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第001話、国家反逆罪―追放―


 今日も今日とて、ダンジョン内では事件が起きる。

 ここはいわゆる迷宮内。

 最高難度で踏破者がいないことで有名な、最凶最悪なエリア”不帰かえらずの迷宮”。


 極悪ダンジョンの入り口には、三人の登場人物がいた。


 一人は、雄獅子をイメージさせるワイルド騎士王子。

 もう一人は性格の悪そうな黒ドレスの姫。

 そしてもう一人が聖女、この物語の被害者とでもいうべきか。


 名はコーデリア。コーデリア=コープ=シャンデラー。

 職業は領主の娘にして、聖女。

 通り名は聖女コーディ。

 一度入ったら二度と出られないダンジョンに、処刑代わりの罰として落とされたのは――栗色の髪を泥で汚した乙女だった。しかしその姿は汚れていても、輝いていた。誰の目から見ても、どう穢れても美しいと思える可憐な令嬢である。

 それは聖女としての力のおかげもあるのだろうが。


 だがその手には乙女にはふさわしくない、枷が嵌められている。


 悪しき姫と異国の騎士王子が企んだ聖女追放の決行日が、人目と気配を隠す雨の日だったせいだろう。

 周囲に漂っているのは、饐えて濡れた土の香り。

 誰もが追放だとわかる、悲惨な現場でもある。


 邪悪そうで粗野な騎士王子と姫は、ダンジョンに落とされた乙女を見てゲハゲハゲハ。

 笑っていた。


「ふは、ふはははは! ざまあねえな、聖女コーディ! ここに追放おとされれば、さすがのてめえも生きてはいられねえだろう? 聖女を殺すことは法で禁じられていやがるが――ふはは、魔物がやるのならば問題ねえ。やったなミーシャ姫さんよ、これでこいつとオレ様との婚約も解消されて、領主一家は全員処刑――領地に空きが出る。そこは貰っても構わねんだろう? なぁ、ミーシャァ」

「ええ、そういう約束だもの。あんな貧乏な地、うちの王国では必要ないしあなたに差し上げるわ。それにしても――これでようやく清々したわ……! この没落女、前から嫌いだったのよねえ!」


 ミーシャ姫と呼ばれたのは高価なドレスに身を包み、コンプレックスであるむっちりとした唇を扇で自然に隠す淑女。黒髪黒目の姫こそが、この追放劇の主犯格。

 イメージは黒鴉。

 ミーシャ=フォーマル=クラフテッド。

 平和なる国クラフテッド王国の第一王位継承者。正式な次の指導者。だがその性格は最悪。彼女は姫でありながら自国の聖女を売った、領主の娘で国のために貢献しているコーデリアを罠にはめたのである。

 陥れた理由は様々だろうが――。


 付き合わされている姫の護衛、モブ兵士やモブ騎士たちは考える。

 どうせ気まぐれなミーシャ姫のいつもの我儘だろう、と。

 視線を感じたのか――。


「なによ! 文句ある? それともあんたたちも聖女様に同行したい?」

「い、いえわたくしどもはなにも……」


 姫の威嚇に、従者たちが怯えて引く。


「はは、ミーシャ姫さんよぉ。雑魚をあんまり脅すなよ、こいつらはおまえの人的資源だろう? 秘密を知った以上は、殺してやるのが筋ってもんだが。オレ様は優しいからな? 生かしてやる代わりにこれからたっぷり、死ぬまで働いて貰わねえと、なぁ?」

「はは! 分かってるじゃんオライオン!」


 邪悪な姫と騎士王子の図である。


 漆黒の鎧を身に纏い、嗤いながら黄金の髪を揺らす騎士オスカーは、令嬢コーデリアの婚約者だった男だ。肩書はここクラフテッド王国と同盟関係にある、隣国の王子。もっとも、その関係は互いの王による命令。政略結婚でドライ。あくまでも領地繁栄のための婚約に過ぎない関係だった――。

 事実、聖女コーデリアは騎士王子にさほどの恋心を抱いている様子はなかった。


 それが姫の反感を買ったのかもしれない。

 なにしろこの政略結婚の話を持ち込んできたのは、ミーシャ姫だったのだから――。


 ただバカ王子がまさか姫と結託して聖女暗殺を謀るとは――姫の従者たちはここまでは想定しておらず、対処は一切できていない。

 だから皆、見て見ぬふり。

 聖女であってもこのダンジョンに落とされたら最後。

 最奥にいるとされる邪悪な神がいる限りは、絶対に助からない。


 聖女コーデリアが婚約者の騎士王子オスカーに向かい、悲痛な叫びをあげていた。


「お待ちになって、わたくしはなにも悪いことなどしていませんわ!」

「ああん? 犯罪者がなんか言ってやがるが、なあおめえら――聞こえるか?」

「ねえ、皆様もご存じの筈でしょう!」

「すまないが聖女よ――あなたの罪状は確定している。その……証拠も証言もキミの領地から数件、でてきてしまっているのだ」


 令嬢コーデリアは兵士も騎士も丸め込まれていると悟ったのか。

 婚約者だった男を澄んだ瞳で眺め。

 ……。なんて名前だったかしらと間を置き――。

 名を呼ばずともいい形で言う。


「騎士様、わたくしあなたのことを信じていたのに――!」


 令嬢をダンジョンに蹴落とした騎士オスカーは言った。


「はははははは! ああ、知っているぜコーディィ! 誰よりも強く、誰よりも格好いいオレ様を愛しているんだろ? だが、すまねえな。同じ権力者だったら、姫様を選ぶんだわ。どうか愛するオレ様のためにここで死んでくれよな!」

「そんな……っ!」


 令嬢コーデリアは真顔で迷宮に声を響かせる。


「わたくし、たしかにあなたの剣の腕だけはお慕いしておりましたが――! 自分の命を捨てるほどじゃありませんわ――!」

「な……っ!?」

「それにあなた――! 隣国の王子の中でもちょっと顔がいいだけの――、剣しか取り柄のない駄目王子さんでしょう――? 隣国に婿として送られてしまう程度と皆から思われているんですのよね――! 聖女であり将来領主となるわたくしの命とあなたとでは、釣り合わないと思うのですけれど――!」


 ド直球の正論が、剣と顔だけが取り柄のワイルド騎士王子オスカーの頬を叩く。

 ぐぐぐっと、野性味のあるハンサムが歪む。

 その顔は、普段はメスに任せてのうのうと暮らしていたオスライオンがたまに狩りに出かけ、草食動物に反撃され逆切れする姿そのもの。

 漆黒の鎧に濃厚な魔力が膨れ上がる。


「てめえ! オレ様を誰だと思っていやがる! 将来騎士王になる男、オスカー=オライオン様だぞ!」

「ああ! そうでした、オライオンさんでしたわね!」

「はぁぁ? いまさらなにを」


 聖女は迷うことなく言った。


「ごめんなさい――! わたくし、どうしてもあなたのお名前を覚えられないの――! 顔も性格も濃い筈ですのに、たぶん、人間として小さくて存在感が薄いせいだと思うのですが――! 本当に申し訳ありませんわ――!」


 聖女は心綺麗な乙女しかなれない特殊職業。

 だからこれは清らかな聖女の、悪意のない本音。

 聖女コーデリアが元婚約者のオライオンの名を覚えていないのは、確実。


 ビシっと指さし男は唸る。


「う、うるせえ! この反逆者がっ! だいたいオレ様はてめえのそういうところがっ、どうしても好きになれねえんだよ!」

「まあ――! 初めて気が合いましたわね――! ごめんなさーい! わたくしも、あなたのそういう所がどうしても好きになれませんの――!」


 聖女、ノーダメージである。


 悪意がないからこそ、言葉を失う。

 騎士王子はわなわなと唇を震わせ、鋭い美貌を尖らせる。

 だからだろう、ミーシャも従者もぶふ……っ、と思わず吹き出し顔を背けていた。


 本来なら助けを乞うべき場面だったのだが――。

 聖女コーデリア。

 心清らかで無垢と言えば聞こえはいいが。

 彼女も彼女で多少の難がある御令嬢。彼女は――少々どころかかなり。


 空気が読めない天然娘だったのである。



※完結済み。

ざまぁ要素などありますので、苦手な方はご注意ください。

”顔だけ”は良い、残念イケメン&美女多めです。

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[気になる点] この王子様、下町育ちなのでしょうか⁇ お口が悪いを通り越して、場末のチンピラかスラム上がりのゴロツキかと言うような品のなさなのですが? 生まれ育ちがお城のれっきとした王族なら幼少期から…
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