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第027話、いつでもあなたは邪魔をする【ミーシャ視点】


 肥大化し、下半身の肉塊を武器とし暴れる巫女長だったモノ。

 堕ちた聖職者を眺める者はまだほかにも存在した。


 それは愉快犯ともいえる元凶の一つ。

 天使。

 実験感覚で落とせそうな人間を利用する、小さく美麗な美青年。

 ミーシャの天使はスラム街に一つだけある教会の屋根から、惨状を眺めていたのだ。


 魔力の檻の中で身を軋ませ、魔物として暴れる「巫女長だったモノ」に賛辞を送り、天使は翼を広げていた。

 エイシスの騎士団も、貴族学校で戦える教員や生徒も。

 さんざん暗躍していた聖職者も、ひとつの巨悪を倒そうと協力している。


 そしてその中心には新米領主コーデリア。

 あれは間違いなく本物の心清らかな聖女だろう。

 それを醜く潰してやったらどれほどに心地がいいだろうか? 天使は考え、下卑た笑み。


『ははははは! おもしろいねえ、実にいいねえ!』


 転生者が世界を滅茶苦茶にする。

 それは乙女ゲーム世界にはなかった設定、けれど、彼が転生した時には既に――この世界で転生者は邪悪な存在として伝承されていた。

 つまりは過去にも似たようなことがあったのだ。

 転生者は複数存在したということでもある。


 そして転生とは、人間が人間に転生するだけとは限らない。

 そう、このミーシャの天使のように。


『教会の連中も馬鹿だねえ、まさか天使に転生している転生者がいるとは微塵も思ってなかったんだろうけれどさあ! この世界は最高だ! 転生しちゃったときはバカな女どもの楽園だと知って絶望していたけど、こんなに楽しいことができるなんて、転生最高!』


 その姿は優美だが、もはや神秘的な要素はない。

 ただ見た目だけが美しいだけの、姑息で卑怯な転生者。

 人の目がないからだろう、その神話彫刻のような美麗な顔立ちはイヒヒヒヒヒっと歪んでいる。


 崩れる教会を前に手を叩く天使。

 それは一種の退廃的な芸術に見えなくもないが――。

 そんな外道を見上げる転生者ミーシャは、怒りを隠せず吠えていた。


「なにがおかしいの!」

『あっれー? なんか怒ってるミーシャ?』

「当たり前でしょうっ――」


 ミーシャ姫は黒のドレスと黒髪を揺らし、魔術を維持。

 スラム街全体に範囲回復魔術と王族の結界を張りながら、かつて外道だった姫は悪魔を睨んでいたのである。

 状況を察した天使は翼を広げて、苦笑してみせる。


『ありゃりゃりゃ、ゴミみたいなスラム街なんて守っちゃって。今更いい子ぶってるのかな? そーいうの、疲れない?』

「おあいにく様、あたしはあんたを消すためならなんだってするってだけ」

『だろうね、たしかに僕は君を少しはそそのかしたさ。けれど、勘違いはしないで欲しいねえ。君がやった悪行の数々のきっかけは確かに僕さ? それは認めましょう。はいはい、認めます。けどさあ、それって全部君自身の欲望だろう? 勝手に友達を恨んじゃって、嫉妬しちゃってさんざん意地悪をしちゃって、歯止めが効かなくなっただけじゃん? 僕のせいにされても困るんだよねえ』


 それにぃ、と。

 天使の瞳がまるで蛇のように細く締まっていき。


『君はかならず報いを受ける。だってそうやって正義の味方ごっこに目覚めても、いままでやってきたことはなくなるわけじゃないじゃない? あれー? それともお、君は自分がやってきた悪事をもう忘れちゃったのかなぁ?』

「報いを受ける? 上等じゃない」


 姫は不敵に笑っていた。

 天使は気に入らなかった。


『なんだいそれ、君の顔、なんか不愉快だね』

「逆にあたしは今のあんたの顔は愉快よ? 天使様だって思っていたけど、あんた、実際はどこにでもいそうなつまんない大人なんじゃない?」

『はぁあぁぁぁぁあ? 何言ってくれちゃってるのかな? グズで最悪なクソガキのくせにさあ?』


 余裕のない天使の顔を見て。

 大人になった少女は、やはり余裕ある笑み。


「あんたと離れる時間ができてから気付いたのよ。あんた、もしかして転生者なんじゃない? それも死ぬ前のあたしと同じで、すんごいつまらない普通の人間。全部他人のせいにしてきた、誰かのせいにしないと生きられない。前を見て歩むことを止めてしまった――」

『それ以上くだらない言葉で僕を愚弄するな――っ、僕は天使だぞ!』

「ほらやっぱり、小者ね。その顔、人間そのものじゃない」


 はぁはぁ……と、乱れた息を整え。

 体裁を取り繕った天使は言う。


『……、つまらなくなったね。君』

「最高の誉め言葉をどうも」

『なぜ気が付いた。僕は一切、ひとつたりともヘマをしていない筈だ。転生者だって気が付かれるはずがなかった』

「理由は単純よ、あんた、あたしにそっくりだもの」


 さんざんに周囲を操っていた天使が、ギリリと歯を嚙み締める。


『この僕がっ、おまえみたいな屑とそっくりな筈がっ』

「あは! ほらその顔! あたしにそっくりじゃない!」


 ミーシャ姫は自暴自棄ではなく、吹っ切れた乙女の顔で言う。


「あんただけは絶対に道連れにしてやるわ」

『ああああぁあ、うざいうざいうざいうざい。あのコーデリアとかいう女も、君も、どーして僕の玩具になってくれないかなあ?』

「やかましい――!」


 姫は吠えているだけではなく、その声には中級暗黒魔術「闇の矢」が乗っている。

 ゴゥゥゥゥ――!

 光裂く闇の矢を回避しながら、天使は姫に手を振ってみせていた。


『はい、ハズレ。人間如きが多くの欲望を吸っているこの僕に勝てるわけないじゃん? バカなのかな? 痛い目を見ないと分からないかな?』

「あら、それでもあなたはあたしを宿主として顕現しているのでしょう? あなたはあたしを殺せない」

『お前に僕は殺せないよ! だって、僕を殺しちゃったら、もう二度と大好きな課金ができなくなるんだからさぁあぁぁぁぁ!』


 はははははは――!

 退廃的な天使は嗤う。


 知っていたのだ、ミーシャが自分を殺すことができないと。

 欲望を一度でも知った人間は、その欲望から逃れることができないと。

 その筈だった。


 だが。


『え……?』


 ミーシャの放つ闇の矢が、天使の翼の一枚を貫いていた。

 天使の瞳が――散っていく翼を見る。

 間の抜けた言葉が、軽薄そうな唇から零れる。


『なんで?』

「今のあたしの欲望はあんたが目の前で死んでくれることだけよ」


 もう一度、闇の矢が飛んでくる。

 咄嗟に避けて、天使は翼を押さえて飛翔する。


『ふざけるなよ!』

「あんたはあたしを殺せないけど、あたしは違う。あんたを殺せる」

『バァァァァァカ! 僕が死んだらお前も死ぬんだよ! 僕とお前は願いと寿命という糸でつながっている、おまえから吸った寿命が吹き飛ばされた時、おまえだって――』


 また言葉の途中で飛んできたのは――闇の矢。

 天使の眉間と、心臓を狙った二射。

 必死に避け、天使は吠えるように叫んでいた。


『どうしてだ……っ!?』

「あんたと心中はごめんだけど、あんたが苦しむ顔を見ながら死ぬなら悪くないじゃない? さあ、汚いクズ同士、一緒に消えましょう――っ」


 なんで、なんで。

 いつかのミーシャの言葉が天使の心を揺する。

 同じ、あの時と同じ。


 この女と同じ言葉が出そうになる。


『ああ、うざいうざいうざい! 友達を不帰の迷宮に落とさせてやった時には、両方ちゃんと踊ってくれたじゃん? あの頃の君たちに戻ってよ、ねえ、思い通りにならない玩具って最悪だよ。それが嫌ならあの時みたいに自分一人で勝手に、死んでくれないかな? 得意だろう? 自分で飛び込むのがさぁ!』


 天使は全力で飛翔する。

 まだ道はある。

 巫女長には最強の課金アイテムを押し付けてやったからだ。

 あれは必ず、聖女を殺す。

 そして――。

 コーデリアを殺した巫女長だったモノを吸って力を吸収する。

 それが彼の計画だった。


 だが。

 コーデリアを倒すはずだった、名前すら知らないバカな女の身が、解呪されかけていた。


『おい、なんでだよ――動けよ、なに、やっと解放されるみたいな顔をしてやがる。おいブス! クソ女! さんざん若返らせてやっただろう! 動けよ! 僕のために、その女を殺せ!』


 コボルトが放つ鎖。

 軍服死霊が穿ち放つ、魔力性の死者の腕。

 皇帝イーグレットとベアルファルス講師が率いる人間の軍隊による、魔術拘束。

 そしてその中心では――祈る乙女。

 聖女コーデリアが、慈悲と慈愛の魔力を纏って地脈に眠る精霊の光――妖精光すら発生させて、詠唱していた。


『なんでだよ、なんでアレが負けている』

「分からないの?」

『だって、あれは――最強の課金アイテムなんだぞ!』

「あんたの敗因は全てを見下していた事。天使に転生したって中身がそれじゃあ、どうしようもないってことよ。それに――一番の敗因はあの聖女コーデリア。ろくに警戒もせずに、調べもせずに天使様の気分で――あの天然女に関わったことよ」


 コーデリアが詠唱を完了させると、光の柱が天に向かって伸びていく。

 それは巫女長も使っていた”解呪”(ディ・スペル)の上位魔術だろう。

 課金アイテムによって変貌していた巫女長の呪われた身体が、元の人間の姿へと変換されていく。


 神々しい光の中。

 黒鴉姫と呼ばれた悪女は言う。


「あいつはいつだってそう、いつでも誰かの邪魔をする。全部を台無しにしてくれちゃうのよ――本当に、大嫌いだった。でも、今だけは感謝してあげるわ」


 狼狽する天使の頬を、再び闇の矢が切り裂く。


「あのバカ女の空気の読めなさを――舐めるんじゃないわよ!」

『コーデリア……っ、あの女は、いったい、なんなんだよ!』


 天使が翼を広げ、聖なる魔力の弓矢を顕現。

 その矢先が向かうのは、解呪の魔術を成功させ油断している聖女コーデリア。


『あんなお花畑女、どうでもいい、ああ! あいつがなんなのかなんて、もう、どうでもいいさ! あいつを殺して、霧散した魔力を吸えば――まだ、間に合うんだからな!』

「キース!」

「は――!」


 光の矢の射線上に、執事キースが跳躍し割り込む。

 教会の屋根の上からのジャンプ。

 ただ、一瞬邪魔をしただけだ。


『馬鹿め! 同時に射抜いてやるだけだ、ははははは! 天使様の力を舐めるなぁああああああぁぁ!』


 だが天使の腕は、ギギギギギっと固まっていた。

 動かせぬ弓を見て、天使は苦悶と憎悪を吐き散らす。


『なんでだよ! どうして、なぜ弓が撃てない!』

「あんたはキースへの干渉を課金によって禁じられている、自分の力に足を引っ張られて死になさい!」

『や、め――っ!?』


 天使の眉間にミーシャ姫の闇の矢が刺さったのは、その直後。

 崩れていく教会。

 その大きな鐘を背景に。

 天使と悪女の血吹雪が飛ぶ。


 ゴーンと鐘が鳴り続ける廃墟に、天使の身体が落下していく。

 悪女の身体も――スラム街に沈んでいった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 連中とは程遠い三下だったか 最後まで暗躍してくれると思ったのになぁ お猫様の御名を聞いて恐怖に震えあがる様を見たかったが、三下だったんじゃあしょうがないね
[一言] 猫を崇め、グルメを献上すれば救われる。 反省する罪人は報われる。 それが、ケトス式気まぐれ救済理論。 反省できるか、否か。 身分を弁えられるか否か。 猫を敬い、讃えるか否か。 そこで全てが(…
2024/01/06 22:44 退会済み
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