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第123話、天の河《ミルキーウェイ》―星に願いを―


 それはまるで星の海。

 天にあまねく流星の道。


 隕石を召喚し落下させ続けるのは、もふもふふわふわ。

 普段は陽気なコボルト魔術師。

 だが杖を握るその肉球は力強く、詠唱に集中し瞑る瞳は熟練の魔術師そのもの。

 そして。

 そのコボルト達の後ろには、獣毛をモコモコに膨らませるコボルトの詠唱を助けるべく、詠唱補助――支援詠唱する人類の魔術師たち。


 魔力を伴った遠隔攻撃が通じないのならば、物理的な破壊力をぶつければいい。


 それは極めて簡単な答えの一つ。

 実際に実現が難しいという難題があったが、その難題さえクリアしてしまえば圧倒的な隕石の物量で空に浮かぶ黒マナティーを押し返すことができる。

 ただ押し返すためだけに魔術体系の一つの頂点、天体魔術を詠唱している。

 その時点でこの戦いの規模が、世界を守るための戦い、神話領域にあるのだと――魔術を知る、この世界を観測するモノの目には映っていただろう。


 常に隕石が降り続けるエリアが彷彿とさせるのは、まるで夏の日の花火。

 本来ならこの天体魔術も暗黒迷宮でコメディーを維持するための、かくし芸。宴会の余興として、流れ星を発生させて、みんなで一斉に星に願いを――。

 叶わなくてもいい、けれど叶ったら嬉しいかもしれない。

 ただ、皆で一緒にこの流れ星を見られるだけで、それだけでも問題ない。

 自分たちを生成してくれた、暗黒迷宮を築き上げてくれた迷宮女王が笑ってくれるのなら。

 それだけでいいのだ、と。


 そんな。

 コボルト達の愛嬌が習得させた魔術だったのだろう。


 だが、それはいま世界を守るために使われている。

 流れ星を発生させる魔術の原理は、隕石を召喚する魔術と類似している。

 だから、その圧倒的な物量で、圧倒的な邪霊を物理的に押し返すことができている。


 だが天体魔術は本当に最高峰の魔術。

 その隙も大きい。

 詠唱にはかなりの時間がかかる。


 詠唱者たちを三つの部隊に分け、断続的に隕石を降らせ続けているが……。

 それでも隙間は必ず発生する。

 スペルキャスターの弱点ともいえる一瞬である。


 星の海の切れ目――。

 物理的なエネルギーの切れ間をみて、モキュモキュ、モキュモキュ。

 衝撃の亀裂から、象の皮膚に似た無貌の人魚の顔のない顔が、ニヘェ!

 まるで、こどものように嗤って。


 声なき声で、告げる。


 あそぼぉ。

 あそぼぉ。

 そう、訴えるように顔のない顔を蠢かせるのだ。


 だから砦の上で詠唱するコボルト達の前には、人類がいた。

 いざとなったら、詠唱者を守るための盾がいた。

 彼らは既に覚悟も決まっていたのだろう。


「――やつらが、くるぞ!」


 叫んだのは、麻と黒鉄鋼の合成品である魔術師用軽鎧を装備した、人間の魔法剣士か。

 彼らの役目は詠唱者を守る事。

 隕石の隙間から、ナンダナンダ! ココにはなにがある! と、陽気なしぐさで入り込んでくる邪霊、黒マナティーことブレイヴソウルを銀の魔力剣で押し返し。

 喉の奥が覗けるほどの、大きな怒号を放ってそれを軍の鼓舞へと変えていた。


「コボルト殿に触れさせるなぁぁぁ!」

「防御結界は全て詠唱者に回せ! 一歩たりとも、この戦線を通過させてはならぬ!」

「だが忘れるな! 必ず、己の身にも気を配れ――っ! 触れられたら、同族化するっ、それは敵を増やすのと同義。自分の身可愛さではない、敵を増やさぬためにも――自分の身を守れ!」


 指揮官クラス、いわゆるリーダー適性のある職業の者たちが指揮を執り。

 軍全体の鼓舞。

 指揮スキルと強化魔術を併用した、能力向上を発動させている。


 まさに暗黒迷宮の魔物と人類の共闘。

 四大国家はコボルト達による戦線が構築されていたが、他の国家や都市、別地域では他の魔物と人類による共闘と連携が組まれている。

 しかし――。

 大きな国や街の守りに手一杯で、過疎地に手が回っていないのも事実。


 だからこそ、単騎で強力なモノはそれぞれ迅速に行動をしていた。


 草臥れた微笑が奥様方にも人気のある彼も、その一人。

 街の住人全員の転移を完了させ。

 黒マナティーを空へと追い返した地には今、一筋の煙が天に向かい伸びていた。


 それは煙草の火。

 魔力回復に努める彼が眺めていたのは、遠き空。

 ちょうど、隕石が降り続けているコボルトの魔術師が頑張っているあの戦場だった。


 おじさん講師こと、元傭兵長にして今も傭兵長と呼ばれることも多い魔術師講師、ベアルファルス。

 講師は苦笑していた。

 咥えタバコの火に照らされた渋い美形顔をくしゃりと、呆れさせていたのである。


 魔力回復効果のある煙草を咥えなおし、更に一服。

 回復アイテムを咥える口の端から漏れていたのも、やはり感嘆とした呆れだった。


「おいおい、マジかよあのモフっ子ども――俺より高度な魔術を使いやがって……」


 独りだというのに思わず言葉が漏れてしまうのは、その光景が魔術師としての心を揺らしたからか。

 片眼を覆うモノクルには鑑定の魔術が走っている。


「天体魔術……ミーティアライト、フォーリングスター。メテオ、メテオストームにメテオスウォーム。異界の文献にも魔導書にもその魔術名は多く見られるが、はは、まさか本当に隕石を振らせちまうとはな……だが、大丈夫なんか、これ」

「この世界の生き物全てにエイコ神の恩寵、デバッグモードによる無敵状態が張られておりますから。問題ありませんわ」


 声は不意に背後から聞こえていた。

 だが、ベアルファルスに動揺はない。


「その声は、コーデリアの嬢ちゃんか」

「突然すみません、こちらの救援に来たのですが……その必要はなかったようですわね」


 聖コーデリア卿の目線にあるのは避難が終わった戦場。

 ベアルファルス講師は魔猫師匠からいくつかの魔導書と、魔導の知識を授かっている。

 たとえ遠隔魔術攻撃を禁じられていても、対処法はいくつか隠し持っていたのだろう。


 コーデリアはいつもの微笑みを絶やさず、天の河を眺める講師の隣に並ぶ。


「あちらも、どうやら問題なさそうですわね――」

「聖騎士の坊主は」

「他の場所の守りに入って貰っておりますわ。おそらくはあちらでも転移を完了している頃かと。元より、聖騎士は聖職者からの派生職、天に漂うあの子たち……邪霊との相性はいいですから、戦力的な意味では問題ありませんわ」

「人格面では――」

「今のあの方でしたら、わたくしは信じておりますわ」


 山脈帝国エイシスにとっては。

 そしてベアルファルス講師にとっては改心したと言っても、かつて敵国だった国の皇太子。完全に信用しているわけではないのだろう。

 もっとも、全幅の信頼に及ばない理由の一つに、かつての所業――聖コーデリア卿に対する仕打ちの件もあるのだろうが。


「そうか……嬢ちゃんが大丈夫っつーなら、ま、俺が口を出すことじゃねえわな」

「心配してくれているのですね。いつも、申し訳ありません」

「ったく、まったくだ――」


 煙の向きを変えるように煙草を持ち替え、ベアルファルス講師が漏らしたのは、渋い苦笑。

 端整な男の顔を、タバコの火が照らしている。

 無精髭に光が反射する。


 また大きな隕石が落下。

 その衝撃で黒マナティーを天へと送り返していたのだ。

 男の視線は天体魔術が降り注ぐ戦場に戻っていた。


「たしかに、ブレイヴソウル相手には神による無敵状態もほぼ無意味。だが、それ以外の存在による魔術攻撃ならば無敵状態で完全に防げる。たとえ隕石を降らせる最高峰の魔術であっても、ノーダメージ。大地は多少えぐられるが、草木や林、森といった自然や動物たちも命である以上、無敵状態を付与されている。だから問題がない――」


 ベアルファルス講師のモノクルに流れる鑑定の魔術。

 その青い輝きには、文字が流れている。

 近くの樹々に発生している無敵状態を認識しているのだろう。


「世界が無敵となっている――故に無茶ができる。本来なら絶対にできない、味方さえも巻き込む超極大範囲の物理攻撃を発生させても問題ない。それがたとえ、隕石召喚魔術であったとしても無敵状態があるのなら遠慮なく使える、か。エイコ神による恩寵があるからこそできる策。平時なら世界が先に滅んでいるから、絶対に見られない天の河でもあるわけだが……なんつーか。こりゃ、なかなかぶっ飛んだ作戦だわな」


 かぁぁぁぁっと頬を赤く染めて、コーデリアがコホンと咳払い。


「勝つためでしたので、その……すみません」

「って、すまんな。おまえさんが考えた作戦だったのか、これ」

「はい、世界を存続させるためですもの。手段を選んでいる場合でもないでしょうし」

「はぁ……やっぱり嬢ちゃんは魔猫師匠の弟子だよ。いざとなったらこういう破天荒な策ができちまう、それがあの魔猫の弟子になれる条件だったって事だな」


 男は少し、寂しそうな声を漏らしていた。


「先生?」

「いや、前に魔猫師匠に弟子にしてくれって頼んだことがあったんだけどな。”魔導を教えることや知識を与える分には構わない、君という存在は嫌いじゃない。そうだね、むしろどちらかというと好意的に感じているのだろう。だから、貢物を持ってくれば魔導書を与えよう、知りたいと願う知識も授けよう。君が対価を齎す限り、君という存在が黒く染まらない限りは私はそれに応えよう。けれど、弟子となったら話は別。たぶん君じゃあ無理だよ。君という人間の才能や魂の良し悪しではなく、私との相性の問題だ――”ってはっきりと断られちまってな――」

「そう、だったのですね」

「ま、この光景を見りゃわかるがな」


 もはや覚悟が決まっている人類を中心に、無敵だからと言って隕石を降らせ続ける。

 大丈夫だと分かっていても、おそらくベアルファルスならば躊躇してしまう。

 そもそも、そんな作戦を想定しない。

 常識の範囲内の行動を選んでしまう。

 それが、魔術師としての考え方の差なのだと、生徒の適性を見極めることを生業とする講師だからこそ、男は理解していた。


 非常識。

 それが、かの大魔術師の弟子になれる最低条件。

 魔猫師匠が是とする魔術を極めるのに必要な素養なのだろう。


「だが、聖騎士の坊主は弟子になれた。ちぃとばかり嫉妬しちまうな」

「ミリアルド様は真面目そうに見えて、昔から、苛烈な部分もあった方ですから。なにしろ、あのミーシャのお兄様ですし」

「その言い方も、なんつーか本人にとっては複雑だろうがな……」


 コーデリアが得意とする悪意のない辛辣を眺め。

 ベアルファルスは苦笑した。


 まだ健在だったクラフテッド王国でのミリアルドの評価はミーシャの兄。

 神子の兄。

 聖女よりも弱い、聖騎士。

 おそらくは、大きなコンプレックスが存在していただろうと、同性であるベアルファルスは知っていたのだ。


「昔、か……」


 共有している過去。

 男にあって、聖騎士にあるもの。

 ベアルファルスはあの日、自国に突然転がり込んできた聖女に目をやった。

 授業を滅茶苦茶にした生徒。

 けれど、その魔術理論は講師の腕をはるかに凌駕していた。


 思えばあの時、あの瞬間から。

 ベアルファルスは聖女から目が離せなくなっていた。

 非常識だが、そこには確かな魅力があった。

 目線と思考を奪われ続けたままだった。


「一つだけ聞かせてくれ、お嬢ちゃん」

「なんでしょう?」

「お前さんが、消えちまうわけじゃねえんだよな?」


 主神として、この先のことが見えているコーデリア。

 その眺める目線の先に、自己犠牲があるのではないか。

 男はそう勘繰っているのだろう。


 コーデリアは言葉を濁して、応じていた。


「そういう選択肢、そういう解決方法もないこともない。それは事実です、けれど。そうはなりませんわ、もっと、違った……選択を、わたくしは選ぶことになるのでしょう。わたくしは……きっと、初めて罪を犯すのでしょう」

「――……初めて?」


 真剣なコーデリアに対して漏れたのは、吐息に乗せた本音。

 ベアルファルスの間の抜けた声だった。


「いや、すまん。その、いつも騒動ばっかり起こしてやがるから、初めて罪を犯すって言われると、そのなんだ……違和感が半端なくてだな? すまん」

「まあ! 酷いですわ、先生ったら!」

「悪かったよ。結果として騒動ややらかしが起きるんじゃなくて、初めて自分から理解した上で何かを起こすってことだろう?」

「知りません!」


 ふいっと横を向いてしまった聖女。

 その顔を覗き込んで、男は言った。


「なにをするかは分からねえし、どうなるかは分からねえ。けれど、だ。もし、その結果でおまえさんが誰かに責められる事態になったとしてもだ――俺だけは何があってもお前の味方だ。本当に、何があってもな。それだけは忘れるな」

「先生はいつでも優しいのですね。奥様方に好かれるのも頷けますわ」

「いつも誰にでもじゃねえよ」

「……? 先生?」


 端整な熊男は、苦笑した。


「ま、いつかそういう事が分かる歳になって、それでもおまえさんが一人だったら。会いに来な。イーグレットのクソガキに、その母君メフィスト様の件もあるしな。いまさら誰かとどうこうって気にはならねえ……だから、俺の横はいつでも、空いてるだろうさ。だから、だ。もし本当に、もうどうしようもなくなって、泣きたくなった時には俺を思い出せ――珈琲ぐらいは、すぐに用意してやるよ」

「難しくて、何をおっしゃっているのかよく……」

「だから、分かる歳になったらでいいって言ってるだろ」


 ベアルファルスは瞳を細めた。


 だから、だからと理屈ばかりが並んでしまう。

 コーデリアがもう少し大人だったら。

 自分がもう少しだけ、若かったら。

 こんな時ではなかったら。

 お前が大切だと、抱き寄せ――少しだけ強引に、その唇を奪ったのだろうか。


 肌を擦る無精髭の感触が、女の心を揺すったのだろうか。

 けれど、そうはならない。

 ベアルファルスはそう行動できない、大人だった。


「先生はいつでもわたくしを子供扱いなのですね」

「実際、子供だろうが」


 ポンと頭を叩いて、熊男は聖女に微笑む。

 不器用な笑みだった。

 けれど、優しい保護者の笑みだった。


「俺はもうしばらく魔力を回復してから合流する、今合流しても足手纏いになる可能性が高いからな。先にいっててくれ」

「ですが――」

「おいおい、俺はこれでも戦鬼だぞ? 魔力回復の間ぐらいわけがねえ、自分で自分の身は守れるっての。犠牲者はなるべく減らしてえんだろ?」


 聖女がこの場に留まっていた理由。

 それはベアルファルスの魔力回復の時間稼ぎ。

 それが分かっていたからこそ、熊男は聖女を引き留めない。


 そして聖女もまた、自分の身は自分で守ると主張する男を否定しない。

 信頼していたのだろう。


「分かりましたわ。それでは先生、後程――」


 淑女としての可憐なカーテシーを披露して、聖女は詠唱もなしに高位転移魔術を発動。

 その場から既に消えていた。


 男は聖女の頭をポンと撫でた手を眺め。

 感触を、ぎゅっと握り。

 ふぅ……。


「恋なんかじゃねえ、それは分かってるんだが」


 けれど、心配で目が離せない。

 先生と、無邪気に微笑むあの笑顔が、いつまでも離れない。

 男は――筋張った指に挟んだ煙草の煙を、天へと流す。


「――ったく、図々しく心の中にはいってくる。ありゃ、師匠譲りだな」


 呟き苦笑したその後に、男は精神を集中し瞑目する。

 今は一時でも早く、魔力の回復を。

 戦いはまだ、続いているのだから。


 真なる無敵状態が完成し――。

 世界に生きる命全てに大幅な能力上昇バフがかかったのは、この数分後。

 聖女が去って、しばらくした後のことだった。


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