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第131話、◆ライオンハート◆―その4―


 ◆【SIDE:オスカー=オライオン】◆


 神子が本来なら治せぬ傷を治す、奇跡の御手の始まりとなる筈だった場所。

 集うのはクラフテッド王国とオライオン王国の若者。

 そして同盟関係にある周辺小国家の従属者たち。

 将来の優れた騎士となるべく、才気あふれる若者が集う騎士学校での出来事。


 未来を予知する神子の姫は、豪奢なドレスに身を包んでいたが――その顔には豪奢とは程遠い怒気が浮かんでいる。

 揺れる肩のせいだろう、長いカラスの濡れ羽色の黒髪も揺れている。

 ぷっくらとした唇も震わせ、神子ミーシャ姫は叫んでいた。


「どうして……っ、どうしてあんたはいつもあたしの邪魔をするのよ――っ、コーデリア!?」


 叫ぶ声には王族の魔力が乗っている。

 闇属性の魔力でありその魔力は十歳前後の子どもとしては、破格。まさに逸材、子どもでありながら現役冒険者の中に混ざっても、問題なく行動できる、規格外の能力と言えるだろう。

 けれど――。

 上には上がいる、目の上のたん瘤とでも言うべき、ミーシャにとっての聖女バケモノがそこにいる。


「まあ! 何を怒っているのです、ミーシャ?」

「お願いだから勝手に動かないでって、あんなに、あんなに言っておいたじゃない!」

「それで怒っているのですね、ミーシャ。けれどごめんなさい、わたくしには――声が聞こえたのです」

「声?」

「はい、ここの皆様の救いを求める声です。とても辛そうで、悲しそうで……もっと動きたい、騎士として大成したかった。けれど、この怪我じゃあ。この病気じゃあ。ぼくはわたしはおれは、国に帰ったときに、どう皆に詫びればいいのだと……嘆く声ですわ」


 聖女は皆を救う存在。

 聖女は迷わず動く存在。

 今、聖女は主人ともいえる姫に叱責されている。お叱りを受けると理解した上で、それでも自分たちを助けてくれるために言いつけを破り、動いていた。

 それも騎士たちの心を惹いたのだろう。


 聖女様。

 ああ、聖女様。


 そんな心酔する声を聴き。

 黄金髪の若獅子オスカー=オライオンは察していた。

 既に騎士の心は聖女コーデリアのもの。

 たとえ彼女がバケモノと言われても、たとえ将来、彼女が罠に嵌められ追放されたとしても。彼らは一生、コーデリアを肯定して生きるだろうと。


 実際にどん底に落ちている所を救われたのだ。

 それはどんな説法よりも強く心を変えさせ、狂信させるだろうと、王太子オスカーは知っていた。

 そして、それがどうしても我慢ならない姫がそこにいることも知っていた。


 獅子の瞳が観察する中。

 ミーシャが言う。


「お願いだから! これ以上、これ以上あなたを嫌いにさせないでよ!」

「ミーシャ? なぜ怒っているのです? 皆様を治して差し上げたかったのでしょう? 陛下もミーシャの心に感心して下さったではありませんか。こうして、皆さまは救われました。それのなにがいけないのです?」


 聖女は人の心の穢れを理解できない。

 本当に理解していないのだろう。


「あんたはいつだってそうっ、いつもあたしの欲しいものをハイエナみたいに横から奪っていってっ、自分には欲がありませんみたいに澄ました顔をして――っ。兄さんだって、あたしから盗むつもりなんでしょう!? モブのくせに、ゲームのくせに! なんであんただけは思い通り動いてくれないのよ!」

「ミーシャ……ごめんなさい」

「何もわかってない癖にっ、どうしてごめんなんて言えるのよ! あぁ、うっざい! これじゃあたしが悪いみたいじゃない! 分からないのに謝らないで!」

「ミーシャ……?」


 胸の前でぎゅっと手を握る聖女。

 まるで洗脳したかのように周囲を味方とする乙女は、申し訳なさそうに言う。


「また、わたくしはあなたを怒らせてしまっているのですね……」

「そうよっ! この世界だけは……このアプリだけはあたしのための世界なんだからっ、もう邪魔しないでっ! なんであんただけはルート通りに進まないのよ、なんであんただけはイベントを回避できるのよ! なんでこんなに罵ってるのに、あんたはずっと付きまとってくるのよ! 頭どうかしてるんじゃないの!?」


 激昂する声がさらに人を呼んだのだろう。

 そこには孤高の黒虎か、黒豹か。黒髪美麗な皇太子、聖騎士ミリアルドの姿がある。

 体格はオスカー=オライオンよりも少し小柄だが、十五歳の、年相応の体格といえるだろう。


 声だけで生計を立てられそうな聖騎士の、凛とした声が響く。


「――なにをしているんだ、二人とも」

「兄さん……」

「ミリアルド殿下」


 聖女はふわりと膝をつき、王家への忠誠の構え。


 他の者も同様。

 周辺国をその国土と力で圧倒するクラフテッド王国。

 その皇太子の登場だ、騎士たちも教師たちもみな恭しく頭を下げている。

 当然、黄金髪の王太子オスカー=オライオンも聖騎士に跪き、胸に手を当てる忠誠の姿勢をとっていた。


 騒ぎを詳しく聞こうとしているのだろう。

 ミリアルドの黒曜石色の瞳が周囲を探る。


「オスカー、わたしにそういった態度は不要だと言っただろう? わたしたちは友。互いに競い合う騎士なのだから」

「そういうわけにはいかないでしょう、皇太子殿下」

「オスカー、君だって同じ王太子。同類だろう?」


 皇太子という立場が重い。

 できれば他人に譲りたい。君だってそうだろうと、世間知らずの次期国王が告げている。

 同じなわけがない。


 オライオンは同盟国とは名ばかりの属国。

 それをこの青年騎士は知らない。

 少し調べれば、自分で考えれば分かるだろうに――それをしない。


 王太子オスカーは粗暴と言われている青年には不釣り合いな、王族としての声を絞り出す。

 頭を下げたまま。


「どうか、お許しを殿下。他の者の目もありますので――示しがつきません」

「そうか、すまない。困らせたようだな、オスカー。それで、これはいったい……悪いが君が説明してくれないかな?」


 見ればわかるだろう。

 バカかこいつは。

 それが王太子オスカーの感想だった。

 くだらない男だと、内心の蔑みを器用にしまい込んだまま――。

 王太子オスカー=オライオンは事情を説明する。


「――そうか、コーデリアが治したのか。さすがだな。いったい、それでどうして揉めているんだい。ミーシャ?」

「それはその、そう、コーデリアが、コーデリアがあたしがやるからいいって言ったのに! 手柄が欲しいって、そういいだして。それで、その……無理やりあたしを食堂に閉じ込めて」

「食堂に? ああ、それで使用禁止になっていたのか」


 違う。

 情報は入ってきていた。

 愚かな姫は食堂におしかけ、無理やりにプディングケーキを作らせていたのだ。


 王太子オスカーには部下がいた。

 多くの手駒がいた。

 愚かで粗暴で、オライオンの駄目息子。そんな評判とは裏腹に、存外にカリスマを持つ男であると、彼をよく知るものは感じ取っていただろう。


 むろん、聖騎士ミリアルドは気付いていない。

 駄目な王太子だと信じ切っている。

 そんなミリアルド皇太子が、今回の件の裏にも気付くはずがない。


 ミリアルドは困った顔をしてみせ、コーデリアに告げる。


「コーデリア……君の回復魔術の腕は確かだし、優しい心は分かっているつもりだが。少し、傲慢なのではないか?」

「傲慢、でございますか?」

「ああ、ミーシャにだってできる事を奪うなんて。それは王家への反逆と思われ兼ねない。それだけじゃない。ミーシャから聞いている。最近の君は少し驕りが過ぎていると、わたしはそう感じているよ」


 違う。

 王太子オスカーは察していた。

 ミーシャが嘘の報告をしているのだろう。

 してやったりといった様子の、十歳のくせに悪女の顔をした姫がそこにいる。


 けれど皇太子は気付かない。


「殿下、わたくしは……」

「言い訳は聞きたくない。君は嘘ばかりをつくとミーシャから聞いている。実際君は、わたしの母が見えるとつい先日、嘘をついたばかりじゃないか」

「嘘ではなく、本当に!」


 コーデリアの声には感情があった。

 王太子オスカーは察した。

 賢き若獅子は、気付いてしまった。

 聖女はおそらく……自分でも気付いていない部分で、仄かに皇太子に恋をしているのだと。


 けれど、その心は届かない。


「すまないが、君に……おまえに振り回されるのはうんざりなんだ」


 王太子オスカーはあの日、コーデリアの言葉を信じたが。

 皇太子ミリアルドは、コーデリアの言葉を信じなかったのだろう。


「兄さん、それくらいにしてあげて。これでもあたしのおともだちなの、あんまり虐めちゃ可哀そうでしょ?」

「そうか、虐めたわけじゃないんだが……ミーシャはやはり、優しいな」

「兄さんの妹ですもの、当然ですわ」


 くだらない茶番が、目の前に広がっている。

 王太子オスカーは察した。

 神子ミーシャの本性と悪辣さを十分に感じ取ったのだ。


 オスカーは露悪的な声を上げていた。


「まあ、勝手に治療しちまったんだ。こいつが全部悪いだろ」

「オスカー?」


 突然、普段の粗暴な口調に戻った友を眺めるミリアルド。

 その綺麗なだけで、妹の操り人形となっている敵国の皇太子を眺め王太子が続ける。


「いや、はっきり言わねえと分からねえだろう? 回復魔術は高位の魔術。失敗するリスクだってあるってのは分かってるはずだ。どれだけの腕でも、ミスは必ず起こる。違うかい、聖女様」

「否定は、できません……」

「だろ? んでだ。あんたが治したこいつらは騎士であり、国の戦力。もし失敗していたら、そのまま国の損失だ。国際問題にもなりかねない、危ない独断なんだよ。なのに勝手に動いた。治せるからっていう驕り高ぶりがそうさせたんじゃねえか? それじゃあミーシャ姫様が怒るのも無理はねえ――聖女バケモノさまが悪いわな」

「オスカー、少女相手にバケモノとは――」

「だってそうだろうよ、教会のお偉いさんでも治せねえ傷まで再生させちまうんだ。バケモノはバケモノだ。その力で一体なにをするつもりなんだか、おっと、怖えな。気分が悪い、とっとと帰りな――お嬢ちゃん」


 非難の目が王太子オスカーを包む。

 ミーシャもオライオン王国の王太子に正面から非難されるコーデリアに、溜飲が下がったのだろう。


「そういうことよ、コーデリア。全部、あんたが悪いの。悪いことをしたら、分かるでしょう? 兄さんも見てるのよ?」

「申し訳ありませんでした、皆さま」


 詫びる聖女を責める者はいない。

 視線は聖女に謝罪をさせた王太子オスカーに向いている。

 同席している女教師はそれがオスカー=オライオンの誘導。自分を悪者にすることで、コーデリアを庇った行動だと理解できているが――他の者は違う。


 ますます嫌われ者となるオスカー=オライオンであったが。

 彼はそれでいいと感じていた。

 道化を演じることを見抜くものだけ、自分を信じてくれればいい。

 そいつの頭だけは信用できる。

 いざという時には味方にできると知っていたのだ。


 女教師が騒動を終結させるべく、教師としての声と顔で毅然と動き始める裏。


 若獅子の耳に、凛とした乙女の声が届く。

 相手の装備を振動させることにより、自らの望む音声を伝える風魔術だろう。

 コーデリアの声が響く。


「(どなたか存じませんが、助けていただきありがとうございました)」


 まさかとオスカー=オライオンが振り返ると。

 そこにはこっそりとカーテシーを披露する栗色の髪の乙女がいた。


 状況を読む力があるのか。

 それともやはり、心が読めるのか。

 どちらにしても、少女はやはりオスカー=オライオンの名前を覚えない。

 女教師が言うように、自らに何らかの魔術をかけているのだろう。


 この記憶も、次に会うときにはなかったことになるのだろう。

 王太子は後ろに手だけを振って、その場を後にした。


 ◆


 しばらくの月日が流れ。

 女教師から自身が転生者であることが伝えられ。

 この世界がゲームかもしれないという事、そして、ミーシャが転生者であり――その周囲に天使と呼ばれる異質な愉快犯がいることを聞かされたのは――、一年後。

 王太子オスカー=オライオン。

 彼の耳に、非公式ながら辺境領主の妻クラウディアの死の噂が流れ込んできたのも、ちょうどその時期。


 更に成長し――精悍となり。

 冒険者と共に旅まで経験。

 ダンジョンで自ら入手した漆黒の鎧を身に纏い始めた彼が、十六になった時期の出来事である。


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