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第114話、女神の降臨


 負けイベに備え世界が一致団結していた、そんな某日。

 というわけで――。

 と、前振りをした後、空気を読む気がない聖女は彼らを紹介していた。


「今回の負けイベに備え、助っ人を連れてまいりましたの。こちらが創造神のエイコ様で、こちらも創造神のビナヤカの魔像様……。どちらもわたくしの誠意ある説得を聞き入れてくれたのです――とりあえず世界を破壊する方針を切り替えるかどうか、検討して下さって。けれど、発生する負けイベ自体は今更キャンセルできないらしいので、一緒にどうにかするという方向で話が決まって……今日、ここにお連れしたのですが。あら? 皆様、どうして頭を抱えていらっしゃるのです?」


 ここはイシュヴァラ=ナンディカ。

 会社としてのイシュヴァラ=ナンディカではなく、国家としてのイシュヴァラ=ナンディカ。

 地脈に埋め込んだ金印の真上にある玉座の間にて――。


 外の世界で動く踊り子サヤカと魔皇アルシエル。

 そして世界を滅ぼす側であるオスカー=オライオン以外の関係者、皆が揃っていた。

 そう。

 皆が揃っている。


 そこが問題で。

 当然、こんなぶっ飛んだ行動をみせた聖女に最初に突っ込めるのは、彼女のみ。

 喪服令嬢ことミーシャが、首筋にまで青筋を立て。


「ああ、あ、あ、ああああ、あんた! コーデリア! なにしてくれちゃってるのよ! これで頭が痛くならない方がどうかしてるって状況でしょうが! なにをしれっと、黒幕ども全員を連れ込んできて、しかもニコニコしていられるのよ! 天使を操ってた主犯に、更にそれを操っていた神たる魔道具って! あたしが言うのもなんだけど、あんた、頭、どうかしてるんじゃないの!」

「まあ! うふふふふ、懐かしいですわね!」


 昔もよく、そうやって怒られましたわね――と。

 コーデリアは胸の前で合わせた両手をぎゅっと握って頬を赤く染めている。


「喜んでるんじゃないわよ!」

「ごめんなさいね、ミーシャ。わたくし、そうやって面と向かって怒って下さる方が少ないので――つい」

「だから、隠してる名前をしれっとバラすんじゃないっての! この流れ、何度やらせるつもりよ!」

「ここにいる皆様はもうご存じの筈では?」

「そーいう問題じゃないでしょ……って、もういいわ、それより、マジでなにがどうしてこうなるのよ!?」


 今回の集合事件の下手人げしゅにんたる、微笑みの聖女。

 聖コーデリア卿の横には、どうしたもんかと困惑を浮かべる三柱の神。

 黒猫と女社長と象さん。

 改造されたにゃんスマホ端末を抱えた新部栄子ことエイコに、姿を人間サイズに縮め、象兜を装備した愛欲が重なりあった巨神たるビナヤカの魔像。

 そして、そりゃこんな顔になるよね……とジト目の魔猫師匠。


 イシュヴァラ=ナンディカの王たるキースが、苦笑しながら聖女ではなく神々に問う。


「お初にお目にかかります、神々よ。事態が事態です、詳しい自己紹介は省かせていただきますが……。確認させていただきたい。あなたがた……魔力もさほどないように見える変な格好のお嬢さんと、象の巨神様が元凶たる神々……ということでよろしいのでしょうか?」


 問われたエイコとビナヤカの魔像は顔を見合わせ。


「ども、なんて言ったらいいかわかんないんすけど――あたしが神で、黒幕? みたいな感じなんすけど。ははははは、ははは、はは……そりゃ、そんな顔になりますよね。いや、どの面下げて目の前に出てきたとか思わないでくださいっすよ! あたし達は反対したんすからね! 絶対、微妙な空気になるって! めちゃくちゃ突っ込んだんっすからね!」

『そのような顔をするな、この世界で生きる命たちよ。正直、我等も困惑しておるのだ……』


 既にコーデリアによる”かくかくしかじか”を受けた全員が、状況だけは理解していた。

 けれど頭が追い付かないのだろう。

 いや、なんで、この聖女様は黒幕どもを本拠地に連れ込んできやがったのか――と。


 モフモフな獣毛を膨らませた魔猫師匠も苦笑し――。


『喜ばしいか残念かは分からないが、事実だよ。彼らがこの世界を作りだした神であり、同時に、この世界を終わらせようとしていた神々でもある。事情は先ほどのかくかくしかじかの通り。信じる信じないかは、まあ君たちの自由にすればいいけれど――うん、一応いっておくと、私は止めたんだよ? さすがに連れて行くのはどーかと思うって……』


 だから、私は悪くないよ?

 と、いつもの無責任スタイルである。

 その目の前には供物たる品々、聖騎士ミリアルドと国王キースが緊急で用意させたグルメの山が積まれている。


 なにを遊んでいるのか。なにをこんな事態で食べ物をと、普通ならば呆れられるが――これは立派な召喚儀式のようなもの。

 気まぐれなる魔猫師匠を現場に縛り付ける儀式だと、苦労人の二人以外も既に把握しているのだろう。


 当然、道化師クロードもこの場にいる。

 エイコの姿は十五年経っているが、本来なら同一人物だと理解できるのだろう。

 しかしクロードはビナヤカの魔像によって、制限をつけられていた。栄子が黒幕であると理解できない制約のような戒めが働いているのだ。


 だから、他の者と同じ唖然とした顔のまま。

 けれど、賢い彼にはどこかに違和感があるのか。エイコの顔を深くのぞき込んでいる。


「な、なんすか!」

「いえ、あなた――どこかでお会いしたことがあったような……」

「知らないっすからね! ぜんぜん、あなたのことなんて知りませんっすからね!」

「しかし、今までずっとこの世界に干渉していたのでしょう? 当然、わたくしによる天使討伐も見ていた筈では?」

「し、知らないもんは知らないんすよ! それより、これ、どーするんすか! この空気! ぶっちゃけ、今までの報いを受けろってその場で貫かれてた方がマシっすよ!?」


 フォローするようにビナヤカの魔像が言う。


『仕方あるまい。あれは我等の負け。協力すると我らが頷くまで、延々と拘束され、目の前でニッコリされたのだ。見事な菩薩の笑み、悪意がないからこそ”たち”が悪く……嗚呼、げに悍ましき存在。それが聖女なのであるな』

「や、やめてくださいっすよ! 思い出しただけでもぞっとするんすから……っ」


 黒幕たる二柱は、武者震い。

 いつもの無言の微笑みと圧力で”説得”したのだろうと、すぐに伝わったようだった。


 頭を抱える喪服令嬢ミーシャの横。

 賢王ダイクン=イーグレット=エイシス十三世は、既に事態を正確に把握していたのだろう。

 玉座召喚の魔術で自らの椅子を確保――悠然と座る褐色肌の王は口元を震わせていた。けれど、それは怒りではない。あまりの事態にむしろ笑うしかないといった顔で、自らの膝を叩いて、ひとり、大爆笑していたのである。

 周囲に沈黙が起こる程の、朗々たる王の笑いがこだまする。


「ふはははははは! 愉快愉快! そうか、そうくるか! 余にも見えぬことが次々に起こりうる。だからこの世は面白い!」


 賢王の大爆笑。

 美貌を崩すほどの品のない大声を上げていたのだ。

 もっとも、それは賢王の配慮。

 空気がすこし変わりつつあるのは、彼の話術スキルなのだろう。


「事態をどうにかすると姿を消しておったが――遂に黒幕さえ強引に巻き込みおるとはな! ああ、聖コーデリア卿よ。そなたはそういう破天荒を起こしおる聖女であった。あの日、余の寝室に顕現しおった出会いを思い出してしまうわ」

「おいおい……笑い事じゃねえだろう」


 無精ひげを擦り、呆れるベアルファルス講師に続き声が響く。


『壊れおったか、賢王よ。余も――笑い事ではないと思うのであるが、いったい、なにがどうしてこのような状況になったのだ、聖女よ』


 ポメ太郎ことミッドナイト=セブルス伯爵王。

 人ならざる闇の王にさえジト目で問われた聖コーデリア卿は、微笑みながら。


「かくかくしかじかでお話しした通りですわ、伯爵陛下」

『そーいうことを聞いておるのではない! 仮にもこの世界を滅ぼそうとしておった張本人たちであるぞ? こう、なんというかだ。今はあまりの事態に動転しておるだけで問題視されておらんが、言うならば悪しき神々。必ずや神を殺せとの声が上がろうぞ』


 そう。

 彼らが長年、本当に、本当に長い間をかけこの世界を滅ぼそうとしていたのは事実。

 後に問題となるのは確実。


 だがそんな問いや感情もコーデリアはきちんと考えていたのだろう。

 狡猾な領主としての一面も前に出して、静かに微笑むように瞳を閉じ。

 あくまでも事実を伝える声で。

 言う。


「そうして、為す術もなく負けイベで滅びますか?」


 伯爵王は僅かに声のトーンを下げ。


『余個人としては戦力が増えることに異論はない。むしろ喜ばしいことであると感じておる。しかし、他国のモノや事情を知らぬ多くのものは納得できまい。この場におらぬ四大国家の王たちとてそうだろう。現実的な問題として――』

「後に現実的な話ができる状況がくるのなら、それでよろしいではありませんか? それすらもできない状況、終わりをお望みなのでしたら、それもよろしいのでしょうが……そうではありませんでしょう?」


 聖女は結んだような微笑みを維持したまま。

 いつかのあの日。

 諦めと許容ばかりだった日々にはなかった、強い主張を込めた笑みを浮かべていた。


「綺麗ごとを語るようで恐縮なのですが――おそらく、わたくしはこの世界が好きなのでしょう。いろいろなことがございました、辛いことも、悲しいことも……多くありました。けれど、わたくしは思うのです――この世界に生まれてきてよかったと。皆様と出逢わせて下さったこの世界が無くなってしまうのは、悲しいですわ」


 聖女の周囲に聖なる淡い輝きが生まれる。

 それは神たる菩薩が放つ後光にも近い、聖光。


「ですからどんなものを利用したとしても、この世界を存続させたいとわたくしはそう――願っております。それがたとえ世界を滅ぼそうとしていた神様とて、利用しますわ。黒幕たる彼らなら、この世界への干渉も大きくできる。それは今までの歴史や戦争、戦いが証明しているのではないでしょうか? それとも皆様は、今ここに世界を救うための近道があると分かっていて、それを否定なさるのでしょうか?」


 感情的な問題はともかく、実質的な問題としては間違ったことは言っていない。

 コーデリアにも慣れている喪服令嬢が言う。


「そうは言うけれど、いや、マジであたしが言うのもなんだけど……受け入れない人の方が多いと思うわよ、これ。というか、実際にピンチな時のどさくさに事情説明するならともかく――終わった後に説明をしたら、アウト。あたしがそうであるように、人間なんて喉元を過ぎれば熱さを忘れるでしょ? 終わった後で全員、滅茶苦茶文句を言ってくると思うんだけど」

「ええ、ですから。今、多数決を取りますわ。この世界に生きる皆様に聞いてみるのが手っ取り早い……と、言い方が少し粗暴で申し訳ありません。けれど、わたくし! ちゃんと自分の意見を言えるようになったのです! 褒めてくれてもいいのですよ、ミーシャ」


 珍しい、師匠譲りの聖女のドヤ顔である。

 だが、それを不吉に思ったのか。


「多数決って……あのねえ」


 今、そんな時間も手段もないでしょうと喪服令嬢が突っ込もうとした。

 その瞬間。

 コーデリアはニッコリ。


「それでは、ソドムさん。コボルトさん達に連絡を」

『御意!』


 ずっと、聖女の影の中に控えていたのだろう。

 影から、ズズズズっと、包帯をぐるぐる巻きにした悍ましき美形アンデッドが召喚され――。

 聖女の言葉を受けた暗黒迷宮のお総菜屋さん、軍服死霊のソドムが告げる。


『我らが領主様のご命令である、やれ! コボルト達よ! 領主様のお声を、全世界に届けるのだ! 魔法陣、起動であるゾ!』


 わっせわっせ♪

 コーデリアのことが大好きな、もふもふコボルト達を知るものなら――そんな掛け声で動く彼らの光景が浮かんだことだろう。

 世界が、揺れる。

 それは超大規模な魔法陣。


 効果は音声拡大、拡散魔術。

 喪服令嬢はコーデリアがなにをしようとしているのか察したのだろう。

 慌てて制止しようと、正体隠しのヴェールを揺らす。


「ぎゃあぁぁぁぁ! ちょ――っ! 待ちなさい! あんたのソレを食らって平気なのは、慣れてるあたしとかあんたと同類の魔猫師匠ぐら……ぃ」

「それでは迷宮女王の名の下、話術スキル”かくかくしかじか”――発動させていただきますわ」


 聖女は世界を包むように。

 そっと手を伸ばし。

 告げた。


 かくかくしかじか。

 あなたの答えをお待ちしております。

 と。


 陶器を指で弾いたような、美しい声と同時に――。

 バッドトリップ状態が、世界を襲う。


 ◇


 その日。

 多数決と言う名の数の戦争をするべく放った、事情説明の魔術。

 ほわほわふわふわ。

 メルヘンな聖女の思考が、全世界を襲撃した。


 普通ならば、ふざけるな! と、声も上がるだろう。

 世界を人質に答えを民に強制させていると。

 だが、そうとも叫びにくい事情が複数あった。


 一つは、聖コーデリア卿が本当にこの世界を守りたいと願っている事。

 そして肝心なことがもう一つ。

 かくかくしかじかにより、彼らは事情を理解したのだ。


 つまり。

 コーデリアという聖女の正体も。


 聖コーデリア卿こそが、この世界の核。

 主神の器。

 いわばこの世界の民にとって、見える形で存在する本物の神なのだ。


 それは――天啓や神託に近い神の言葉であるとして、大きな物議をかもすこととなる。


 何が物議をかもしたのか?

 それは、あの魔術の副作用のせい。

 何故なら、かくかくしかじかを受けたものは精神を同調される影響で、バッドトリップ状態となる。

 そこが問題だった。


 神たる聖女の精神に触れ、皆はコーデリアの優しき心を理解した。

 今までのとてつもない噂も、迷宮女王の話も神だったのならばと理解もできた。

 けれど、同時に状態異常が襲ったことでこうも思ったのだ。


 あれ? 本物の神だったとしたら。

 まずくね?

 と。


 今は皆、一致団結している。

 国の境を超えて、世界を救うために手を取り合っている。

 しかし、つい先日までは違った。

 優しき心で抑えているだけで――内心では、神は今までの世界の流れに呆れ、お怒りになられているのではないか――と。

 ここで誠意をみせねば、見捨てられるのではないかと。


 これは新しき神として降臨した聖女による――。

 いや、神コーデリアによる人類に提示された試練なのではないか。

 と。


 むろん。

 ただの盛大な勘違いである。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] ミーシャさんが神だったら、ケトスにゃんに滅ぼされていたと思います。ゲームにのめりこむよりほかなかったほどに現実が不幸だったのだと考えれば、神としては、全ての人にそれぞれの救いを望むもの…
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