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赤い皮表紙の本

 死んだら苦痛を味わうだけのモノに成り果てるか、石を積み重ねる存在になるんだと思っていた。

 自殺という与えられた命の放棄は大罪であると自覚をしておきながら自殺をしたんだからあの世が存在しているんだったら罰があるのは当然のことで仕方がないとわかっていた。それでも、苦痛のなかで自殺したことを後悔する可能性は考えたけれど、このまま人に迷惑をかけながら生きてく苦痛よりずっと楽だろうなって本気で考えてた。


「……?」


 死にきれなかったら瞼をずっと閉ざしていようと思ってた。そうして今度こそ完全に死ねるタイミングを狙おうと思ってた。なのに、明らかにベッドで寝ているわけではない場所でうつ伏せで転がされているとわかる感触に疑問を持ちながら状況把握のためにうっすらと瞼を開けた。

 視界に映ったのは真っ赤なもじゃも……絨毯と思わしき床。

 寝起きにしてはやけに意識がはっきりしているし、圧死直前といった雰囲気や私以外の生き物の気配らしきものは何も感じない。むしろ適温で肌触りがめちゃくちゃいい絨毯の上に転がっているという現状は地獄の待機所という感じが薄い気がする。

 これは、起き上がったら裁判が始まるのか。それとも、まだ裁いていないためそれなりの環境の場所で転がしているのか。訳がわからないけれど、少なくとも病院でも自宅でも無い場所なのは間違いないだろう。そうなると、起き上がっても問題ないのだろうが起き上がる気にどうにもならない。

 すぐに起き上がる方が裁判受けがいいんじゃ〜なんて、どう振舞うのが最善か考えてしまう自分も脳裏には存在しているけれどここが現世じゃ無いのならばそういった小細工は無駄だろうし、ここまで来ながら自分擁護な思考をしてしまっている自分が嫌いだ。


「このまま数年は眠り続ける可能性のが高かったから起きてくれたのは嬉しいんだけど、思考内容が残念ってやつだね。」


 生き物というか動く存在の気配は無いのに突如として聞こえてきた声に反応するつもりなんてなかったのに反射的に体がびくついてしまった。


「ここは病院でも裁判所でも無いから安心して起き上がって大丈夫だよ。」


 起きているのもバレているので言われるがままに上体を起こし、瞼を開いた私の視界に映ったのは宙で独りでに浮かぶ赤色の表紙の本。


「おっかしいなー?確かに魂の接続は完璧に出来ているはずなのによくわからない?」


 赤い本が白い空間を背後に浮かんでいる。


「見えるものを見えるままに認識して思考を鈍らせてる?

 接続ミスは何回確認してもしてないし、意識もしっかりと定着出来てる…データベースのマスターはめっちゃ感情豊かでアホっぽいのに完全思考停止を目指しちゃう感じ??こんな騒がしくても鈍らせたままにしようとしてるのはデータベースのマスター的に詐欺じゃない?

 ちょっとマスター。本気で解析してみせるから数年寝てるコースに切り替えてもいいよ。接続だけして流し読み込みだけだったから上手く出来てないだけだろうから。」


 見えるものを見えるままに認識して思考を鈍らせてる?

 接続ミスは何回確認してもしてないし、意識もしっかりと定着出来てる…データベースのマスターはめっちゃ感情豊かでアホっぽいのに完全思考停止を目指しちゃう感じ??こんな騒がしくても鈍らせたままにしようとしてるのはデータベースのマスター的に詐欺じゃない?

 ちょっとマスター。本気で解析してみせるから数年寝てるコースに切り替えてもいいよ。接続だけして流し読み込みだけだったから上手く出来てないだけだろうから。


「音声内容を復唱して無意識の思考もシャットアウトして読み取れないように工夫するのか。復唱は完璧だけど内容は何も記録も理解もしてないんだろうな。そういうとこだぞマスターって奴だ。

 んー?今更寝れないだろうとも思うし音は確かに届いてるから現状説明しちゃうね。大丈夫、精神干渉をちょっとするし何度でも説明するから安心してね。」


 音声内容を復唱して無意識の思考もシャットアウトして読み取れないように工夫するのか。復唱は完璧だけど内容は何も記録も理解もしてないんだろうな。そういうとこだぞマスターって奴って……ん?


「マスターは死亡しました。死因は窒息での自死。その結果、冥界の裁判にて“永遠に死なず劣化しない魂を持って思考し続ける存在にする”という判決をオーバーワーク状態だった冥界の手伝いをしていた創造主が権力を使用しながら決定。

 所有していた『運命の書』とマスターの魂を接続して、データベースを参考にしながら身体を創って、部下……神として創り直したんだ。だから今のマスターは新米運命神で『運命の書』である書と一心同体。いや二心同体の存在なんだ。」


 ふわふわと閉じられた状態で浮かんでいる赤い皮表紙の本と一畳ちょっとぐらいの広さの真紅の絨毯。それ以外はただ白いだけの底に広がっているのが空間なのか壁なのかもわからない状態であり、長時間ここにいたら気が狂いそうな場所。

 そんなよくわからない場所で私の装備はアニメの天使などが来ていそうなシンプルな真っ白なワンピースと感触的に下着だけであり、靴下や靴といったものの感触は無い。


「せっかく思考を回し始めたのは喜ばしいけれど、まず認識しなおすのは周囲の状況把握なんだ。」


 先ほどから聞こえてくる声は浮かんでいる本から聞こえてくるというより脳……いや、体内から響くように聞こえてくる気がする。そして、なんとなくだけれど胡散臭い声だと感じる理由は妙に明るく感情豊かに聞こえるからだろうか。男とも女とも思える性別や年齢が掴みにくい声だが、中身が幼いだけでそれなりの年齢の両生類といった知性を感じる声をしている。


「そんなに書って幼いかな。でも、こうして思考を音にするのも音を交わし合うのも初めてだから幼いと思考されても仕方ないかな。そういうことが理解出来るなんて、さすが創造主が選び取ったマスターだね。

 ちなみに、マスターと書は二心同体の存在として運命を導くお仕事をしていくんだけど、まだまだマスターも書もそこらの天使と同列か以下の力しか持ってない存在だから創造主や他の神が創った世界でお仕事をしながら成長していく計画だよ。」


 私の目線の位置でふわふわと浮かぶ赤い皮表紙の本は、予想をするにかなり高位の神さまの持ち物であった『運命の書』という存在らしい。そして、私の現状はいわゆる神様転生というものらしい。

 親不幸にも親よりも先に自ら命を捨てた罰が石積みでも拷問でもなく神さまの部下になるということなのは真実は小説よりも奇なりすぎる。もっと他に神様転生を望んでいる人はいたと思う。


「マスターは新人と書いて見習いと読む見ないな存在だから運命神になったけど『運命の宣告』しか出来ないし、運命神は基本的に予言や導き、運命の確定が主な役目だから司る属性としては不人気枠だよ。

 運命を変えようと足掻く魂も存在してるし妨害は入るしで苦労するし、基本的に生命体のことが好きだってのに加えて観測時間が増えるにつれて情も湧くしで不遇にして不人気という奴だね。『運命の改変』なんて決められた運命を変える行動だから運命を司ってるモノとしては大問題なんだよね……それに、マスターはサブで規律と法の属性も与えられてるから尚更大問題なんだよ。」


 つまり不人気属性を押し付けての下っぱ製造。

 かなりがつくであろう上の立場の神さまがわざわざ裁判中の罪人の魂を無理矢理に運命神にするあたり神さまというのは過労職なのだろうか。まあ、これから私は運命神モドキとして働くことになることは確定事項なのだろう。

 とりあえず、ずっとこのまま座り込んでいるのもどうかと思ったので立ち上がろうと両手を床について立ちあがろうと腰を浮かせる。


「あっ。」

「あぅっ!?!」


 中腰の高さより少し高いぐらいの高さで頭が見えない壁のようなものにぶつかった。

 痛みで反射的に出た声は記憶にある自分の声よりもずっと可愛らしいというか聞き取りやすくて通りやすいような声になっていて……いや、私の声だと記憶している声の面影こそあるけれど面影だけで別人の声という方がしっくりくる声になっている。それに、動いたことで視界に映った髪も全く痛んでいない綺麗な肩ぐらいまでの長さの艶やかなダークブラウンで、なんと表現すればいいのかわからないけれど作り直された私の身体は神の手で作り直された以上、かつての私の面影こそあるかもしれないけれど全くの別物なんだろう。


「痛みの理由より先にそっちなんだってそうじゃなくて…ごめんねマスター!!

 この空間はマスターの神域なんだけど、マスターの力量の関係でまだ成長途中なんだ。この真紅の絨毯が幅で高さは体育座りをしたマスターが手を上に伸ばしてつくかどうかぐらいの高さなんだ。音にするに遅くてごめんなさい。」


 申し訳なさそうに小刻みに震えながら私の顔色を伺うように浮かぶ赤い皮表紙をぶつけた箇所を押さえながら座り込んで見つめる。見た目はただの本で浮かんで震えているだけにも関わらず動きが感情豊かに見えるのだから不思議だ。


「大丈夫です。心配してくださりありがとうございます。」

「敬語はいらないし書のことはマスター道具として存分に使って欲しいな。書は書だからね!」


 魂を接続ということはよくわからないが、私の思考の全てをこの本……書は読み取ることが出来るのは確定だろう。

 正直、死に際に見ている夢か地獄の拷問で気が狂って見ている夢なのではと考えてしまう自分がいるが現状を現状のまま受け入れた方が楽だろう。

 座り込んだまま片手を赤い皮表紙の本へ差し出す。


「私はしおり。詩集の詩と羽織の織で詩織。苗字はこの身体のものじゃないからもう名乗るつもりはない。『運命の書』…私はあなたをなんと呼べばいい?」

「そうだね。相棒って呼ばれたい!!半身とか片割れもロマンって奴だよね!」


 ふんわりと私の手の上に乗ってくれた赤い皮表紙の本を両手で持つ。

 それなりの厚さのある本なのに見た目に反してそれほど重くない。これは『運命の書』という特別な存在だからなのか。それとも私の手の動きに合わせて浮いてくれているかのどちらかなのだろう。体力・筋力共に自信が全くないかrありがたいものの後者だとしたら献身的すぎて一周回ってちょっと怖い。


「悪意なんて全くないから末長くよろしくね!?!!怖がらなくていいから!!」

「理由が無い好意も善意も恐ろしいと思っちゃうけど、相棒の献身が本物だってわかってるよ。」


 私は使い捨ての魂で思考は全て見られているのを忘れてはいけない。それに、真っ白なだけの空間だったで目が覚めても、書のような話し相手がいなかったら確実に私の気は狂ってた。地獄行きを覚悟していたのだから優しい存在を信じた結果がどんなものでも問題はない。


「思考が斜め上だけど嬉しいし大好きだよマスター!」


 嬉しそうな声と共にふるふると震えている相棒は本だけど可愛い気がする。

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