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第002話、友達と裏切り


 恐ろしきダンジョンで起こった、恐るべき罠。

 しかし空気は微妙に緩んでいた。

 聖女コーデリアの天然攻撃を受け、面子を潰された騎士王子オスカー=オライオンが言う。


「従順だったら愛してやっても良かったんだが、今からでも遅くねえ。なあ、オレ様の靴を舐めて媚びてみろよ? ごめんなさぁいオスカー様、わたくしが悪かったので全て許してくださぁぁぁぁいって土下座すりゃあ、助けてやらねえこともねえぜ?」

「そんなひどいですわ! わたくし……あなたがミーシャの靴を舐めて媚びを売っていた事を、誰にも言わずに、ずっと、ずっと黙っていてさしあげたのに!」


 ワイルドハンサムが大きく揺らぐ。


「な……っ、てめえ! バラすなっつっただろうが! それに靴まで舐めてはねえ! あれはちゅ、忠誠の口づけだ!」

「靴にですか? そーいう趣味は、あまり存じませんのー! 誤解してしまってごめんなさいー!」


 姫の機嫌を取るためにそこまでやっていた騎士王子オスカーに、白い眼が刺さるが。

 茶番に付き合う気など、首謀者にはないのだろう。

 空気を引き締めるべく――ミーシャ姫がバシンと王家の扇を閉じて、場を鎮める。


 ミーシャ姫の王族としての魔力が、周囲と騎士王子オスカーを圧倒するが。

 天然令嬢コーデリアだけはそのまま。


「もういいじゃん、早く迷宮の扉を閉めちゃいましょうよ。あたしの命令で、だれも逆らえないんだからさあ! ここでボケナス女も終わりよ、終わり。さようならってやつ?」


 外道な姫に向かい、聖女は再び必死に叫んでいた。


「まって、お願い! ミーシャ! どうして、こんなひどいことができるの!? たしかにあなたは性格も悪いし、顔もそこそこ、我がままばかりだから家臣の皆からもあまり評判がよろしくないですけど……それでも、それでも! わたくしとあなたはお友達の筈じゃなかったの!」

「はぁぁぁぁ!? 誰があんたなんかと友達なもんですか!」


 王家の印の魔法陣を生み出し、迷宮の入り口を封印しながら続けて姫が言う。


「せっかくずっと、兄さんがあんたみたいな貧乏貴族に近づかないように、ずっと、ずぅぅぅっと邪魔してやってたのに! これじゃああたしのハーレムルートが失敗になっちゃうでしょう!」


 ハーレムルート?

 周囲は首と頭を傾げるが――。

 ミーシャ姫がなにやら理解不能なことを言うのは昔から。

 構わず姫は、扇で魔法陣を強化し――。


「剣の腕と顔しか取り柄のない、スチルもろくにないバカな悪役モブ王子までうちの名誉騎士にまで引き立てて、無理やり話を捻じ込んで……っ、結婚の約束までさせたのに! なんで悪役令嬢ルートに行くはずのあんたが、あたしの邪魔して幸せになろうとしてるのよ! 絶対、阻止してやるんだから!」

「は? 無理やり? おい、オレ様はそんな話聞いてねえんだが!? こいつがオレ様とどうしても結婚したいからって話じゃ――」

「あんたは黙ってなさい! 横領してたことを議会にかけるわよ!?」


 姫の剣幕に押された騎士王子オスカーは、雌ライオンに本気で怒られた雄ライオンよろしく――しゅんと黙ってしまう。

 ミーシャ姫はそのままビシっとコーデリアを指さし。


「あんた! 遠征前のミリアルド兄さんと密会してたでしょう!」

「え? あのそれは聖女としてのわたくしの公務で……皆も知っていることよ?」

「そういって色目を使って兄さんを誑かすんだって、あたし、知ってるんだから! ふしだらな女ね! この世界にあたしの知らないことなんてないの!」


 ざわざわざわと護衛達の気配が蠢く。


「なによ、あんたたち!」

「ひ、姫様……。我々は聖女コーデリアがミリアルド殿下を毒殺しようとしたから処刑すると聞いているのですが……あ、あれは遠征前に能力強化の祝福をかける聖女の儀式かと……」

「そんなのどうでもいいの! 兄さんに触ったんだから、そこでアウトなの!」

「で、ですが――」


 どうやらさすがに話が違うと、何人かの騎士は思ったようだ。

 騎士王子オスカー=オライオンも、どうやら話が違うと困惑気味だが。

 王家の魔力を発動させるミーシャ姫の癇癪は止まらない。


「うるさいうるさいうるさい! この世界は全部あたしの思い通りになる世界なの! だから美しい兄さんだって、あたしだけのものなんだから! それにあんたがいけないのよコーデリア! あんた! あたしに言ったでしょう! 公務中の兄さんをあまり困らせるなって、あたしは兄さんを困らせてなんてないわ!」

「ミリアルド様はミーシャのそういうところが疲れるって、おっしゃってましたわよー?」


 こんな状況でも空気が読めない令嬢と、ルートだの世界を知っているなど好き勝手に迷惑をかける姫。

 周囲は二人の関係性に少し引き気味だが。

 それでも――。

 さすがにこれはやりすぎだと、周囲を見張る私兵は顔を背ける。

 ただ誰も助ける気は皆無。

 まるで愛される術を事前に知っているかのように、王の寵愛を一身に受けるミーシャ姫には、誰も逆らえない。


 だがオスカー=オライオンが言う。


「な――なあ、ミーシャ。脅すだけだったって話だろ? こ、こいつはオレ様の一生の肉奴隷にしていいって話だったよな?」

「ふーん、あんたこんな女の事、ちょっとは好きだったんだ」

「す、好きなんかじゃねえよ! こ、こんな貧相な女! だ、だが、オレ様の手元で一生つ、つかってやろうとしてただけだ!」


 ミーシャ姫はすぅ……っと扇で口元を隠し。

 まるで本当は好きなのね、と心を探るような顔で。

 ぞっとするほどの悍ましい瞳で、声を漏らす。


「あらオライオン殿下。ならあなたも聖女と一緒に追放されて、この迷宮の主に殺されたい? あたしは構わなくてよ? 追放されたふしだらな聖女を追って、愛に生きた騎士王子が迷宮に入るも魔物に敗北――共に魔物に犯され喰われて死んだって話、美男美女のそういう不幸で淫猥なサーガってけっこう令嬢たちの間では人気なのよ? 吟遊詩人が語りそうじゃない?」

「――こいつを殺すのは、反対だ。躾のための脅し以上は」

「あんたの国、潰すわよ?」


 邪悪な姫の言葉に本気を感じたのか、オライオンの従者が王子の肩を掴み首を横に振る。

 ここクラフテッド王国とオライオン王国では国土も戦力も違い過ぎる。

 それが現実。

 ミーシャ姫は勝ち誇った高笑いを上げるが。

 聖女が言う。


「ほらまた困らせていらっしゃいますわよねー! ミリアルド殿下がおっしゃっていたのは、そういう所だと思いますわよー!」


 聖女は空気が読めないが、そのおかげで助かった。矛先が変わったことでオライオンの従者は安堵する。


「あーうっざ! あんたのそういう鈍いとこ、ほんとうざい!」

「わたくしを死なせてしまって本当にいいの?」

「なにがよ?」


 ハーレムルートにあんたの生死は関係ないしい!

 と、やはりミーシャは意味不明な言葉を吐く。


「――なにがって……ミーシャ……大丈夫なの? わたくし以外に友達がいないあなたは、友達ゼロ人の孤独な姫に戻ってしまうのよ!?」


 姫の掴む扇が、軋む。


「は? あんたにだけは言われたくないんですけど! そ、それにあたしにはあんた以外にも友達がちゃんといるんだから!」

「まあ! 存じませんでした。いつどこでお知り合いになったのかしら。わたくし……そのようなお方を一度も目にしたことがありませんでしたので……誤解していたようですわね。そうですわよね、まさか本当に友達が一人もいないだなんて、ありえないですものね。ごめんなさいね、ミーシャ……っ、わたくし、あなたのこと何もわかっていなかった……」


 嘘を見抜かれたのではない。

 嫌味でもない。

 本音でごめんなさいというコーデリアに、唯一の友達を捨てたミーシャ姫は更に怒りを募らせ爆発させる。


「うっさい、うっさい! あんたなんか、このままのたれ死んじゃいなさいよ、バカ! ほら、オスカー=オライオン! ぼさぼさしてないで早く扉を閉めなさい!」

「お、おう……」

「あと、あんたたち! お父様にばらしたら一族郎党さらし首だからね!」


 閉まるダンジョンの扉。

 すまねえ……、オレ様はただおまえを肉奴隷にしたいだけだったんだ……と、微妙に反省などしていない言葉を、男女構わず魅了してしまう程の美声で漏らし。唇を噛むオスカー=オライオン王子の前。

 雷雨を背景にミーシャ姫は舌を出し。


「じゃあねコーディー、あんたとの友達ごっこはちょっとだけ楽しかったけど。ま、自業自得だって思いなさい。せっかく掴んだ乙女ゲーム世界への転生! あたしの幸せを邪魔したあんたが悪いんだから!」


 顔をぐしゃっと悪に染め、ミーシャ姫は嘲笑う。

 あははははは! あはは! あははははははは!

 見事な哄笑である。

 ダンジョンの扉は閉ざされ。

 薄くなっていく光が消え、周囲が暗闇で包まれたその時、ようやく――。


 聖女と呼ばれた令嬢は婚約者と友達、両方ともに裏切られたと悟ったのだ。


 乙女は――。

 いやコーデリアは思った。


 まあ、なんとかなるでしょう。

 と。

 そう、コーデリアは非常に前向きな天然令嬢でもあったのである。


「風よ――光よ」


 実際、既に彼女は風の魔術を放ち、枷を破壊。

 邪魔なドレスの裾を縛り歩きやすいように改造。

 刺繍も見事な自家製手袋からは、聖女が扱う聖なる光が煌々と照っている。

 そう。

 彼女は領主の娘であり、聖女と言われる立場にあった令嬢だからこそ訓練を欠かした日はなかった。


「それにしても、ミーシャはなにをあんなに怒っていたのかしら。乙女ゲームって……何の話でしょう?」


 天然令嬢という周りの目とは裏腹に、聖女は聖女。

 常日頃から回復系統の魔術を扱っていたのでレベルも高く。

 それなりに腕も立つのである。


 聖女はふつうに迷宮に潜った。


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