日だまりの桜 2
日だまりを連想させるような淡く柔らかで暖かな橙色をしている魂を胸に宿している警察官。
人の魂とはこういう風に視認できるものなんだと人ならざるモノの視界をぼんやりと味わいながら口の中で優しく溶ける卵の自然な甘さとケチャップの遠身を味わう。人でなくなったせいで食事の味に甘いだとかしょっぱいだとか以外の味がする…なんというか楽しいだとか嬉しいだとか疲れたって表現したい味がする。隠されてるように、ふとした時に顔を覗かせる苦しいだとか辛いだとかでは表現し難い味がする。それを含めて美味しいけど。
「俺の好きな味を美味しそうに食べてもらえるのは嬉しいな。」
ニコニコと笑顔で取り分けたスフレオムレツを私が咀嚼しているのを見届けて、私の皿からスフレオムレツが無くなったのを見るなり追加のスフレオムレツを自分の皿から渡そうとする藤代さんの食糧をこれ以上奪われないように皿とスプーンを流しに持っていく。
「あっ、そこに置いといてくれたら後でまとめて洗うから置いといてね。」
「了解です。」
流しにお皿を置いて、テーブルでこちらの様子を伺いながらスフレオムレツを食べている藤代さんの元に戻ろうと足を踏み出そうとして、汚れてしまったカーペットが視界に入る。
綺麗に使われてる部屋に、この場所だけシミが出来てしまっている。私のせいでこうなったのだし、これは綺麗に出来ないだろうか。
『それは補填とは関係ないんだろうけれど、マスターがそうしたいと願ってるということだね。』
耳からでは無く聞こえてくる声に心の中で深く頷く。
『それならマスターの体力を消費するけれど神力で浄化すればいいよ。汚れを穢れと認識しながら、他の穢れの状態と同列なることを意識しつつ穢れを撫でてくれたら書が協力するよ!』
相棒が有能。
自分一人では神力のしの字もわからないため、一人では何も出来ないと改めて実感しながら汚れ…穢れの前で膝をつく。
「これ食べたら片付けるから心配しなくて大丈夫だよ!」
私が気にしてるのをわかってるのか慌ててフォローしてくれる藤代さんは魂のままに柔らかで暖かな人なんだろう。
「これぐらいなら半人前以下の私でもどうにかできるようなので。」
片手で穢れを撫でると赤い光が撫でた箇所を走り、他の絨毯と同じ状態になった。
『すごい!すごいよマスター!!初めてなのに、こんな上手に書を使えるなんて流石マスターだよ!!』
意味がわからないが喜んでいる相棒の反応から予想するに私の想像力は及第点を貰える段階らしい。実感は全くない。
徹夜明けのようにずっしりと体全体が重くて目が霞む疲労感を感じながら視線を藤代さんに戻すと目を日本人らしい茶色の瞳を大きく丸く見開いていて、体は無駄に疲れているのに妙な満足感を感じた。
『穢れの浄化は神のデフォルト権能なんだ。
マスターの場合は書が細かい箇所の調整をするし発動もサポートするけど、マスターがこうしたいっていう意志を明確に提示してくれればしてくれるほど書も上手に出来るんだ。だから、マスターすごいよ!!』
「本当に神様だったんだ。」
驚いてくれるのは嬉しい。
誰かからの好意すら感じる視線と声を受け取るのはいつぶりだろう。
「落ちる前の状態に出来るのが最善ですが、私にそのような力はないですが片付けぐらいは出来ますので。」
死神を前にニコニコ笑いながらスフレオムレツを食べている藤代さんに再び近づくと座って座ってとばかりに自身の前を椅子を藤代さんが差し示したので椅子を引き摺らないように慎重に動かして着席する。
「綺麗にしてくれてありがとう。」
「私のせいですので当然のことだと思ったので……その、予想は出来ていると思うのですが死の運命の宣告はいつ聞きますか?」
私の言葉にスプーンを動かす手の動きを止める藤代さんは若いし見るからに優しそうなのになんで死ななければいけないのだろうか。
「今で大丈夫だよ。」
再び手を動かしながら怒りも悲しみも押し殺して作り上げられた柔らかな声と共に口角を緩く上げる藤代さんの精神力に驚きながら書を適当に開く。
「音声入力は藤代 健一。」
『藤代 健一について現時点で閲覧可能な情報を提示します。』
通常よりやや機械的な書の音声と共に一人でに本が浮かび中央のあたりのページを開いて静止し私の手の中に戻ってきた。依頼内容を提示する時も中央のあたりだったため、文字が表れるということも踏まえて考えるとバラバラと捲れているのは演出にしか思えなくなってくる。
「対象者、藤代 健一。
死因は未確定。死亡日は確定していますが、死を回避される可能性が高いため名言を避けます。
これは決定事項であり、回避はしてはなりません。」
まるで履歴書のように書かれている藤代さんの情報をざっと流し読みし、死の運命の宣告に関係ある部分だけを読み込んで読み上げる。
……幼い時から警察官に憧れていたっていう情報は読みたくなかったな。
「死亡日の名言を避けるってことは月については教えてもらえるのかな?」
「初夏前と宣言します。」
柔らかく上げられた口角がピクリと引き攣った。
これで、死の運命を宣告は出来た。後は死の運命への補填についてだ。
「現在の日時は二月十九日。私は運命の宣告をすると同時にあなたの死への準備への手伝いをしに来ました。」
私の残念な脳みそで補填で想像出来るのはのはランプの魔神。
「半人前の力しか持ってませんが、あなたの願いを三つ叶えましょう。
なお、願いと宣告されていない行動を私が勝手にした場合は願いとしてカウントされません。」
再び目を丸くする藤代さんに笑顔を向けて書を閉じる。
「あなたの願いはなんですか?」
「願い。願いかぁ…そうだね。急に言われても思いつかないな……とりあえず、敬語をやめてほしいな。」
それは願いの一つとしてカウントしていいのか?
「後は俺が死ぬまで一緒にいて欲しい?看取って欲しい??」
藤代さんの性格なら看取ってくれる人はたくさんいるだろうに、どうしてそんなことを願うのだろうか。
「敬語をやめる。最期まで共にいて、看取るのを一つ目の願いで大丈夫?」
「一つカウントで大丈夫なんだ。それで大丈夫。あと、もっとこうフランクで大丈夫!」
こんなことで三つの願いのうちの一つを使う人存在するんだ。私が死神だと信じていない?いや、本が勝手に浮かんだり赤く光ったりと非現実的な光景は見ているしそんなわけないはずだ。
「さっきのオムレツは素材の味を愛するオムレツだったから死神ちゃ…さんだったらチーズが入ってたりバターが多めだったりするかな?」
話を逸らすようにオムレツについて語る藤代さんに首を傾げる。
「優しい味がしてて凄く好きな味だった。私、料理は飯マズってレベルじゃないけど得意ってわけじゃないから美味しい手料理って嬉しい。
話を逸らす、あるいは忘れたいかもしれないけど死ぬ時まで一緒にってどういう風にいて欲しいの?」
『マスターは対象者にしか見えないし食事も必要としてない存在だからついて歩くのは可能ではあるよ。壁やセキュリティはマスターが透過しようとすれば透過出来るから安心してね。』
多分、私がそうしようと考えていれば多くのことが出来るんだろうな。疲れはするんだろうけれど。
「死因が分からないからさ、事故死でも他殺でも看取って欲しいなって…警察官なんだから覚悟はしてるけど、一人路地裏でとかは嫌だなって思ったんだ。」
スフレオムレツを食べ終わり、スプーンを皿の上に置いて笑顔で答えてくれる藤代さんは真摯に私の言葉を聞いてくれている。
こんなにも優しくて人が出来ている人が死ななければならないなんて、まさしく神の理不尽だ。
「藤代さんの死因については私も知らないけれど約束するよ。君の死因が何であっても、君がどんな姿になっても、私は君の側で君と共に最期まで一緒にいる。なんなら、苦痛があるようならノーカウントで痛覚の軽減もしてあげるよ。
願いってかなり曖昧だから、理由も目的もカウント無しでいいと思えるものならノーカウントで私の独断で叶えるかもだけどよーく考えてあと願い事二つ考えてね。」
叶えなきゃいけない願い事は、あと二つだけど無理せずに叶えられる範囲のみであって欲しい。
「まあ、願ったところで私如きでは叶えられないものもあるけどね。具体的には、実在人物を嫁にしたいとか?」
「そんなこと死ぬのに願わないよ!?!!」
「わかんないじゃん。綺麗な嫁が欲しいとか気に入らないあいつを殺してくれとか願い事としてはあるあるだと思ってたけど?不可って返答するけど。」
他の人間の運命を狂わせるのは駄目だと思う。
『そうだね。書も駄目だと思う。』
「あくまで藤代さん個人で完結出来るような願いがいいな。別に異世界転生でもいいんだよ?チートはないけどさ。」
「急にノリが雑だね??いや、頼んだの俺だしいいんだけど最期の願いなんだからもっとこう深刻な感じないの?」
困惑しきった様子の藤代さんの言ってることはもっともではあると思う。
だが、虚勢をはらせて欲しい。軽いノリをしていないと罪悪感に襲われて死にたくなってくる。
『マスターは既に死んでるし、もう死ねないよ。』
「フランクにって頼まれたし、事務的かこんなノリじゃないと死の運命なんて重苦しくて大変でしょ。お通夜みたいな雰囲気で考えてもお互い辛いでしょ?」
お通夜状態から鬱になって暴力的になっても困る。私、痛いのも苦しいのも辛いのも嫌です。
『痛覚設定はデータベースと一緒だけど一定以上の痛覚はシャットアウトされるようしてあるよ。』
生前のことをデータベースと言ってるから、良くも悪くも人間だった時の感覚を忘れてはいけないということだろう。
ところで、具体的にはどれぐらいの痛み?
『肉体欠損などの人間がショック死するレベルの苦痛を想定してるよ。』
つまり殴られたら普通に痛いってことだな。
相棒と話し合いしている間、何かを考え込んでいた様子の藤代さんが苦笑を浮かべながら皿を持って立ち上がった。
「考えても思いつかないや。初夏ってことはまだ時間はあるよね?」
「取り返しのつかない権利だから考えるのは良いことだと思うよ。問題は返答待ちの間、私は何をしてようか困るんだよね。
藤代さんが呼んだら出てくる方式にする?」
最期は一緒にいると約束したけれど死亡日までずっといる必要は無いだろう。
「俺が呼ばない間、死神さんは何してるの?」
『転移には力を使うからまだ神域への帰還が不可で、初期召喚位置か対象者から1km以上離れることは出来ないよ。
対象者からも見えないように調節するのは今の書には難しいや。だけど、呼ばれたらすぐに対象者のところへ転移させることは出来るよ!』
1kmは広いようで狭いな。徒歩…15分か20分程度?
となると藤代さんに見つからない位置でぼんやりしてればいいだろう。気配を押し殺すのもかくれんぼするのも得意分野です。
「神域へ帰るのは不可みたいだから適当にふらふらしてる予定。藤代さん以外には見えないしね。」
「……それはずっと外にいるってこと?」
「そうだけど人に近しい姿をしてても別に人間じゃないから心配いらないよ?」
屋上とかに不法侵入して黄昏てる予定です。
雲の流れとかぼんやり見てて時間を潰せるタイプのにんげ…神さまモドキです。
「そんなの許せるわけ無いだろ!?俺が警察官だって知ってるだろ!!」
ガシャンと音を立ててテーブルに皿を戻し、口調を荒げて怒る藤代さんに思わず目を丸くする。
「たとえ君が人じゃなくても、俺は大人として警察官として君を保護する義務がある。だから、外にいるのは駄目だ。」
さっきまでの柔らかな印象の口調ではない口調と鋭い視線で私を見る藤代さんに、手が震えそうになってギュッと相棒を抱きしめる。
駄目だ。これ以上、神さまらしくない様子を見せるのは良くないことだ。
震えそうになるのを誤魔化しながら、無理矢理口角を上げて藤代さんを見つめ返す。
「なら私にどうしろっていうの?」
「ここにいればいい。君一人養うぐらい平気だよ。」
深く息を吐きながらの藤代さんの言葉に気づかれないように腕に爪を立てながらゆっくりと首を傾げる。
「忙しいだろうに私を抱え込むなんて我儘だなぁ。まあ君の願いに応じるのが私だけどさ…あぁ、藤代さんも口調は素面でいいし死神ちゃんって呼んでくれても大丈夫だよ?
ほ〜んと、私の姿が日本産の少女だからって優しい人だね。」
ほんと、なんでこんないい人が死なないといけないんだろうな。