第026話、コーデリアの弱点
突如現れた魔物「巫女長だったモノ」。
教会地下から出現したそれを認識した組織は複数存在していた。
まずは現場にいた聖女コーデリアと聖職者たち。
彼らは巫女長の変貌や、コーデリアが転生者ではなかったということで行動を共にして地上に浮上。
コーデリアが聖女のオーラを放ちながら言う。
「街で生きる者たちの命を守ります、協力していただけますね?」
「し、しかし――我等は……」
「協力していただけますね?」
聖女は二度めのにっこりである。
聖職者たちも街を破壊する巫女長だったモノを放置するのは違うと感じたのだろう。聖女の天然圧力に負けていた。
一方、教会を囲んでいた軍服死霊とコボルト達はコーデリアの姿を確認し。
転移で目の前に顕現。
軍服死霊が空洞イケメンの包帯顔から、白い歯を輝かせ。
『ご無事でしたカ。我等が主君、領主コーデリア=コープ=シャンデラー聖女。此度の指揮は吾輩、軍服死霊ソドムが務めさせていただいておりまス。承認いただけますナ?』
「領主として認めます。ソドム、あなたは引き続き軍の指揮を。適材適所。おそらくわたくしよりも得意でしょうし、任せても?」
『御意。しかシ――この魔物は一体』
コボルト達がわしゃわしゃモフモフの毛を膨らませ、モフゥ!
『女王様だ! 領主様だ!』
『ねえねえ! 僕たち頑張ったよ! 褒めて褒めて!』
「心配をおかけして申し訳ありません、それで、街の人たちには――」
『うん! 怪我をさせてないよ! 守ったよ!』
「そう、良い子ですね。あとでご褒美を差し上げないと――ふふふ、なににいたしましょう」
微笑むコーデリアの裏では、怒り狂って挑発状態にある「巫女長だったモノ」がガシガシガシと肉の触手攻撃。魔竜の胸板すら抉り貫通する一撃を放ち続けているが、全ては軍服死霊ソドムの専用死霊刀「轟毛螺」で弾かれ吹き飛ばされている。
そんな護衛状態の軍服死霊を振り返った聖女は、のほほんと言う。
「その方は魔導書に乗っ取られているようですので、なるべくなら殺さないでください。罪があるのならばそれを裁くのは国のトップであるイーグレット陛下の領分。わたくしたちは拘束するだけにとどめておきたいのですが――」
『承知――ですガ、被害が広がるようでしたラ』
「ソドム、あなたがそう判断されたのでしたら、それは既にどうしようもないという事です。後でわたくしが蘇生させますので、速やかに――排除を」
『仰せのままニ……』
「まずは教会施設の外にでないように囲ってしまいましょう」
言って、聖女はこともなげに空間を湾曲させていた。
空間に無理やり捻じ込んだ隙間に、魔術の檻を発生させ逃走不可状態を付与していたのである。
むろん、聖職者たちはドン引きである。
そんな領主の高位魔術を、眼球無き眼で拝んだのだろう。
軍服死霊ソドムの魔術包帯の下で、黒い肌が僅かに揺れる。
胸板を突き出し、天に吠えるように軍服を揺らし。
ソドムは歓喜と狂喜に満ちた嗚咽を吐き散らす。
『グハハハハハハハハハ! 素晴らしイィイ! ああ、我が主の魔術ハ! 実に滾ル! 吾輩を高揚させル!』
ふははははは! と死霊としての魂魄を周囲に撒き散らす姿は邪悪そのもの。
魔猫師匠はあの死霊をゲーミング包帯と呼んでいるが、多種多様な色に輝く包帯からは常に魔法陣――攻撃魔術が放出され始めていた。
よほど巫女長よりも危険な存在に見える。
「せ、聖女コーデリアよ、このネームドモンスターはいったい……どこの国の軍服かも分からぬ、最高位の死体から蘇ったアンデッドのようだが――だ、大丈夫なのか?」
「ソドムさんのことですか?」
「あ、ああ――」
「そうですね、少し不安もあるのです……」
聖女の戸惑いが、地下から回収された聖職者の喉をごくりと上下させる。
「それほどに、危ない魔物だと……?」
「いえ? わたくしが心配なのはソドムさんの安全のことですわ」
「あ、安全!? 急に暴走して暴れないかという事か!?」
「ふふふふ、もう殿方はすぐに冗談をおっしゃるんですから。わたくしが案じているのはソドムさんが怪我をしないかどうかですわ。なにしろソドムさん、ダンジョン一のお惣菜屋さんですし」
コボルト達が美味しんだよね~とわふわふモコモコ。
頬毛を膨らませてじゅるり♪
「い、一応聞くが……惣菜屋とは、あの惣菜屋か」
「ええ、非戦闘員ですわよ?」
「あれのどこが非戦闘員だ! めちゃくちゃ刀で、ずがずがどすどす。あの巫女長様だったバケモノを押しているではないか!」
「我が領土、暗黒迷宮はダンジョン。ダンジョンで店を経営する店主たるもの、泥棒や強盗への対処のために武を極めるのは当然では?」
「どんな魔境なのだ……貴女の領土は」
「ふふふふ、今度ご招待させていただきますわね」
死んでも結構、そう飛び出かけた言葉を飲み込み聖職者たちは首を横に振る。
もはやツッコミを捨て、理解したのだろう。
こいつらのことをまともに考えても無駄だと。
そんな彼女たちとは違う場所。
異国の御令嬢と従者は、動きがあった教会を眺め行動を開始していた。
御令嬢の名はミーシャ。
あの転生者、黒鴉姫ことミーシャ=フォーマル=クラフテッドである。
「ほら、キース! 言ったとおりだったでしょう! あの女は行く先々で騒動を引き起こす、今回も潜伏していればいいだけ。こうやって表に出てきてくれると思ってたわ!」
「そ、それはよろしいのですがアレは一体……っ」
「たぶん変異魔導書:女教皇の効果で呪われた人間……だと思う。攻略サイトで見た覚えがあるわ。優秀な聖職者が堕ちたなれの果てって言ったらいいのかしら……あれも課金アイテムだから……あの天使の仕業ね」
天使と聞き、執事も板についてきたキースの端整な顔立ちに、僅かな凄味が浮かんでいた。
「強い、のですよね」
「まあそれなりにはね。でも、問題はそれよりも――」
ミーシャは周囲を見渡し、唇を僅かに噛んで考える。
「あれってね、発生しているだけで周囲の人間の生命力を吸い取っていくのよ。あそこのバカ女……いえ、コーデリアやその周辺のハロウィンみたいな魔物連中や、腐っても聖職者の連中は問題ないでしょうけど」
「ハロウィン?」
「ああ、もう! そこはどうでもいいの! ともかく! コーデリアは自分が強いから、あれがどれだけ周囲に影響を与えるか全くわかってない! このままじゃあ体力が人並みにある貴族や通常の街の人たちは平気だけど」
「スラム街の民は、危ないと?」
「そ、お優しいコーデリア様が施しをお与えになってマシになってるとはいえ、まだ完全に復興してるわけじゃない。大量に死人が出るわ」
キースは考えたのだろう。
やっと見つけたコーデリアと再会するか、それとも――。
あの天使についてコーデリアに教えないと、ますます被害は広がる。だからこそだ、この機会を捨てるべきではないと知っていた。
スラム街を見捨てたとしても、先に起こるだろう天使による被害を減らせるのなら――死者は減る。
しかし、キースの顔面を叩いたのは――姫としてのミーシャ姫の声。
「なにをしているのです、キース! 早く行きますわよ」
「スラム街に向かわれるのですか!?」
「仕方ないでしょう! コーデリアのバカは……っ、全部自分基準で考えて、周囲なんて見ていない。いえ、見ることができないのっ、あの天然は知っているでしょう!?」
既に山脈帝国エイシスで暴れまわっている。
天然無双の噂は山ほど入り込んでいた。けれど、常に転移で移動しているので本人を発見することはできていない。
「だから、あたしたちがスラム街を守るの! あなたのおかげで魔力はだいぶ補充できている、結界と範囲回復魔術を同時に使えば――いけるわ」
「ようやく神出鬼没のコーデリア様を発見したのに――ですか?」
「あのバカ女はっ、たぶん自分が気付かなかったことでスラム街が全滅していたら、立ち直れない。あいつは強そうに見えて、どんなことでも天然で吹き飛ばすように見えても、心は普通の女の子なの。いえ、普通の女の子よりももっとずっと、純粋。そういう面倒な女なの!」
悪態をつくミーシャだが、その脳裏にはかつて友だった頃の聖女との思い出が過っているのだろう。
あの天然に振り回された過去が、多くあったのだろう。
嫌いだったからこそ、ミーシャはコーデリアの本質を知っていた。
誰よりも、コーデリアの弱点が理解できていた。
「勘違いしないで――あいつのためじゃないわ。コーデリアの心がここで折れちゃったら、天使に対抗できなくなるっ。それだけの事よ」
「はい、それだけの事ですね」
言って、キースはミーシャを抱き上げ、お姫様抱っこ。
黒鴉姫を運ぶモブ従者の図であるが――。
力強い腕の中で姫が唸る。
「ちょっと、なに!?」
「執事職の強化魔術を修得しましたから。わたしが運んだ方が早いでしょう、急ぎますよ――」
聖女の戦いの裏で守るために動いた者がいた。
その様子を眺めていた黒猫は、ほぅ……と感心したように髯を蠢かしていた。




