学校送迎人兼、護衛
「そこまでだ。強姦未遂の現行犯で死刑」
カチャリと音を立てて、セシルのこめかみにピストルの銃口が当てられた。
私を助けに来たのは、ユーイン・リドル・マクドネル。私の学校送迎人兼、護衛だ。
ぴたりと動きを止めたセシルは目だけを動かしてユーインを見上げ、両手を顔の横に上げた。
ユーインの手慣れた縄さばきで後ろ手に縛り上げられたセシルは、その後騎士団へ引き渡されて、しばらく拘留された。
その後、男爵家は領地からの追放刑となった。
その一連の流れを、私は全て事後報告で知った。
セシルが私を淫売呼ばわりして襲おうとしたことは勿論許せないが、誤解があってのことだ。その誤解を解く余地もなく、全てが流れるようにして決まっていった。
「それにしてもお姉様が無事で、本当に良かったあ。ジェマは、お姉様に悪いからお付き合いできないって言っただけなのに、それでお姉様を逆恨みするなんて。ジェマ、あの人ちょっと思い込み激しいタイプって思ってたの。勝手に恋人気取りだったしぃ」
ジェマが唇を尖らせて、ぷんぷんと口で言った。そして怒っていたかと思うところりと表情を変えて、瞳を輝かせた。
「ジェマは、ユーインのように、ピンチのときに颯爽と現れて助けてくれるナイト様が理想なの♡ お姉様はいいなあ、ユーインが護衛だなんて。ジェマの護衛と交換して欲しいなぁ。お父様にお願いしてみるわ。ねえお姉様、いいでしょう?」
「ええ、勿論。ジェマがそうしたいなら」
私の護衛まで欲しがるジェマに、呆れを通り越して苦笑した。
ユーインは最近入ってきたばかりの新米護衛で、その割りには態度が横柄で無愛想だという理由で、皆に好かれていない。
だから私の護衛に付けられたのだと本人が言っていた。
例の一件で、『ピンチのときに颯爽と現れて助けてくれる騎士』となったユーインだが、普段の悪態につきすぐに失望されそうだ。また出戻って来そうだなと思った。
ジェマは飽きるのが早い。
早い話、セシルにも飽きてしまったのだろう。
「先輩♡先輩♡」と目をハートマークにして、毎日のように家に呼んではこれ見よがしにイチャイチャしていたのに、最近見かけなくなったなと思ったら、あれだ。
もう飽きたとは言いづらくて、私に責任転嫁したに違いない。ジェマの悪い癖だ。
「ユーインは頼りになるけど、口が悪くてとても無愛想よ」
「あらお姉様、ジェマはそれがいいんです♡ ジェマはチヤホヤされるばかりの箱入り娘だから、邪険にされることに憧れるっていうか、新鮮ですもの」
先行きが不安でしかない。
実際本当に邪険にされて、憤慨したジェマがユーインに言いがかりをつけて、排除する方向に動いたりしないだろうか。十分あり得る。
ジェマに忠告しても無駄だから、ユーインに一言いっておいたほうが良いかもしれない。
ジェマの護衛に抜擢されたら、少しはお愛想めいた事も言えた方が無難ですよ、と。
私がそこまで気を回す必要はないかもしれないが、ユーインには助けてもらった恩がある。
幸い、ユーインと二人きりで話す機会はある。学校送迎時だ。
「ーーというわけで、今後は私の護衛を外れてジェマの護衛に付くことになると思うの」
「で?」とユーインは面倒臭そうに返事をした。
さっぱりと短い黒髪に藍色の瞳、がっちりとした肩幅に絞られたウエスト、綺麗な逆三角形の上半身だ。
切れ長の鋭い瞳が射るように私を見る。
「貴方のクールなところがお気に召したようだけど、あまりに素っ気なさすぎても問題というか……」
「知るか。俺の仕事は小娘のご機嫌取りじゃないんでね。あんたは人の事より、自分の事を心配しろよな」
ほら来た、こうだ。さすがに領主様の実の娘、ジェマにはもっとちゃんとした言葉を使うと思うけれど、心配だ。
持っていた私の荷物を押し付けるように手渡して、ユーインは言った。
「ほら、ショボイ顔をしてんなよ。元気出して行って来い。俺のことは心配いらないから、しっかり勉強して来い。また帰りにな」
にっとユーインが笑った。初めて見る笑顔だった。