第35話 【SIDEミカゲ】ファルシアへのお礼
キラキラした目で私のお店だと喜ぶリリーを見るのは、思いの外気分が良かった。
「ミカゲさん、ファルシアさん。本当にありがとうございます。……ファルシアさんには前にお礼をしようとして断られちゃいましたけど、出来たらポーションを作らせてもらえませんか?」
「え? 私健康体だけど。もしかしてお肌がつるつるになったりするポーションがあったりするのかしら」
ファルシアは冗談めかして言ったけれど、リリーは首を振った。
「あの、ファルシアさんは右手に怪我してますよね」
リリーの言葉に、ファルシアは目を丸くした。まさかそんなはずはない、と思っているのが伝わってくる。
その気持ちはすごく理解できた。
自分も同じだったからだ。
「……怪我って言っても、これは昔のだよ」
そっと左手で右手をさすっている。その時の事を思い出したのか、ファルシアの口調が男のそれに戻っている。
本人は気づいていないようで、淡々と続ける。
「リリーちゃんも鑑定があるんだったかしら。私も、鑑定を持っているから自分の傷については、良くわかっているわ。魔力の流れがおかしいのよね。日常生活を送る分には、そう問題ないけど」
それはミラーマジという、魔力の塊のような魔物だった。
ミカゲとファルシアはその時、五人で別の魔物の討伐でダンジョンを訪れていた。警戒は十分だと思っていた。
しかし、大型の魔獣に気を取られ、木の陰から現れたそれについては警戒が薄くなってしまっていた。
あまりにも小さく、取るに足りない魔物に見えたのだ。
油断していた。
ミカゲは今も後悔している。
大型の魔物と対峙して、目を離したら大きな一手を与えられるとじっと息をひそめ構えていた。目端に入ったその生き物に関しては、最悪多少やられてもいいと思った。
魔力の塊であるミラーマジは、遠くから魔力を撃ち込んでくるという情報があったけれど、それだけだった。
それくらいなら、多少受けたとしても問題にはならない。
下手したら、装備で弾く可能性すらあった。
しかし、そんな魔物が後方支援に控えていたファルシアの右手に噛みついた時に、それらはすべて楽観視したものだという事がわかった。
遠くから魔力を撃つだけだと思っていた魔物が、物理攻撃に出たのだ。
その場ですぐに別の仲間がミラーマジを切り捨て、事なきを得たように思えた。
しかしその時から、ファルシアの右手に魔力はほぼ通らなくなった。
右手以外からは魔法を使うことは可能だったけれど、利き手からの魔法が使えなくなることは冒険者にとって致命的だった。
それでもそこら辺に居る冒険者よりは強い事に変わりはないが、それはファルシアが許さなかった。
そしてそのままファルシアは引退した。
魔力が通らないこともあり、右手は魔法を使わない際も多少動きがおかしいようだ。
「もしかして、リリー……」
期待しすぎないようにと思いつつも、それでもミカゲは聞いてしまう。すると、リリーは満面の笑みを浮かべた。
「この間ギルドの依頼のお土産でミカゲさんが持って帰ってきてくれた素材が、多分使えそうなんです!」
そうやって見せてくれたのは、ミラーマジだった。
ミラーマジのスライムのような身体を、核だけ壊して持って帰ってきたものだ。
今は保存用の瓶に入っている。
「……ミラーマジ」
ファルシアはため息のように呟いた。
素材は色々あった方がいいだろうと、何種類も持って帰ってきた。そして、その殆どをファルシアに加工してもらったけれど、ミラーマジだけはギルドに頼んだ。
「はい! 図鑑によると魔力の塊だという事らしいですね。家で魔力を通してみたりしたのですが、この素材を使えば魔力の動きを変えることが出来るようです」
「魔力の動きを変える?」
ぼんやりと、リリーの言葉を繰り返すファルシアに、リリーはただ頷いた。
「そうなんです。魔力を固定したり、逆に緩めたり。かなり汎用性がありそうです。そして、これを見た時に気が付いたのです。ファルシアさんの右手の魔力の動きがおかしいところを治せるんじゃないかって」
「右手が、治るですって……?」
「そうです。ファルシアさんと一緒に過ごしていて、たまにやっぱり不自由そうなところがあったので、治ったらいいかな、って。……いえ、思い出の傷とかで、治さないで残しておきたいとかだったら、本当、余計なお世話なんですが……。ファルシアさんは、魔法で素材の加工もしているし……」
最後の方は自信がなくなってきたのか、徐々に声が小さくなり下を向いてしまった。
そんなリリーの姿を見て、ファルシアは吹き出した。
「思い出の傷って! 確かにミカゲと依頼を受けた最後の傷になるから、思い出と言えば思い出なのかしら?」
「いやいや、最後だからいい思い出って訳じゃないだろ」
「まあ、確かにそうよね。でも、ミラーマジが出てくるとは思わなかったわ。見たくないと思っていたけれど、目の前にあれば案外平気なものね」
そう言って瓶に触れるファルシアの手はかすかに震えている。





