第146話、◆不帰の迷宮に帰る者◆―終焉―
◆【SIDE:オスカー=オライオン】◆
これは歴史の裏で動いた若獅子の物語。
これはその終わりの章。
長く続いたこの書に、もはや先はない。
時は加速していく。
大魔帝と正面から戦った。
人が一生で得ることができる限界、経験値をはるかに凌駕する体験を経た獅子に畏れるものは何もない。
婚約破棄された腹いせに聖女に執着する小悪党。
強引に我がものにしようとする、下劣な男。
それがエイコ神に近づいたときの彼の仮面。
エイコ神はすぐにそれを信じた。
なにしろその小者のような立ち居振る舞いは、ゲームのモブとしての側面、ワイルドだが愚かなオスカー=オライオンにそっくりだった。
それはスキルによる”物真似”。
高レベルの詐欺師をはるかに超えるほどの技術だった。
皆は黄金獅子が人類の敵となる、裏切りの王太子だと信じ切っていた。
しかし。
ただ一人、コーデリアだけは彼の真意に気付くだろうと、王太子オスカー=オライオンは信じていた。
世界を滅ぼしたいと願う創造神の隣で、愚者を演じる獅子はスパイとして動き続ける。
エイコ神が消し去ろうとしている邪魔者を殺すふりをして、匿い。
その多くの命を救出した。
オスカー=オライオンは知っていた、エイコ神がビナヤカの魔像に扇動されていると知っていた。だから、後で必ず後悔するだろうと知っていた。
だから、この世界をゲームだと言い聞かせ、ただ愛する先輩を取り戻そうと奔走するエイコ神の隣で動く。
少しでも犠牲者を減らすため。
救出した全ての命はオライオン王国に運んでいた。
もはやオライオン王国の老いた獅子王は、若獅子の本質を理解していた。
父だけではない。
オライオン王国にはオスカー=オライオンに匿われていた転生者が多くいる。
血の鋼鉄令嬢アンドロメダの家族を保護していたのも、何を隠そうオスカー=オライオンだった。
なんと都合のいい英雄だろう。
なんと多くの命を救った英雄だろう。
だからこの書の名は獅子英雄譚。
英雄の物語なのだ。
英雄たる獅子の背には、いつしか多くの仲間が集っていた。
オライオン王国は、彼の理解者で溢れ始めていた。
だから、オスカー=オライオンの名が世界の裏切り者として挙がっても、オライオン王国の者達は誰も、何も、咎めなかった。
結末を知っているオスカー=オライオンが王位継承権を捨て、その国を去っても――。
それでも。
誰も何も、彼を咎めなかった。
その背を見送ったのだ。
彼らは帰らぬ黄金獅子を待ち続けるのだろう。
半年ほどの時が過ぎた。
悪辣姫ミーシャが動いた。
巻き込まれたモブ、門番兵士キースを王として擁立。彼をキース=イシュヴァラ=ナンディカ一世として、新たなエリアを建国したのだ。
それは計算の内ではあったが、あの門番兵士が王になるのは予想外の出来事ではあった。
未来観測にズレがでているのだ。
獅子はすぐに動いていた。
イシュヴァラ=ナンディカの地に部下を派遣したのだ。
それは獅子を敬愛し――聖女を信頼する若い女性。
衛兵となった少女。
彼女に聖女と大魔帝を案内させ、エイコ神によるデバッグモードの起動に彼らを遭遇させることに成功したのだ。
コーデリアは木偶人形を見事に調伏していた。
仲間にしてしまったのだ。
やはり、変わった乙女だと獅子は苦笑し――。
そして彼女と再会した。
モニター越しではあるが。
久しぶりの再会だ。
王太子オスカー=オライオンはエイコ神側、世界を滅ぼし道化師クロードを取り戻そうとする相手側。
人類の敵として、創造神の側にいた。
コーデリア。
彼女はやはり獅子を覚えていなかった。
けれど、彼女にはバケモノと呼ばれていた力があった。
もはやその時の獅子には最終決戦の事まで見えていた。
だからこそ、再会した。
もはや、時間もない。
負けイベはもうすぐそこにある。
獅子と聖女の再会。婚約破棄した、男女の再会。
聖女は心を読み、そしてこれまでの全てを知る。
あの時既に、コーデリアには見えていた。
獅子の決意も。
何を為そうとしているかも。
ロックウェル卿や大魔帝ケトスと既に契約を交わしていたことも、全てが見えていた。
けれど、コーデリアには分からなかったのだろう。
聖女は困惑していた。
涙消しの魔術により、涙と共に消してしまった感情が、理解を許さなかったのだろう。
事情は知った。流れも知った。今までの全てを記憶した。
忘却の魔術の事も知った。
もはや忘れまいと、聖女はその忘却の魔術をレジストする形で心に刻んだ。
既に聖女は主神として覚醒し始めていた。
だから自らにかけた、忘却の魔術を弱めることができたのだろう。
完全ではないが、オスカー=オライオンという人物が自分のために動いている、そう認識できるようになっていた。
けれど、それでも。
コーデリアには分からなかった。
獅子はなぜ、そこまでするのか。
それが分からない。
だから、彼女は獅子王に息子の事を訊ねたのだろう。
獅子たる王の子、自らの汚名を気にせず、誹りを受けようとも己が正義を貫いている黄金髪の暗黒騎士の事を。
そして聖女は問う。
分からないから、問う。
獅子はなぜ、そこまでするのか。
多くの転生者を救い、多くの善行を為したオスカー=オライオン。
紛れもなく男は英雄だ。
汚名すらも受け入れ善行を積んだ男は、まさに勇者と呼ぶにふさわしき魂の器だろう。
だから。
聖コーデリア卿は思ったのだ。
自分に。
そこまでされる価値はない――と。
そこまで、愛されるはずがない――と。
聖女は人に好かれるようになっていた。
魔物にも好かれる。
善良で純粋で、良い意味でも悪い意味でも裏表のない乙女なのは間違いない。
けれど、どう振り返ってみても――。
ここまで守られ、ここまでの自己犠牲を受ける理由にはならない。
だから聖女は分からない。
乙女は分からない。
獅子の自己犠牲と献身がどうしても理解できないのだ。
心で愛されていると言われても、愛される理由などほとんどないのだ。
それでもコーデリアのために、獅子は動いていた。
それは心が分からないコーデリアでなくとも、分からないだろう。
聖女が獅子にしたことは――あの日、母の亡霊を救った。ただそれだけのことだ。
確かに恩義を感じるのが人間だ。
それが人間性だ。
それでも、ここまでする恩ではない。
ここまでされる恩ではない。
けれど獅子の心を読んだコーデリアは知っていた。
理解はできなくとも、知ることはできた。
あくまでも事実として、獅子の願いを把握していたのだ。
獅子はあの日見た、月光の下で微笑んだ乙女を忘れられない。
あの日の聖女に。
今もなお、心を奪われ続けているのだと。
心が分からない聖女にも、理解ができた。
もしそれを言葉にするのなら。
人はそれを恋と呼ぶのだろう――と。
だから聖女は止めなかった。
止められなかった。
そこまでの決意ならば、受け入れるしかないと感じたのだろう。
獅子はそんな聖女の心を読んでいた。
能力による読心ではなく、経験と信頼による読心だ。
計算に入れていたのだ。
だから、今。
獅子はこうして最後の戦場にいる。
◆
獅子の眼光には、ロックウェル卿から授かった未来を眺める力が、赤い魔力となって走っていた。
負けイベを見届け。
終わりが見えようやく協力する世界を眺め、獅子は苦い笑みを作る。
世界の全てが共闘していた。
コボルトが隕石を降らせ、亜人が結界を張り、人間が陣形を組みブレイヴソウルたちを押し返す。
戦場を眺める獅子の唇が動く。
『なんで、人類は最初から……こんな風に協力できなかったんだろうな』
出番を待つ獅子の前で、浄化の儀式が進んでいる。
中央祭壇にて、世界全てからの強化を受けた聖女が祈りを捧げ。
ブレイヴソウルたちを輪廻の輪に戻す、そんな、心優しき聖女にしかできない儀式である。
人類は戦っていた。
戦っていた。
戦っていた。
手を取り合って、国や宗教、思想や種族の垣根を超えて。
終わりが見えたから、焦りだす。
本来ならもっと感謝するべきだった日常が崩れて初めて、慌てだす。
何気ない日々の幸せを、忘れてしまう。当たり前が当たり前になって、忘れてしまう。
本当はもっとも大切なモノなのに。
失いかけた時、人は初めてその価値を知る。
それが生き物なのだろう――と。
達観にも似た結論を胸中に浮かべ、黄金髪の獅子は立ち上がる。
漆黒の鎧が、カチャリと鳴る。
黄金の髪が、風に靡いている。
獅子は昏い空を眺めていた。
明ける空を眺めていた。
コーデリアが”解呪”を成功させたのだ。
ブレイヴソウルたちの大半が浄化されていく。
召喚の生贄にされた現地の子どもたちも、輪廻の輪に戻っていく。
ブレイヴソウルたちは笑っていた。
ようやく、終われると。
ようやく、歩き出せると。
だが。
全ての魂が浄化されたわけではない。
憎悪の魔性を呼べるほどの、悍ましい恨みをため込んでいた個体たちは浄化されない。
それこそが、不帰の迷宮の魔物。
帰ることができない迷宮で。
世界と人類を憎悪しつづけた、最も邪悪な霊魂たち。
残っていたのは、大魔帝ケトスが生み出した憎悪を和らげるダンジョンに棲んでいた。
最も悲しい犠牲者たち。
浄化されなかった彼らを見て、苦笑した獅子。
獅子が悠然と腕を伸ばす。
さあ、おいでと、あの日誘った大魔帝のように。
ブレイヴソウルたちは、獅子の腕を眺めていた。
唇まで精悍な男の喉の奥から、言葉が押し出される。
『さあ、行くぞ。おまえら――これが、最後のイベントだ』
昏き天が晴れた世界。
燦燦とした朝焼けの中。
太陽の輝きの如く、黄金獅子は聖女と人類の前に姿を現した。
迷えるブレイヴソウルたちをその身に纏い、彼らを浄化させるため。
出会ったあの日に、心を奪われてしまった――不器用な乙女を救うため。
そしてついでに。
世界を救うため。
だから彼らは戦っていた。
獅子と聖女は、最終決戦に臨んだのだ。
最後の戦いは始まっていた。
大魔帝は契約通り、全ての獣神を押さえている。
本当にもっとも強き神なのだろう。
同じ三獣神相手であっても大魔帝は他者を圧倒している。その力を本気で奮い、時間を稼いでいる。
全てのフラグは整った。
最終決戦は獅子の終わりで幕を閉じるだろう。
既にこの英雄譚は、最後のページ。
これが――終焉だった。
聖女は強かった。
人類すべてを味方としているからだろう。
大魔帝の試練すらも跳ね除けたオスカー=オライオンよりも、強かった。
ロックウェル卿の力を授かったオスカー=オライオンには見えていた。
聖女に貫かれ死ぬ自分と、そしてようやく解放されるブレイヴソウルたちの姿が見えていた。
なぜか勝ち筋が一切、見えないのだ。
それがオスカー=オライオンの矜持を僅かに擽る。
負けるための戦いだ、けれど、勝てる未来が見えないのには――何かがあるのだろうと、戦士としての黄金獅子は僅かに昂りを覚えていた。
勝てない。
届かない。
だが、それでもなお、獅子は聖女に瞳を奪われる。
戦う聖女は――誰よりも美しかった。
そんな獅子の心を読んでいる、コーデリアにも見えていた。
獅子が死に、他の全てが救われる。
美しい未来。
けれど、それは獅子の屍の上にある未来。
なのに、獅子はそれを望んでいた。
心の底から。
何度、聖女が心を覗いても、その決意は変わらない。
獅子の心が言うのだ。
コーデリア、オレはお前と出逢えて良かったと。
涙消しの魔術で消えたはずの感情が、聖女の中で渦巻いていた。
聖女の唇が、震えている。
「なぜ……わたくしには、分かりません。あなたの心がっ、あなたのやりたいことが、全部、まったく、わからないのです!」
聖女が感情をむき出しに叫んでいた。
あのコーデリアが、感情に支配される娘のように、叫んでいるのだ。
初めてだったのだろう。
周囲は、そんな聖女の叫びに驚きを隠せずにいた。
けれど、獅子だけは違った。
戦いの中。
雷鳴を纏い蠢く獅子の剣と、周囲を回転する、聖女の四つの神器がぶつかり合う中。
二人のシルエットが近づいた。
獅子の大剣と神影の装備する聖女の剣が、鍔迫り合いを起こす。
ジジジジジィィィ!
魔力による摩擦が発生し、周囲にはマグマすらも起こっていた。
魔力の火花が飛ぶ中。
存分に暴れ、憎悪を和らげた不帰の迷宮の魔物を抱いたまま。
オスカー=オライオンは、コーデリアに向かい告げていた。
『オレにだって、分からねえが。仕方ないだろう――それでもおまえが、忘れられない。愛や心なんてもんはフワフワで不確か。言語化なんてできねえ感情なんだろうさ』
「オスカー=オライオン……、戦いは、もう」
『無理だってのは分かってるだろう? オレの中にあるブレイヴソウルたちがおとなしく輪廻の輪に戻れる機会は、今だけ。この世界のせいで犠牲となったこいつらを、オレは救ってやりたい――だから、お前にしか頼めない。そろそろ、こいつらを押さえつけておくのも限界だからな……はは、情けねえが』
獅子は聖女の困惑を眺め。
ふっと微笑した。
穏やかで、精悍な笑みだった。
朝焼けの中で、男の唇が別れを告げるように動いていた。
『コーデリア、悪いが――全てを終わらせてくれ』
獅子の瞳には、未来が見えていた。
ブレイヴソウルたちが暴れ、憎悪に取り込まれて三千世界を滅ぼす姿が見えていた。
大魔帝はそれを嘆きながらも、彼らを滅ぼす。
全ての世界には主神クラスの存在しか残らず。
ただ、荒廃した世界で泣き方すらも消してしまったコーデリアが、壊れた世界を眺めているのみ。
多くの命が消えても、心の底から嘆くこともできないのだろう。
それはあの日――涙消しの魔術で感情を消してしまった、代償。
聖女は獅子の瞳を通して、心を通して、それを知る。
獅子は思ったのだ。
そんな終わりは認めない。
絶対に、と。
ここまで歩み続けた強い決意は揺らぐことなく、獅子は聖女を眺めていた。
聖女はこの心に応える事こそが、誠意。
今まで忘れてしまっていた恩人への、贖罪なのだと判断したのだろう。
もはや迷いはなかった。
拮抗していた鍔迫り合いを押し返し、距離を取ったのは聖女の方。
栗色の髪が、広がる。
聖女の魔力が、儀礼用のドレスの足元から――螺旋状に拡散されていたのだ。
「わたくしはコーデリア。コーデリア=コープ=シャンデラー。主神として、あなたの願いを聞き届けましょう」
凛とした声が響く。
強い声だった。
コーデリアにしては、勇ましい声だった。
「せめて――痛みなく、一瞬で。それでも貴方は強いから、きっと、苦しむのでしょう。その苦しみも、わたくしは忘れません。あなたの心も声も、その感情もすべて。もう二度と、わたくしは忘れません。忘れられません。さようなら、強い人。誰よりも世界のために動いた、黄金の獅子。オスカー=オライオン」
空気が、変わった。
聖女が――動いた。
それは迷いを捨てたコーデリアの本気。
菩薩の笑みを絶やさなかった乙女が、強く開眼していたのだ。
コーデリアは背負っていた神影を解除し、腕を伸ばす。
あまりの神速に、誰しもが唖然としている。
女神のようだと、獅子は思った。
その手にあるのは、細い剣。
乙女のための、聖剣。
彼女が最も得意としていたのは祈りではない、大魔帝ケトスから称賛されたのは魔術でもない。
奇跡でもない。
祝福でもない。
ましてや召喚魔術でもなかった。
彼女が最も頭角を現わしたのは。
大魔帝をして、天才と言わしめたのは他でもない。
それは――剣技だった。
だから聖女は敢えて、魔術に頼っていた。
いままで一度も、周囲の目があるときには、敢えて使っていなかった。
武器を用いた白兵戦。
それこそが聖女の本気。
コーデリアが自らで聖剣を装備し――まるでハヤブサのように、跳んでいた。
一瞬だった。
全ての者が、やはり唖然としていた。
一瞬過ぎて、理解ができなかったはずだろう。
拮抗していた戦いは、あっけなく終わっていたのだ。
聖女と獅子の姿が、重なり合う。
巧みな技量、神の領域の中であっても上位に位置するだろう剣技を以って。
聖女は獅子の腹を貫いていたのだ。
太陽によって浮き彫りとなるのは――重なる男女のシルエット。
朝焼けの逆光の中。
口から血を吐き出すオスカー=オライオンは、腕を伸ばした。
最後に乙女の身体を抱き寄せたのだ。
『勝てる未来が見えなかったのは、こういう……ことか』
「師匠に……君の剣技はバランスブレイカー。卓越しすぎていると、禁じられておりましたの」
『オレに切り札を見せないための、あの魔猫の……助言だな。はは……本気だったが、やられちまったよ』
「嘘つき、ですわね……、あなたは初めから負けるつもりだったのに……わたくし、悔しいですわ。とても、悔しいのですわ」
乙女の言葉は、揺れていた。
唇が震えていた。
獅子を刺した乙女の瞳は揺れていたのだ。
涙消しの魔術が、解除されたのだろう。
栗色の髪の下、白い肌に筋が走る。
あの日、消し去ったはずの涙だった。
つぅ……っと、流れる聖女の涙を、男の指が掬う。
『はは、なんだ……泣けるように、なったじゃねえか』
「オスカー=オライオン……様。わたくしは……」
嘆く言葉を、獅子の唇が奪っていた。
それは情欲のない、清らかな口づけだった。
初めてのキスに戸惑う聖女に気付いたのだろう。
男は唇を離し。
悪い……と小さく詫びていた。
獅子は聖女から離れ、歩き出す。
状況が分からずにいる、人類たちを見た。
協力する事を覚えた、生き物たちを見た。
彼らがいるのなら。
聖女はもう、孤独ではない。
もう、虐められることもないだろう。
もう、コーデリアが泣くこともないだろう。
この涙だけは、自分だけのものだと獅子は瞳を閉じた。
どのような未来が待っていたとしても、正しく生きるだろう。
閉じる獅子の瞳には、どんな未来が見えていたのだろうか。
分からない。
けれど獅子は微笑していた。
魂を貫かれたブレイヴソウルたちが、輪廻の輪に戻っていく。
恐竜魔物たちが、獅子に一緒に行こう。
一緒に来世にと誘うが。
獅子は首を横に振る。
愛した女の世界で消えたい。そんな願いを読み取ったのだろう。
ブレイヴソウルたちは獅子の決意を理解して、その姿を消した。
不帰の迷宮が――崩壊する。
最終決戦。
それは負けイベ。
オスカー=オライオンにとって、負けるためのイベント。
全ては獅子の手のひらの上。
世界は救われた。
最後に獅子は聖女を振り返り。
告げた。
『色々とあったが。まあ、悪い人生じゃ……なかったぜ』
消えていく言葉と共に獅子の身体が、崩れていく。
慌てて聖女が手を伸ばすが、既に遅い。
獅子の身体は塵となって消えていた。
獅子を支えようとした聖女の身体が、大地に落ちる。
聖女は泣いた。
生まれて初めて、本気で声を出して泣いた。
聖女はその日、心を取り戻した。
あの日に捨ててしまった感情を取り戻した。
聖女は獅子に恋をした。
けれど、同時に失恋を知った。
だからその喉から嗚咽が漏れるのだ。
涙消しの呪いが解けた聖女の嘆きこそが、獅子へのレクイエム。
これが獅子英雄譚。
孤高なる騎士の終わり。
この世界の裏で動き続けた、オスカー=オライオンの一生。
愛と理想のために生きた。
黄金獅子の恋の物語である。
《終》
続きます。