第011話、領地、暗黒迷宮:前編
初めての領地。初めて自分が一から作り出した迷宮。
コーデリアは花畑を見る顔で、清楚で穏やかな微笑。
師匠が父の家を魔術で作ったと聞き、もしや自分でも似たようなことができるのではないか?
そう思った聖女が魔導書を開き、魔術を構成。
ダンジョンを作ってみたら、本当にできてしまった。
聖女コーデリア=コープ=シャンデラー。
罪を擦り付けられ、悪役令嬢として追放された少女には一種の魔術の才があったのだろう。
それは幼い頃に目覚めた優しさが与えた治癒の力、回復魔術を行使し続けた賜物と言える。幼少のころから魔術に携わっていたのだ、才能は伸びて当然だ。聖女は五歳の事にはもう他者を回復していた。そこから約十年、ベテランの域と言ってもいいだろう。
「こんなものかしらね。ふふふ、初めてにしてはわたくし、よくできたのではないでしょうか」
だから、本当にどうしてこうなったという状況ができあがってしまった。
自らの領地、まるで闇の神でも長年信仰しているようなダンジョン、暗黒迷宮を見渡していたのだ。
「今度お父様を招待しましょう、けれど――きっとあの妖精さんと幸せになるでしょうし。ええ、邪魔したら悪いでしょうからまだ先の話ですわね」
言いながらも聖女はダンジョンに煉獄ガーゴイルの像を設置していく。
師匠から教わった罠をアレンジし、炎溜まりのダメージ床を地獄のマグマに変換。
悪意のある侵入者対策もこれでばっちりと、満足しながらコーデリア。
突っ込み役がいないので、話はそのまま進む。
人間の民はいない。
けれど既に下級の魔物は棲み付き始めていた。
ダンジョン内に湧くモンスターである。
彼らが領民だ。
「えーと犬人間のコボルトさんに、小鬼族のゴブリンさん。それとゾンビさんにダンジョンワームさんも来てくださったようですわね」
ふふふ、とやはり少女は花の笑み。
魔導書:迷宮女王の効果は既に何度か試していた。
ありとあらゆるダンジョン要素を魔術として使用できる異界の書。使い方は魔猫師匠に習って、発動に必要なだけの修行はさせて貰った。
あとは自分でレベルアップしてみなよ、その方が絶対に楽しいよ! 君は愉快な魔術の使い方をするから私も楽しいし! と、師匠は心底笑いながら言っていた。
実際に楽しい。
少女は自ら作り上げた迷宮に、心を躍らせていた。
何から何まで新鮮で、楽しいのだ。
修行の最中も切らなかったせいか、栗色の髪はそろそろ背中まで伸びていた。
聖女がくるりくるりと回って、迷宮を見渡すと髪も踊る。
もっとも、場所が場所だけに――迷宮最奥の暗黒祭壇なので、ラスボスに仕える邪悪な神子や神官が、神の復活に狂喜乱舞する姿に見えてしまうのだが。
「まあわたくし、ダンジョンクリエイト魔術を使ったからレベルが上がったのかしら! 魔力の高鳴りを感じますわね!」
これがレベルアップ。
『女王様ぁ!』
「まあ、なあにコボルトさん」
『なんかお客さんがきてるんだけど、たべちゃっていい?』
ふと聖女は考える。
「どうなのかしら……ダンジョンに入ってきたのならそれは既に覚悟の決まった者。死ぬ覚悟もあるとはおもうのですけれど――」
『ボクたちは待てますけど、たぶん命令がないとゾンビくんたちは攻撃をしかけちゃうとおもいます』
それに初めてのお客人だ。
どんな人なのか見てみたい。
「そうね、ならわたくしが参りますわ」
『わーい、ぼくらの女王様のごしゅつじんだぁ!』
コーデリアは魔物を連れて散歩気分。
皆と一緒に迷宮の入り口まで転移する。
ぷにぷにぷに、とコボルトが肉球音を立てて歩いている。
そこには低級魔物を連れて歩く聖女の、ほわほわとした空間が広がっていた。
――。
筈だった。
◇
そこには最上級魔物を引き連れ練り歩く、恐るべき魔力を秘めた女がいた。
この女こそがおそらく――モンスターパレードを起こし続ける魔物たちが噂する、謎の人物「迷宮女王」。
恐るべき力を持った、異形なる存在なのだろう。
図鑑でさえ見たことのない凶悪モンスターを連れているのに、表情だけはまるで聖女のようなのだ。
ずしり、ずしり……背後に仕える犬顔獣人が、ああん? と侵入者である騎士たちを睨んでいた。
侵入者たちは皆、怯んでいる。
これは脅威だ、と。
腕に覚えのある者ほど理解して、頬に汗を浮かべていた。
レベルが違う魔物を従える女王。
あれはこの魔物たちよりも――強い。
しかし怯む騎士たちの中央、部下を引き連れる男、威厳に満ちた白銀髪の男だけは違った。
合点が言ったとばかりの顔で、ふはははははは!
豪胆に笑いだしたのだ。
護衛の騎士が言う。
「陛下!?」
「すまぬすまぬ! よもやとは思うたが――そうかなるほどな。これは愉快。我等がエイシスにもツキが回ってきたのであろう。昨夜のアレは現実であったか」
陛下と呼ばれた男は笑いをこらえるのに必死だった。
突如として現れた迷宮を訪れた一団は、調査隊。
その代表はなぜか今回に限り、自らが出るとの主張を崩さなかった山脈帝国エイシスの長。
ダークエルフを彷彿とさせる、猛禽系の美青年。
昨夜、夢と勘違いし――聖女と契約をした山脈帝国エイシスの皇帝にして賢王。
ダイクン=イーグレット=エイシス十三世。である。
賢王ダイクンは月光色の髪を靡かせ、褐色肌の長身に覇者の衣を纏い悠々と佇んでいる。
わざわざ防御力を犠牲にし――所々で肉体の隆起を晒しているのは、自らの肉体が魅力的だと把握しているのだろう。
こーいうところが乙女ゲームなんだよねえ……と、天から一瞬謎の声が響いたが。
コーデリアはコボルトたちを従わせ、そっと前に出る。
「まあ、陛下! さっそく来てくださったのですね!」
『GURURURURURURURURU』
人間には理解できない魔物の言葉が、迷宮を揺らすが。
「駄目よ、めっ! この方はこの土地をお貸しくださっている恩人なの。皆も無礼がないように、ご挨拶を、ね?」
聖女のドレスに身を包む令嬢の睨みで威圧は止まる。
護衛達はハッとした。
あの恐るべき獣人達を一瞬で、諫めた!?
と。
護衛達は令嬢を見た。
微笑んでいる。そして更に、ハッとした。その笑顔の意味を察したのだ。
どうかしら? わたくしはこの魔物を完全に制御しているのよ?
あなたたち程度の雑魚が、陛下を守れて?
わたくしの機嫌一つで――いつでも殺せるのよ。分かっていらして?
と、天使の笑顔の下で黒く微笑しているのだ。
護衛達はごくりと息を呑んでいた。
それでも陛下をお守りする、全員が全員、死を意識して仲間の顔を見た。
心は一つだ。
ここまで国を立て直した名君を、ここで死なすわけにはいかない。
と。
むろん、ただの勘違いである。




