日だまりの桜 3
「日本人の子ども姿だって言う自覚はあったのか。」
ガシガシと頭をかきながら深く息を吐く藤代さんに深く頷く。
この容姿の基本ベースは生前の私であることは確かな事実のはずだ。
「だが、それは君が子どもの姿だからじゃない。たとえ、君がどんな姿であっても外になんていさせられない。」
真っ直ぐに私を見たと思ったらぐしゃっと私の頭を撫でてから食器を流しに片付けに行った藤代さんの背中を見ながら撫でられた箇所に手を当てる。
頭が揺れるように力強い撫で方だったけど、優しい手付きだった。
「ん?あっ、急に触って悪かったな。ごめんな。」
そんな私の様子を見て慌てて謝罪してくる藤代さんに手と首を左右に振る。
サラサラで傷んでいない髪は、私の動きに従って揺れ動くし乱れた様子も無い。
「不快感は無かったし今後も撫でてくれて大丈夫。」
「ならよかった。」
カチャカチャと食器が洗われる音を聞きながら、一回一回きちんと洗うんだなとひっそりと心の中で感心する。
私はまとめて洗おうと溜め込んじゃうタイプだから夜まで放置だったな。
「そういえば死神ちゃんは俺以外に見えないんだよな?」
『他対象者に見えるようにも出来るけど基本的には見えないよ。』
動揺が収まったのか再び優しい口調になる藤代さんは私を怯えさせなように気を使ってるのだろうか?自分の死の運命を告げに来た得体の知れない存在相手に優しい人だとは思うけれど、気を使わない口調で良いって伝えたのに変わらないのは気を使いすぎだと思う。
そして見える状態にしたところで白色のワンピース一枚の素足で警察官と一緒にいる少女とか事案だと思う。
『そうだね。このままの容姿と姿で見える状態になるよ。』
「見えないし壁やセキュリティをすり抜けることも出来るよ。見えるようにすることも出来る。
なお姿とかの変更は不可。」
「神に失礼かも知れないが…幽霊っぽいな。」
確かに見えない透けれるって幽霊みたいっていえば幽霊みたいだな。
「なら俺に取り憑いてみるか?ここにいても暇だろ?」
食器を洗い終わりきちんと拭いて片付けてから麦茶を二つ用意して持ってきてくれた藤代さんの言葉に首を傾げる。
「いや、藤代さんって警察官でしょ。人じゃなくても人型の存在連れ回しちゃ駄目じゃないの?」
「大丈夫って宣言出来る権利は俺には無いけど、別にバレなきゃ問題ない。」
藤代さんの所属が捜査一課所属ってことで指紋とかの痕跡もちょっと怖い自分がいる。
『物体干渉可能状態でも痕跡などは残らないよ。』
存在がファンタジー。
「それに見えないなら捜査協力とかお願いできるだろ?
ついでに、ジュースとかじゃなくて悪いな。」
コトリと目の前に音を立てて麦茶が置かれた。
個人的な予想としては、警察官って忙しいから泊まり込みが多くて賞味期限が近いものは家に置いてないんだと思う。オムレツ用の卵は使い切り目的だったんだろうな。
「麦茶美味しいよね。ありがとうございます。
あと捜査協力は願いカウント取るからね。私の気まぐれで勝手に助言するのと付いて回る以外で聞くとカウント確認するよ。」
一口麦茶を飲むと先ほどのスフレオムレツとは異なって記憶にある麦茶の味だけがした。
さっきのスフレオムレツとの違いは手作りか市販かの差なのか?
『?マスターは麦茶より緑茶の方が好きだし、この麦茶の味だったら水入れて薄めた方が好みだよね?』
確かに薄い麦茶の方が好きだけど普通にこの麦茶も美味しいし緑茶と麦茶だったら麦茶の方が好きだけど麦茶も普通に好きだから。あとわざわざ用意してくれたのに好み云々とかありえないし、そんな細かい味覚の好みまで私のデータベースを読み込む必要性がわからない。
『マスターの情報だからね。』
「協力については死神ちゃんの気まぐれでいい。ここにいても暇だろうだしな。」
人が良いにしてもほどがあるんじゃないのだろうか。
いや別に暇を潰す用意をして放置してても問題無いのにわざわざ連れ回すのは監視目的?家で好きにしてて良いから外にいないでくれよじゃなくて透過状況を確認して見える位置にいさせるんだから監視目的で確定で良いだろう。よくわからない存在を監視するのは当然のことだ。むしろ恐れない段階で異常だ。
「今後が決まったら買い物に行くか。死神ちゃんって普通の衣服とか着れるのか?」
『書がマスターの所有物だと登録すれば身につけての透過が可能だよ。』
「着れるし透過も出来るよ。」
「ならまずは靴を買うか。死神ちゃんはどんな靴が欲しい?」
素足で外を歩くのは嫌だし嬉しいけれど、わざわざ買って貰うんじゃなくて不思議な力で作れたりしないのか?
『靴程度なら身体機能を一部欠損させれば作れるよ。』
身体機能なら外見ではわからないだろうし痛みもなさそうだが、どの部位かによる。
『マスターの効き目は右目のため左目の機能停止で大丈夫だよ。』
「不思議な力で靴は作れるから大丈夫。他の衣服とかもわざわざ買って貰わなくて良いからね?」
左側が見えない状態というのは経験したことないからどうなるかわからないけど、透過状態で動けば痛い思いはしないと思う。
「なら冬場らしい格好にもなれる?」
「それはちょっと難しい。」
靴で左目が見えなくなるのに、これ以上の機能停止は流石に困る。
「寒さとかは普通に感じるんだよね?」
『機能停止すれば温感機能のみの停止で感じなく出来るよ。』
「オンオフで切り替えれる感じ。」
「ならガッツリ着込む必要は無いね。ファッションセンスに自信はないけど冬にワンピース一枚よりかはマシだと思うからちょっと待ってて。」
私の体躯などを確認するように視線を動かしてからしてから何処かへ小走りで向かっていった藤代さんを見送る。
『靴を用意するのは素足でマスターを歩かせるとマスターが苦痛を感じる可能性があるからわかるんだけど、温感機能を停止させれるのに他の物を用意する必要ってあるの?』
コートを着るような季節に白色のワンピース一枚だけの少女がいるとか藤代さんのような優しい人からしたら寒そうで耐えれないんだろ。あとは見えるようになってもらった場合に薄着すぎるのは困るとか?いや、お下がりの男物の衣服を身に付けてるのもまだまだ事案の気配しそうだな。
『人間って難しいね。』
人間社会は難しい。
「お待たせ!これ俺の服だからサイズ大きいだろうけど大きくても大丈夫だと思うんだ。着てみてくれない?」
差し出されのは黒色のカーディガンと赤色のロングマフラー。
「藤代さんって赤色のマフラーなんて身につけるんだ。似合うだろうけど、ちょっぴり驚き。」
こういった派手な色のマフラーを身につけてる男の人って珍しい気がするのは私の偏見だろうけど、警察官ってのも手伝ってちょっぴりだけど驚く。
「似合わないかな?」
照れ臭そうに頬をかく藤代さんに首を左右に振る。
「いや?似合うと思う。暖色系の色が似合いそうだから赤も似合うよ。」
「そう言われると照れくさいな。死神ちゃんは赤い本を持ってるから赤が似合うと思ったんだ…カーディガンの方は死神ちゃんに着せれるのがそれぐらいだったんだ。元々の服にも合うと思ったし。
あっ、コートは玄関近くに用意してあるから外に出る時は身につけてね。そうすれば靴次第だけどそう変じゃないと思う。」
確かに神様っぽい編み上げサンダルとかじゃ浮いちゃうよね。
『マスターのデータベースから似合うのを作成するから安心してね!』
相棒の言葉に安心しながら、笑顔で藤代さんが早く身につけるようにジェスチャーをしてるからマフラーをテーブルの上に置いてからカーディガンに腕を通して、室内なのに笑顔の圧で進められるのでマフラーを首に巻く。リボン巻きだっけ?そういったオシャレな巻き方が出来る人は凄いと思う。
「オシャレな巻き方を知ってたらいいんだけどそういうの知らないんだよ。似合ってる?」
椅子から立ち上がって藤代さんの前でクルリと回ってみせる。
自意識過剰なのかも知れないけれど、今の私は神様が作った存在だから見苦しくはないと思うからこういうことを言っても大丈夫だと思う。とりあえず、半袖ワンピースじゃないだけでも、だいぶマシに見えると思う。
「似合ってる似合ってる!けど、肩からずり落ちちゃいそうだね。」
「オーバーサイズって可愛いから逆に良いと思う。萌え袖なのも可愛いよね。」
萌え袖してると袖が伸びるって聞いたことがあるから良いことでは無いかも知れないけどデフォルトで萌え袖だから許して欲しい。半袖ワンピースなので、ずり落ちちゃうのは気をつける。
「寝る場所は客人用の敷布団があるから大丈…死神ちゃんって敷布団で寝れる?」
「椅子でも床でも寝れるタイプだからほって置いてくれて大丈夫だよ??」
寝る場所の心配までしてくれるのはありがたいけど、このままだと風呂関係からパジャマ、下着まで心配しそうだな。
『衣服の清潔状態については神力の循環で常に行われてるから心配しなくて大丈夫だよ。』
「あと心配される前に言っておくけど、衣服は常に不思議な力で清潔な状態で保ってるしパジャマじゃなくても寝れます。」
「神様って便利だ。」
私も便利だと思う。
「なら晩飯はなに食べたい?」
「自分が食べたい物を食べてください。いや本当に何で自然に死神に衣食住を提供しようとするのさ。」
寿命をお知らせしに来たんだから残り限られた時間は好きな物を好きなように食べて欲しい。自暴自棄になるのが普通だと思うのに、どうしてこの人は私を気遣うのか。
優しすぎて異常なレベルだ。
「一人飯より二人の方が美味いし、せっかくなら死神ちゃんの好きなものが知りたいなって思ったんだ。
ちなみに俺はスフレオムレツが好き。」
確かに、あのスフレオムレツは本当に美味しかったってちょっと待て待て……
「好物を半分も私貰っちゃったの!?」
「美味かった?」
「凄く美味しかった。あんなに美味しいスフレオムレツ初めて食べたし、あんなに優しい味は忘れられない。」
自分で作ったスフレオムレツとは全くの別物だったから本当のスフレオムレツの味ってのを初めて体感した。あと形容し難い不思議な味も美味しかった。
「それで死神ちゃんの好物は?」
好きな食べ物と人から急に尋ねられてこれが好きだと好きな食べ物を選べる人は少ないと思う。私は決められないタイプの人間だ。〇〇の中ならなにが一番好きだとかなら答えれるけど完全自由だと困る。
二月なんて冬なんだから冬に食べたい料理で好きな料理だと何だろ。
「寄せ鍋かグラタン?」
鍋もグラタンもたいていのものが美味しくなるから凄い。私カブ好きじゃ無いけど、グラタンの中に入ってるカブは美味しかったもん。
「出会って1日目で鍋はちょっとハードル高いからグラタンにしようか。死神ちゃんはグラタンに何を入れる?」
「あー、家庭でグラタンの具材って違うって言うよね。カボチャとか入ってると嬉しかったな。あとは鶏肉?」
人参やじゃがいも、玉ねぎは必需品。カブは美味しく食べれるというだけで好き好んで入れたいわけではない。
「うちはエビやブロッコリーが定番だったな。せっかくだし鶏肉とカボチャで作ってみるか。市販のホワイトソースを使っても大丈夫だよな?」
「全く問題ないけど、元々作る予定のものがあったりしたんじゃないの?」
「元々の予定はカップ麺だった。」
カップ麺は体に悪い悪いと言われてる気がするけど美味しいから食べちゃうし、本人が美味しいと感じてるんだから良いと思います。でも、毎食がカップ麺は確かに栄養が偏る?
『マスターのデータベースにリンやカラメル色素などの添加物が入ってて、リンを過剰に摂取すると腎臓機能の低下や体内のカルシウム欠乏症、さらに副甲状腺ホルモン分泌異常などの健康被害を引き起こす可能性を高めるし高血圧などの成人病のリスクも上がるって書かれてるよ?』
なんで私のデータベースにそんな情報が書かれてるの?
『マスターが興味を持って調べてるからだよ?』
昔にちょっと興味を持って調べたんだろうな。でも、そんな昔にちょっと調べたことなんて覚えてないよ。
『書が記録してるよ!』
確かに必要になった時に教えて貰えるのは助かる。
「たまに食べるカップ麺は美味しいよね。」
「あ…うん。たまに食べるカップ麺は美味しいよな。」
わざとらしく目を逸らす藤代さんは、わざとなのかあえてなにかわからないけど常日頃からカップ麺を愛用しているというのがわかりやすい。
アニメや漫画で見た感じで申し訳ないけど、警察は体が資本って言葉が似合う職場だったはずなので健康に気をつけてインスタントは控えめの方が良かったんじゃないかとは思う。だけど本当に忙しい職場だってのも事実だろうからインスタントに頼ってしまうのは仕方ないことだとも思う…下手な手料理より安定したインスタントの方がありがたいし美味しいし。
「ほんと、この世界の食生活って恵まれてるから異世界勤務が楽しみで怖いよ。」
私に食事をさせる対象者かどうかわからないけど、食事風景を見るのは良くあるだろうから目に優しい食事風景を見ていたい。踊り食いとかは嫌だし食人文化が無いことを心から願う。
「やっぱり異世界って存在するんだ!」
明らかにテンションを上げて目をキラキラさせて私を見る藤代さんに首を傾げる。
「私っていう人じゃない生命体がいるんだから何でもありだと思わない?」
「異世界は別物でしょ?」
確かに、人外の存在と異世界は別物だし死神は異世界は存在するって言うよりも、地獄も天国も存在するって言った方がらしいかもしれない。
『冥界という概念は神によっては存在するよ。天国や地獄も同様。』
存在しない世界線も存在してるって言外で教えてくれるのは規約の都合か何か?
『ううん。そういった規約は存在してないよ。単に書の発音の問題だよ。』
なるほど。情報制限などは特にないのか?
『書が知っている情報なら基本的にないよ。』
基本的と嘘をつかないように予防線を張ってくところ、私の相棒って感じするなぁ。
「異世界の定義って難しいよねー。あっ、藤代さんの死後については私はノータッチだからよろしく。」
「全くよろしくしたくない情報だ…死神ちゃんが面倒みてくれないの?」
「役割上、死神自称してるだけで私の権能、魂も死も関係無いから普通に無理だと思う。」
『眷属にするにも今は無理だから無理だね。』
眷属するのにも神力を使って、神力が足りないって理由なら眷属を作るよりも自分の強化に神力を使いたい。あと、元人間を眷属にするとか普通に怖い。無難に言葉が通じない動物さんを希望したい。
『まだまだ先の話になりそうだね。』
そうだね。
「権能って何の神様ってことだな。死神ちゃんが死の権能ないって聞いても大丈夫なやつか?」
「怒られないから大丈夫。」
本当にヤバいことを言いそうになったら言語能力が消失すると予想。
平気だということをアピールするためにヒラヒラと手を振る私に本当に大丈夫か?と目で訴えてくる藤代さんはちょっと失礼だと思う。
「ちなみに何の権能を持ってるかは教えて貰えたりするか?」
「明言はしたくないので不可。
ところで話はすっごい戻るけど、食材ってこの家にあるの?無いなら私、食事必要ないよ?」
味覚はあるけど空腹は感じないらしいし。
『経口摂取で神力回復出来るみたいだから食べれそうなら貰った方がいいと思う。』
対象者の負担になるなら自然回復を待ちます。
『さっきの神力消費で辛いだろうに頑張るね。』
徹夜は気合いでどうにか出来るから、このぐらいの疲労感なら耐えれる。
相棒とそんな話をしながら食事はいらないとアピールする私へ困った子どもを見るような視線を向ける藤代さんは何なのだろうか。
「食材なんて買えばいいだけだし、一人食事をしてるなんて気まずいぞ。」
「確かに食べない人が食事中にいると気まずいだろうけど、そういった時は姿を消してればいいと思うんだけど……」
私の存在を藤代さんからも見えない状態に出来るよね?
『可能だけどマスターの体感速度は変わらないよ。』
姿が見えないなら虚空を見つめてるだけで時間を潰せるから問題ない。
「いるとわかってるのに放置なんてしないし出来ないから。」
「人が良いのも困ったものなんだなって心から実感するよ。」
病的なまでのお人好しだな。結婚出来ないタイプ。
空になったコップを二つ逃げるように片付けて、そっと冷蔵庫の中を確認する藤代さんが無事にチーズと冷凍ササミを冷凍庫から発掘して目を輝かせるのを確認しながら相棒の表紙を撫でた。