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第013話、世界でいちばん幸せなお姫様【ミーシャ視点】

※本話には一部、人によっては不快に思われる表現がございます。

ご注意ください。


 ここは世界で一番幸せな姫が暮らす王宮。

 幸せな姫の幸せな遊び。

 今日も、イケメンを捕まえて生気を吸い取り寿命を延ばす。

 ミーシャ姫様の日課。


 姫は男を部屋に呼び出し。

 いや――拉致して遊んでいた。

 王族の魔力が、寿命を奪うピンク色の魔術を発動させている。


「ほらほら、頑張りなさいよ。そんなんじゃいつまで経っても終わらないわよ?」


 今日も被害者の男が、うぐぐぐぅぅぅぅうぅ……と、声なき苦悶を上げていた。

 魔力糸で縛られ、身動きが取れぬイケメンは既に瀕死。

 何度もエナジードレインを受けて、その顔色は真っ青で――でもそれがおかしいのと姫は男の上で嗤う。


「はい、もう一回。今度は生きていられるかしら?」


 姫は男の首に手を当て、もう一度魔術を発動。

 生気が、吸われ。

 男の身体は打ち上げられた魚のように跳ねていた。


「あはははははは! マジうける! びくびくしちゃって、可哀そう~!」


 ただ、その最中。

 バキンと音が鳴っていた。

 フラグが崩れ落ちる音だ。


 遊びの最中でも、この音だけは聞き逃せない。

 姫は玩具を捨て――魔術を詠唱。

 慌ててスマホを召喚し手を伸ばす。


「なんで……っ、なんで――イーグレット様とのフラグが折れちゃってるのよ!」


 ミーシャ姫の悲痛な叫びはどこにも届かない。玩具で遊んでいる時は防音魔術を使っているからだ。

 その傍ら。

 小さな美青年。

 マスコットキャラクターの天使が言う。


『ああ、これはたぶん悪役令嬢コーデリアに奪われたね』

「奪われたですって! だって、今頃は兄さんがあのクソ女の父親を人質にしている筈でしょう!」

『さあそれはどうだろうか。僕にも分からない』


 天使はニヤニヤ笑っている。


『それよりもいいのかい? その門番兵士、吸い過ぎちゃって死にかけてるよ? それくらいにしておきなよ。お気に入りだったんだろう、顔だけは』

「いいのよどうせ、兵士はまたポップとかリポップ? するんですし」

『ポップ?』

「こいつら、また湧くのよ」


 天使は言う。


『ああ、スポーンとリスポーンのことか。もう一度出現する現象。ポップとかリポップとか色々と言葉はあるけれど、ゲームをやっていないとわかりにくいよね』

「そ、だからこいつが死んでも、同じ顔の同じ人がまた門番として復活するの」

『しないよ』

「はぁ……どういうこと? 何言ってるのよ」

『だから、勝手にリポップなんてしないって。それはゲームの話だろ』

「そうよ、ゲームの話よ。だからポップするわよ」


 いつだってそうだったし、と。

 既に何人も死なせてしまったが、明日にはすべて忘れて戻っている。

 実験も実証も済んでいる。


 ミーシャは天使の忠告も気にせず、体中の穴から魔力残滓を流れ垂らすイケメンの首に手を掛け。にひり。

 魔術を発動。

 顔だけは気に入っている門番兵士から、生命力を吸い取り尽くす。


 姫の下で、人間が揺れる。

 小刻みに暴れるが、それも次第に弱くなっていく。

 断末魔の叫びをまるで鳥のさえずりでも聞くかのような顔で、姫はうっとりと恍惚。


「ああ、たまらないわ。イケメンがあたしの下で震えながら死んでいくの、最高! きゅって息が途絶えるのが最高に萌えるの!」

『君が思うのならばそれでいいよ。けれど気を付けなよ?』

「なにがよ」

『蘇生ってね、けっこうな額を課金しないとできないからさ』

「しつこいわねえ、もう疲れてるんだからどっかに行ってて。お互いドライな取引相手でいましょうっていったのはアンタでしょう?」


 門番兵士は死んでしまった。

 ミーシャ姫はいつものように、イケメンの死体をうっとりと見つめ、潤った自らの肌を撫でる。

 死んだ瞬間が、一番いい。


「これでまだ生きていられる。寿命をいっぱい貰っちゃったもの。明日もこの門番兵士にしようかしら、うん、そうね! こいつを虐めて吸い尽くすのって最高に面白いし!」


 悪魔のような姫のシルエットが、あははははははっと膨れあがる。

 ここは理想の世界。

 乙女ゲームの世界。

 なにをやっても許されるヒロインの自分は、なにひとつ間違ってなどいない。


 いままでも。

 これからも。

 そう、後はコーデリアを殺せばいいだけ。


 それで全部解決なのだ。


 だがどうしたことか。

 翌日。

 兵士はリポップしなかった。


 ◇


 クラフテッド王国の王宮は騒然としていた、門番が失踪したからだ。

 顔が良く、性格もよく。

 今度町一番の踊り子と結婚すると笑っていた兵士が、消えた。


 自らの意思での失踪はあり得ない。

 誰が殺した。

 王宮は犯人探しに躍起になっている。


 その騒動の中。

 城で最も豪華で豪奢で煌びやかなミーシャ姫の部屋では、独りの少女が震えていた。

 死体をベッドの下に隠し。

 部屋の隅、毛布にもぐり、震えながら――。


 言葉が漏れる。


「なんで、なんで……いつもは目覚めると全部消えたじゃない。死体が消えて、リポップしてたじゃない」


 なのに今日は違った。

 死体が横にあった。

 美しい顔立ちのイケメンが、苦痛と悶絶の中で息絶えた顔で、固まっていた。


 なにかがおかしい。

 これも全部、コーデリアのせい?

 姫は震えた。


「そうよ、そう……あいつのせい。あいつのせいで、なんか世界がバグってるのよ」


 コーデリアさえ消せばいい。

 そう心で強く思った、その時だった。

 声が聞こえた。


『違うよ。君のせいだよ』


 天使の声だった。


「どういう……こと」

『あっれー。気づいてなかった? いままで君が生気を吸って、肉体を弄んで殺したイケメンたちの死体を治して、記憶を操作して家に帰していたのは僕だったんだけど。知らなかった?』


 なんで……と。

 どういうこと、と。

 声を出したいのに、でない。


『そんなの決まってるじゃん。サービス期間だよ、サービス期間。ほら、よくあるだろう? 最初だけの無料の期間。三か月無料とかさあ、おいしい部分を先に与えて依存させる商売の基本みたいな?』

「じゃ、じゃあ……」

『ああ、そうさ。この世界は死んだ人間が勝手に蘇ってリスポーンしてるわけじゃない。本当に気付かなかったの? ちょっと考えればわかるじゃん』


 ちょっとも考えなかったとしたら。

 天使が心を読んだように言う。


『ああ、君。バカだもんねえ。仕方ないよ、うんうん。バカだけど僕は君を見捨てないよ? だって金蔓だもん。一生、死ぬまで君の転生特典として動いてあげるさ』

「ふざけないで、リセットよ、リセット! 最初からやり直させて」

『できないよ。だってこの世界――』


 天使は言った。


『ゲームじゃないもん』


 なにをいっている。

 この天使は。

 なにを。


 姫の顔を覗き込んだ小さな美青年は。

 満面の笑みで。


『だから言葉の通りさ。ここはゲームじゃなくて、異世界だよ』


 じゃあ……。

 姫の心を読まずとも、分かるのだろう。

 バカな女の考えることなど。


『そ、君がしていたことはゲームNPCを消していたんじゃなくて。人を殺していた、それだけの話さ』


 まっしろになった。

 全部が。

 白。


 すこし考えた。

 いままでなにをしてきたか。


 声が、響いた。

 ひぃいいいいいぃぃぃぃあぁぁあぁぁぁああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 縋りつくように姫が言う。


「ね、ねえ! この死体をどうにかしないと! あた、あたしが!」

『ああ、さすがに疑われるだろうね。なにしろこの門番君、みんなからの評判が良かったからね。ああ、でも僕、いったよね? 死んじゃうよって、忠告を聞かなかったのは、誰かな?』

「お願いっ、いつもと同じ処理をして! 記憶を奪って、蘇生を!」


 天使は嗤う。


『いいよ、じゃあ課金だね』

「ど、どれくらいよ」

『そうだね、寿命三十年分ってところかな?』


 天使は嗤う。


「いいわ……、また誰かから奪えばいいだけなんですし」


 そう言った直後。

 ふと少女は怖くなった。

 なぜなら彼女は勘違いをしていた。


 寿命を奪う。

 それはここがゲームだったから簡単にできたことだ。

 全てが怖くなった。


「待って!」

『おや、どうしたんだい』

「記憶を、記憶をいじらない場合は、いくら」

『そうだね、まあ二十年分に割引してもいいよ。君とは長い付き合いになるし、死なれても困る』


 天使がよいしょよいしょと死体をわざと仰々しく持ち上げ。

 蘇生の魔術を開始。

 門番兵士は蘇った。


『はい完成! 毎度ありだね!』


 兵士は当然、怯えている。

 殺された時の記憶があるのだろう。

 事情がつかめぬ門番兵士に姫は淡々と言う。


「あんたは今日からあたしの奴隷だから。あたしも無駄に消したくない、だから諦めなさい」

「し、しかし私には――」

「今度結婚するのよね。でも諦めて。姫の我儘だって言えば、全員すぐに、ああまたいつものアレかって納得するでしょ」


 兵士が食い下がろうとしているが。

 姫は半狂乱になりながら、喚き散らすように言う。


「あー、うっざい! ほんとうにもうやめて! お願いだからあたしに寿命を使わさせないで!」

『あーあー、喚き散らしちゃって。だっさいなぁ姫様。それじゃあ門番君も分からないだろう?』


 門番兵士の口から、声が漏れる。


「悪魔……?」

『天使だよ、天使。見ればわかるだろう?』


 門番は悪魔のような天使と、震える姫に目をやった。

 顔面蒼白となっている姫から事情を聞き。

 秘密を知ってしまった自分は逃げられないと悟った。


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