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第025話、暴かれる真実


 先の内乱を引き起こしていた首謀者、かつて神童と呼ばれた聖職者。

 ピンク髪の巫女長。

 錫杖を手にする邪悪な女は閉鎖された転移部屋の前で、しゃらん――。


 錫杖の底が、血に濡れた床を強打していた。


「転生者コーデリア……っ、どうしてあなたがここにいるの!」

「どうしてと言われましても、わたくし、案内していただいたお部屋にハンカチを忘れていたことに気が付きまして。ほら、やはり淑女たる者、座る前にそっと敷かせていただきますわよね? 取りに戻ってきてみれば、なにやら騒いでいらしたでしょう? それでどうしたのかと思いまして、後をつけさせていただいたところ、巫女長様がご乱心のようでしたので」


 言って、栗色髪の美しい乙女は人類史に刻まれていない、理解不能な回復魔術を片手に微笑み。


「死者が出たら蘇生するのも大変でしょう? ですので、回復させていただいたのですが」

「だいたいどうやって牢から出たというのです!」

「どうとは、普通に転移魔術で……」

「嘘おっしゃい!」


 国単位の規模で行う儀式魔術とて防ぐ、絶対魔術封じの部屋だった筈だと巫女長は髪を振り乱している。


「たしかに、ちょっとビリっとしたかもしれませんが……」

「ビリっですって――」

「はい、けれどおそらく稚拙なつくりの結界だったのではありませんか? とても脆くて古い結界だったのですね」

「稚拙? 古い」


 巫女長が歯をギシッシシっと軋ませ。


「あれはわたしがまだ十歳の神童だった頃に作り上げた、本物の、一番、力が宿っていた頃に作った結界なのですよ!」

「まあ! 三十年ほど前の巫女長様が!」

「三十年前と言うなぁあああああああああああああああぁぁぁ――ッ!」


 コーデリアはこてんと首を横に倒し、じっぃぃぃぃぃぃ。

 事情を知りたいとばかりに周囲をきょろきょろ。身体が真っ二つにされていた治療済み聖職者に目をやって。

 切断された服を魔術で再生させながら言う。


「巫女長様は、何を怒っていらっしゃるのです?」

「わ、分からないのですか!?」

「なにがでしょうか――」

「で、では今の煽りを煽りと思わず素でやっていると!?」


 年齢の話題はタブー。

 けれど不自然に触れないのもタブー。

 巫女長の周りはいつでもそのラインを読むことに悩まされていたのだが――。


 聖女コーデリア。

 彼女は地雷を踏み抜き、更に見事なダンスまでしてみせたようなもの。

 巫女長が言う。


「ああ、そうですか。わたし、あなたみたいな天然ぶった小娘は大嫌いなのです。お願いです、どうか死んでいただけませんか?」

「お断りさせていただきますわ。わたくしは領主、民を置いては行けませんもの」


 聖女はまったく動じず。

 目線をやはり、じぃぃぃぃぃぃい、殺されかけていた聖職者たちに戻し。


「それよりも――これはいったいどういうことですの? なぜ、味方であるはずのおじ様の胴体を半分にしようとしていたのです?」

「何故ですって?」

「仲間割れと言うには少し違和感がありますし。いったいどういう事情なのでしょうか」


 巫女長は悟った。

 おそらく聖女は内乱の真実を知らない。

 皇帝ダイクン=イーグレット=エイシス十三世は聖女に事情を説明していない。


「そう、やはりあなたもあの小賢しい皇帝に利用されているだけのようですね――」

「主君に向かい小賢しいとのお言葉はあまり感心できませんわね」

「あなたは皇帝に利用されているのですよ?」

「利用、ですか?」

「ええ、あなたを単独で動くバケモノのような存在として扱って、囮にしているのです。わたしを陥れるために、なんだってするでしょうからねあの賢しい小僧は。わたしは皆の幸福のために動いていたというのに、逆恨みもいいところです」


 聖女はしばし考え。


「そうですかイーグレット陛下が……わたくしを」

「ええ、そうよ! だから! あなたにとっても、あの小僧は敵でしょう!?」


 だが聖女は微笑んでいた。

 全てを許し、全てを受け入れる聖女たる清廉さで告げるべく口を開き始めた。

 地下の筈なのに、発生していたのは光。


 通路が聖光で満たされていく。


「いいえ――たとえあなたが仰る事が真実だとしても、異邦人たるわたくしをこの国に受け入れて下さったあの方を信じております。それに……きっと、陛下も心を痛めておいででしょう。あの方はとても優しい方ですから――民のためにわたくしを使ったことを、また引き摺ってしまうのでしょうね。後でクッキーでも持って、大丈夫ですよと言って差し上げませんと」


 何味がいいかしら? と、花を周囲に浮かせる女を睨み。

 巫女長は錫杖を鳴らしていた。


「もうそういうのは結構です!」

「まあ! どうしたのです」

「おだまり!」


 呼吸を整え、凛と巫女長が言う。


「聖女コーデリア。教会としての命令です、こちらの軍門に下りなさい。そうすればあなたの処刑は考え直してさしあげますわよ」

「お断りさせていただきますわ。処刑される理由がございませんもの」

「何を言うかと思えば、転生者の分際で――既にあなたが起こした悪行の数々は把握済み。これをごらんなさい」


 巫女長は魔術を発動。”転生者”がクラフテッド王国で起こした悪事を錫杖の先端から投影してみせる。


「ミーシャったら、こんなことまでやっていたのですね」

「ミーシャ? クラフテッド王国の姫の名でしたか。たしか聖女コーデリアとは友達だったという……。色々とよくない噂が流れておりますが、それもあなたが陥れたのでは?」

「逆ですわ! わたくし……ミーシャに裏切られましたのよ?」

「なんと下劣な、かつての友に罪を擦り付けるとは」

「困りましたわね――本当にわたくしではないのですが。ほら、その証拠に――ここ、偽装の魔術に失敗して本当の名前と顔が出てますわよ」


 聖女は錫杖から投影された映像に、なぜか直接触り。


「な!? なんで魔術映像に触れられるのです!?」

「なぜって、できるからとしか?」

「とことん意味が分からない小娘ね――けれど、そんなウソは通用しません。真実はいつでも一つなのですから」


 女は嘘を暴くべく、投影した映像に目をやった。

 そして。

 巫女長の瞳が揺らぐ。


 彼女は品性も品格も性格も堕ちた存在だった。しかし、かつて神童とされ民のために身を粉にして尽くしていた時代があったことも事実。

 実力は本物。

 だから見えたのだろう。


 たしかに、偽装の魔術がそこに施されていた。

 巫女長の不運は、その偽装の魔術を解く力が備わっていた事だろう。

 巫女長はそっと指を伸ばし、偽装の魔術に「解呪ディ・スペル」を発動。アンデッドを即死させる魔術だが、本来は呪いや魔力によって歪められた対象を元に戻す効果の魔術。

 偽装が暴かれ。


 聖女コーデリアと、クラフテッド王国のミーシャ姫の姿がすり替わっていく。


「嘘、ですわよね……」


 なぜ巫女長がここまで動揺しているのか。

 それは簡単な話。

 あの天使が嘘をついていたことになるからだ。


 暗部聖職者が言う。


「巫女長様? これはいったい――コーデリアこそが転生者だった筈では?」

「その筈です! だって、そうでなければこの意味不明な強さが説明できませんから! この常識外れの力こそが転生者である証です!」

「転生者ではないと申し上げておりますのに、どうしたら信じていただけるのかしら」


 嘘だと、巫女長は信じなかった。

 最も尊き存在を信じようと必死だったのだ。

 もしコーデリアが転生者ではなかったとしたら、天使様が嘘をついていることになる。


 だが、さきほど体を両断されたイケオジ聖職者が言う。


「し、真なる鑑定の魔術で分かる筈では。能力の詳細を示す、巫女長様が得意とされる「告白の見破り」の派生スキルの……。転生者ならば転生者としての称号が表示されるはずなので」


 暗部聖職者も、他の聖職者も巫女長を見る。

 彼らはコーデリアが転生者だと信じていたから、多少強引にでも動いていた。転生者が世界を乱すとされている、そう伝承されている事だけは事実だったからだ。

 しかし、もし違うのなら――。


 聖女コーデリアが言う。


「わたくしは構いませんが、どうです? 巫女長様」

「いいでしょう。もしあなたが転生者であることを隠している場合は、分かっておりますね?」

「ごめんなさいをする?」

「処刑に決まってるでしょう! いちいち神経を逆なでしないと喋れないの!?」


 はぁはぁ……と肩で荒い息をし、巫女長は奥歯を軋むほどに鳴らしていた。

 その錫杖が再び鳴る。


「スキル:真贋たる巫女長の鑑定――発動いたします」


 錫杖の先端から発生した四角い多重魔力が、聖女の身体を包む。


 聖女コーデリア=コープ=シャンデラーの情報が開示されていく。

 意味の分からない、バカげたステータスが並ぶ中。

 称号の欄が表示されるも――。


「馬鹿な! 転生者じゃないですって!?」

「ですからそう何度も申し上げたではありませんか! これで分かっていただけましたね?」

「じゃあなんなのですか、このステータスは!」


 巫女長の横、暗部聖職者が震えた指でとある称号を差し。


「み、巫女長様――あ、あれを!」

「”異世界最強神の弟子”!?」

「はい、わたくし不帰の迷宮で師匠と出逢いを果たしまして――人より少しだけ強いのは、きっとそのおかげですわね」


 そう、聖女は現地人。

 追放されたダンジョンにて――異世界の魔猫神と出逢ったことで全てが狂い始めた。

 この世界の転生者や事件、これから起こる災厄とはまったく別件の、本当にただ散歩中だったモフモフ魔猫神のせい。魔猫師匠が聖女を気に入り、無責任に鍛え上げてしまったことで生まれた例外。

 特異点ともいえる、乙女ゲー世界のイレギュラー。


 よりにもよって、聖女コーデリアは素の状態で現地最高峰の実力があった。

 そんな彼女を異世界最強神が鍛えたら、こうなった。


 だがそんなことは巫女長にとってはどうでも良かった。

 なら――と、膝から崩れ落ちた巫女長。

 その不気味なほどに若々しい唇から――言葉が漏れる。


「天使様はなぜ、嘘をわたしに……」


 体勢を崩した巫女長のローブの裾から、アイテムが落ちた。

 魔導書だ。

 それは並々ならぬ魔力を含んだ――課金アイテム。


 巫女長の瞳が、その表紙の天使をじっと見て。

 誰もいないのに、まるで話すようにその唇が動いていた。


「――わたしにあなたを使えと? 若さの代価を、払えと?」


 壊れた瞳で、魔導書と会話しているのだ。


「それは――駄目ですわ!」

「規約違反はできない? おまえは全てを差し出したのだろう? ああ、そういうこと、天使様はわたしを……。そう、わたしは利用されていただけだったのですね……」

「その魔導書、呪われておりますわよ!」


 警告する聖女の言葉を巫女長は、ふふふふっと壊れた微笑で一蹴し。

 魔導書に手を乗せる。

 綺麗な、天使様が与えてくれた若くて美しい指が、そこにある。


「ああ! 何を迷っていたのかしら、ふふふ、ふふ、あははははは! そうよね、馬鹿みたい! この若さを、わたしはもう二度と失わない! 失いたくなどない! 契約済みのわたしには、もう、他に選択肢などないのですから――っ」


 自らの小指を甘く噛んで、女は血を魔導書に滴らせる。


 魔導書が巫女長の血を吸うと、その表紙が揺れた。

 まるで邪悪な闇を受胎したように。

 びくん。

 びくん。

 魔導書が巫女長を取り込み、合成されたその身体が歪にゆがんでいく。


 軋みだす肉体。

 その足元から無数の闇の触手が生まれ始めていた。

 やがて触手が連なり、ぐじゅりぐじゅり、ねじれ曲がった木の枝が重なるように――。


 肉塊が固まり――。

 ▽「巫女長だったモノ」が、出現する。


 巫女長の身体は、若さと瑞々しさを保ったまま。

 美しいまま。

 しかしその下半身は――異形なる魔物へとなり果てていた。


『聖女コーデリア、おまえだけは。おまえだけは――っ、必ずここで殺してやる!』


 肉塊は周囲の魔力を吸い肥大化。

 際限なく成長し続ける。


 その美しい身も巨体へと成り果て、地下通路の天井を圧迫していた。

 そのうちに天を突き破り。

 それはいずれ地上に顕現するだろう。


 見る者すべてを、畏怖させるほどの存在となったからか――周囲には動きが鈍り、行動不能を引き起こす状態異常”恐慌状態パニック”が発生していた。


 誰しもが声を失い後ずさる中。

 彼女だけは違った。

 コーデリアが口元に手を添え、こほん。


 風の魔術で音声を強化し、言う。


「巫女長様ー! 気を付けませんとー! お一人だけでテンションをお上げになられてもー、周りの空気が追い付いてませんわよぉ!」


 天然オーラが周囲の”恐慌状態パニック”を解除。

 たとえ異形と化したバケモノの巫女であっても、例外ではない。

 コーデリアの天然からは逃れられない。


 周囲の空気がぽわぽわ空間に汚染されていく中。


『どこまでも馬鹿にしてっ、殺す――!』


 巫女長だったモノは激怒し。

 戦いが――始まった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ギャグ属性は無敵と記憶しておりましたが、天然属性が真の最強だったと知りました。
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