灯火の硝子をまき散らして
「消えたい、消えたい。」
少年はぽつりと呟く。瞳は綺麗に潤んでいる、朝の日差しが眩しかった。
「そんな事、言っちゃいけないよ。」
そう言って少年の頭を撫でると、嫌そうな表情で俺の事を睨んでくる。
「なんで、ですか。なんで治してくれないんですか!!」
「ごめん……。」
謝ると少年はそっぽを向いた。もう出られない外の世界に思いを馳せてるのだろうか、ずっと窓を眺めていた。
この世界では奇病が蔓延している、皆はそれを蜻蛉病と名付けていた。徐々に蝕まれていく身体、体力も衰えていき最後には死ぬ。病にかかると隠せはしない、なぜなら羽虫のような羽根が生えてくるからだ。少年もまた、透き通った羽根が生えていた。
「もう死ぬのかな、僕…。」
「…急にどうしたの?」
「身体がふわふわするんだ、飛んでるみたい。」
少年の寿命はもってあと何日間なんだろう。少年の方がその答えを聞きたいだろうが、俺も聞きたかった。点滴のポツポツという音が、心臓の音と重なる。いつ亡くなるのだろう、その時がきたら俺は。でも俺は。
「…君は死なないよ、絶対死なせない。」
そう言った俺の声は少し擦れていた。少年が死ぬという事を確定してるみたいに。
「ありがとう先生、そんなあなたが大好きですよ。」
そんな心境を知ってか知らずか、少年は笑っていた。さっきまで俺の事を睨んでいたくせに。そんな表情をすると俺は好きになってしまうよ。俺は、そっと額にキスを落とした。
それから俺は少年といろんな話をした。外の世界の事、俺の話、時々少年の話も聞いたっけ。それは楽しいひと時だった。
「やっぱり先生と逢えて良かった、僕幸せです!」
そんな言葉を残して少年は遠い遠い場所に旅立った。透き通った羽根をベッドの上に残して、煙のように居なくなってしまった。それは、朝の日差しが綺麗に降り注ぐ日だった。
(俺は何をしてあげられただろう)
(好きという言葉も言えずに)