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第147話、止まる世界の直談判


 永遠の夜が終わり。

 朝焼けも過ぎた世界は平和で満たされていた。

 かつての婚約者を滅してしまった聖女は、嘆き悲しんでいる。


 なぜここまでコーデリアが泣いているのか。

 平和となった天を仰いで、静かに涙をこぼすのか。

 周囲の皆は、それが分からない。


 当然だ。

 黄金獅子オスカー=オライオンの真実を知る者は少ない。

 彼はあくまでも世界の敵として討伐されたのだから。

 それがオスカー=オライオンの意思。

 全てを救うための代価の一つと言えるだろう。


 だが、敵の弱点を探ろうと獅子英雄譚を読んだ聖騎士ミリアルドは知っていた。

 かつて友だった男が独り、世界のために動き続けていたと知ってしまった。

 あと二人、この戦場で彼の秘密を知っていた者がいる。


 一人は自らの知恵と固有スキルで答えを導き出した、賢王ダイクン=イーグレット=エイシス十三世。

 賢王は獅子の意思を尊重した。

 賢王はそれが一番、獅子以外の皆が無事に生き残れる道だと知っていた。

 聖女コーデリアはこの嘆きから神秘性を失い、主神としての器からいつか解放されるとも知っていた。主神ではなくなったコーデリアは大魔帝ケトスと共に、外の世界へ行くことができるだろう。

 この世界に囚われることがなくなるのだ。


 それが獅子の願いでもあった。

 だから、賢王は止めなかった。

 彼個人の感情としては大きく若獅子に同情していた事だろう。

 称賛していた事だろう。

 その死を心から弔っただろう。

 彼個人の感情としては、別の道を探したいとさえ願っていただろう。


 けれど彼は民を最も優先させる統治者だ。それが多くの無辜なる命を救う選択ならばと、容認した。

 容認するしかなかった。

 賢王ダイクン=イーグレット=エイシス十三世、彼は黄金獅子亡き後のオライオン王国を守るために、その獅子英雄譚を入手、公開し――オスカー=オライオンの名誉を挽回させるつもりでいた。

 それが山脈帝国エイシスの王としての彼の答えだった。


 もう一人、事情を知っていた者はイシュヴァラ=ナンディカの新国王。

 モブであった男。

 門番兵士だったキース=イシュヴァラ=ナンディカ一世。


 かつて笑顔を絶やさなかった男は運命に翻弄され、今や怜悧な男となり、大魔帝ケトスの眷属になり。

 最終的には新たな国家の王にまで出世してしまった人物。

 そう、大魔帝ケトスの眷属なのだ。

 だからあの魔猫から聞かされ、知っていた。

 大魔帝ケトスは知っていたのだ、自分の弟子であるコーデリアが負けるはずがないと。そして自分の友が力を貸したオスカー=オライオンが、目的を果たせず道半ばで倒れることはないと。

 だから、こうなる未来を知っていた。


 故に今、キースは時を止めていた。


 コーデリアですらまだ満足に扱えぬ時属性の魔術……。

 大きな後悔を抱いた経験のある者しか習得することができない、時を操る魔術を行使していた。

 それは大した力ではない。

 ただ時を止める力だ。

 時間逆行もできない、時間の変更もできない。

 本当に、ただ時間を止めるだけの力。


 なぜそんなことをするのか。

 決まっている。

 彼女が神々に直談判する時間を確保するためだ。


 彼女とは誰か。

 その答えも簡単だろう。


 それはこの世界で最も悪事を働いた罪人。

 戦闘の途中で寿命を削り課金アイテムをばら撒き続け、命を終わらせる喪服令嬢。

 獅子英雄譚を目にしたミリアルドを通じ、事情をようやく知った妹。

 ミーシャである。


 キースの魔術で時が止まる世界。

 喪に服する衣装を揺らし。

 ミーシャはとある暗闇の祭壇で、戦い続けていた獣たちに向かい叫んでいた。


「《終》――じゃないわよ! ちょっとあんた達、聞こえているんでしょう!」


 ケモノ達が振り返る中。

 やはり、叫んでいたのは悪辣姫。

 稀代の悪女、ミーシャの魂だった。

 寿命が尽きかけた彼女の魂が今いるのは、崩壊したはずの不帰の迷宮。

 その最奥。


 そして。

 死にかけた悪女の肉体は――イシュヴァラ=ナンディカ。

 その玉座に急ぎ帰還し、時属性の魔術を扱うキースの腕の中。

 キースの腕からは治療魔術の光が発生している、ただの延命だった。


 だが重要な延命だった。

 なぜなら完全な死を迎えてしまえば、交渉ができなくなる。

 直談判ができなくなる。


 ミーシャの肉体は死を待っていた。

 満足しきった顔で、迷惑をかけた男の腕の中で。

 外道な人生の中、最後だけは安らかに……。

 ミーシャの物語もここで終わるのだ。


 けれどその魂はまだ終われない。

 最後の矜持が、姫を突き動かしていた。

 激怒すらした表情で、この世界で賭けを行っていたケモノ達を睨んでいる。

 もっとも、その姿はミーシャのレベルでは観測できない。

 ただ黒い靄が蠢いているだけ。


 だが、ミーシャには分かっていた。

 黒き靄の中心にある、最も大きな闇こそが――この中で最も強きケモノ。

 大魔帝ケトスだろう。


 黒い靄が言う。


『おや、物語の終わりが不服だったのかい』

「当たり前でしょう! あんたたち! オスカー=オライオンがああいう男だって、全部知っていたうえで、賭けをしていたんでしょう!?」

『さて、なんのことだろうか?』

「とぼけるんじゃないわよ! 見えなくてもどんな表情をしているぐらいかは想像できるけど――姿を見せなさい! あんたたちに話があるわ! それともまさかあんたたち、異界の神々だなんて偉そうな自己紹介をしておいて――こんな小娘一人が怖くて姿を見せられない、なーんて、雑魚雑魚モンスターみたいなことを言うんじゃないでしょうね?」


 格下相手に挑発されて、それを断ることはできない。

 これは一種の強制力となって神々の行動を制限させることになる。


『それもそうだね、失礼した』


 返事をした黒い靄が、その姿を現し始める。

 やはりそこにいたのは、太々しい顔をした黒猫。

 大魔帝ケトス。

 その周囲には禍々しい異界の獣神達がいる。

 訳の分からぬケモノの神々がそこにいたのだ。


 戦っていた筈の、三獣神。

 大魔帝ケトス、白銀の魔狼ホワイトハウル、神鶏ロックウェル卿。

 チェシャ猫を彷彿とさせる魔猫。

 シベリアンハスキーをイメージさせる神狼。

 ファンシーな見た目のニワトリにしか思えない、魔鶏。


 その横には願いを叶える獣性を持つ、四つの異獣神。

 四星獣。

 ふわふわ綿花の座布団に鎮座する、ラグドールのようなネコの置物。

 世界樹を彷彿とさせる大樹に腰掛ける、美少女の魔導書。

 多くのケモノを従える巨大なパンダ。

 財貨の山の頂にいる、鯰の帽子をかぶったスコティッシュフォールド。


 その他にも多くのケモノがそこにいる。

 

 世界を光で満たすほどに神々しい鳩に扮する、異界の主神。黒衣とタバコの煙を身に纏うカラスの冥界神。

 無数の尾を背で蠢かす、魔狐。

 更に別の冥界を治める、金糸雀カナリアの女王。

 宇宙服を着た犬に、ハチワレ猫を連れたペンギン。

 その他にも、大勢――様々な神々がそこにいる。

 そんな奇妙奇天烈な神々を持て成すために動く、ステーキハウスのエプロンを装備した山羊悪魔神に、グチグチ文句を言いながらも給仕をする羊悪魔神もいる。


 全員が全員、この世界を観測していたのだろう。

 大魔帝ケトスが言う。


『やあ、久しぶり……ってほどでもないか。私はケトス。大魔帝ケトス。三獣神が一柱って、こういう自己紹介ももう要らないね。それで、いったい何が不服なのさ? 君たちの希望通り、世界は平和になった。獅子の希望の通り、彼以外は皆、救われた。まあ、コーデリアくんの心には少し傷が残ってしまったかもしれないが。この先……そうだね、今後二千年程度なら世界が滅びないことを保証してもいいよ?』


 未来観測の力を持つだろう、この中の神々が別々に言う。

 白と黒の鶏と、鯰帽子をかぶった猫だった。


『然り、余の観測においても』

『余の観測においても』

『余の観測でも二千年程度は終末戦争など起こらぬと、でておる。ふははははは! 良かったではないか、小娘。これだけの未来を知る神々が同意見なのだ、安心せよ――世界に平和が訪れたことは紛れもない事実。理解できたか? この世界において最もカルマ低き悪女の姫よ』


 未来観測ができる神のお墨付きを得て、大魔帝ケトスが言う。


『おめでとう、人類諸君。君たちの安全は二千年は確保された。まあ二千年もあれば文化も大きく発展するだろう。いつか再び、私たちも君たちの世界にまた遊びに来るかもしれない。せいぜいおいしいグルメでも発展させておいておくれ』

「だいたい、あんたたち! さっきまで戦ってたんじゃなかったの!?」

『そりゃあそうだが――私たちも普段は力を抑えて存在しているからね。たまにはああやって存分に力を発揮できる場所で、遊びたくもなる。戦いは戦いでも余興、本気で滅ぼし合っていたわけじゃあない。戦う必要がなくなれば、次にする事は分かるよね? そう、こうした宴会だ』

「そう、ようするに上位存在の遊びってわけ」


 露骨に不快感を露わにするミーシャに、白銀の魔狼が咢をググググっと蠢かす。


『口を慎め、外道なる姫よ――我は裁定の神獣ホワイトハウル。罪深き汝を真っ先に滅し、その穢れた魂を塵芥も残さず消し去ろうとしたが――それを止めたのは他ならぬケトス、我が友の言葉があったが故。貴様が今、この場に立てているのもケトスが悪辣姫とて、ほんのわずかに同情の余地があったと憐憫を寄せているからに過ぎぬ――本来ならば今、この瞬間に我の牙は唸っていた、貴様の贓物までも引きちぎっている筈だったのだからな』


 悪人を罰する獣神にとって、ミーシャは最も穢れた邪悪なる魂にしか思えないのだろう。


 本来なら怯んでしまい、声とて出せない状況だろう。

 けれどミーシャは怯まない。

 もはや彼女に失うものはない。

 ただ一つ、キースの事は気がかりだが――彼はあの大魔帝ケトスの眷属。

 最も安全が保障されている立場であるともいえるだろう。

 だから姫は叫ぶのだ。

 もう、やり切った後なのだ。

 怖いものなど、ない。


 悪辣姫の肝の据わった心が、悍ましきケモノを前にしても発言を許していた。


「あたしが悪人な事と、あんたたちが世界を前にして賭けをしていたこと。それは関係ない話でしょう!? そりゃああなたたちのおかげでこの世界は救われたかもしれない、けど、他人さまの世界で賭けをしていたっていうどうしようもない状況には違いはないわよね?」

『はて、何の事であるか』

「あたしも大概の悪だから、分かってるのよ。あんたたち、あたしに関して賭けていたんじゃなくって――本当はオスカー=オライオンがこの世界を救えるかどうか。それを賭けていたんでしょう? 呆れた……図星みたいね。あたしが言うのもなんだけど、それって凄い性格悪いって思わない?」


 給仕の羊が、そうだー! もっと言ってやっておやりなさい!

 と、メメメメメェっと揶揄う中。

 白銀の魔狼の頬を肉球でむにゅーっと押しながら、大魔帝ケトスが言う。


『まあそう怒らないで欲しいね。というか、それよりもだ――君程度の力しかない人間の魂が、どうやって私たちの空間に干渉しているんだい? そもそも君、寿命を使い切って死にかけているんだよね?』

「いざとなったらあんた達と直談判できるように、地脈に沈めた金印の真上――イシュヴァラ=ナンディカの玉座とあんたたちが潜んでる空間とを繋げるように細工しといたのよ」

『へえ、それは知らなかった。あまりにも小さな小細工だったから、気付かなかったよ』


 アリが部屋の中に入り込んできても気付かないのと同じだねと。

 大魔帝ケトスは小さな肉球拍手を贈ってみせる。


『君がここまでやってきたのは、この私でも想定外でね。いいよ、君にご褒美だ。私や、私以外のケモノと交渉をするチャンスを与えよう。君の願いを言い給え。無償で叶えるってわけにはいかないけれど、代価を差し出すのなら――考えなくもない』

「あなた、とっても凄いんだから。言わなくたって、分かるでしょう?」

『ふむ、そうだね』


 大魔帝ケトスはわざとらしく考えて。


『ああ、そうか。君は彼女を救いたい――恋を知ってしまった、思い出してしまったコーデリア君の事を気に掛けているのか。まあ確かに、あのままでは彼女は可哀そうだ。初恋は確かにミリアルドくんにだったのかもしれない、けれど二度目の恋をした相手を、彼女は自分自身の手で突き刺した。全てを救うと願った黄金獅子の願いを尊重してね。だから君はこう言いたい。黄金獅子、オスカー=オライオンをコーデリアのもとへ帰してやって欲しい。違うかい?』

「違わないわよ」

『しかし、困ったね。本来ならばここまでの干渉は既にルール違反。私はこれでも、この世界のために結構無理をしているんだ。獅子に終わる筈だった世界まで救わせてあげたっていうのに……、まだこれ以上を望む。図々しいね。君は』

「それがあたしよ――何か悪いの?」


 悪辣姫は神々を睨んでいた。

 上位存在を睨んでいた。

 ここまで開き直り、自らの悪性やこの世界の過ち……転生召喚魔術により他世界を侵害していた罪ある世界だと理解した上で――彼らを前に図々しくしていられるのは、ミーシャだけ。


 大魔帝は瞳を細めた。

 どこか満足そうな顔だった。

 おそらくは――ミーシャがかつて友だったコーデリアのため、かつて深く傷付けてしまったコーデリアのために神を相手に勇んでいることが、嬉しいのだろう。

 それは紛れもないミーシャの成長だった。

 どうしようもなかった悪党の、改心ともいえるだろう。


 大魔帝が悪辣姫を眺める瞳は――本当に穏やかだった。


 だがそれとは別のところで、大魔帝は人間を試しているのだろう。

 容易い奇跡などないと、現実を弁えよと思う感情もあるのだろう。

 簡単に奇跡が起こるのなら、人は簡単に過ちを起こしてしまうと魔猫はよく理解をしていた。

 だからこの世界に干渉していた魔猫は、ゆったりと口を開く。


 彼女が自分を納得させられるかを。

 神々を言い含められるかを。

 確かめたいのだろう。

 だから――。

 太々しい猫の顔が、凛々しく引き締まっていく。

 その口から荘厳なる神の声が響く。


『ミーシャ=フォーマル=クラフテッド、哀れで愚かな娘よ。私も君のその度胸だけは認めるよ。さあ、交渉の時間だ。これがこの世界で生きる君たちとの、最後の語らいとなろう』


 異界の獣たちは、悪辣姫を見ていた。

 それでもミーシャは怯まなかった。

 その口が、開かれる。


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― 新着の感想 ―
[一言] ミーシャが開き直っていることよりも大王がスコティッシュフォールドだった事に驚愕。 マンチカンだと思ってましたが、スコティッシュフォールドだったんですね! スコ様はスコダチという固有特性を持っ…
2024/03/16 15:25 退会済み
管理
[良い点] 消え入りたいように生きてきたミーシャさんが恥ずかしさを幸せに覚えているようにボクは思いました。
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