第150話、聖女と悪女の最終ページ
終わった戦場。
中央祭壇。
朝の陽ざしの下には、今、黄金に輝く獅子が乙女の目の前に顕現していた。
黄金獅子が異界の神々の奇跡により再臨した。
姿を獣神へと変えてはいるが、それは紛れもなくあの英雄オスカー=オライオンだと誰しもが察したことだろう。
泣き暮れていた乙女、コーデリアが瞳を揺らし。
震える言葉で空気も揺らす。
「オスカー=オライオン……様、ですのね」
『ああ、あんな格好をつけて消えたはずだったのに。ったく、あのケモノども、どうやらオレを同類へと変えちまったようだな。おそらくコーデリア、おまえと同じく既に永遠に生きる神の身となっている。だから、まあ、なんだ。そんなに泣くなよ』
獅子は大きな口を開けて優しい声を漏らしている。
だが獅子のままでは抱きしめられないと感じたのか。
ザァァァァァァ……。
その身を人の姿――黄金の髪を朝の風の中で靡かせる、普段のオスカー=オライオンの姿へと変貌させていた。
精悍な顔立ちの、誠実な王太子がそこにいた。
三千世界と恋のアプリコットとは違う、現実としてのオスカー=オライオン。
二人の新しい人生を照らすように、太陽も昇り続けている。
自分で涙を拭ってコーデリアが言う。
「ライオンのお姿の方が、かわいらしいですのに」
『……おまえ、本当に空気が読めないな……』
「まあ! もう二度と蘇れないみたいな空気を出しておいて、三十分もしないうちに戻ってきた方に、空気を読めないだなんて言われたくありませんわ!」
口調は責めているが、表情は微笑んでいる。
コーデリアの美貌には、以前にはなかった感情が強く出ている。
以前も神秘的な聖女の美しさがあったが、今のコーデリアには年相応の、大人になる前の――乙女としての少女らしさが滲んでいる。
涙消しの魔術も、忘却の魔術も消えているのだろう。
朝露を啜る鳥たちが、まるで祝福するように歌いだす。
乙女の足元から、久方ぶりの太陽を浴びようと草花が急成長していた。中央祭壇には、まるで童話や神話のようなメルヘンな空間が生まれ始めていたのだ。
オスカー=オライオンが整った唇を動かす。
声だけで生計を立てられそうなほどの男の美声から、真摯で礼儀正しい。
まるで王子様のような言葉が紡がれる。
『オレはおそらく、この世界の主神となるだろう。コーデリア、君が声を出して泣いたことで薄れた神秘性が、そしてなによりオレ自身の願いが……君を主神としてこの世界に縛り付ける運命を否定した。けれど、そのおかげでオレが主神だ。柄ではないのだけれどな。だが、こうなってしまったモノは仕方がない。責任を取る、けれど――オレなんかが主神だと困る連中もいるだろうな』
だから、君が必要だ。
コーデリア。
そう男は甘くささやくつもりだったのだろう。
だが――。
聖女は空気を読まない。
その性質は変わっていないのだろう。
「いいえ、オスカー様。あなたの物語は全ての命が知っております、草花も、鳥も、アリでさえも知っておりますわ」
『そうなのか? い、いや。でも、あのな』
「自信を持ってくださいませ!」
コーデリア劇場が再び周囲の空気を揺さぶっていた。
むろん、周囲の皆は気付いている。
オスカー=オライオンの正式な告白を、この聖女はおもいっきしぶっ壊していると。
「おそらく、異界の神々はあなたを蘇生させる際に世界の祈りを利用したのでしょう。だから、オスカー様が主神となったとしても、誰も不安には思いませんわ。あなたの高潔さ、あなたの自己犠牲。あなたの献身は全て、これから先に神話として残されることでしょう。少なくとも今しばらくは――あなたを認めない命はいない、これから百年二百年も経てばこの最終決戦も物語となり、童話となり、お伽噺となってしまうでしょう……けれど、それはこれから先の話ですもの。あまり先の事を見過ぎても、仕方ありませんわ」
『お、おう……』
タイミングを失ったオスカー=オライオン。
その手が乙女の肩を抱き寄せるかどうか、宙を戸惑う中。
戸惑うことのない乙女は微笑みの中で周囲を見渡す。
「そうですわ! まずは我が暗黒迷宮でお祝いをいたしましょう。きっと、うちのコボルトさんたちも住人達も、獅子英雄譚の英雄たるオスカー様に一目お会いしたいでしょうし! ねえ、コボルトさん達も賛成ですわよね!」
領主たるコーデリアの声に、もふもふコボルト達はパァァァァァ!
英雄だ!
英雄だ!
獅子の英雄だ!
と、獣毛を膨らませて歓喜の雄叫びを上げている。
遠くの方でも、鼓舞や称賛にも似た声が響いていた。
他の祭壇にて守りを固めていた、そして祈っていた聖職者や人間の戦士。他国の英雄たちのオスカー=オライオンを称える声だろう。
大地を揺らすほどの歓声は、オスカー=オライオンを認めている。
聖コーデリア卿が領主としての声と仕草で。
すぅっと瞳を閉じていた。
「おかえりなさい、オスカー=オライオン様。この世界で一番多くの命を救った英雄。獅子英雄譚にて語り継がれる新たな神よ。わたくしたちは、不帰のあなた――その帰還を歓迎いたします」
それはやはり、暗黒迷宮の領主コーデリアとしての立場で告げる。
そして主神だった聖女として、次代の神と認める厳かな声。
オスカー=オライオンのステータス情報に。
称号が刻まれる。
それは”不帰の迷宮から帰る者”と。
そして”世界から認められし主神”。
二つの、称号だった。
だから、あなたは主神としてやっていける。
そう、コーデリアは空気を読まずに告げている。
獅子神オスカー=オライオンは、精悍な眉を下げ困った顔をしてみせる。
助け舟を出そうとしたのは賢王ダイクン=イーグレット=エイシス十三世だった。
けれど、聖騎士ミリアルドはそれを止めていた。
なぜか。
おそらくは――コーデリアがこの後どうするか、どう動くか。
幼馴染と言える彼は気付いていたのだろう。
歓声が。
青空に響く中。
コーデリアは言った。
「きっと、あなたは良き神になって下さいます。皆さまもあなたを受け入れてくださいます。だから、そんな顔をなさらないでください。だから、これ以上もう、独りで頑張らないでください。だから、どうか。わたくしの言葉を聞いてください」
聖女は微笑んだ。
空気を読んだ上で、微笑んだ。
「わたくしはあなたに恋をしました。本当に、心からあなたには感謝をしております。本来なら、あなたにこんなことを言う権利は、わたくしにはないのでしょう。何も知らずに、あなたを酷い男だと思っていたわたくしには……けれど、どうしても伝えたいのです。どうしても、抑えられないのです。だからもう一度、わたくしは言います。言わせていただきます。どうか、許してくださいますか?」
風が、吹いていた。
乙女は言った。
「わたくしは、あなたに恋をしました」
オスカー=オライオンの瞳孔が広がっていた。
それは恋を取り戻した乙女の、そしてオスカー=オライオンが欲していた言葉だったからだろう。
獅子神たる精悍な男の口から、声が漏れた。
『許すも何も……ねえだろうが』
「叶うならば――わたくしは、あなたと共に歩きたい。そう願っております。あなたは放っておくと何をするか分からない、とても無茶をする御方のようですから」
『そりゃ、ありがたいが……お前さんには言われたくねえなあ』
王太子のジト目に、周囲には笑いが起こっていた。
くすくすとコーデリアは乙女の笑み。
菩薩の笑みではなく、恋を自覚した乙女の笑み。
コーデリアが言う。
「獅子にはいつでも戻れるのですよね?」
『ああ、あっちの方が好みか?』
「どちらでも、けれど、今は――獅子になっていただいた方が、その、よろしいかと」
『ん? 何故だ』
訝しむ獅子神にはカリスマがあった。
太陽を吸う浅黒い肌に、輝く黄金の髪。
彫りの深い鼻梁。
少し間抜けともいえる訝しむ表情さえ、端整だった。
風で揺れる黄金の髪の隙間から、目鼻立ちの整った乙女ゲームの美貌がある。
どれだけ下卑たふりをしても。
どれだけ外道ぶっても――、もう遅い。
英雄としての凛々しさは、もはや隠しきれないだろう。
「いいから、戻って下さいまし!」
分からぬオスカー=オライオンは鼻梁に苦笑を滲ませながらも、息を吐き。
姿を黄金の獅子へと切り替える。
獣毛が、神々しく太陽に輝く。
おそらくこれから二人は、新たな夫婦の主神としてこの世界を見守るだろう。
そんな獅子のケモノ顔を抱き寄せて。
コーデリアは黄金獅子の額に、優しい口づけを落とした。
人間としてのオスカー=オライオンに自分からキスを贈るのは、まだ乙女には恥ずかしかったのだろう。
それを理解した獅子は、ライオンの頬を驚きで揺らしていた。
獅子の獣の髯が、ぶわりと広がっていた。
鼻先が、スンスンと揺れている。
嬉しさが隠し切れないのだろう。
乙女の抱擁を受け、しばらくたった後。
獅子は顔に凛々しい美貌を乗せて、動き出した。
姿を黒き騎士に戻し、黄金の髪を雄々しく風に遊ばせながら思い続けた相手。
コーデリアを抱き寄せ、耳元で告げたのだ。
『これから先の長い物語をオレと一緒に、……生きてくれるか――?』
「わたくしで良ければ、喜んで」
肯定が帰ってきた。
瞳を閉じた獅子が顔を傾ける。
乙女は獅子に応じていた。
英雄は、聖女の肩を抱き寄せた。
強く、強く。
けれど、壊さぬように抱きしめた。
コーデリアが不思議そうな顔で言う。
「わたくし、オスカー様よりレベルが高いですから、強く抱きしめても問題ありませんわよ?」
『そりゃそうだが……おまえ、本当に空気が読めないな……』
「あら、オスカー様。強く抱きしめて欲しい、そんな乙女心が分からない、意地悪な殿下の方が空気がお読めになれないのではありませんか」
そういうことかと、獅子は笑い。
愛する女性の身を、力強く抱きしめた。
◇
昇る朝陽の下。
ここに新たな物語が刻まれる。
コーデリアの物語にも、主神の伴侶としての神性が刻まれた。
こうして世界に、新たな主神が生まれたのだ。
獅子英雄譚の英雄、オスカー=オライオン。
そして、世界の核となっていた聖女コーデリア。
二人は二柱で一柱の、神。
恋人となり、そして夫婦となった獅子と聖女、夫婦の神として神話にその名を残すことになる。
世界は彼らの門出を祝福するだろう。
これから先、世界には大きな変化が起こるだろう。
世界には虹がかかっていた。
それは獣神たちの肉球や蹄が残した魔力。
生まれ変わる世界を眺めて、異界の神々が遠ざかっていく影響だった。
三獣神や四星獣、そして異界の大神たち。
彼らはこの世界を去ったのだ。
三獣神がこの世界に迷い込んだことで、変わった運命は多くあるだろう。
最も大きかったのは、滅ぶはずだった世界が救われたことだろう。
世界から遠ざかっていく一番大きな輝きは――魔猫師匠。
大魔帝ケトスだろうか。
その肉球には、一枚の絵が握られていた。
それは最後のスチル。
獅子と聖女が、心の底から愛し合ってキスをする、将来を誓い合った今の光景だった。
大魔帝ケトスが、虹の中で肉球を振り。
最後の言葉を、弟子たるコーデリアに残していた。
コーデリアは――瞳で頷いていた。
これから聖女と獅子は、世界を巡るのだろう。
異界の神々による救済が発生したとはいえ、あのケモノ達の奇跡だ。いろいろと抜かりはあった。
だから、これから蘇った人々の生活や暮らしに明るい未来を照らす必要がある。
だが。
その前に――。
王太子としてのオスカー=オライオンが、オライオン王国に帰還し事情を説明しに戻る中。
コーデリアはどうしても向かわないといけない場所に、転移をしていた。
◇
そこは、朝陽に包まれた新国家。
イシュヴァラ=ナンディカの玉座の間。
友は、男の腕の中で死んでいた。
男の名は新国王キース=イシュヴァラ=ナンディカ一世。
そして、その腕の中で安らかに眠るのは喪服令嬢ミーシャ。
静かだった。
穏やかだった。
まるでただ眠っているような顔だった。
まるで――あの日のようだった。
コーデリアは言う。
「彼女が、師匠たちを説得して下さったのですね――」
「はい、それがミーシャ姫……彼女の最後の役割。贖罪だったのでしょう」
キースの言葉が、喪服令嬢のヴェールを揺らす。
爛れた顔が、そこにある。
罪の意識が残した、焼けた顔がそこにある。
けれど、本当に……安らかだった。
ようやく、終わることができたのだろう。
今までのコーデリアならば、空気を読まずに蘇生していただろう。
寿命が尽きた人間であっても、現世へと引き戻すことができる。
それだけの力が今のコーデリアにはある。
コーデリアは成長した。
若獅子オスカー=オライオンとの最終決戦で、彼女もまた、大きなレベルアップをしていたからだ。
だからおそらく、また、獅子と聖女の間には大きなレベル差が発生している。
もちろん強いのは――コーデリアの方。
剣を使わせれば、その差はさらに広がるだろう。
けれどそれは、二人の仲で解決できる問題か。
共に、セットの主神となったのだから。
だが、聖女の成長はレベルや魔術といった分野だけではない。
空気を、少しだけ読めるようになっていた。
だから。
コーデリアは蘇生をしなかった。
あの時、コーデリアがスラム街でミーシャを蘇生してしまった、あの瞬間から。
ミーシャとキースの物語は、辛く長く、そして悲しい別れとなって今を迎えているのだから。
死した令嬢の頬を優しく撫でるキース。
その表情はコーデリアからは確認できなかった。
男はただ、穏やかな気配の中、揺れる背に言葉を乗せていた。
「どうか、彼女を許してあげてください……。彼女はただ、自分の居場所を守りたかった。本当に、最初は、ただそれだけだったのです……。あなたにごめんなさいと言えなかった、それから全ての道が外れてしまったのでしょう。本当に……どうして、こうなってしまったのでしょうね」
不器用な方だ、と。
男は女の死に顔を眺めていた。
男の背もまた、はっきりと蘇生を否定しているように見えたのだろう。
コーデリアが言う。
「キース様……あなたも、それでよろしいのですね?」
「はい――」
「分かりました。ならば、師匠からの最後の伝言がございます」
それは――。
虹の中を歩く魔猫に告げられた言葉だった。
「ミーシャ姫の魂はこれから冥府に送られ、罰を受ける。数百年、数千年、それはわかりません。けれど、冥府とは罪人の罪を清める場所でもある。彼女の罪が地獄の業火によって清められた、その後に――彼女はこの世界に帰ってくるかもしれない、と」
「それが本来の、輪廻転生……。なのでしょうね」
転生があるのだから、当然、そういった輪廻転生のシステムも存在する。
補足するように聖女が告げた。
「ミーシャは……本来なら消える筈の魂です。消されるはずの罪を犯した、存在です。けれど……最後に主神となるオスカー様を救ったことで、その魂の消滅は免れたのです。だから、本当に……地獄と呼ばれる場所で罪を拭えば、帰ってくる。それは本当だと思います。けれど、少なくとも、百年、二百年は帰ってこられないかと……わたくしも、師匠も判断しております」
続けてコーデリアが言う。
「師匠は仰いました。君はよくやったと、だから選ぶ権利を与えると」
「選ぶ権利……ですか」
「はい、あなたは今。大魔帝ケトス、三獣神が一柱の眷属として登録されております。故に、不老不死。わたくしやオスカー=オライオン様、そして師匠の弟子たる聖騎士ミリアルド様と同じく……人の器、輪廻の輪から解脱した存在となっております。そのまま永遠の存在として生きることも可能です。けれど――キース様……。できるならば、師匠はあなたに人生を取り戻して欲しいと言っておられました。キース様、あなたはまだお若いのですから、新たな人生を歩むこととて難しくはないと。だから……可能ならば……あなたを元の人間に戻してやってくれ、と。そう、師匠はわたくしに仰っておりましたの」
男は言う。
「それは、彼女を待つな……と言う事でしょうか」
「師匠も長くを生きる御方。なので、おそらくは……長い時を待つ事の辛さをご存じなのでしょう。ですから、はい……師匠は、そう言っているのだと思います」
姫は、いつ帰ってくるかわからない。
そして、転生したとしても彼女がキースを思い出すとは限らない。
いつ帰るか分からぬ人を、国を治めながら何十年、何百年、あるいは何千年……待ち続けることがどれほど辛いか。
大魔帝ケトスはだから言ったのだろう。
元の人間に、戻してやって欲しいと。
それでも。
自分の居場所を守るために道を踏み外した哀れな乙女の――。
ごめんなさいと言えなかった弱い心の持ち主、その最期を看取った男は言ったのだ。
「申し訳ありませんが、お断りします――そうお伝えくださいますか?」
「よろしいのですか?」
「これから私は蘇ったクラフテッド王国の方々や、救済された方々の対処をしなくてはなりません。寿命も力も、失うわけにはいきませんし……彼女も魔女も逝ってしまった、残されたのは獣将軍グラニュー。彼も武闘派ですから、弱き王には従わないでしょう。現実問題として、力を失うわけにはいかない。それに……なによりです――」
次から漏れるのが、従者の――本音なのだろう。
死ぬ事ができた姫の。
最後の顔を眺めた男から漏れた、心からの願いだったのだろう。
「私は彼女からまだ給料を貰っておりませんから。あれほど尽くしたのに、一度たりともです。死んだぐらいで踏み倒されたら堪りませんからね。だから、待ちますよ……何年でも、何十年でも、何百年でも。あなたのせいで不幸になったと、あの心弱い方に、嫌味の一つでも言ってやらないと気が済みませんから。だから……」
何千年でも――待ってしまうのでしょうね。
と。
優しい自嘲を漏らした後、男は声に願いを乗せていた。
「いえ、それは言い訳、なのでしょうね。私はおそらく、知りたいのでしょう。彼女に恋をしていたのかどうか、ずっと、待っていられるほどの感情なのかどうか。私に芽生えているこの胸の痛みと、熱さが、恋であったのかどうか――私は知りたい。それが、答えです」
男の言葉を受け。
コーデリアはどう感じたのだろう。
どう思ったのだろう。
どう願ったのだろう。
答えを知っていたのだろうか。
それはキースには分からない。
彼の視線は聖女ではなく、ずっと……腕の中で眠る乙女を見ているのだから。
朝陽が入り込む、静かな空間。
新しい時代の風が、ミーシャの黒髪をサァァァァっと揺らす中。
コーデリアは男の願いを受け止めたのだろう。
ならば、せめてこれだけでも……と、最後に聖女は友として喪服令嬢に手を翳す。
醜く爛れていたミーシャの罪の証が、消える。
そこに残されたのは、終わりを迎えた姫の笑顔。
聖女は――友を蘇生させなかった。
その選択が正しいかどうか。
それは彼女にも分からなかった。
けれど、コーデリアはその選択を後悔はしないだろう。
ミーシャの唇が、最後に――。
ありがとう……と、そう動いたような気がしたのだ。
ミーシャの魂と肉体が、冥府に誘われ消えていく。
男の腕の中で、消えていく。
魂が――消えていく。
これが――悪女として歴史に名を残す、ミーシャ=フォーマル=クラフテッドの最後。
悪女の最後は、友と従者に静かに見送られたのだ。
そして、従者は待ち続ける。
明ける太陽と暮れる太陽を、眺めつづける。
いつか冥府で罪を拭われ。
贖罪を終えた彼女が帰ってくる。
その日まで――。
終章―《終》―
《次回》
エピローグⅠ