第22話 【SIDE:ミカゲ】ファルシア
ミカゲは迷っていた。
もちろん腐ったリリーの家族の事だ。
本当に嫌だけれど、頼りになるのはあいつしかいない。迷ったところで答えは一つなのはわかっていた。
「あー面倒だなー」
口に出すことで気持ちを軽くしようとしたが、あまり効果はないようだった。
仕方なしにミカゲは昨日リリーと食べたお菓子の残りを食べながら、のろのろと目的地に向かった。
それにしても、と甘いお菓子をかみ砕きながら思う。
それにしても、昨日のリリーは可愛かった。キラキラした目で星をじっと見つめ、星が流れれば子供のように歓声を上げた。
野営の時はぼんやりと空を見ることもあるけれど、特に感動はない。
あの家では何度か寝泊まりをしたことがあるが、当然星を見るなんてことは、考えるまでもなかった。
しかし、昨日見た星はとても綺麗だった。
テラスがある家を買ってよかった。よくやった自分。少しでもリリーの気持ちが紛れているといい。
そうしてリリーの可愛さを思い出していると、あっという間に目的地に着いてしまう。
普段はあの家を使ってなかったから気が付かなかったけれど、これではただのご近所さんだ。あいつはたまたまリリーと会ったりしないだろうか。
嫌だ。
重厚で一目で高級だとわかる扉には開店前という札がかかっているが、無視して入る。扉についているベルがカラカラと乾いた音をたてた。
「お客様―まだ開店前ですよーう」
店の奥から能天気な声がする。その声に、ミカゲは不機嫌な声で答えた。
「おい、俺だ」
声をかけると、ぱたぱたと音がして、ここの店主が現れる。
「あらミカゲ。アンタがここにくるとは珍しいわね。飲みたい気分なのかしら?」
出てきたのは、黒のレースをふんだんに使ったぴったりとしたドレスを着た、妖艶な美女だ。頬に手を当てて首を傾げている。
そして、ピンクがかったゴージャスな長い髪をかきあげ、流し目を送ってきた。
普通の男なら一撃でやられる艶やかなしぐさだ。
しかし、これはミカゲとよく一緒に依頼をこなしていた高ランクの元冒険者で、うかつに近寄るのは危険だ。
更にいうと、美女に見える男である。
「俺がいるときにはその言葉づかいをやめろ。違和感がすごいんだよ」
「そうかしら? この見た目で男言葉の方が違和感あると思うけど」
「ファルシア! お前が女になったのなら尊重するが、ただの趣味で着ているのは知ってるんだ」
ミカゲが睨むようにすると、ファルシアは雰囲気を変えて肩をすくめた。何処の仕草が変わったのかわからないが、こうしてみるとやはり男だ。
「仕方ないな。結構似合ってるし評判なんだけどなあ」
「馴染めないのは仕方ないだろ。Aランクの男が美女になってみろ戸惑うだけだろ」
「他のやつらは案外楽しんで飲みに来てるのになーお前は変なところで固いなー。全然店にも来てくれないしさー」
馬鹿にした口調で笑う。
「別に、飲みに来る時間がなかっただけだ……」
「お前あほみたいに働いてるもんな。……それで、もしかして呪いについて何かわかったのか?」
最後は息をひそめるように早口で聞いてきた。
ここはファルシアが引退して始めた飲み屋だ。
一等地にあり、とても高級な酒ばかりを置いたここの客は、当然のように高位者ばかりだ。高ランクの冒険者、貴族などが集う。
そこで、ファルシアは情報を集めている。巧みな話術に、相手に警戒心を抱かせない見た目は情報屋として素晴らしい。
本当に信頼ができるものにしか情報を与えていないので、情報屋というよりは趣味な気もする。服装も含めて。
当然、ミカゲも呪いにかかってすぐにこのファルシアに相談した。進展はまったくなかった為、腐ってしまい足も遠のいていた。
「俺が飲んでいるポーション、覚えてるか?」
「当然だよー。あのポーション全然出何処がわからないんだよね。おかしいよ。王城からだとしても、普通ならある程度検証の段階で噂くらいは出てくるだろうし、失敗作で偶然できたとしたらあれだけの数があるのがわからない。普通に考えてあれ出しただけで一攫千金だよー」
「そうだよなあ……」
リリーから上位版を普通にもらってしまったが、リリーが普通のポーションと同じように扱っていたあれでさえその価値だ。
慈善事業でミカゲを雇っている場合ではなく、本格的に護衛が居るレベルだ。
「なにか進展があったのー?」
そこまで言って、ファルシアははっとした顔をして慌てだした。
「もしかして、呪いが進行した? やだどうしよう! 聖職者なら知り合いに居るから、少しは良くなると思うから呼びましょうか? それとも王城に圧力でもかけた方が早いかしら」
「いや、違うんだ。ファルシアちょっと俺の身体を診てくれ。あと、慌てたからと言って女言葉に戻るのは何故なんだ」
こう見えて、ファルシアは鑑定魔法を持っている。
これはかなり高度な魔法で、それだけで食べていけるぐらいだ。そして、鑑定によってファルシアは人の不調についても診ることができる。
多量の魔力を使うために、使い勝手はそう良くないが。
「癖って恐ろしいわね。鑑定は高いわよー」
そう言ってにやっと笑うファルシアは、冒険者の頃仲間を心配した時に見せる顔だった。
何も言わずに手を出したミカゲの手を、ファルシアはさっと握った。
思えば、呪いの種類を教えてくれたのも、ファルシアだった。呪いが抑えられていると証明してくれたのも。
ファルシアから、魔力が流れ込んでくるのを感じる。
魔法に集中していたファルシアが、弾かれたように顔をあげた。
「ミカゲ……! どうして……」
「なあ、やっぱり、消えてるか?」
リリーの事は当然信じていたが、決定事項として知りたかった。自分でも、夢の中に居るようだったから、ファルシアからも本当だと聞きたかったのかもしれない。
「本当に、消えてる……」
ファルシアは呆然とした顔でつぶやいた。そして、ミカゲの肩をがしっと掴んだ。力が強すぎる。
肩が壊れそうだ。
「どういう事なんだこれは! 本当なのか!」
「痛い痛い! ファルシアやめろ!」
ミカゲも手加減している余裕がなくファルシアの手を叩き払った。ファルシアは払われた勢いで後ろに飛ばされたが、驚くべき軽やかさでさっと着地した。
その動きで冷静になったのか、ファルシアはいつもの口調で文句を言ってきた。
「危ないなーもうちょっと手加減するべきじゃないか? 俺はもう現役じゃないんだよー」
「全然ダメージ受けてないじゃないか。というか、手を払わなきゃいけないぐらい力をかけるな。普通なら肩が死ぬぞまじで」
「すまんすまんついつい。……でも、本当にどうしたの? 呪いがなくなったのなんて、聞いたことがないよ!」
「そうだよな。俺も聞いたことがない。ダンジョン産のアイテムでそういうものが出たことがあるっていう噂を聞いたことがあるぐらいだ」
「あれもなー眉唾だよな。あれだけダンジョン潜っていた俺たちが噂レベルって」
「怪しいもんだよな」
リリーに呪いを解かれなかった場合は、噂のダンジョンに潜るしかないかもしれないとも思っていたけれど。
もちろん先に、もっと確実な王城に向かう予定だったが。
「なあなあ。なんで呪いが解けたんだ? 教えてくれよーこれでもかなり心配していたんだよ。もしかして、隠ぺい系で見かけだけ隠してるとか?」
「いや、本当だ。今日ここに来たのも、その件について相談があったからだ。……この呪いが解けるポーションがあるって言ったら、信じるか?」
声を潜めて言ったミカゲを、ファルシアは笑い飛ばした。
「信じるはずないだろう! ポーションで呪いがとけるなら、大発見どころではないじゃないか」
「俺も、そう思う」
真顔で同意するミカゲに、ファルシアも同じように真顔になった後、慌てだした。
「まさか、まさか本当に? ポーションで、解ける……?」





