再構築
翌日の昼下がり、アルバート様がやって来た。
アイゼア様とのお話が終わった後に私が呼ばれ、客間で顔を合わせた。
「具合はどう?」と気遣いの言葉をかけてきたアルは、かちっとした見慣れない服装をしている。
これが本来のアルバート様なのだ、と思った。私の知っている、胡散臭い詐欺師紛いの魔術師はもういない。
「お陰さまで、もう大丈夫です……お気遣いありがとうございます」
「暗示系の魔術は、解けてしばらくはクラクラすることがある。随分具合が悪そうだったと殿下から聞いて、心配したよ」
「失礼いたします」とドアがノックされて、メイドが紅茶を運んできた。
ぎこちない表情で登場したメイドが、私たちの前によそよそしく紅茶を置いて行った。
シンとした静寂が流れた。
今日の屋敷内はとても静かだ。
領主様とマテオ様が居なくなったボールドウィン家。
いつも賑やかなジェマの声が、どこからも聞こえない。
今朝、ジェマ付きのメイド、アーリアの精気を失った顔を目撃したときには居たたまれなかった。
ジェマはワガママだったが、感情表現豊かで愛らしく、ジェマを好きだった使用人も多くいたはずだ。
幼い頃からずっとジェマを見てきた年配者は特に、我が子のように思ってきただろう。
そのジェマが、もういない。
それは私とアルバート様のせいではないとユリウス殿下は仰ったが、皆からすれば私たち二人はよそ者で、裏切り者だ。
ジェマではなく、私が生け贄となれば良かったのにと、口には出さずともそう思っている使用人が大勢いるのではないか。
そう思っては、屋敷内での肩身がひどく狭く感じる。
アイゼア様はこのままこの家へ住んでほしいと仰ったが、早く出て行くべきだろう。
「アイゼア殿から聞いたよ。実家へ戻るんだって?」
「はい……両親も戻って来いと言ってくれていますし。微力ながら実家の家業を手伝って、少しでもお国へ恩返しできたらと」
「それは殊勝な心がけだね。君らしい」
「アルバート様は、まだしばらくユリウス殿下と一緒にこちらへ残られるとか」
「うん。ねえ……その『アルバート様』っての、やめてくれないかな。調子が狂っちゃうよ」
そんなことを言われたって。
「ではどうお呼びすれば……」
「今まで通り、アルでいいよ。アルフレッドだろうが、アルバートだろうが、アルだからね。全く違う偽名にしなくて良かったよ。殿下に感謝しよう。ついアルって呼びそうになるから、似通った偽名にしろと言われてね」
「ユリウス王子殿下と仲が宜しいんですね」
「まあねぇ。僕の父も祖父も、城に仕える魔術師だからね。先祖代々、そういう家系ってやつ。だからユリウスとは、赤子のときから家族ぐるみの付き合いだね」
へえ、そうなんですねと相槌を打ちながら、ユーインに嘘を吐かれたなと思った。
アルの子ども時代は知らない、そこまで親密な付き合いは無いと言っていた。
そう、そもそも全ては嘘で成り立っていたのだ。
アルは国王陛下の命を受けてボールドウィン家の内部調査をしていた潜入調査員で、私に近づいて来たのも、言葉巧みに気を引いたのも、全部任務だった。
一緒に逃げようと言ってくれたのも、ぎゅっと抱きしめてくれたのも。
私に死んでほしくないと言ったのも。
私が精霊王の花嫁になると、任務上の都合が悪かったからーー?
「何だかとても素っ気ないね……やっぱり怒ってる?……よね」
アルが頭を下げた。
「騙してごめん。全部ユリウスが話した通りで、言い訳の余地もないよ」
「ええ、分かっています。お仕事上のことだと。任務遂行のためには色仕掛けもなさるんですね、勉強になりました」
努めて穏やかに嫌みを述べると、ばっと顔を上げたアルが、信じられないものを見る目で私を見た。
「色仕掛けって……えっ、ちょっと待って。君、それはものすごい勘違いをしてるよ。僕が君に惚れたのは任務上、全く必要のないことだ。むしろ駄目なことだった。仕事に私情を挟みまくりだからね。ユリウスに注意されたくらいだ」
アルの言葉に心底びっくりした。
まさかそんな言葉が返ってくるとは予想していなかった私だ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているだろう。
「じゃあ、死んでほしくないと言ってくれたのも本心で? 抱きしめてくれたのも、仕事のためではなくて?」
「当たり前でしょう。誰がそんなことを仕事でするのさ。言ったよね、僕の個人的な感情から来るエゴだって。僕は相当なエゴイストだと、君に出会って、初めて思い知ったよ」
アルはそう言い、苦々しい顔をした。
「君が生き残ってくれて嬉しいよ。『好きな女を生かすためにジェマを殺した』とマテオ殿に剣を突き付けられたとき、その通りだと思ったよ。任務とはいえ、僕が殺した」
「……ユリウス殿下は……そうではないと、強く念を押してらっしゃいました。アルは決して悪くない、恨まないでやってくれと。殿下は王族として、多くの国民の生活を守る使命を果たされたのだと」
私も自責の念に苛まれては、殿下のそのお言葉を思い起こす。
「ユリウスが……」
「ジェマは自ら望んで精霊王の花嫁になりたがったっていたと。魔術に操られていた訳では無いということも、強調なさっていました。それにアイゼア様が、ジェマが精霊王の花嫁となったことで、異常気象が落ち着くはずだと仰っていました」




