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元恋人と妹

私をボールドウィン家の養女にと、強く所望したのはジェマだった。


ボールドウィン家の末っ子で、一人娘であるジェマ・メイ・ボールドウィン。

プラチナブロンドに淡い灰色の瞳。抜けるように肌の色が白く、顔が小さくて細くて華奢だ。

淡い色彩と線の細さで儚く見えるが、決して貧相ではない。華やかな巻き毛は豊かで、長い睫毛に縁取られた瞳は大きく、見る者をはっとさせる魅力がある。

そして声だ。透き通るような綺麗な声は少し不安定な響きを孕んでいて、聞く者をどきりとさせる。


そんな印象的な少女を忘れる術はなく、私はすぐにジェマのことを思い出した。

あのとき校内で助けた新入生だと。


「お姉様」とジェマは紅く頬染めながら、私のことを呼んだ。


「ジェマのこと覚えてらっしゃいますか? 学校にはもう行ってないんですけど、お姉様の後輩なんですよ、ジェマ。お姉様のおうちが大変って噂を聞いて、どうしてもお助けしたくって、お父様に頼んだんです。それにジェマ、エミリー先輩がジェマのお姉様だったらいいなあって、ずっと思ってたんです。夢、叶っちゃいましたあ♡」


屈託なく笑う『急にできた妹』を、私は異次元の生き物を眺めるような気持ちで眺めた。

ジェマ、ジェマ、ジェマと自分のことを名前呼びする、幼い子供のような妹。


実際、ジェマの精神年齢は幼かった。

生まれつき身体が弱く、いつ死ぬか分からないジェマを周囲は甘やかしてきたようだ。

ジェマのワガママはなるべく聞き、欲しがるものは与える。

その最たるものが私だった。理想の姉がほしいというジェマのワガママによって、私は理想の姉であることを強いられた。


優しくてしっかり者で、勉強を教えてくれて、ときどき厳しいけれど、結局甘やかしてくれるそんな姉だ。

ワガママな妹に振り回されても、あらあら仕方ないわねえと眉を下げて笑うような。


ジェマは何でも私の真似をしたがり、ヘアスタイルを真似たり、お揃いのドレスを作ったり、同じ本を買ったりした。

顔は似ていないのに、どんどん双子のようになっていくので、ある日思いきって髪をバッサリ切ってみたところ、ジェマも同じようにバッサリ切って、私が皆に叱責された。

ジェマに似合う風貌でいろと。


それからジェマは私のものを何でも羨んだ。


「お姉様は学校に通えていいなあ。ジェマも本当は行きたいのに」

「お姉様にはお友達がたくさんいていいなあ。ジェマもお友達ほしいのに」

「お姉様はあの素敵な先輩と話せていいなあ。ジェマも仲良くなりたいのに」


私は生徒会や課外活動の一切を辞めて、授業が終わると真っ直ぐに帰宅し、ジェマの相手をした。

そして友達やジェマご指名の先輩を家に招待して、ジェマとの交流を繋いだ。

皆が私よりもジェマとの関係を重視するようになるまでに、そう時間は要さなかった。

何といってもジェマは領主様に愛される、ボールドウィン家のご令嬢だ。



「二人きりにさせて宜しいのですか? 彼はエミリーさんの恋人では?」


ボールドウィン家お抱え魔術師、アルフレッド・R・スコットニーが私に言った。

読書室の窓から見えるのは、庭を歩くジェマと私の元恋人、セシルだ。

セシルは生徒会の副会長を務めている。「あの素敵な先輩」とジェマが呼び、親密になりたがっていた相手だ。


「もう違います。この家の養女となると決まったときに、お別れしましたから」


学校を卒業したら、正式にプロポーズするから婚約しようとセシルは言ってくれていた。

セシルは男爵家の令息だ。

私は平民だが、実家は裕福な商家だ。釣り合いは取れると考えていた。

実家の経済力と、何より私の努力が実を結ぶ。学業で良い成績を収めたのも、品行方正に行動して人望を得たのも、セシルとの明るい未来へ向けてのことだった。


しかし父の事業の失敗により、全てはご破算だ。

落ちぶれた家の娘との婚約など、男爵はとても了承しないだろう。

領主様の援助を受けて、父の事業は持ち直したものの、私はボールドウィン家の養女となった。自分の意志で結婚相手の希望を述べるなど、許されない身となった。


ジェマがセシルのことを気に入り、紹介してほしいと言うなら、私はそれに従うしかないのだ。


「それにしても、何もわざわざ彼に執着しなくても良いのにね。ジェマ殿は君になりたくて仕方ないようだ」


アルが挑発的な言葉を向けてきた。

鮮やかなブルーの瞳は、どこか愉快そうに細められている。

この異国人はいつも飄々としていて、掴みどころがない。死者を生き返らせることのできる、得体の知れない魔術師。

私は初めて会った時点からこの男を警戒している。胡散臭く、どこか危険な匂いがするからだ。


「馬鹿になさっているんですか」


プライベートに踏み込まれたお返しに、感情的な言葉を穏やかに返した。

個人的な話をするのは今日が初めてだ。


「いや。馬鹿にしているなんて、とんでもない」

「では同情を?」

「同情……そうかもしれないね、この気持ちは。指摘されて今気づいたよ」

「やっぱり馬鹿になさってるんじゃないですか」

「とんでもない。僕は君の助けになりたいと思っている」

「私を助ける? 何からですか」

「この環境から。都合のいい姉妹ごっこにはもう嫌気が差しているんでしょう? ついでに言うと、ジェマ殿も飽きてきてる。君と一緒にいるより、君の友人や元恋人殿といる方が楽しそうだ」


そういってアルは窓の外へ目をやった。

わざわざ私の目に入る場所を選んで、セシルといちゃついているジェマの姿が見える。


「死んでほしい?」


驚いて視線を戻すと、笑みを消したアルが真顔で言った。


「殺したいとまでは思わなくても、また次に死んだときには生き返らないで欲しい、くらいには思うでしょう?」

「そんなことは……大体、あなたはそのために雇われているのでしょう。ジェマを蘇生するために」

「ああ、それが僕の役目だ。実際、一度は僕が蘇生したしね。あれで僕の存在意義をちゃんと示せて良かったよ。実は蘇生魔術の使えない詐欺師なんじゃないか説も流布されていたしね」


それは私も知っている。先代のお抱え魔術師が魔力を失い引退したとき、領主様は血まなこになって新しい蘇生魔術師を探した。

しかし只でさえ数の少ない蘇生魔術の使い手は、すでに王城や他の貴族家に召し抱えられていることが多く、引き抜くのも難しい。


そんなときふらりと現れて、自ら領主様に売り込みをかけてきたのがアルだった。

「蘇生魔術が使える」と嘘をついて雇用されてしばらく住み着き、嘘がバレない内に出て行くという詐欺の手口があるそうだ。

アルもそれではないかと疑われていたのだ。


「僕が本物だと分かって安心している。もしまた次にジェマ殿が死んでも、僕がいればすぐに蘇生できると。まさか次は出来ないとは思っていない」


アルがとんでもないことをカミングアウトした。


「君だけに言うけどここだけの話、僕はもう蘇生魔術を使えない。この前ので最後だ」


「……冗談ですよね……?」


「さあ、どうだろうね。皆には内緒だよ?」


アルはふふっと笑って、読書室を出て行った。

ばっと窓の外を見ると、ベンチに並んで腰かけた二人が顔を寄せ合っていた。幸せそうな笑顔だと遠目にも分かった。


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