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第021話、異端者コーデリア


 ここは学校に用意された神聖な場所、神に祈りを捧げる礼拝堂。

 美中年の像は山脈帝国エイシスが信仰する御神体。

 クラフテッド王国で信仰する美青年の像とは異なる神らしいが――彼らに名はない。


 名を呼べる存在へと神格を落とされることを嫌っているとのことだが。実際はどうだろうか。

 ともあれ、そんな礼拝堂にて。

 聖女コーデリアは囲まれていた。


 学校内なので生徒だろうと推察できるかもしれないが、どうやらそうとも限らないらしい。

 ここは教会。治療院としての施設でもあるため、外からの出入りも多い場所。

 誰の目から見ても美しい栗色の髪の乙女は思う。


(おかしいですわ……わたくし、目立たないようにしていた筈ですのに……)


 と。


 そう、彼女は普通の生活を送っていると思い込んでいた。

 いつも通りに何事もなく授業を終わらせて、山脈帝国エイシスの貴族の所作を学び、何事もなく学校に溶け込んでいた。

 筈だったのだが。周囲には十数名の聖職者。


 取り囲む彼らを見渡し聖女はおっとりと言う。


「あのぅ……教会の方がわたくしに御用とは、いったいなんなのでしょうか?」


 教会の聖職者たちは、びくっとわずかに後ずさる。

 乙女ゲームの「三千世界と恋のアプリコット」の聖職者はナイスミドルや、美壮年、或いは将来的に美中年おじさまや美魔女になる逸材ばかり。

 少しコーデリアの父に印象は似ているだろうか。

 ともあれ彼らはおそらく誤解していた。コーデリアが頬に手を当てる仕草が、魔術発動の準備にでも見えたのだろう。


「ま、待ってください! どうか、マグマだまりに落とすのだけは……っ」

「マグマだまり? まあ! うふふふ、お風呂の事でございますわね! マグマだなんて、殿方は本当に冗談がお好きなのですね」


 聖女は、ぱぁぁぁぁぁっと瞳を輝かせ、胸の前で手を合わせ。


「わたくしお風呂で身を清め、その日の一日を神に感謝する時間を大切にしたいと存じておりますの。ですから、皆様にもお風呂の尊さを知っていただきたいと思っておりますのに……なぜか、皆さま湯に浸かることに不安を感じていらっしゃるようで」

「い、いや報告によると死んでいた山を蘇らせ、噴火させかけた……と、あるのですが」

「地熱を利用した温泉という文化ですのよ?」

「身を清めるための温水を作るためだけに、地と熱の精霊に呼びかけたと!?」


 聖職者の声は上擦っていた。

 こいつ、正気か!? と、ザワつきが続くも――。

 言葉遣いと外見だけは清楚な聖女は、首を横に振る。


「いいえ、わたくしが呼びかけたのは山の神様でございますわ。ずっと眠っていたとのことでしたので、わたくし可哀そうだと思ってしまいまして――蘇生魔術を試させていただいたら」

「待て、待て! 自然に蘇生魔術などできるのか?」

「はい、わたくしもどうなのでしょうか……と試してみたところ。判定に成功いたしましたの」

「そんな実験感覚で火山神を復活させたと!?」

「はい。あら、もしかして……宗教的に駄目でしたの? もしそうでしたら申し訳ありません」


 聖職者たちは顔を見合わせ。

 貫禄と美貌が滲んだ顔に怪訝を浮かべ、若干引き気味に言う。


「い、いえ――失礼、取り乱しました。問題はありませんが。蘇生魔術ということは、先代の皇后陛下……いえ、女騎士メフィスト様が氷結の眠りから目覚めたというのは、事実、ということなのですね」

「メフィスト様?」

「おとぼけになられても無駄でございます。我等教会の情報網を甘く見ないでいただきたい。クラフテッド王国から亡命された聖女、いえ――迷宮女王コーデリア様」


 聖職者たちの顔は険しい。

 メフィストとは先日コーデリアが勝手に侵入した王宮の秘密エリアで蘇生した、氷漬けになっていた先代帝の妻の名である。

 それほどの重要人物を蘇生させたのに、名を覚えていないなどありえない。そう判断し、警戒心を増したのだろう。


 むろん、コーデリアが名を覚えていないだけである。


 彼女にとってはただ蘇生をしただけ。

 道を歩いていたら困ってる人がいたので助けた。だが、その時に助けた相手の名を覚えているだろうか? おそらく名前すら聞かずに、感謝されたことに気にしないでいいと言って、立ち去るだけではないだろうか。

 それと同じだった。

 ただ、当然感謝はされた。とても強い感謝だった。特に彼女を慕っていた息子とかつての恋人は絶対の信頼をコーデリアに向けた。


 魔猫師匠は『同時攻略しちゃったね、ぶにゃはははは! 笑える!』 と、なにやら紙を取り出し、鷹と熊のシルエットに攻略済みのスタンプを追加していたが。


 ともあれ。

 上皇后にあたる女騎士メフィストは表向きは病死となっていた。

 ただ実際は狂乱した王の妻。

 現在の政権にとっては反逆者と言えなくもない。

 上位貴族は内乱の経緯をよく知っているので、皇帝の母が蘇ったことに騒然となっている。表向きに発表されていないので動けてはいないが――教会でも彼女が蘇ったと情報は入ってきていたのだろう。

 そして蘇生の儀式を行ったのが、浮いていた土地、暗黒地帯の新たな領主となったコーデリアだということも。


 権力者たちは皆、新しき領主の動向を探っている状態にあるのか。

 ただ天然なだけで周囲を振り回す、騒動の目たる乙女が言う。


「迷宮女王……その名をどこでお知りに?」

「否定をなされないということは――やはりあなたが」


 コーデリアの顔が僅かに切り替わる。賢王にして聖女の後ろ盾となっている皇帝イーグレット陛下、そしてなぜか急に目の前を熊のように行ったり来たりを繰り返すようになった魔術講師、ベアルファルスの言葉を思い出していたのだ。

 迷宮女王と呼ぶものを警戒せよ。

 それはおまえの正体を知っているという事だ――。


 凍てつくほどの魔力を発生させ、聖女は顕現させた魔導書を腕に抱き。

 すぅ……。

 美貌と魔力を纏い告げていた。


「わたくし、領主であることは伏せておくように陛下に言われておりますの。どうしてご存じなのか聞かせていただいても?」

「ど、どうしてもなにも」

「あ、あれほど学園で暴れていれば噂も立とう!?」


 当然の突っ込みである。

 聖女は美しい眉を僅かに下げる。


「暴れ? なにか誤解をなさっているようですわね、わたくし、普通に学園生活を送っているだけなのですが――」

「騎士団長の御子息を吹き飛ばしたと聞いたのだが?」

「騎士団長様の息子さん……?」


 聖女はしばらく考え。


「申し訳ありません、どなたのことだったか……わたくしに会いに来て吹き飛ばされた方となりますと――もしかして、漆黒の大剣を抱えた銀髪の魔剣士様のことです?」

「い、いやそれはおそらく最上級冒険者のアンダインだろう」

「ではワンちゃんを連れて歩いていらした、サメのような印象の殿方です?」

「それはケルベロス使いの天才ケルナンデスのことだろう……というか、きさま! どれだけの強豪を毎日吹き飛ばしている! 頭がどうかしてるんじゃないのか!?」


 怒鳴り声も高レベル聖女は無効化。

 聖女はきょとんとしたまま。


「皆さま訓練をなさりたいみたいで、何故か顔を真っ赤にしてわたくしにカチコミ? というのをなさってきて……せっかく会いに来てくださった方々を無視するわけにもいきませんし。山脈帝国エイシスはわたくしの故郷とは違って訓練が大好きなのですね」

「おまえ、うちの国をどんな魔境だと勘違いしている……」

「違うのですか?」

「おまえの周りだけが変な空間になるだけだ! 我が国を愚弄しているのか!」


 まともな会話にならん。

 そう判断したのか聖職者は言う。


「まあいい! ともかく、相当に高位な蘇生魔術まで使えるおまえにうちの巫女長様が興味をお持ちになられたのだ。感謝せよ、異国の聖女よ――」

「巫女長様?」

「あぁあああああああああああああああぁぁぁぁ、もう! なんなのこいつ! さっきから聞いてたけど、そのぶりっ子に聖女キャラ、本当にうっざい!」


 声は大人の女性の声だった。

 声だけで生計を立てていられそうなほどの、艶のある女性の声。


「巫女長様……尋問は我等がすると」

「いいえ、もう良いのです。お下がりなさい――」

「しかし、危険です! この女、すこしどころかかなりおかしいので」

「危険は承知の上。けれどわたしは神に仕える巫女なのですから――」


 凛と告げ、カツカツカツ。


 イケおじ達の奥から現れたのは美女。

 露出が露骨に抑えられた聖職者の服を着こんだ、薄いピンク色の髪と、色気を隠せぬ泣きボクロが特徴的な気品ある聖職者である。

 かなりレベルの高い神の巫女なのだろう。


 美女は手に掴む錫杖を、かしゃん!


「単刀直入にお聞きいたします。コーデリアさん、あなたが転生者ですね?」

「巫女長さま!?」

「外の世界を知らぬ無知なる者達に、転生について語るのは禁忌だというのでしょう? けれど、良いのです。こういう若いからと天然ぶった小娘には……、い、いえ、話が通じにくい御方には、はっきりと言わなければ伝わらないこともあるのです。それに、言い訳できぬほどの証拠がございます――」


 イケオジ聖職者が言う。


「み、巫女長様もまだお若いかと……」

「まだ、ですって?」

「い、いえ! なんでもありません!」

「まあいいでしょう、ともあれ証拠をここに示し。わたしは貴女を断罪いたします」


 美女たる巫女長はやはり決め台詞の代わりに、錫杖をカシャンと鳴らし。

 清楚な瞳の奥に、僅かなドヤを浮かべてこう言った。


「転生者だからこそ、この御方はここまで空気が読めない。この天然、普通じゃないですもの。ねえ、そうでしょう? コーデリアさん、いいえ――この地に混沌を齎す悪しき転生者よ!」


 妖艶な巫女長、再度の決め台詞である。

 おぉ、と聖職者たちが納得する中。

 巫女長と呼ばれた清楚な女性は、コーデリアをきつく睨んでいた。


「異端審問にかけます。言い逃れなどできぬとお思い下さい」

「あの、一つよろしいですか?」

「なにかしら? 言っておきますが、自白であっても罪は軽くなりませんよ?」

「年齢を気になさっているようですが、巫女長様はおいくつになられたのです? おそらく四十ほどでいらっしゃいますよね? それでもそこまで美しいのです、歳を気になさる必要などないと、わたくしは思いますよ?」


 ぶちっと何かが切れる音がするが。


「転生者を牢の中に! イーグレット陛下にはこちらから連絡いたします!」

「あの~! わたくし、転生者ではないのですけれど~!」

「そこまで空気が読めない現地人がいるわけないでしょう!」


 むろん盛大な勘違いだが、話は進む。


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