嫌いな場所ではないと貴公も知っておろう?」
「ふふふふ、そう言っていただけると助かりますわ」
皇帝は黄金装飾を鳴らしチーズケーキの皿を受け取ると、コーデリアのほわほわ顔に微笑――。
暗黒迷宮は彼の部下たちも怯える領地。
それを良い事に、鷹目の皇帝は疲れたことがあると転移――休憩場所としてここをたびたび利用している状態にある。
本来なら迷宮への転移はかなりのレベルが必要なのだが、そこは皇帝特権。
皇帝にはコーデリアから「通過の護符」と呼ばれる装備が預けられているため、いつでもどこでも、暗黒迷宮への転移が可能となっている。いつでもどこでも、という性質を利用し皇帝の身が危険に晒された時の、緊急退避手段ともなっているが――その事実を知っている者は限られていた。
ふわふわコボルトが皇帝に紅茶をトトトトトっと注ぐ。
皇帝は感謝を示すようにコボルトのモフモフ頭を、なでなでなで。
皇帝は良い奴だ! と、コボルトは尾を振り群れの仲間と認めている。
「それで、陛下――お母様のご様子は」
「貴公のおかげで安定しておる。近いうちに、自由に外出もできるようになるとのことだ。もっとも、さすがに一人で出歩いてもらうにはまだ早いがな。母メフィストはそなたに感謝し直接礼を言いたいとのことだが、実際は療養が退屈なのだろう――今度また、顔を見せてやってはくれぬか?」
「わたくしでよければ喜んで、ケーキを焼いて参りますとお伝えいただければ」
皇帝は頷き、今回の件に意識を戻し。
「では、スキルを発動するので暫し黙り動けなくなるが、気にはするなよ?」
「はい陛下」
「動かぬ余の美しさに見惚れ、頭を撫でても構わぬが――気にはするなよ?」
「はい陛下。けしていたしませんのでご安心を」
皇帝は美麗な鷹目を細め……。
「……時にコーデリアよ。このスキルは余の意識や無意識領域を全て思考や思案、謎の解明、解析にあてる知恵者たる皇帝スキル。余はしばし無防備になる。隣で警護する者が必要やもしれぬな?」
ようするに、スキルを使う間は隣に座れ。
そう言っているようなものなのだが、賢王ダイクン=イーグレット=エイシス十三世を群れの仲間と認めているコボルト達は、クワ! っと理解し。
皇帝のサイドに座り、モフ!
「まあ! この子達が立候補したようです。これで問題ありませんわね!」
「ま……こやつらも愛嬌があって愛らしいので、良しとするか……」
言って、皇帝は隣に座り守りを固めるコボルト達を見て苦笑。
スキルを発動させる。
使用したスキルは「皇帝の慧眼」、いわゆる思考加速に分類される技だった。軍師や、優れた王族職にある者が使える妙技。「賢さ」や「IQ」といったステータスを一時的に跳ねあがらせる効果のある、乙女ゲーム世界にしては少し地味なスキルである。
しかし、皇帝の瞳が青く輝き――。
その全身に神秘的な魔力を内包し始める。
自分の中の情報を神がかった速度で処理。元より賢人と呼ばれるほどに頭が回る皇帝がスキルを使用することで、まるで未来予知のような、答えを導き出すことが可能となっていたのだ。
先の騒動の時、皇帝が全てを理解し根回しをし続けることができたのも、このスキルによる影響が大きいだろう。
弱点は情報収集段階で誤った情報が入り過ぎた場合、誤った答えを導き出してしまう事だが。皇帝は賢い。それが過ちの答えならば、導き出された解の信頼度が低いと判断できる。
イーグレットにとってこのスキルはまさに相性抜群。
鬼に金棒。魔剣士に、伝説の暗黒剣を装備させた状態に近いともいえるか。
皇帝はスキルを解除し、ふむと考え込む。
スキルの終了を感じ取ったコーデリアは、胸の前で手を握って、じっと皇帝を眺めていた。
思考する美しい男の、銀の髪が揺れている。
「なるほどな――確証とはいかぬが、だいたいは読めたわ」
皇帝は警護していたコボルト達の頭を撫で、スゥっと怜悧な顔で告げ始めた。
「――そなたや魔猫師匠から乙女ゲーム世界と呼ばれる現象を聞いておるからな、ある程度の知識は既にある……あくまでも現段階の情報ではだが。おそらくその皇太子ミリアルドとやらは魅了に近い状態、失踪した悪女、ミーシャ姫に攻略されたままとなっているのではあるまいか?」
「ミーシャに、ですか?」
「うむ、稀代の悪女ミーシャ姫は転生者。それも自らの国を混乱させ、自由気ままな行動を起こしてばかりだった悪質な存在であったのだろう?」
実際に処刑同然の扱い、不帰の迷宮に落とされたコーデリアは頷き。
少し困った声で言う。
「そもそも攻略と言う現象がどういう状態にあるのか、わたくしにはいまいち理解ができないのですが」
「そうだな――推測することしかできぬが、心を奪われ、どんな事も肯定してしまう――妄信状態になる状態異常が付与されているのやもしれぬ」
「姿を消したミーシャがまたよからぬことを企んでいる……ということなのでしょうか……」
心清らかな乙女は複雑そうな顔だが。
皇帝は、ふむ……と考え。
「どうであろうな――もしいまだにそなたを狙っているのならば、もっと別の手段を取るのではないかと余の勘は告げている。そもそも何故、あの姫が姿を消したのか皆目見当もつかんからな。情報無き所で考えても徒労に終わるか、或いは――」
「まったく見当違いの答えを導き出してしまい、危険」
「その通りだ……。コ、コーディーよ」
さりげない愛称呼びであるが、思考をミーシャやミリアルドに向けているコーデリアは反応せず。
がっくしと肩を下げる皇帝の美麗な顔を見て、コボルト達がポンポンと慰めるように肩を叩いていた。
「しかし実際の問題としてミリアルド殿下をどうしたらいいのでしょうか。ミーシャに攻略され、妄信している。故に、現実を受け入れられないというのならば……このまま国に帰した所で、また戻ってきそうな気もしますし。そう考えるとわたくしも対応に困ってしまいますわね」
「クラフテッド王国の民は正気を取り戻しつつあると聞く。魔術による洗脳が解かれたようにミーシャ姫の真の姿に気付いたというのに、あの男があれではな」
牢にいる皇太子殿は不当な拘束だと抗議の真っ最中。
コーデリアや山脈帝国エイシスに対して罵詈雑言の構えなのだ。
「帝国にまで迷惑をおかけして、申し訳ありません――」
「構わぬ――そなたがいることの不利益よりも益が勝っておるのだ。それに、少しくらいはそなたの弱みを握っておった方がこちらにとっても都合がいいと言えよう。あまり弱みを見せぬ相手は信用できぬからな」
「まあ、陛下ったら」
「さて、とりあえずは皇太子殿については様子見であろうな。クラフテッド王国の王に使いは出した。王もミーシャ姫の洗脳が解かれ、かつての良き王に戻っていると聞く――そなたがいる山脈帝国と敵対する愚は犯さぬだろう、おそらくはミリアルド皇太子を諫めてくれよう」
「ありがとうございます、陛下」
見事なカーテシーを披露する美女に眉を下げ。
「これでは当分の間、統治に失敗はせぬだろうな」
「もう、陛下はどうしていつも意地悪なのですか! 以前の領地ではたしかに、領主の娘として……わたくしは周りが見えておりませんでした。対応を間違えてしまったのかもしれませんが、今度こそ失敗しませんわ!」
「そうだな――貴公の統治に不満も問題もない。だから余、個人としては問題なのだが――言うても分からぬであろうな」
温かい言葉と苦みの混じった微笑の後。
皇帝は公私を切り替えるように告げた。
「余はミーシャ姫の捜索を提案するが、いかがか?」
「ミーシャの捜索……」
「アレを攻略し、洗脳に近い状態にしておる当事者に解かせるのが手っ取り早いであろうからな。それに、そなたを狙っているのだとしたら、この機会に対処しておきたい」
「まあ! もしかして陛下――わたくしのために?」
ふわっと花の笑みを浮かべる美女の感謝が、美麗な皇帝の顔面にクリーンヒット。
会心の一撃。
鷹は耳先まで真っ赤に染め、褐色肌を熱くさせ。
「あ、あああ、あ、ああくまでも、我が国のためにな? か、勘違いはするでないぞ?」
「存じておりますわ。ふふふふ、陛下はコボルトさんが大好きですものね。領地のために心を割いてくださってわたくし、とても嬉しいのです」
清らかな乙女は、感謝を示す祈りを捧げている。
「……、す、少しぐらいは勘違いを許すが?」
「神よ、心優しき陛下に、どうか天の祝福を――」
乙女は祈りに集中していた。
聖女の祈りが、ペカーっと皇帝を祝福。
幸運値にバフがかかるが――その端正な唇からは、はぁ……と嘆息。
その慧眼により、多くの答えが見える鷹の目。
けれど彼にも見えないものがあるのだろう。
目の前の乙女が次に何をするか、それだけはまったく分からない。
だから余計に気になるのだろう。
「天然とは度し難い属性よのう」
ミーシャ捜索の提案を出す皇帝の顔は、トマトよりも真っ赤であったと。
この時の皇帝の奇行を、後にコボルトは面白おかしく語ったという。




