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第024話、初恋すらも囮にして


 発生したのは襲撃の気配。

 重々しい空気も全て上書きするほわほわな空気。

 広大な教会施設を、異形なるモフモフ魔物達が取り囲んでいた。


 ぽわぽわな空間が、領域を侵食し始めていたのである。

 無数の気配と、獣の声がする。


『女王様を返せ!』

『契約違反! 契約違反!』


 コボルトの遠吠えはそれだけでスキル。破壊力が含まれている。

 教会が、縦方向に揺れた。

 衝撃が発生しているせいか、若々しい巫女長の髪も揺れていた。


 ◇


 厳重な結界に守られた教会施設。

 突然の襲撃に聖職者たちは聖堂へと集まっていた。

 教会内、全てに届く声で巫女長は魔力を発する。


「状況確認をお急ぎなさい、皆と情報共有を」

「はっ!」

「それでこれは何事なのですか――」


 巫女長に従うイケオジ聖職者が言う。


「おそらく暗黒迷宮からの襲撃かと」

「なんですって! あの転生者の!?」


 巫女長が魔力の届く範囲を眺める「遠見の魔術」を発動。

 取り囲まれている状況を確認。

 ふわふわモコモコで、多種多様なコボルト達が教会を囲んでいる。左手に持った剣を掲げて「戦意高揚ウォークライ」を発動させているのだ。

 だが、それだけではない。

 直後に獣……コボルトではない魔物が動き出した。


 存在するだけで天候を狂わせる類のネームドモンスターか。

 天が、昏く染まっていく中。

 声が朗々と響き渡る。


『警告する――神を信仰せし者達ヨ。我等の女王を拉致監禁したその罪は万死に値すル。降伏せヨ。降伏せヨ』


 魔力の声を響かせる相手は、軍服姿の威風堂々とした死体。ただその肌は全てが魔道具で覆われている。魔術刻印が刻まれた包帯を全身に巻き付ける死者である。

 ――リーダー種だろう。

 軍服を纏っているが、魔術師系のアンデッドであることは間違いない。


 教会の暗部、影で動く武闘派聖職者が引き攣った声を漏らす。


「死霊魔術師リッチ!?」

「いや、類似しているが違う! 上位種!? 巫女長様――っ」

「何を怯んでいるのです。アンデッドなら浄化すればいいだけのことでしょう」


 告げて巫女長はピンク色の髪をふわりと浮かせ。

 錫杖をカシャン。

 巫女長のローブの裾が魔力で揺れる。

 遠見の魔術越しにエフェクトを発生させる高位のスキルを披露し、魔術を発動させていた。


 対象は、軍服死霊。


「退きなさい、邪なる者よ――”解呪ディ・スペル”」


 教会を取り囲む一団の先頭。

 軍服死霊の周囲に光の束が集い、聖光による円を描くが。

 死霊は一言、煙の息を漏らすだけ。


『未熟――』

「な!?」


 カキン!

 巫女長の解呪――徘徊する死者の呪いを解き、アンデッドを即死させる魔術が弾かれていたのだ。

 それを攻撃と判断したのだろう。


 奇怪な軍服死霊が包帯の下から、ニヒィ!

 歯だけ真っ白な黒い顔を蠢かし。


『敵対行動を確認しタ。よって、我等は汝らに反撃をすル。此れはダイクン=イーグレット=エイシス十三世との契約に基づく処置であるとご理解願おウ』

『なんちゃらリッチのおっちゃん! やっちゃっていい?』

『吾輩の名は――いや、ワンコロどもに語っても無駄、カ。さあ、行け――殲滅せヨ、これは我等に許された自治権の行使。大義は我等にあリ。我等は我等が女王を取り戻ス』


 虹色の魔力を纏った影響か。

 リーダーと思われる包帯塗れの軍服死霊の黒い素顔が、浮かび上がってくる。

 瞳は空洞――だが、生前はさぞや端整だっただろうと推測できる造形の死体顔が、黒く嗤っていた。


 屈強な胸板を天に突き出し、両手を広げ軍服死霊は「軍隊指揮能力」を発動。


『狩りの時間ダ、人間ヨ! 我等が女王陛下の威光を知レ!』


 コボルト達が一斉に弓を構え。

 轟!

 弓としてはありえない衝撃の矢を放ち、教会を守る結界を破壊していく。


 コボルト達は連射。

 連射。

 連射。


「うわぁあああああああああああぁぁあぁぁぁ!」

「ひっ……!?」


 壁が、結界が。

 枯れ木のように吹き飛ばされていく。

 国とさえまともに戦える組織、教会が押されている。


 聖職者たちは震えていた。


「み、巫女長様! ダイクンのこせがれ……イ、イーグレット陛下に早く連絡を! 止めさせなければ!」

「そ、そうね――どちらにせよ、これであの小娘は終わり。わたしに処刑されるか、教会にたてついた罰として陛下に処刑されるか」


 巫女長は、ふふっと若き美貌と泣きボクロを光らせる。

 天使の役に立てる喜びが、頬を浮かせるのだろう。


 その間に聖職者の数人が、王宮との連絡魔術を発動。


 矢の嵐を受けつつも、巫女長はふっと勝ち誇った笑みを浮かべる。

 女は返答を待つ。

 うふふふふっと勝利を確信した唇から、言葉が漏れていた。


「あははははは! コーデリア、馬鹿な領主様だこと! この国は教会の権威に逆らえない! わたしに勝てるはずがないというのに」

「み、巫女長様!」

「連絡は終わったかしら。ならとっととあのゴミ共を処刑しましょう」


 だが――。

 イケオジ聖職者たちの様子がおかしい。


「どうしたというのです? さあ、早く! 報告なさい、わたしたちの勝利を! 陛下はおっしゃったのでしょう? ただちに穢れしコーデリアの軍勢に攻撃を止めるようにと!」

「そ、それが既に連絡を飛ばしたのですが……」


 別の聖職者も、戻ってきた報告を読み上げる。


「互いに自治権を持つ教会と領主のいざこざ。両者ともに不可侵条約を結んでいるので、余にはどうにもできない。いやはや大変申し訳ないが、そなたらで解決せよ――と……」

「馬鹿な! あのガキがわたしに逆らったと!?」

「そ、それが――あのコボルトの一団をご覧ください。なにやら、魔物でも無い者が紛れているようで」


 断続的に弩弓やロングボウを放ち続けるコボルト達、その軍勢に補給の矢や野戦食を届けているのは――町の衛兵たちだった。


「町の者たちが、なぜ!」

「知りませんよ、そんなこと!」

「だって、やつらの生活基盤を握っているのはわたしたち、絶対に逆らえるはずがないのですよ!?」


 錫杖を掴む巫女長の手は震えていた。

 ありえないことが起こっている。

 弓の嵐で削られていく結界の中――爪を噛んで女は考える。


 いったい、なにがおこっているのかと。


「大変です、巫女長様!」

「今度は何!?」

「そ、それがスラム街の貧民共が……一斉に、聖女様を解放せよと殴り込んできて」

「なんでスラム街のゴミ共が……っ」

「ど、どうやら聖女コーデリアが既に根回しをしていたようで……食糧支援や、病気の治療、その他もろもろ全てを援助していたらしく……。まるでこうなることを予測し、事前に仕込んでいたかのような」

「わたしの行動を、読んでいた、と!?」


 かぁぁぁぁぁっと頭に血が昇っていく。


「あの女、天然を装っていたとは思っていたけど、どれだけしたたかで、悪辣な女なのよ!」


 そのまま発狂しそうなほどに、血管が額に浮き出ている。

 しかし、年の功が働いた。


 いや、冷静になれと巫女長は長年の勘を働かせたのだ。

 あれはそういう策士の類ではない。

 では誰が。

 裏で操っている腹の黒い者がいる筈だと――悪辣な女は思案するが。


 崩れる壁を見た聖職者が言う。


「とりあえず王宮に逃げ込みましょう。先の内乱時に王宮の地下と教会の地下をつなぐ、専用転移通路を作らせてあると聞きましたが」

「そ、そうだったわね。ええ、そうしましょう――」


 巫女長は地下に急ぐ。


「なぜわたしがモグラの真似事など……っ」

「お、お静かに、気づかれますよ」

「分かっているわ! わたしの苦労をなにもわからないゴミどもが――っ、殺されたいの!?」


 美しい巫女長が口調も顔も変えて吠えていた。

 聖職者たちは訝しむが――逃げるという選択に異論はないのだろう。

 地下を進む足音は複数。

 地上では建物が崩れる音が鳴っている。


 聖職者の一人が、牢へと続く道を横目に言う。


「あの転生者、聖女コーデリアはどうしましょうか」

「あら? だって勝手に死ぬでしょう? 奴らは自分たちで建物を破壊している。あの女は教会内部で捕らえているというのに、おそらく魔術で逃げると信じているのでしょうね。あそこの牢獄……魔術封印室の奥で、封印されているとも知らずに――ふふふ、全てが終わるころには醜い肉の塊となっている筈でしょう。相手は所詮、魔物なのですわね」


 ほくそ笑む女は勝利を確信していた。


 巫女長は考える。

 後は王宮に転移し、皇帝を脅してそれで解決。

 その筈だったのに。


「み、巫女長様!」

「今度は何!?」

「そ、それが転移システムが――停止していて」


 聖水で満たされた、転移波紋が発生する神聖な場所が――閉鎖されている。

 そして扉には一枚の高級紙。

 皇室で使う便箋に、見覚えのある文字が浮かんでいた。


『民たちの怒りを知れ――』


 ダイクン=イーグレット=エイシス十三世。

 と。

 便箋からは次々と文字が浮かんでくる。


 それはおそらく賢王がずっと集めていた証拠だったのだろう。


 内乱を引き起こしていたのは誰だったのか。

 国が乱れたのは、誰のせいだったのか。

 十三世は内乱の首謀者を知っていたのだ。


 つまり――。

 この状況は、聖女コーデリアを使った罠――。

 女を囮に使うなど優しい王ならしない。できもしない。だが――ダイクン=イーグレット=エイシス十三世は違う。

 あれは間違いなく優秀な男だった。

 操作できないほどに、厄介な神輿だった。


 知恵に長けた皇帝だった。操り人形にはできそうにない存在だった。

 常に寝室には結界を、執務室には鍵を――だから洗脳もできなかった。

 洗脳するために親しくなる人間を送り込むも、必ず篭絡されて返されてくる。


 皇帝は自らの美貌と知略で、教会からの甘い手のことごとくを躱してきた。

 それは賢い王が見てきたもの。

 人間の醜い裏を知っているからこそできる、処世術だったのか。


 そして、あの男は民のためならばなんでもする。

 父が民に迷惑をかけたことを悔やみ、詫び続け、その身を全て注いでいる。スラム街とて、生贄を確保するための教会の圧力がなければ、すぐに解決していた筈だろう。

 だから、彼にとって教会は邪魔。


 機会さえあれば潰す機会を狙っていた筈。


 おそらく内乱の恨みを隠し続けていた王が動くきっかけ、そして機会を生み出したのがあの聖女。

 亡命者コーデリア。

 暴走女に目が行っている隙に、根回しをし続けたのだろう。


 この状況が、全て若き賢王の策略だとしたら?


 全てが一致する。

 暗黒迷宮の魔物に味方していたのは間違いなく王の手のモノだった。

 そもそも学校に通うように言ったのも、あの賢王だとされている。

 あの女なら、必ず騒動を起こすと考えたのだろう。


 その時だった。

 便箋に変化が起こる。


『逆に謀られた気分はどうだ? 女狐――』


 まるで心を読んだようなタイミングで、便箋の言葉は変わっていた。


 飼いならされたフリをして、鷹が密かに動き出していたのは確実。

 仮にそれが初めて恋慕を抱いた異性だったとしても、国のためならば利用する。聖女であろうと、民のためならば天秤にかけて民を選んだ。

 優しくも冷酷な一面を持つ君主だったということか。


 そしておそらく。

 皇帝はそれを聖女が許すだろうと知っている。

 だがおそらく、皇帝自身は初恋すらも囮にした自らを許しはしないだろう。


 賢王は若くして賢王と呼ばれてしまうほどに賢い人間だった。

 だからおそらく。

 聖女との出会いの時には、あの衝撃的な出会いが、夢ではないと悟ったその時には――。


 初恋と同時に、失恋を悟っていたのだ。


 そんな復讐に燃えた鷹の心を。

 悪女はどこまで気付いたのか。

 おそらく、人の心が分からなくなった女は、気づきはしないだろう。


 そんなおそらくを知らぬ女。

 全ての元凶は言う。


「嵌められた……!? いつから、いったい、どこから! あのクソガキ……! いままで誰のおかげで国が成り立っていたとっ」

「巫女長様……これは、どういうことなのですか」


 数人の聖職者は顔面蒼白となっていた。

 内乱を引き起こしていた巫女長の悪事を知らぬ者もいたのだろう。


「イーグレット陛下が書き残されている、この悪逆の数々はなんなのです!?」


 聖職者たちが二分される。

 暗部で巫女長と共に動いていた者と、いなかった者。

 巫女長はつまらないものを見る顔で一瞥し、後ろを向きながら錫杖を鳴らした。


「うるさいわ、消えなさい」


 風の魔術がまだまともだった聖職者の胴体を薙いだ。

 胴体から二分される筈だった。

 けれど――。


 分断された体が、元に戻り。

 繋がり、再生されていた。

 規模が判明できぬほどの高位回復魔術である。


 コツコツコツと音がした。

 それは品のある、おっとりとしたヒールの音。


「まあ、危ないですわね。駄目ですわよ、風の魔術を人に向かって放つのは――わたくしがいなかったら、このおじさまは真っ二つだったのですからね!」


 場違いなほどおっとりな声が、地下に響いていた。

 巫女長が振り返るとそこに、ソレはいた。

 栗色の髪の乙女。


 おそらくイーグレットが利用した、イレギュラー。

 この国に紛れ込んだ異物、まったく別の一手。


「聖女、コーデリア=コープ=シャンデラー……っ」


 聖女はこくりと首を傾げていた。


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