早朝の暴動にて
領主様は年に一度、騎士団を伴って王都へ出向かれる。国へ税を納めるためだ。
領主様が留守の間、当主代理となるのはご嫡男のマテオ様だ。
朝早く、騒々しさで目を覚ました。屋敷の外からわぁわぁと騒音が聞こえ、寝室の外の廊下からはドタドタと人が行き来する足音が響いてくる。
何事かと慌ててベッドから飛び起き、寝間着のまま恐る恐る寝室のドアを開いた。
ちょうど廊下を通っていたメイドと目が合い、あっ!という顔をされた。
「エミリー様、お部屋にいらっしゃったんですか!?」
「え、ええ。いったい何事?」
「暴動です、農民たちの。お屋敷を取り囲んでわあわあ言ってます」
「農民の暴動……!?」
ばっと窓に駆け寄って外を見ると、屋敷をぐるりと取り囲む壁をぐるりと取り囲んでいる人々が見えた。
手にしているのはショベルや鍬、干し草用フォークなどの農具だが、圧倒的な人数だ。
「どうしてこんなことに……」
「不作と増税が原因のようですが……、領主様はお留守ですし、マテオ様は……」
メイドがオロオロしていると、やって来たのはアルだった。
「やあやあ、お嬢さん方。無事で何より。どうか落ち着いて。屋敷の中までは入って来れない。優秀な近衛兵たちに任せて、安心して引き籠っていましょう」
非常事態だというのに、いつもと変わらぬゆったりとした態度だ。
そこへ慌てた様子でやって来たのは、アイゼア様だ。
「アル、探したぞ。お前の魔術で追い払ってくれ。お前は最強の魔術師だ、朝飯前の御安い御用だろう?」
「何を仰いますやら、アイゼア殿。私は蘇生魔術専門の魔術師ですよ」
「はあ? 何を腑抜けたことを言ってるんだ。蘇生魔術が使えるほどの者が、農民を驚かせて追い払うくらい造作ないだろうが」
「勿論そうですが、契約外です。私の魔力は温存して置かないとなりませんから。ジェマ殿の『もしものとき』用に」
「いま少し魔術を使うくらいで、魔力は失われんだろうが。契約外だろうが融通をきかせろ」
「そう領主殿がご命令されるのであれば。私の雇用主は領主殿であって、アイゼア殿ではございません。領主殿ご不在のときは、マテオ殿が領主代理でしたね。アイゼア殿ではございませんね」
「何だと、誰に向かってそんな口を」
アイゼア様!と駆け寄って来たのは、側近を従えた近衛兵長だ。
「仲間割れしている場合ではございません。早くいらしてください。農民のリーダーと交渉に入ります」
その呼び掛けに応じて、アイゼア様は足早に立ち去った。ふと疑問に思った。
「マテオ様はどちらに?」
メイドは一瞬、言い淀んだ。
「マテオ様は……ジェマ様と避難なさいました」
「え? 避難って、どこに」
「別邸にです。ジェマ様に何かあっては良くないからと、馬車を走らせて」
思わず唖然とした。
当主代理として家を守るべきご嫡男が、妹可愛さで自分たちだけ逃げたとは。
さすがにアイゼア様に同情する。
そして私自身にもだ。当主代理が慌てて逃げ出すほどの緊急時に、起こしてさえもらえなかった。
誰とも血の繋がらない養女とはいえ、一応この家の娘なのに。いざという一大事には、忘れ去られてしまうほどの軽い存在。
「本当に行かなくていいんですか?」
呑気に佇んでいるアルを見上げた。
「僕はここに残るよ。こんなに不安げなお嬢さん方のそばを離れて、どこかへ行こうなんて気にはならないよ」
そう言って穏やかに微笑む得体の知れない怪しい魔術師に、危うく絆されそうになった。