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第030話、二章プロローグ


 山脈帝国エイシスの暗黒地帯を支配する新勢力。

 暗黒迷宮の領主たる主君の名はコーデリア。

 先の功績により――皆から聖コーデリア卿と呼ばれるようになっていた絶世の美女は、突然の来訪者にどう対応したらいいか珍しく困惑していた。


 背中にヴェールをかけるように靡く長い栗色の髪が輝くのは、暗黒迷宮の応接室。

 茶菓子もお茶も並ぶ部屋。

 いつものもふもふコボルト達を護衛に、彼女は息を整えた。


 来客を警戒しながらも連れてきた教師、ベアルファルスに目をやるコーデリアは素直に迷いを露わにして――ふわりとした空気のままに告げたのである。


「あのう先生、いったい……これは、どういうことなのです?」


 聖女の麗しい顏――アーモンド色の大きな瞳に浮かぶのも、やはり戸惑い。

 その無垢で愛らしい姿は、のんびりと周囲を探るリスのように見えなくもない。


 対するベアルファルス講師はガシガシガシ。

 大きな手で自らのボサボサな髪を掻いている。無精ひげがいつもより濃い。眠気が襲っているのだろうか――やはりいつもよりその瞳も少し垂れていて、精悍な男性が好きな迷宮内の女性オークが、やぁぁぁぁ、色っぽいおじ様よ~、と色めき立っているが。

 ともあれ、本当に緊急で飛び起きやってきたのだろう。


「すまねえな、本来なら客人を連れてくるのならば手続きを踏まねえといけねえんだが」

「こちらの黒髪の方は……お客様ですわよね?」

「ああ、この御仁がどうしてもお前さんに会わせろと言って暴れていたそうなんでな。どうやら他国の王族らしいし……対処に困っている。まあイーグレット陛下にも話は飛ばしている、そのうち対応に来るだろうが――」


 端整な熊男と言った風体のベアルファルス講師は、ちらっと面倒そうに後ろを見る。

 例の来客である。


「さすがに、他国の王族を関所の入り口で暴れさせたままってわけにはいかなくてな」


 関所で暴れていた王族。

 どう見ても厄介事である。

 ただコーデリアには思い当たることが数件あった。なにしろ亡命してこの国にやってきているのだ、それなのに広大な領地を所持している。もちろん荒れた、利用価値もない暗黒地帯だったのだが――そんなことを他国の王族が理解しているとは限らない。


 コーデリアは思う。


 これは、周辺国家が圧力でもかけにきたのかしらと。

 ならば、イーグレット陛下の安全が問題ですけれど……おそらくは、無事。

 そう冷静に判断している。


 理由は単純だった。

 魔猫師匠の存在である。

 あのドヤを絶やさぬ太々しい顏の黒き魔猫は現在、王宮におでかけちゅう。


 王宮は魔猫師匠のお気に入りスポットなのだ。

 ポカポカな冬の太陽でモフ毛をふわふわにさせるので忙しい――と、ニヤリ。今朝も早くからエイシスの王宮に遊びに行き、イーグレット陛下から豪勢な朝食を貰い、高いびき。

 お腹を出して日の当たるテラスで昼寝中らしいが――。


 師匠が王宮にいるのならば、陛下の身に危険はない。

 いつも師匠はイーグレット陛下の絶世の美貌など気にせず、肉球でぺちぺち、本人はドヤ顔で毛繕いをしながら言っているのだ。

 私に毎日豪勢なグルメを用意する下僕こぞうは、なかなかに見所があると。


 ようするに、グルメを提供してくれる陛下の安全は、どんなことがあっても守るだろうとコーデリアは確信していた。

 ならばとコーデリアは、目の前で鼻息を荒くする王族を見る。


 二十歳ぐらいの長身な男。美青年と言っていいだろう。


 もし師匠に言わせるならば、乙女ゲーム世界の攻略対象顔、類まれな、端整な顔立ちの聖騎士である。

 黒い髪に、黒い瞳。

 頬には古傷があるが、それが男の顔のアクセントになって――際立ち。美麗な顔立ちに精悍さを加味させている。

 男が美麗な顔立ちを剣のように尖らせ言う。


「離せ、無礼者――! 田舎帝国の軍人は礼儀を知らぬのか!」


 声だけで生計を立てられそうなほどの美声だった。

 やはり攻略対象と呼ばれる属性を持つものだろう。彼らを探す際の重要な要素。共通する特徴として、この美声は大きなポイントなのだ。


 魔術による警戒をそのままに、ベアルファルス講師は眼光を細め――。

 相手を威圧する、凄味のある顔を作っていた。


「どっちが礼儀知らずなんだか――ったく、ガキが。これだから王族は嫌いなんだ」

「なんだと!」

「文句があるのなら、うやまわれる対応とまではいわねえが……せめて嫌われないような態度を見せてくれなきゃ、な。こっちだってそちらさんの態度に応じた行動になっちまうよ」


 ベアルファルス講師は息を吐き。

 更に戦鬼としての覇気を滲ませ言った。


「お前さんは関所の人間に怪我をさせた。それも双方の国の派遣員にだ――こっちはあの場でお前さんを殺したとしても文句が言われねえ立場なんだがな」

「その覇気に魔力――そうか、お前が戦鬼ベアルファルスか」

「おっと、男に名乗る名前なんてねえから自己紹介を省いたが――知っていやがるなら話は早い」


 黒髪の聖騎士とかつて傭兵長だった英雄は、距離を取り。

 ギリ――。

 戦いの構えである。


 ちなみにここは応接室。

 本来なら護衛のコボルト達が、ビシっと左手で構えた剣や槍で諫める場面だが、彼らは尻尾を振って主人のお茶菓子を狙うばかり。

 まったく害意を気にしていない。

 むしろ、なんかじゃれてるねえ。ぐらいの、軽い空気である。


 そう、正直暗黒迷宮の魔物達や、魔物たちを統べる領主、聖コーデリア卿に比べると彼らのレベルは低い。

 ベアルファルスを含め、まったく警戒されていないのだ。

 それでもコーデリアはのほほんと言う。


「わたくし気になるのですが――」

『なにがだ!』

「まあ! 同時に同じ言葉だなんて、相性がいいのでしょうか。しかしわたくし分からないのです。殿方ってどうしてそう戦いがお好きなのです? にらみ合うとすぐにそうなりますわよね?」


 ベアルファルスの背筋がわずかに揺れる。

 喧嘩はよくありませんわ、と無自覚の圧力がくると察したのだろう。


「ち……っ、悪かったよ」

「ほう、自ら退くとは戦鬼殿も所詮はその程度の器か。これでは警戒していたこちらが愚かではないか」

「勝手に言ってろ。で、コーデリア卿。こいつはなんなんだ?」


 聞かれて、コーデリアは首を横に倒し。


「何の話です?」

「とぼけるなよ、知り合いなんだろう、この王族のぼんぼん様と」

「構わん、コーデリアよ――私はそなたを憎んでいるが、名を語る許しを与える。戦鬼殿に伝えて差し上げろ」


 まるで黒狼のような顔が、コーデリアに命令しているが。


「あのう、なんの話です?」

「は? まさかこの私を忘れたなどと言うまいな? それとも我が妹を陥れ失脚させた悪女は、捨てた国の皇太子の顔など忘れてしまったと?」


 ベアルファルスが目を見開き、無精ひげを筋張った指で擦り。


「なるほど、そういうことか」

「ようやく、理解して貰えたようだな――私はコーデリア、卑怯で愚劣な魔女たるおまえに復讐に来たのだよ」

「逆恨みもいいところだろう」

「黙れ! 何も知らない部外者が口を挟んでいい領域ではない!」

「――陛下の判断を仰ごうかとも思ったが、止めだ。コーデリア卿の命を狙っているならば、ここで消えて貰う」


 殺意と敵意が渦巻きだす中。

 コボルト達にケーキを切り分けるコーデリアが言う。


「あの、お知り合いなのです?」


 空気が緩む。

 一瞬、ベアルファルスも黒の聖騎士も言葉を失い。


「いや、知り合いも何も――」

「どこまでも我が王族を愚弄して――っ、我が名はミリアルド=フォーマル=クラフテッド! 現在のクラフテッド王国が王位継承権第一位の聖騎士。貴様が罠に嵌め失踪させたミーシャの兄! 貴様に正義を知らしめるために来てやったのだ!」


 しばしの沈黙が走り。

 側近のお惣菜屋さん、軍服死霊のソドム氏が領主コーデリアにヒソヒソヒソ。


「まあ! ミリアルド様でしたの!」

「はぁ!? 気づいていなかったのか!?」

「申し訳ありません、クラフテッド王国のことはもう綺麗さっぱり過去の事として忘れておりましたので……気が付きませんでしたわ」


 悪意皆無のにっこりである。

 そして聖女は続けて言った。


「それで――実力ではかなわないと判断したのか、わたくしの父を拉致しようとしていた殿下がどうしておめおめとわたくしの前に? 屋敷妖精のシルキー様に吹き飛ばされてどこかに転移されたと聞いていたのですが。ともあれ、わたくし、さすがに身内の命を狙われては黙ってもいられませんので」

「な、おい!」

「淑女オークの皆さま、殿下を牢にご案内を」

「ふざけるなよ、コーデリア! 国際問題になってもいいのか!」

「山脈帝国エイシスとクラフテッド王国は国交を樹立しておりません。よって、あなたは関所で暴れたただの危険人物。この場で処刑しないだけ、温情なのですが……」


 ベアルファルスが言う。


「あぁ、殿下とやら。一応言っておくが、コーデリア卿が言っていることは実際正しいぞ? その場での討伐も検討されていた。だが状況も分からねえし、聖女の知り合いっぽいから念のためにここに連れてきたんだが……って、聞いちゃいねえな」

「そちらがその気なら、私にも考えが――って、おい、なんだこのドレスを着飾ったオークどもは! やめ! 離せ! なぜ聖騎士たる私の力に抗える!」


 見た目だけは麗しい、暴れる黒き殿下を淑女オークたちががっちり掴んで。

 ふしゅーっと、鼻息荒くオークスマイル。


『領主様、この御方の接待は――』

「ええ、あなたがたにお任せしますわ。ただし、イーグレット陛下の判断を仰ぎますのでそれまでは丁重に――」

『お任せくださいませ、殺さなければよろしいのですね?』

「はい」

『味見させていただいても?』


 淑女たちはじゅるりと舌なめずり。正統派イケメンを狙う、オーク♀の顔である。

 むろん、そういう意味だろう。

 けれどコーデリア卿は純粋な乙女。


「よくわかりませんが。本人の同意次第……かと?」

『寛大なお言葉、感謝いたしますわ。それではダーリン♪ 我が牢にご案内いたしますわ!』


 淑女オークたちに運ばれ聖騎士ミリアルドが叫んでいるが。

 コーデリアは気にせず、一言。


「いったい、なにをしにきたのでしょうか」

「い、いいのか? あれ、危ねえぞ?」

「ふふふふ、ご安心くださいベアルファルス先生。淑女オークさまたちは立派なレディ。わたくしよりも優雅で、美しく、舞踏会でも人気で――わたくしの先生方でもあるのです。乱暴などしませんわ」

「いや、そりゃ暴力って意味での乱暴は……心配してねえが。けどなんつーか……あれ。たぶん、その、貞操とかそういうのが危険っつーか」


 ベアルファルスは、少し言いにくそうに乙女をちらり。


 聖女、天然発動である。

 ベアルファルスは状況を理解していたが、やはり乙女は理解せず。

 きょとん。


「ま、本来ならマジで処刑されても仕方ねえ状況だ。自業自得か……」


 熊男は、はぁ……と、今回の騒動の始まりに深い息を漏らしたのだった。


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