高碧の空 外伝 虎
榊 明人 24歳
彼の父は、旧日本軍の者として、ベトナム独立運動に参加し
その後も国家創設に深くかかわっていた。
そんな父を持つ榊も、これまでにベトナム戦争を経験し、
成人する頃には、武器の扱いや戦術に長けた立派な軍人に
成長していた。
しかし反戦民意の中、急遽アメリカは撤退し、そのために多数の最新兵器や武器が
鹵獲され、未だ練度の高いベトナム兵に、中国軍は大いに苦戦することになる。
そんな榊が、これまでにない撤退戦の中で見たもの、
ある通信兵と強兵の物語である。
1979年2月カオバン近郊
榊の部隊は闇夜の山林を進んでいた。
ベトナムの南北併合に危機感をつのらすクメールルージュは
中国共産党の支援を受け、ベトナム政府との緊張状態を続けていたが、
当年にあたって、シナからも対越自衛反撃戦をうたって侵攻が開始された。
西部、北部、東北部から侵攻した中国軍はハノイを目指し進軍。
装備は62式軽戦車、T54中戦車を主力に進めていたが、
ベトナム戦争時の精鋭と最新装備により、苦戦を強いられることになる。
国境付近には、多数の地雷原が敷設され、人民解放軍による人海戦術は封じられ、
山間を迂回して背後に回りこむ作戦の為、ゲリラ作戦に遭う事のないよう、
近隣の山林を、多数の多段ロケットや火炎放射で焼き尽くしていた。
榊の部隊はそんな中国軍に対し、夜襲をかけ組織の弱体化と作戦の遅延が
目的であった。
先頭で前進していた榊が、さっと手を上げる。一斉に静止する部隊。
150mほど前方に、動く光源が見える。
光が反射することがないよう、黒く塗装された双眼鏡で視認すると、
15名ほどの1個分隊だ。
数個のテントに別れ、先程の光源は、歩哨が回したものらしい。
うかつにも、地上より上空にライトを上げれば、敵にその存在を
伝えることになる。
文革後のシナ軍の練度不足は聴いていたが、実際目の当たりにすると、
気の毒を通り越して、腹立たしくもあった。
副長以下、3班に分け、シナ小隊を包囲し、
各所にクレイモアを設置する。
その後、静かに後退し、高所に擲弾兵を配置、
対角線となるよう左右に狙撃隊を用意する。
最初の一発に、部隊は照明弾下に照らされる。
テントを透かす強い光に、異変を感じた中国兵が飛び出してくる。
そして次のモーターグレネードの轟音と炸裂光に完全にくじかれた
中国兵は四散することになる。
しかし、その先には先程仕掛けたクレイモア対人地雷が待ち受け、
多数の爆発と共に、中国兵を効率よく倒していく。
行き場をふさがれた中国兵は中央のわずかな物陰に退避するしかないが、
そこを左右の狙撃隊が一人ずつ、かたづけていく。
残り一人、半狂乱になったシナ兵が頭を抱え四つん這いに震えている。
副長がそれに狙いを定めて、シュートとしようとしたその時、
“打ち方止め!”
と榊の短い命令が出た。
“あいつは活かして返せ。山にはベトナム兵が大量にいて、総攻撃を
受けたと報告させるんだ。”
その指令に、ふぅっと殺気を抜くように銃口を上げる副長に、榊は
頷いて応える。
こうして、多数の人民解放軍の部隊は闇夜の襲撃に遭い、いつしか
ベトナムの山には、最強部隊、”虎”がいると噂されるようになっていった。