放課後の生徒会室
覚悟しておいてとアルに言われ、私の気持ちの持ちようは少し変わった。
ジェマは次に死んだとき、もう生き返らない。そう思うと、ジェマに対する嫉妬や不穏な感情は影をひそめた。
アルの秘密を誰にも漏らすことなく、私の胸の内に留めていることは、罪だろうかと自問した。
アルはジェマを殺そうとしている訳ではない。助ける約束をしているのに、その約束を反故して見捨てる気でいる。
それも十分に罪だろうか?
無論、良くない事だとは思う。
かと言って、ジェマを蘇生するたびに多くの命が失われることは?
それも無論、良くない事だ。
一人の命と大勢の命。
貴族令嬢と平民たちの命。
どちらが大事か、いったい誰が決めるのだろう。
私がもし子を持つ母親なら、理屈ではなく、何がなんでも我が子を優先するだろうか。
私は再び勉学に身を入れるようになった。
セシルと破局し、何を目標に頑張れば良いのか分からなくなっていたが、あの農民たちの暴動を見てから、現状では駄目だと思うようになった。
せっかくジェマの父親が援助してくれて、学校を続けられることになったのだ。惰性で通っていては無駄になる。
もっと勉強をして知恵を身に付けて、父の事業を手伝うときに助けとならなくてはいけない。
父の事業がまた利益を生むようになれば、領主様へ支援金を返せるし、経済を回して市場に還元することも出来る。
船頭が馬鹿では船が沈むと言ったアルの言葉を思い出す。
父の事業が傾いたのは、ひとえに父の経営手腕が悪かったせいだ。そのツケは私たち親子が払うべきであって、領主様からの支援金ーー農民の血税で賄うべきではない。返さなくてはいけない。
そのための一歩として、今の私が出来ることをコツコツ積み重ねるしかない。
とにかく勉強だ。もっと賢く、強くなりたい。
「エミリー、話がある」
放課後の自習室で翌日の予習を済ませ、帰宅しようとしたとき、待ち伏せしていたらしいセシルに呼び止められた。
人に聞かれたくない話らしく、無人の生徒会室へ連れて行かれた。
「何かしら。帰って、ジェマの家庭教師をしなくちゃいけないの」
「ジェマに勉強は意味ないよ。そんなことより、君が俺に未練があるから、ジェマにもう会わないでほしいと言ったって本当?」
寝耳に水だ。
「言ってないわ」
「ああ違った。口に出しては言わないが、君がそういう風に思っているのが分かるから、会わない事にする、だった。未練って何だよ、君から俺を振ったくせに。ジェマに俺を紹介したのも君だよな。なのに、俺たちが付き合うのは許せないって何?」
怒りを滲ませて私をなじるセシルにぎょっとした。
「待って、何を言ってるのか分からないわ。ジェマとの交際はどうぞご自由に。私のことは何も気にしないで。あなたにもう全然未練はないし。ジェマにもちゃんとそう言っておくわ。何か勘違いしているようだから」
冷静にそう告げるとセシルは声を荒げた。
「馬鹿にしてんのかっ」
ぐっと手首を掴み上げられた。
「この淫売。淫売のくせに、お高く止まって俺を下に見やがって。ボールドウィン家の養女になれたのも、領主様をたらしこんだからだそうだな? 俺と付き合ってるときは清楚ぶって、何一つさせなかったくせに。ふざけんな」
どさりと押し倒された。生徒会室は赤絨毯を敷き詰めているが、それでも床は固くて痛い。痛みに顔をしかめ、恐怖に目をみはった。
私の手首を押さえつけ、下腹部に馬乗りになったセシルは目を血走らせ、はあはあと息を荒げている。固いものがお腹に当たる。
「静かにしろよ」
低く脅しつける声で言うと、セシルは私の胸をがしっと鷲掴みにした。