第25話 大人の魅力
かなりの勇気を持って言った言葉に、ファルシアは弾かれたように大笑いをした。
そしてミカゲは心の底から嫌だ、という風に顔をゆがめた。
「まったくもってない。本当にない。こいつはもともと冒険者仲間なんだ。今は引退しているけれど、こうして付き合いはあるだけだ」
「え! こんな綺麗な人が冒険者……!」
女性でここまで綺麗な人はなかなかいないだろう。
冒険者といえば過酷な状況も多いと聞く。男の人も多い中で、別の危険もありそうだ。
「リリーちゃんは本当にいい子だわ。誰かとは大違い」
ファルシアに抱きしめられて、あわあわしてしまう。くっつくと、花のようないい匂いがする。
大人の女性という感じだ。すごい。
「ふわわ。この匂いは何の匂いですか? すごいいい匂いですね」
「これは、そこの通りで売っている、魔物素材で作った香水よ。気に入った?」
「はい。なんだかずっとかいでいたい匂いです……」
「ふふふ。フェロモンと似た匂いだって触れ込みだけど、本当なのかしら」
「おいお前、リリーになんてもの嗅がせてるんだ。離れろ」
うっとりと頭を預けていたファルシアから引き離されて、私は恨めしい気持ちでミカゲを見つめた。
「なにするんですかミカゲさん……」
「うわっ。もうやられかかってる! リリーは薬師だろうこんな奴にやられてどうする」
「だって凄くいい匂いですし、優しいですし、大人っぽいですし綺麗ですし素敵すぎます……」
「わーリリーちゃん嬉しいわ」
「こんな彼女が居たなんて、羨ましすぎます。……いや、こんな素敵な彼女を私なんかに紹介してくれたことを感謝するべきなのかしら?」
「リリーの頭がおかしくなりかかってるな……。しっかりしろリリー、こいつはおれの彼女どころか女ですらない」
私はミカゲの言葉に首を傾げた。そしてファルシアを見る。
ミカゲより少し低いが、すらっとした体躯にすっと伸びた長い脚。化粧をきっちりとした隙のない美女。
隣に並ぶミカゲも負けずに顔が整っているので、お似合いの美男美女だ。
「頭がおかしくなったのは、ミカゲさんでは?」
「……ファルシア」
「もーわかったわよ。……リリーちゃん、俺はとっても綺麗だけど、女の格好をしているのは趣味なんだよー。声作るのも結構練習したんだよー」
「わわわ。声が」
「そうそうー残念ながらリリーちゃんが期待するような関係じゃなくて、本当に冒険者仲間だったんだよねー」
「本当に男性だったんですね……すごい」
「でしょでしょー。お店でも人気なんだよー。今度飲みに来てね!」
「は、はい。お酒は飲んだことないですけど、是非とも」
浮かれる私に、ミカゲはひらひらと手を振った。
「やめとけやめとけ。ぼったくりかと思うくらい取られるぞ」
「ぼったくりはミカゲでしょーこんなかわいい子に雇われてるなんて。お金なんて払ってこんな男を雇うなんてそれこそ酔狂よリリーちゃん」
ファルシアが私の頭を撫でて、諭すように言う。大きい手に撫でられて、とても気持ちいい。
なんだかとても落ち着いた気持ちにさせてくれる。
「いえ、私の為なんです」
「リリーちゃんの為?」
「そうなんです。ミカゲさんが、楽しいと私も嬉しいんです」
最初は、ミカゲを助けることで自分が慰められるようで。そして今は、人と一緒に居られることが嬉しい。
一緒にご飯を食べる人が居ることが嬉しい。
そして今、ファルシアという新しい知り合いが出来て楽しく話せている。それすら信じらない幸運だ。
「もーいい子だなあー。ねえねえ、リリーちゃんはお店を開きたいのかしら?」
「あ! はいそうです。薬屋を開きたいなと思っていて。そうしたら、ミカゲさんがお店を開いている方という事で、ファルシアさんを紹介してくださったんです」
「そうだったのね。リリーちゃんはどんなお店にしたいとか希望はもうあるのかしら? と、あらあら、何にも飲み物も出してなかったわね」
「まったくだ。飲み屋とは思えないサービスの悪さだな」
「お金取るわよ。じゃあこっちに座ってねー」
すっかり入口の方で話し込んでしまっていた。
私は立ちっぱなしには慣れているけれど、ファルシアは高いヒールの靴なので痛いだろう。申し訳ない事をした。
「はい! ファルシアさん、足マッサージしましょうか?」
「え? なんで?」
「立ちっぱなしで足が痛いかなと思いまして。多分上手ですよ慣れているので!」
妹はかなり欲求が高いタイプだったので、レベルは上がっていた気がする。
私はかなり自信を持って言ったけれど、ファルシアは微妙な顔をしただけだった。そして、肩に手を添えられ、テーブルの席に座らされた。
「ちょっと待っててねーお茶入れてくるー」
ファルシアはお店の奥に入っていった。ミカゲと二人になる。
「いい人ですね。ファルシアさんって……」
「すっかりリリーが心を許していて、俺はむしろかなり警戒している」
「うーん。話しやすいのは、やっぱりミカゲさんのお友達だからでしょうか」
「まあ、こんな店をやってるぐらいだし、警戒心を解くのはうまいのかもな」
「この広さのお店を一等地で維持しているっていうだけでも、本当にすごいですよね」
ミカゲが住む場所からほど近いこの場所は、もちろん一等地だ。
内装も見るからに豪華で、テーブルもソファも意匠がそれぞれ違っているのに統一感があって素晴らしい。
王城で働いたことがある為、豪華さにそこまで緊張しないのは良かった。
それでも、ファルシアが持ってきてくれたグラスには動揺してしまった。
にっこりと気軽にお茶だよと渡されたこれは。
「これってまさか……」
「わーリリーちゃん知ってるのねお目が高いわ。そうそうこれはミキシファイの角を削りだしたものよ。貴重品なのよね」
「へーミキシファイの角なんだ。確かにこんな感じだよな。意外とつるっとしてるんだな」
ミカゲの感想は全く価値がわかっていない。





