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第134話、◆獅子英雄譚◆―その1―


 ◆【SIDE:オスカー=オライオン】◆


 転生者ミーシャがコーデリアを殺害しようとしている。

 そんな、ルートにはない計画を察した若獅子、オスカー=オライオンは動いていた。


 ここは昏くて怖い場所。

 静かで、けれど――とても恐ろしい魔物たちが蠢く場所。

 入ったら二度と脱出できないとされる、”不帰の迷宮”。


 この時、若獅子の彼も既に、正式に王族としての成人である年齢。

 二十歳を迎えている。

 コーデリアとミーシャがおよそ十五歳――。


 世界の歴史を神の視点で観測する魔導書が、もし存在するのなら――ここは物語の始まりともいえる場所になるのだろう。


 若獅子は一人、ダンジョン探索を急いでいた。

 その貫禄さえ滲んだ、けれど若々しい肌には重い汗が浮かんでいる。

 オスカー=オライオン、彼は焦っていた。


 ミーシャによるコーデリアの、このダンジョンへの追放も間近。

 もう時間がない。

 だから炎を纏わせた暗黒大剣を奮う獅子の剛腕は、極悪ダンジョンの魔物の硬い胴を、一撃で薙ぎ払う。


「邪魔だ、どけぇええええええええぇぇぇ――!」


 魔物は消滅し、宝箱が出現する。

 中身はハズレ。

 今の彼が探しているのは、転移アイテム。


 それこそがコーデリアを救う、唯一の手段だとその時の彼は考えていた。


 転生者ミーシャ姫による、コーデリアの追放。

 それは天使による誘導か。

 ミーシャ姫自身の心の弱さと、全てを他人のせいにする悪癖のせいか。

 そしてコーデリア自身の空気の読めない言動と力のせいか。


 おそらくは、その全てが原因。

 結果には必ず原因がある。

 これは、様々な要因が重なった結果の追放だったと考えられる。


 王太子オスカーが最後にミーシャ姫と会った時、既に彼女は限界だった――時と共に積み重なっていく嫉妬や憎悪の感情が、ついに爆発していた。


 ゲームのモブ如きが。

 そんな、この世界をゲームだと信じ切っているミーシャの言葉が聞こえてきそうなほどだった。

 世間と周囲からバカな王子として認識され、警戒されることもなくなったオスカー=オライオンは、既にミーシャ姫と結託していたのだ。

 いつもはさりげなくコーデリアへの攻撃の矛先を逸らしていたが、今回はもう無理だった。


 国家反逆罪の汚名を着せ、コーデリアをこの迷宮に落とす方向で話は纏まっていた。


 むろん、ミーシャの提案である。

 これも王太子オスカーの焦りの一つ。


 もしコーデリアが斬首されるというのなら、その場で助けることも可能だった。

 公開処刑の寸前、こっそり防御の魔術でもかければいい。

 そもそもコーデリアのレベルは高い。並の存在による斬首刑など自前の防御力で弾けてしまうだろうと、既に強者となっていたオスカー=オライオンは計算していた。

 だからこそ、不帰の迷宮に追放というのは計算外。


 不帰の迷宮の魔物のレベルは異常。

 既に何度も帰れない筈の迷宮から帰ってきている勇士、オスカー=オライオンは知っていた。

 このダンジョンの恐ろしさを。

 尋常ではないレベルの高さを。

 なによりここだけは例外――この世界でありながらも異世界、別の次元、別の法則が働く特殊空間だと知っていた。


 ここに追放となると助けられる自信がない――。

 だから、事前に手を打つ必要がある。

 逆に言えば、ミーシャが確実にコーデリアを消したいのなら――。

 たしかに殺せぬ聖女を殺すには、ここしかないのだ。


 それは天使の誘導か、それともミーシャ本人の案かは知らないが。

 おそらく、後者だろうと王太子オスカーは感じている。

 彼女にとってはこの世界は遊戯なのだ。文字通り、遊戯盤の中の世界だと本当に信じ切っている。


 邪魔な人間を排除するなど、ただ、チェスの駒を捨てるのと同じ感覚なのだろう。


 実際は天使か悪女か、どちらの考えかは分からない――なんにしても国家反逆罪となれば、容易に助けることはできなくなる。

 オライオン王国の王太子が、反逆者を救った。

 そんなことになったら国際問題。

 オライオン王国は転生者ミーシャによって潰される。

 彼女の課金アイテムにはまだ、敵わない。


 コーデリアを救うためだけに、民や転生者を巻き込むわけにはいかない。


 出逢った当時の皇太子ミリアルドや、名君と呼ばれた時期もあったミファザ国王ならば話も通じただろうが、あれらはもはや腑抜けの無能。

 ミーシャに操られ、まともな人間ではなくなっている。

 誰にも頼らず、頼れず、それでも若き獅子には聖女を見捨てることはできなかった。


 あの日、母に手を差し伸べてくれた聖女を見捨てる?

 冗談ではない。

 あの日の出会いが全てを変えた。

 暴君と成り果てる筈のバカ王子、オスカー=オライオンをまともな人間に変えたのだ。


 誰かのために自分を犠牲にできる、誰かのために手を伸ばせる。

 そんな優しい心に触れ、オスカー=オライオンはゲームのモブではない、一個人になれたのだ。

 もっとも、この世界はゲームではないという確証もあったが。

 ともあれ、聖女は救いたい。

 ここで見捨てるようなら、また自分は腐ったバカ王子に成り果ててしまいそうだ。

 だから。

 自分のためにも――。


 王太子オスカーは単独で迷宮を進んでいたのだ。


 倒した魔物からドロップした宝箱を、罠も構わず開封し。

 男は、ギリリと奥歯を噛みしめる。

 中に入っていたのは、一度だけ結界を張ることができる、白銀狼のペンダント。


「くそっ、またハズレか」


 優秀な防御アイテムだが、今はそれではない。

 欲しいのは、かつて何度も入手した、ふてぶてしい顔をした黒猫が描かれた転移の魔導書。

 転生者たちが帰還する際に使ったアイテム。

 あれならばこのダンジョンからの脱出とて可能だろう。

 なのに、どうしてもでてこない。


 獅子のたてがみの如き、黄金髪を魔力風で揺らしながら――オスカー=オライオンは考える。


 コーデリアを助けるのには必須、あのアイテムしかない。

 一刻も早く転移アイテムを手に入れ。

 さりげなくコーデリアに渡す。


 どうやって渡す?

 考えていない。

 自分は会っても、次に会うと忘れられてしまう。

 だから毎回、信頼と信用を勝ち取る必要がある。しかし、そんな時間はない。ミーシャ姫に気付かれたら終わるのだ。


 だが、まずは転移アイテムを手に入れなくては始まらない。

 コーデリアは強い。

 尋常ではなく強い。

 しかし、それは常識の範囲内の強さ。


 既に強さだけなら彼女を超えている王太子には分かっていた。

 聖女であっても、このダンジョンの攻略は絶対にできない。

 自分が直接的に助けに行けば、オライオン王国がミーシャによって潰される。


 焦る。

 焦る。

 焦らずにはいられない。


 焦る男の耳が揺れる。

 足音が複数ある。

 魔物の集団だろう。


「また、魔物か――っ」


 叫ぶ男の手の先に、魔法陣が生まれる。

 それは八つの円が重なり連なる、八重の魔法陣――小さな都市ならばそのまま包んで消し炭にできるほどの火球が、王太子の腕から解き放たれる。

 それは外の世界の火炎魔術。

 既に、王太子は強者。

 この世界の人間としての器をとうに超越していた。


「爆ぜろ――!」


 ダンジョン内の壁が、夕焼け色に染まる。

 本来なら通路の狭い迷宮内で大規模爆炎魔術を使うなど愚策。その熱も威力も自分に帰ってくるとは、初心者の冒険者とて知っている。

 けれど王太子は知っていて、大魔術を放った。


 肉と苔が焦げる音と匂いの中。

 狭い通路側から反響し、戻ってきた魔力による熱を掴むように――手甲を外した王太子は腕を伸ばし。

 詠唱する。


「全ては我の腕の中。手中にあれば我が領土。我はオスカー。若獅子オスカー=オライオン。騎士国家を統べる王となる騎士なり」


 詠唱によって発生した魔力を手先に浮かべ。

 じゅぅぅぅぅっぅぅ!

 その掌を握り、炎の魔術を握りつぶしたのだ。


 片腕に骨まで覗かせるほどのダメージを受けるが、すぐに治療魔術で再生させていた。

 本来なら装備さえ消失してしまう程の魔力熱であったが――。

 腕装備は事前に外していたので、ロストを免れている。


 計算通りだった。


 敵は全滅している。

 だが、違和感があった。

 魔物は魔物で消滅しながらも、じっと若獅子を眺めているのだ。


 この迷宮の魔物たちは皆、簡易的な不死身状態となっていた。

 迷宮自体と契約を交わしているのだろう。死んでもその魂が迷宮へと帰還するだけで、彼らは一定期間が経つと、再出現するのだ。


 いわゆるリポップである。

 もちろん、他のダンジョンでもリポップ現象自体は存在するが――ここは別格。このダンジョンのリポップは異様に速い。

 その日のうちに、再会することも何度かある。

 同じ敵、同じ魔物であれば、稀にこうして同じ個体と出くわすこともあるのだ。


 今日はその魔物がそうだった。

 恐竜と呼ばれる大型爬虫類の敵。

 魔竜の亜種とも違う、この迷宮特有の異世界の魔物である。


 焼き爛れた空間の中。


 黒い霧と共に、それはザァァァァァっと音を鳴らしリポップする。

 竜鱗に似た鱗がねらねらと照りついている。

 鋭き牙と唾液が覗く恐竜の咢が開かれ。

 それはとてつもないスピードで突進を開始。


「またか――っ」


 だが敵が一体だけなら――王太子オスカーはやはり再度、一撃で恐竜を屠る。

 魔物は消滅しながら、焦る若獅子を不思議そうに眺めていた。

 両断された魔物が、消えながら言う。


『貴様、なにをそんなに焦っている』

「さてな――……って、おまえ、会話ができるのか?」


 魔物は絶たれた胴を繋ぎ合わせながら、グフフフフ!

 嗤いながら語りだす。


『我等、不帰の迷宮の魔物は偉大なる御方、魔猫閣下によって生み出されし魔物。そこらの雑魚とは一線を画す、尊き魔物。人間の言葉を解するぐらい、ぐふふ、ほれ、造作もなき事よ』


 恐竜は再びリポップしていたのだ。

 いくらなんでも再出現間隔が早すぎる。

 再び大剣に魔力を這わせた王太子オスカーの、魔力で紅蓮色に染まった瞳を眺め――。


『そう、焦るな。さて、何度も遊びにやってくる風変わりな人間よ。何度も戦い、遊んだ仲だ。汝の話を聞いてやろう』

「時間稼ぎか?」

『うぬ? おお、そういうことか。そういう駆け引きも悪くはないが、そうではない。おまえが何を焦っているのか、単純に興味があっただけであるが?』


 魔物の瞳が、じっと獅子を眺めている。


「興味って……それより、さっきからおまえだの汝だの貴様だの、少しは統一できねえのか……?」

『我は汝の名を知らぬ』

「……。そりゃそうか、オレの名はオスカー。オスカー=オライオン、これでも一国の王太子」

『王太子? なんだそれは、美味いのか?』

「うまかねえよ、よだれを垂らすんじゃねえ! 王太子ってのは、王国の第一王位継承者……ようするに次の王様ってことだよ」


 ほうほう、王子様か! と、恐竜はでかい図体でちょこんと座り。

 じぃぃぃぃぃぃぃっと若獅子を眺める。


「おいおい、なんだその顔は」

『実はこの迷宮。我等が偉大なる主殿が自分基準に設計し、ありえぬ難易度になってしまったせいでな。ほとんど、誰も来なくなってしまった。我等も暇でな。我ら魔物だけで遊んでいるのも退屈。ここまで語れば――もう、分かるな?』

「いや、分からねえって」


 ん? ん?

 と、ドヤ顔をする恐竜種に、王太子は呆れていたが。

 その声には少しの親しみがこもり始めている。


『頭の悪い男であるな。汝が我に、なぜ汝が焦っているのか語ってくれるのならば――少しだけなら協力してやらんこともないぞ? そう言っておるのだが?』

「協力だぁ?」

『察するに、オスライオンはこの迷宮でしか手に入らない何かを探しているのであろう?』

「オスライオンじゃなくて、オスカー=オライオンだっての」


 空気と戦意を乱された王太子オスカーは苦笑し、恐竜の前に堂々と座ってみせる。

 語ることにしたのだ。

 魔物が首を伸ばせば、すぐに食いつける距離だが王太子はそれを理解した上で隙を見せていた。


 それは恐竜の瞳の色を見たからか。

 本当に、暇そうにしていたのだ。

 そして話を聞かせよと、ワクワクとした表情が存外に愉快であったからか。


 あぎとをグフフフと揺らす魔物に敵意はない。

 なにより話をしている間に魔力も回復できる。

 休憩時間にできるという利点もあり、彼は話に乗った。


 しかし、あまりにも距離が近いからか。

 黄金の髪が揺れている。

 恐竜魔物の鼻息がかかるのだ。


「話すのは構わねえが――もうちょっと離れろって、野郎の息でブワブワされるのは面白くねえっての」

『ぐふふふふ、我はメスであるが? 見て分からぬのか?』

「そ、そうか……なんつーかすまんな」


 彼の運命を手助けするのは、また異性であった。

 女性を惹きつける性質でもあるのだろう。

 それは魔物であっても同様。

 ともあれ――。

 オスカー=オライオンは恐竜魔物に語りはじめた。


 この世界はゲームではない。

 けれど。

 もし世界がゲームであったのなら。

 これはフラグの一つと言えたのだろう。


 若獅子は正解の選択肢を選ぶことに成功していたのだ。


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