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第014話、壊れた世界のアプリコット【ミーシャ視点】


 ここは平和なる国クラフテッド王国。

 数日が過ぎていた。


 称号:世界一しあわせな姫。

 いつか取得したステータスの飾りが今はとても鬱陶しい。

 ミーシャは爪を噛んで必死に頭を働かせていた。


(ハーレムルートを進んでいた筈なのにっ、たぶんこれは唯一のバッドエンド、あのルートに向かってる……わよね)


 スマホをいじり、保存してあった情報を探る。

 この世界がゲーム、いやかつていた世界でプレイしていた乙女ゲームと関係があることは確かだ。

 キャラも設定も魔術も一緒なのだ。

 偶然の一致とは考えられない。


「でも、現実……なのよね」

「姫様――あなたはいままでどれだけの人を殺していたのですか?」


 本日付で姫の従者へと転職した門番兵士キースが言う。

 その声にあるのは侮蔑の色。


「さあね、もう覚えていないわ」

「そう、ですか」

「安心しなさいよ。あんたが消えたら協力者がいなくなる、殺したりはしないわ。だからちゃんと一山いくらの門番だったあんたを、あたしのお付きにまで取り立ててあげたでしょう? 感謝なさい」


 ミーシャ姫は気丈にいつもの口調で言うが、その手は震えている。

 だが従者キースは蒼白な姫を冷たいまなざしで眺めるばかり。

 当然だ。


「なによ、その顔」

「いえ」

「気に入らないなら殺しなさいよ!」

「あの悪魔に殺されたくありませんので――……」

「心配ないわよ。あいつなら今、起きてこられない状態にあるから」


 従者キースは眉を顰める。


「そうよ、ねえ! あたしを殺しなさいよ! ねえ、お願い。あたしはもう一度生まれ変わるの! そうよ、今度こそ、今度こそ幸せな姫様に……」

「殺したいほど憎んでいますが、それをすれば私が殺されてしまいますから。死にたいのならご自分で勝手に死んでください」

「命令よ、ねえ、お願いだから殺してよ! もう、嫌なの! なんで死んでまで、また人から嫌われないといけないのよ!」

「ふざけるなよ……」


 縋りつく姫を床に投げつけ、キースは唸っていた。

 必死に、自制しようと歯を鳴らしている。


「ふざけるな! きさまのせいで――何人が死んだ、何人が不幸になったと思っている!」


 ぞっとするほどの冷たい顏だった。

 誰にでも愛嬌の良い、ゲーム進行と共に少しだけセリフが変わるだけのNPCキース。

 キャラクターデザインを担当した絵師が気に入り、自分のブログでイラストを上げ、定期的に更新していたので隠れ人気の高いキャラでもある。

 悪人にすら優しく、反省してください待っていますからと苦笑いするNPCなのに。


 ゴミを見る目とはまさにこのことなのだろう。

 ミーシャ姫は、ああ……と感じた。


「この世界、やっぱりゲームじゃないのね……」


 いつも我儘ばかり。

 プライドの塊の黒鴉姫が、力なく床に伏し、肩を揺らしている。

 こうしている姿だけは、まだ十五、六の少女だった。

 キースが言う。


「申し訳ありませんでした」

「いえ、あなたにはその権利があるわ。ミーシャ=フォーマル=クラフテッドの名において貴方を許します」


 キースは端整な顔立ちで周囲を見渡し。


「天使がいないというのは……散歩というわけではないのですよね」

「一時的に消す、密談できる能力を買ったの」

「寿命使ってですか!?」

「仕方ないの――相談中にあいつに知られたら、途中で記憶を操作されるから」

「仰っている意味が……」


 矢継ぎ早に言われても分からない。

 姫は黒のドレスを揺らし叫んでいた。


「あぁぁぁぁ、もう。面倒ね! あたしは未来を見る神子だったってことになってたでしょう!? あれは、この世界がどうなるかを知っていただけ! で! 世界は分岐してるんだけど、その中のバッドエンドはあのマスコットが世界を壊して全部台無しにしちゃうっていう最悪なルートなの!」


 世界が壊れる。

 さすがにその言葉にはキースも動揺していた。


「だ、大司祭様や冒険者ギルドに相談して、いえ、陛下やミリアルド様に」

「やろうとしたわよ」


 ぎゅぅっとこぶしを握って、姫は言う。


「でも、あいつが、あの天使が全部元に戻しちゃうの……っ。話していた記憶を消しちゃうの!」

「では、天使を消している今の状態で」

「それもやった! でも結果は同じだった。あいつっ、分かってて全部誘導してたのっ、あたしが道を踏み外すように、全部、全部……っ」


 何をバカなことを――とは言えない。なぜならキースもあの悪魔のような天使を目撃していた。


「そもそもあの天使はなぜ、世界を……」

「このゲームはね……っ、いえ、ゲームじゃないんだけど」


 ゲームではないと知った姫は、この世界をゲームと呼ぶことを躊躇するが。

 そんな感傷など構わず、キースは冷たい言葉で言う。


「もうそれはいいですから、簡潔に」


 姫が、まるで子供のような声でいう。


「じゃあ便宜上で、この世界はゲームだって事で話すわね。あたしがプレイしていたゲームは乙女ゲームだったけど、一般的に売ってるパッケージのゲームと違うっていうか。買い切りじゃなくて、課金……お金を払って色々と買うの。ここまでは、いい?」


 正確に理解しているわけではないが、それでも言いたいことは伝わったのだろう。

 キースの頷きに合わせ、話が続く。


「ガチャっていうのがあってね……魅力的なアイテムがランダムに封入されているの。たとえばキャラ……ミリアルド兄さんだったり、オライオン王国のバカ王子だったり。武器だったり、スチルっていうイラストだったり、それがいっぱい詰まった箱があるの。どんどん追加されていくの。それが欲しい時はお金を払う。無料でちょっとは買えるんだけど全部じゃないから、だから、魅力的なイベント追加があるといっぱい課金するんだけど――たまに悪い子がいてね、納得してお金を払ったのに、返金申請っていうズルをしてね、お金だけ取り返す人もいるの」

「対価を得ているのに、そのようなことが許されるのですか?」

「許されないわ。会社側に問題があった場合は別だけど……ここはそうじゃなかった。だから、そういう規約違反をしたときには警告が来るの」


 スマホを操作し、ミーシャ姫はとあるアプリを開いていた。

 表示されているのは、アカウントが停止されていますと日本語で書かれた、ゲーム画面。

 タイトルは――。

 基本無料乙女ゲーム「三千世界と恋のアプリコット」。


「それでももう一回その警告を破って規約違反をしちゃうと……こうなるの。次にゲームを起動したときに、天使のマスコットキャラがね、凄い怖い顔をして今まで遊んでいた世界を全部、壊しちゃうの。残酷な方法で……っ、課金するほど、お金を払い続けて遊ぶくらい好きな世界が、酷い壊され方をされるの。その後にアカウントを削除されちゃって、二度とゲームをできなくされちゃうわ、それがペナルティーってわけ」


 一部のユーザーが解析をし発見され、あまりにも過激なのでさすがにクレームが出て、その規約違反ルートは削除されたが。


「ということは」

「ええ、そうよ。あたし、お父さんとお母さんのお金でガチャをいっぱい回しちゃって、返金手続きをしたんだけど、それがお母さんにバレて怒られて。ゲームはアカウント停止だし、大好きだった世界は天使に壊されてたし……あたしはちょっと変になっちゃったの。でね、弟がその様子をネットにアップしてて、学校の皆が知ってて。あたしは耐えきれなくなった」


 さすがに――。

 割れたスマホが意味するところを説明する気にはなれなかった。

 力なく告白した少女を見て、キースは言う。


「すみませんが、ネットやアップと言われても……能力上昇の魔術、でしょうか」

「そうよね、知らないわよね」


 ミーシャ姫は立ち上がり。


「あいつはたぶん、分かっててその全てが終わる、二度と戻らないルートを選ばせている」

「なぜそのようなことを」

「そんなの知らないわよ。もしかしたらこの世界が嫌いなのかもね。あたしは死んじゃいたいほど、大好きだったけど」


 自嘲気味に呟く姫。


「ねえ、あたし、どうしたらいいのかしら」

「……」


 キースは現地人。

 姫の話を真の意味で理解はしていないのだろう。

 だが――考えた末に言った。


「コーデリア様だけは、あなたが知っているルートとは常に違っていた。そうですよね?」

「ええ、あいつだけは――」


 答えたその時、少女は思い至った。

 ハッとした。

 何度も邪魔してやったのに、何度もその天然で弾き返してきた大嫌いな女。


 だが。


「あの子だけは、乙女ゲーム世界の影響を受けていない」


 そう。

 あの聖女だけは――。

 ミーシャは顔色を王族の顔立ちに切り替え、天使を召喚する。


「課金するわ。あなたのキースへの一切の干渉を禁じる、いくらかしら」

『おいおい、姫さんこんなモブにそんなことする意味があるのかい?』


 天使は嗤っている。


「価値があるかどうかはあんたが決めることじゃないでしょう?」

『へいへい、まあこっちは商売だからそれでもかまわねえがな』


 金額じゅみょうを提示され、姫は了承。

 毎度あり。

 そう言って、天使は力を発動する。


 これでキースの記憶を奪う事も、邪魔する事もできなくなった。

 おそらく課金していなかったら、天使は躊躇なくキースを惨殺していただろう。

 まずはコーデリアを探し、事情を説明することが最優先。

 事情を知っていて動けるものを減らすわけにはいかない。


『いやあ、姫さん。僕って存在をよく理解してるねえ。あっれー? 僕、攻略されちゃった?』

「勝手に心を読むんじゃないわよ……っ」


 天使は嗤い。


『あーあー、あんたにバレる前にあの聖女を消したかったんだが、しょうがない。しかし、姫様、あんた――今更どんな顔で会う気なんだい。あの聖女様を陥れたアンタが』

「そうね、あんたと同じぐらいあたしって最低な女だから。きっと、凄い顔をされるでしょうね」

『ま、好きにしてくれ。僕は僕で、あの天然女を殺すように動くからさ。なんか変な異世界神が力を貸してるみたいだが、所詮は三流だろうさ。僕には敵わない。いいねえ、これってさ。ゲームみたいじゃなーい?』


 天使は皮肉と嫌味ばかり、ケシシシシと嗤っている。

 それでも。

 やるしかないと、ミーシャ姫は立ち上がった。


 大好きだった世界アプリが壊れた時、少女は命を捨てた。

 もう一度自分のせいで壊してしまうなんて――それはきっと死ぬよりも辛い事だと。

 ぎゅっとスマホを握りしめた。


▽世界観を提示する序盤の連続更新は以上となります。

明日からは連続更新ではなく、一日1回または2回の更新に切り替わります。

※更新時間は昼「14:00前後」や夜「18:30前後」を想定しています。


周囲を振り回す天然聖女コーデリアさんと、

かなり大変そうなミーシャ姫の今後が気になる方は、よろしくお願いします。

それでは、ここまでお読みいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 確かに三流だねあの御方を前にしたらただのネコだし、おいしいグルメが大好きだし、されど慈悲深い我らがネコの神である だが絶対に怒らせてはならない恐ろしい破壊神でもあるんですね さてオレはグル…
[良い点] 猫様がいて、ツッコミ役がいないところが。 [一言] 新連載ありがとうございます。
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