表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/24

再構築



翌日の昼下がり、アルバート様がやって来た。

アイゼア様とのお話が終わった後に私が呼ばれ、客間で顔を合わせた。


「具合はどう?」と気遣いの言葉をかけてきたアルは、かちっとした見慣れない服装をしている。

これが本来のアルバート様なのだ、と思った。私の知っている、胡散臭い詐欺師紛いの魔術師はもういない。


「お陰さまで、もう大丈夫です……お気遣いありがとうございます」


「暗示系の魔術は、解けてしばらくはクラクラすることがある。随分具合が悪そうだったと殿下から聞いて、心配したよ」


「失礼いたします」とドアがノックされて、メイドが紅茶を運んできた。

ぎこちない表情で登場したメイドが、私たちの前によそよそしく紅茶を置いて行った。


シンとした静寂が流れた。

今日の屋敷内はとても静かだ。

領主様とマテオ様が居なくなったボールドウィン家。

いつも賑やかなジェマの声が、どこからも聞こえない。

今朝、ジェマ付きのメイド、アーリアの精気を失った顔を目撃したときには居たたまれなかった。


ジェマはワガママだったが、感情表現豊かで愛らしく、ジェマを好きだった使用人も多くいたはずだ。

幼い頃からずっとジェマを見てきた年配者は特に、我が子のように思ってきただろう。

そのジェマが、もういない。


それは私とアルバート様のせいではないとユリウス殿下は仰ったが、皆からすれば私たち二人はよそ者で、裏切り者だ。


ジェマではなく、私が生け贄となれば良かったのにと、口には出さずともそう思っている使用人が大勢いるのではないか。

そう思っては、屋敷内での肩身がひどく狭く感じる。

アイゼア様はこのままこの家へ住んでほしいと仰ったが、早く出て行くべきだろう。


「アイゼア殿から聞いたよ。実家へ戻るんだって?」


「はい……両親も戻って来いと言ってくれていますし。微力ながら実家の家業を手伝って、少しでもお国へ恩返しできたらと」


「それは殊勝な心がけだね。君らしい」


「アルバート様は、まだしばらくユリウス殿下と一緒にこちらへ残られるとか」


「うん。ねえ……その『アルバート様』っての、やめてくれないかな。調子が狂っちゃうよ」


そんなことを言われたって。


「ではどうお呼びすれば……」


「今まで通り、アルでいいよ。アルフレッドだろうが、アルバートだろうが、アルだからね。全く違う偽名にしなくて良かったよ。殿下に感謝しよう。ついアルって呼びそうになるから、似通った偽名にしろと言われてね」


「ユリウス王子殿下と仲が宜しいんですね」


「まあねぇ。僕の父も祖父も、城に仕える魔術師だからね。先祖代々、そういう家系ってやつ。だからユリウスとは、赤子のときから家族ぐるみの付き合いだね」


へえ、そうなんですねと相槌を打ちながら、ユーインに嘘を吐かれたなと思った。

アルの子ども時代は知らない、そこまで親密な付き合いは無いと言っていた。


そう、そもそも全ては嘘で成り立っていたのだ。

アルは国王陛下の命を受けてボールドウィン家の内部調査をしていた潜入調査員で、私に近づいて来たのも、言葉巧みに気を引いたのも、全部任務だった。

一緒に逃げようと言ってくれたのも、ぎゅっと抱きしめてくれたのも。

私に死んでほしくないと言ったのも。

私が精霊王の花嫁になると、任務上の都合が悪かったからーー?


「何だかとても素っ気ないね……やっぱり怒ってる?……よね」


アルが頭を下げた。


「騙してごめん。全部ユリウスが話した通りで、言い訳の余地もないよ」


「ええ、分かっています。お仕事上のことだと。任務遂行のためには色仕掛けもなさるんですね、勉強になりました」


努めて穏やかに嫌みを述べると、ばっと顔を上げたアルが、信じられないものを見る目で私を見た。


「色仕掛けって……えっ、ちょっと待って。君、それはものすごい勘違いをしてるよ。僕が君に惚れたのは任務上、全く必要のないことだ。むしろ駄目なことだった。仕事に私情を挟みまくりだからね。ユリウスに注意されたくらいだ」


アルの言葉に心底びっくりした。

まさかそんな言葉が返ってくるとは予想していなかった私だ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているだろう。


「じゃあ、死んでほしくないと言ってくれたのも本心で? 抱きしめてくれたのも、仕事のためではなくて?」


「当たり前でしょう。誰がそんなことを仕事でするのさ。言ったよね、僕の個人的な感情から来るエゴだって。僕は相当なエゴイストだと、君に出会って、初めて思い知ったよ」


アルはそう言い、苦々しい顔をした。


「君が生き残ってくれて嬉しいよ。『好きな女を生かすためにジェマを殺した』とマテオ殿に剣を突き付けられたとき、その通りだと思ったよ。任務とはいえ、僕が殺した」


「……ユリウス殿下は……そうではないと、強く念を押してらっしゃいました。アルは決して悪くない、恨まないでやってくれと。殿下は王族として、多くの国民の生活を守る使命を果たされたのだと」


私も自責の念に苛まれては、殿下のそのお言葉を思い起こす。


「ユリウスが……」

「ジェマは自ら望んで精霊王の花嫁になりたがったっていたと。魔術に操られていた訳では無いということも、強調なさっていました。それにアイゼア様が、ジェマが精霊王の花嫁となったことで、異常気象が落ち着くはずだと仰っていました」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ