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第126話、葬送―あの夏祀りの終わり―


 朝か夜かも分からぬ暗闇も、明ける。

 世界に張られた黄昏結界が解除され。

 昏き天、ブレイヴソウルの魂の群れが剥き出しとなったその瞬間。

 聖女は儀式を開始した。


 既に長き時間をかけて場は整えた。

 全世界、全ての命が動いたのだ。

 必ず成功させる。成功させなくてはならない。


 そんな緊張と決意が浮かんでいてもおかしくない筈の状況で、コーデリアは微笑んでいた。

 そう、笑っていた。

 既にその笑みは世界の主神。


 女神と言っても過言ではないほどの荘厳さがあった。


「それでは発動させていただきます――サヤカさん、アルシエル陛下……伴奏と舞でわたくしに強化を」


 祭壇の傍。

 いつもの演目を披露する装いで頷いたのは、サヤカと魔皇アルシエル。

 彼らによる強化スキルが最後のカギ。


「よろしくお願いいたしますね、コーデリアさん」

『それでは、始めましょう――』


 魔皇アルシエルが召喚した鍵盤楽器の前で息を吸い。

 踊り手もその呼吸に合わせて、息を吸う。

 演奏が開始され。

 踊りに全てを捧げるサヤカの舞が開始される。


 赤いドレスと魔力が弾け、世界に魔力の燈火が走る。


 詠唱が開始されるのだろう。

 蝶にも似た可視化された聖女の魔力が、空に向かって飛び立ち始める。

 それは夏の終わりの線香花火。


 静かで優しい、温かな光。

 闇に覆われた世界に、光が広がっていく。

 聖女のやさしそうな唇から、詠唱が紡がれる。


「全ての命に祝福を、全ての命への感謝をここに。さあ在るべき場所へとお帰りなさい。ここはいつかあなたたちが帰る場所。されど嘆くその魂には道がなく、ならば今、ここに我らが道を示しましょう。魂よ眠りなさい、魂よ、癒されなさい。どうか世界に祝福を、迷えるあなたに祝福を。あなたたちの命が、冥府で再び瞬いて……また、この地で出逢えますように。さあ祈りを捧げましょう。我はコーデリア。主神、コーデリア=コープ=シャンデラー。この世界を観測する操作者、わたくしは――あなたたちの来世を祝福します」


 詠唱に導かれたのだろう。

 中央祭壇が起動する。

 連動し、世界の全ての祭壇が清浄なる光を纏って動き出す。


 各地で詠唱する者は、今この時に発動する、その瞬間を理解したことだろう。

 なぜなら世界は、白く包まれていた。

 聖女のドレスのように、淡い魔力で包まれていた。


「《解呪(ディ・スペル)》」


 聖女の紡ぐ言葉が魔術となり。

 そして優しい光の柱となって天を衝く。

 世界の大地から、蝶が浮かび上がっていく。


 ふわりふわりと、黒マナティーの興味を引くように――光が優しく導いているのだ。


 黒き邪霊に覆われていた空に、門が開かれる。

 空が割れたのだ。

 簡易的な《解呪》の魔術を同時に発動させていたベアルファルス講師が、思わず、咥えタバコを揺らしていた。


「なんだ、ありゃぁ……」

「おそらくは死者を導く、死者を浄化する世界――冥府への門であろうな」


 答えたのは賢王ダイクン=イーグレット=エイシス十三世だった。


「知っているのか?」

「あくまでも予想であるがな、余も先日あの道を下ったのだ。そなたとて同じであろう? ベアルファスよ」

「そりゃあまあそうだが、あの死は一瞬だったからな」


 いつか魔皇アルシエルや踊り子サヤカが歩いた道への扉。

 全滅で発生した死者たちが、一時滞在していた場所への扉。

 けれどその扉に禍々しさはない。


 たとえるなら。


「綺麗。まるで……天国への扉ね」


 そう、呟く喪服令嬢の言葉を誰もが肯定しただろう。

 それほどに、誰もが清浄で美しい扉だと思える魔術がそこに完成されていたのだ。

 キィィィイィィィィィィンと、音が鳴る。


 天へと導く光が、照らしていたのだ。

 何を照らしていたのか?

 それはもちろん、世界と世界の狭間に漂い続けていた魂。

 黒マナティーことブレイヴソウル。


 彼らはじっと開いていく門を眺めていた。

 それが解呪で作られた、輪廻の輪に戻るための道だと悟ったのだろう。

 どうするか。

 彼らは考える。

 彼らはそれぞれが別の人間。個体差がある。


 だから考えは纏まらないのだろう。

 もっとこの地で遊びたい。

 もっとこの地で暴れたい。

 想いはさまざまなのだろう。


 だが、真っ先に開かれた扉に向かう大きな群れがあった。

 鯨のような巨大な個体が、扉をくぐり。

 鳴いていた。

 

 獣将軍グラニューが言う。


「あれは……ババアか」

「たぶんね……子供の個体を連れて飛んでいるから、おそらく間違いないわ」


 くぉおぉぉぉぉぉぉぉん。

 それは魔女の遠吠え。

 母が子を先導するように、ブレイヴソウル・マザーが扉の奥へと入り込んでいく。

 母が扉を抜けようとしている、その動きに従ったのだろう。


 次々に、ブレイヴソウルたちは扉に向かい泳ぎだす。


 空の一点に向かい泳ぎだす黒き魂。

 彼らは天の亀裂に、吸い込まれ消えていく。

 キラキラキラキラ。


 輪廻の輪に戻った際に発生する魔力残滓が、蛍の光のように広がり始めていた。


 世界には、多くの扉が作られているのだろう。

 おそらくは世界に点在する儀式祭壇の上に、この亀裂と似た現象が起こっているのだろう。

 各地でキラキラと光が煌めいていた。


 あの扉の先には冥府があり、その先には来世がある。

 それを黒マナティー達は知っていたのか。

 或いは悟ったのか。


 そもそも冥府に行くはずだった彼らにとって……あの扉の先こそが在るべき場所。


 あの日。

 死んだ。

 あの瞬間に辿りつく筈だった場所。


 幻想的な燈火と伴奏、踊る舞い手の赤い魔力が世界を包む中。


 自らの手を胸の前でぎゅっと握り。

 優しい声音で唇を動かし。

 もう一度、コーデリアが詠唱する。


「《輪唱エコーズ》。繰り返し導きます。あるべき場所へ、お帰りなさい――哀れな魂たちよ。わたくしが祈りを捧げます、わたくしが祝福いたします。どうかあなたたちが来世で愛されますように。どうか、幸せになれますように――」


 直前に使用した魔術を最短で再発動させる魔術だったのだろう。

 声を繰り返す、木霊の力を借りた聖女の輪唱の効果が発動。

 大詠唱が短縮され――音が鳴る。


 祈りが、力ある言葉として魔術となったのだ。


 死者たちの安寧。

 解呪の力は邪霊を冥府へと先導しようと、力を発動させ続けている。

 扉に向かい引き寄せられるのだろう。


 当然、それは黒マナティー以外にも適用されていて。

 オペラ歌手のような美声だが、少し間抜けな声が響く。


『ぐぬぬぬぬぬ! こ、こら! 余はアンデッドであっても生まれながらの吸血鬼! 死んでこうなったのではない! 成仏などせんぞ!』

「なにをしておる……伯爵の」

『賢王よ、笑ってないで余を抱っこせよ! このままでは転生してしまうではないか!』


 言われた賢王イーグレットは空に導かれそうになっているポメ伯爵、ミッドナイト=セブルス伯爵王を腕に確保。

 そのまま召喚した玉座に鎮座。


「闇の王と称される汝にすら発動する、か。ならばその効果も絶大であろうな」

『あぁ……あやうく転生するところであったわ。だから余は聖女は好かぬのだ!』

「あまり暴れるな。こうなるであろうと装備を準備していたからそなたを抱えていられるが、余が手を離したら再びアレに引き込まれるぞ」


 人間の美貌王は、ふっと微笑しポメ伯爵を腕に固定。

 そのまま視線を空に戻し。

 煌めく空、解呪を眺めていた。


「巫女長よ。これは成功とみて、良いのだな?」

「はい、陛下。彼らは魔女にも導かれ、来世を選んで消えました。おそらく、冥界の王が彼らの魂を選定し、それぞれに見合う世界へと送り返してくれることでしょう。ですが」


 声を引き締めた巫女長が錫杖を鳴らし言う。


「逆に言えば、いま、この地に残るブレイヴソウルは転生を拒否した者。この世界に強い恨みを持つ個体でしょう」

「恨み、であるか」

『汝等、黎明の神の末裔たる王族は歴史の裏。何度も勇者召喚、即ち転生の儀式を行っていたようであるからな――山脈帝国エイシスとてそれは同じ。あの地の地下には、その墓所ともいえる場所がある筈。勝利を望むそなたの父がそうであったようにな』


 賢王の腕の中、長くを生きる伯爵王はかつて目にした歴史を語る。


『何故、王族は発動せぬ勇者召喚を行ったのか――転生召喚、異世界転移、言葉は多く在れどその技術に手を染めたのか。失敗すると歴史が証明していても繰り返していたのか、今思えば、或いは……黎明の神々、コウコウセイと呼ばれしはじまりの転生者たちが元の世界に帰るために、足掻き続けておった結果なのやもしれぬな』

「元の世界に帰るため、子孫たちに転生召喚の技術を残した……か、哀れな話よ」


 褐色の肌に銀の髪を輝かせ。

 まるで死者たちへの葬送歌レクイエムを眺める一枚絵のような顔で、賢王が言う。


「だが、そのせいでこの世界からは生贄が、外の世界からは転生によって引き寄せられた存在が――それぞれ世界の隙間に囚われ続けていたのだとしたら……なんとも報われぬ、救いのない話ではないか」

『賢王よ、あれを――』

「あれは……黎明の神々、その神霊か」


 解呪の光に導かれていたのは――ブレイヴソウルとも違う強大な魂。

 かつてこの地に召喚された黎明の神々。

 高校生たちの魂。

 神となり、人との恋を実らせこの世界の人類を築き上げた、かつて高校生だった神々。


 全員がそこにいるわけではないのだろう。

 全員がそこに残っていたわけではないのだろう。

 子孫たちに異世界召喚の技術を残した彼らを眺め、コーデリアが言う。


「わたくしに見えていたのは、あなたたちでしたのね……」


 それは魔猫師匠にも見えていなかった、この世界の核の一つ。

 コーデリアには見えていた、この世界の秘密の一つ。


 彼らは詫びるように世界を見る。

 彼らはただ、帰りたかっただけなのだろう。

 あの夏の日の、全ての始まりだったあの日の、あの世界に。


 だから神となっても、多くのチャレンジをしたのだろう。

 あの世界に帰ろうと。

 けれど、ビナヤカの魔像の願いを叶える力には敵わなかった。


 その結果が――。


 この蛍の光のような、星空。

 転生召喚に失敗、或いは儀式の生贄となった大量の魂。

 ブレイヴソウル。


 ボタンの掛け違い。

 価値観の違い。

 ただ恋を願った結果の悲劇。


 コーデリアには全てが見えていた。

 だから、同情も憤りも同時に覚えた。

 黎明の神々が帰りたいと願った。その犠牲者が彼ら、ブレイヴソウルなのだとしたら――。

 それはとても悲しいことだと感じたのだろう。


 けれどこの世界に取り込まれた神々の事も哀れに思うのだろう。

 だから。


「さあ、あなたたちも輪廻の輪に。長い間、お疲れさまでした――」


 聖女に導かれ、黎明の神々も扉の奥へと消えていく。


 彼らが帰る場所はおそらく、彼らの故郷。

 エイコがいる地。

 ようやく、彼らの物語。

 長い長い夏祀りも終わるのだ。


「願わくは、どうか――幸福なる来世を、あなたたちに」


 聖女は彼らの来世を願った。

 幸福なる未来を願った。


 祈りはおそらく天に届くだろう。

 彼らはあの地で、転生するだろう。

 また一つ、歪んだ世界が正されていく。


 神々の帰還。

 それはこの世界にとっても大きな歴史の転換点となるだろう。

 人々は黎明の神々を見送った。


 だが、それを快く思わない存在も当然いる。


 彼らを恨んでも仕方がないものがいる。

 罪を許せぬものもいる。

 理由があったとしても、巻き込まれたその罪がどうしても許せぬものがいる。


 名もなき魔女だった、母を具現化したかのようなブレイヴソウル・マザー。

 その導きにより、九割のブレイヴソウルが輪廻の輪に戻り……成仏した中。


 残り一割……。

 空に点々と漂う黒き個体は、無貌の顔に憎悪を浮かべて地上を眺めていた。

 それはこの世界を恨み、呪う、ブレイヴソウル。

 解呪を拒否した、狂える強個体。


 伯爵王が言う。


『して、あれらはどうやって倒すのであるか? なにやら策があるようであるが……』

「戦うに決まっているだろう?」


 まるで声だけで生計を立てられるほどの力強い声は――。

 敵側。

 コーデリア達からは、少し離れた場所から聞こえていた。


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