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第122話、名もなき魔女の物語―コボルト防衛線―


 名もなき魔女の事実上の戦死は、わずかに昏い影を落とすことになった。


 当然、それは彼女の人間性を憂いたことではない。

 あの魔女が私欲のために冒険者ギルドを動かしていたことは既に明白。失った子どものため、ただそれだけのために行われてきた蛮行の数々は、白日の下へと晒されている。

 長くを生きた魔女だ。

 逸話は多くあった。

 悪い逸話も、良い逸話も本当に多くあった。


 その多くが本当の話、真実であったのだと分かるのは、実際に冒険者ギルドが一時、世界を覆うほどに勢力を伸ばしていたことにあるだろう。

 それこそ、邪神クラウディアの聖遺物を保持できていたように。

 なぜ名もなき魔女がそこまでしたのか。


 それはまだ、魔女が若かった頃の話。


 まだ魔女に名があったころ。

 まだ魔女が只人ただびとと同じ寿命であったころ。

 魔女がまだ王家に拾われたばかりだったころ。


 それは、まだ魔女が、戦場の魔女と呼ばれていた昔々の物語。


 孤独に生きた魔女はその実力を認められ、王族に気に入られた。

 愛人と言う名の第二夫人ではあったが、王家の序列にその名を記載されることになった。

 魔女は王族を愛してなどいなかったが、その生活は愛していた。

 魔導の研究に没頭できるだけの時間と金、素材があったからだ。


 だから後に王となる男を受け入れた。


 少しの年月の後、魔女は王族との子を身籠り――戦場からは引退。

 子を育てる母となった。


 魔女は王族など愛していなかったが、それでもどこかが変わっていた。

 孤独だった自分の変化を覚えたのだ。


 先王の死によって遂に王となった男は、ちょうど正妻との仲がうまくいっていなかった時期だったのか――。

 二人はよく会話をするようになった。

 女は戦場しか知らない。

 魔術しか知らない。

 だからきっと、話など面白くなかっただろう。


 けれど王となった男は女のつまらない話に頷き、嬉しそうに自分達の子を眺めているのだ。


 王となった男がその大きな手で、我が子を優しく撫でるようになったのはいつのころだったか。

 子を抱く魔女は考えただろう。

 おそらくは子が、王を父様と呼べるようになった頃。


 その優しく撫でる王の手が、魔女は気に入っていた。

 自分を撫でる手ではなく、子を撫でる手の優しさにだ。

 それは魔女がずっと欲していた、温かさ。

 温もりだった。


 明るい部屋の中。


 魔女は人生を振り返った。

 孤独な生まれであったが、いま振り返れば幸せがあった。

 ああ、これが人生というものか。

 と。

 魔女は安堵した。

 子宝に恵まれ、やっと幸せな生活を見つけたのだと安堵した。

 孤独に生きた人生にも意味があったと、心を落ち着けた。


 その矢先に、戦争があった。

 人間と人間の戦争である。

 魔女は引退しても強き魔女だった、愛する子どもたちを守るため。嫌いではなくなったおうを守るため、魔女は戦場に赴き。

 そして――全てを失った。


 戦場を燃やし尽くし城に帰ってきた魔女。

 家族が待っている筈だった、明るい部屋は昏くなっていた。

 真っ暗な中に、魔力のともしびが浮かんでいた。

 彼女が見たものは、戦争に勝利するためだからと異世界から勇者を召喚する儀式の生贄にされた――。


 我が子たち。


 王家の人間とは魔術の贄としては最高の素材。

 王家とは、古の神の血を引く存在。

 だから、魔女は知っていた。

 力強き魔女と王の子ならば、最高の触媒になると。


 異世界召喚がうまくいったかどうかは分からなかった。

 なぜならそこに勇者などいなかったからだ。

 いたのは、国のため。

 勝利のために愛する我が子を生贄にした、あの男と正妻。


 魔力の残り粕が、外道なる男女の顔を闇の中で浮かび上がらせていた。


 男はこの生活を愛していたわけではなかったのだ。

 初めから、このためだったのだと直感したのは、捨てたはずだった、いや、そんなもの自分にはないだろうと考えもしなかった――。

 女の勘。

 だったのだろうか。


 正妻の女は嗤っていた。

 嗤っていた。

 嗤っていた。

 

 はじめから、王はただ生贄の素材が欲しかっただけだったのだ。

 有事の際に動く、便利な魔女が欲しかっただけなのだ。

 あの優しかった手も、生贄としての素材に向ける慈しみだったのだ。


 どうして、と。

 魔女の口は動いた。

 男は話を聞いてなどいなかった。


 優しそうな手で、息子だった肉塊を眺めて――弾き。

 失敗か、と。

 つまらなそうにしていただけ。


 勇者を召喚して、国のための道具にしたかったのだろう。

 自分のように。

 魔女は全てを悟り、王家の序列に刻まれた自らの名を消した。


 その王国もろともに。


 敵国を殲滅できるだけの力ある魔女だ。自国を滅ぼすことなど造作もなかった。

 どこが一番燃えるのか、どこが一番脆いのか、よく知っていたのだから。

 名を消した魔女は、王国全ての命を生贄に永遠の寿命を手に入れた。


 魔女が何をなすのか。

 何をするつもりなのか。

 その物語には刻まれていない。

 その逸話には刻まれていない。


 けれど。

 おそらくは――魔女はもはや二度と人を信じなくなり。

 唯一、この世界で愛した者。

 子ども達を取り戻すためにその生涯を使うつもりなのだろう、と。

 いつか赤き舞姫の演目で、語られたことがあった。


 それが皆が知っている、名もなき魔女の物語。


 今、生きている者達。

 その多くは哀れとは感じただろう、だが同時に、だからといってと感じただろう。

 それはそれ、これはこれ。

 子を失った経験のある親は、確かに同情をしただろう。魔女に共感をしただろう。だが、同時に――だからといって……という言葉も浮かんでいた筈。愛する我が子を失ったからといって、理不尽な理由で奪われたからといって、他人の愛する誰かに何をしてもいいというわけではない。


 魔女もまた、その後に誰かの愛するものを傷つけた。


 名もなき魔女がなした悪行が消えたわけではないのだから。

 冒険者ギルドが裏でやってきたことは、その同情を超える悲惨さがあった。

 人間たちを信じなくなった魔女は、本当に容赦のない仕打ちも行っていたのだろう。


 だから同情も薄い。魔女が人類から受けた仕打ちで人間を恨んだように、人類もまた、魔女にされた仕打ちで魔女を恨んだ。それだけの話。

 ただ救いのなかった魔女は今、空で我が子らと再会したのかもしれない。

 だから人々は複雑な表情で空を見上げるのだ。


 昏き空は、鳴いていた。


 世界を呪うように漂い浮かぶブレイヴソウルたちが、転生できなかったモノたちの水子ならば――その原因のひとつでもある事件。黎明期の神々がかつて高校生だった転生者だというのなら、転生召喚の存在が王家に語り継がれていてもおかしくはない。

 これもあの日の夏祭りから発生した悲劇の延長。

 全ては巡り巡る。

 ほんのわずかな。

 子を撫でるよりも小さな蝶の羽ばたきが、やがて嵐となるように。


 全員が幸せになって欲しいと願った、あの恋のおまじないから始まったのだ。


 名もなき魔女も転生に纏わるこの物語の、不幸な登場人物ではあるのだろう――。

 だが。

 今を生きる者たちにとっては、ただ世界を裏で混乱させていた悪人にしか思えないのである。

 実際そうなのだろう。


 ではなぜその戦死が、昏い影を落としたのか。


 それは単純に恐怖。

 長年、歴史の裏で私欲のために動き続けていた強者であっても、この負けイベではあっさりと死んだ。

 死んだと思われていたのに生きていた名もなき魔女が、今度こそ本当にその存在を消した。


 昏き天で一際おおきく、ただただ子を守りながら膨らむ鯨のように漂う、邪霊と化した。

 それが人々は恐ろしいのだ。

 一度全滅を経験した。死を意識したのではなく、実際に死んだ。

 多くの魂は冥界に運ばれ、昏き水の底から終わった世界を眺めていた。


 ただひとり、生き残った亡国の皇太子の泣き咽ぶその背を眺めていた。

 魔猫師匠のコンティニューで、一回限りのやり直しを許されたが――今度こそ、後がない。

 死にたくないと強く願ってしまうのだろう。

 だから怖いのだ。

 強者が死んだ、今が怖い。


 だが、それに抗う者たちもいる。

 戦場では、悪いことばかりが起こっているわけではない。

 戯れによる降下攻撃に対抗できている場所も当然存在する。


 戦力が充実している山脈帝国エイシスから派遣された魔物部隊が、それぞれ周辺国家の守りを固めていたのだ。

 既に負けイベに備えていただけあり、その対応力は迅速。

 東西南北にそれぞれ勢力を持っている四大国家にまで転移により遠征を開始していたのは、もちろん暗黒迷宮の魔物たち。


 彼らが派遣された地域は他の場所と比べて余裕がある。

 まず魔物たちはブレイヴソウルによる瘴気の影響が少ない。

 更に、伯爵王と軍服死霊ソドムのアンデッド軍団が維持し続ける黄昏結界のおかげで、魔物たちならば比較的正常な状態で動くことが可能となっているのだ。


 今も暗黒迷宮の住人は活躍していた。


 聖なる盾を装備したコボルト達が陣形を組んで、十字の形の小隊で突撃。

 空から遊びに振ってくる黒マナティーことブレイヴソウルを弾き返して、モフ毛を勝利の余韻で靡かせている。

 かちどきが響く。

 それはコボルトの鼓舞、範囲強化――ウォークライの系列にあたる部類の能力だろう。


「つ、つよい……っ」


 思わず四大国家の衛兵たちが口にするのも無理はない。

 陽気なるモフモフわんこなコボルト達は見た目はファンシー。

 暗黒迷宮に生まれたばかりの時、誕生期は強面の、いわゆる魔物といった状態のコボルトであったが――すぐに彼らは聖コーデリア卿の影響を受けコミカルに変貌。

 今の、もふもふフワフワ、愛嬌のあるコボルト達へと昇格進化クラスチェンジしていたのである。


 常にコミカルであるためにだろう。

 彼ら暗黒迷宮のコボルトは別格。

 並の魔物とは一線を画した実力を身に付けている。

 四大国家の騎士団長や魔術師団長のレベルが仮に百だとしたら、一匹のコボルトのレベルはその倍以上は確実。そんな彼らが、わっせわっせ♪

 武器やアイテム、魔道具を完全に連携を取りながら使用し続けているのだから、その相乗効果はすさまじかった。


 だから一度でも敵に触れれば同族化の汚染を受ける状況であっても、全てを捌き。

 キン、キキン。

 邪霊に有効とされる銀の弓や、銀の盾。

 そして投擲アイテムに塩を装備して、バササササササ!


 迷宮女王のために。コミカルを維持するために。

 彼らは彼らでその能力を強化させ続けているのである。

 もっとも、コボルト達自身も、自らの、コミカルでもふもふな状態を気に入っているという理由もあるのだろうが。


 ともあれ。

 四大国家のまた別地域。

 魔術を得意とする西の大国では遠隔による攻撃魔術が使えないという事もあり、大苦戦。

 北の大国とイシュヴァラ=ナンディカから譲られた、結界魔道具と課金アイテムでなんとか急襲をしのぎ、民を守っている状態にあった。


 魔力を武器威力に変換する特殊な杖や剣。

 そして強化魔術を使用できるものが主力となっているが、もとより魔術を生業なりわいとして生きるもの。白兵戦は不得手。そもそも軍属の魔術師の戦いの基本は遠距離からの高火力攻撃。

 ブレイヴソウル相手は絶望的に相性が悪いのだ。


 だが、彼らは違う。


 小隊を組んでいたコボルトとは別、聖なる鎧に身を包んだコボルト聖騎士団が盾をガン! 地面にえぐり込むほどの勢いで構え、全員が同時に詠唱を開始する。

 それは僧侶や神官が使う神聖属性の魔術に近いのか。

 狼系列の獣神の力を借りた奇跡を行使しているのだろう、白銀の魔力を身に纏った彼らは雄叫びと共に強固な結界を展開。

 降下してくるブレイヴソウルたちを弾き返し、わっせわっせ♪


「な、なんと……っ、なんと凄まじき神聖結界じゃ」


 魔術に長ける人間王の声が響く裏。

 更にまた別の四大国家では、陣形を組んだコボルトの魔術師達が儀式魔術を詠唱――魔力を伴わない隕石を降らせる魔術で物理攻撃。

 次々にブレイヴソウルを弾き返す。


 無数の隕石落下によって大地もえぐられているが、非常時だからと人類も気にせず。

 コボルト魔術師隊の魔力補給に走り続け。

 その隕石召喚の魔術を人類の魔術師にも伝達、詠唱に加わるように尽力していた。


 全ての敵を、コボルト達を中心に捌き切っていたのだ。

 故に、コボルト達が守る地域は安全となり、その情報は赤き舞姫サヤカを通じて世界に伝わる。

 周辺の町や村は、コボルト達に守られる四大国家に避難。


 まさにコボルトによる防衛線が完成されていたのである。


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