夢うつつの婚姻の儀式
お姉様とお別れハグをしてからの記憶が曖昧だ。
頭がぼんやりとして、まぶたが重い。
「疲れたんだろう」とすぐ隣から声がした。
アイゼアお兄様の声だ。
疲れた……うん、そうよね。だってジェマは身体が弱くて、はしゃぐと反動でしんどくなるんだもの。
だから馬車に揺られて、ウトウトしてしまう。
「眠いよな、こんな時間だ。俺に寄りかかっていいから、少し眠るといい」
アイゼアお兄様がそう言って、ジェマの肩を抱き寄せた。
あれ? アイゼアお兄様は、こんなにジェマに優しかったかしら。しばらく意地悪なお兄様しか見ていなかったから、不思議な感じがする。眠い頭でぼんりと考える。
「……マテオお兄様は?」
アイゼアお兄様の肩に頭を乗せたまま、尋ねた。
「説明しただろう。兄上と父上と母上は、別の馬車で先に向かったって」
「向かったって、どこへ?」
「岬だよ。エミリーと精霊王との婚姻の儀に参列するために。俺たちも今向かってる」
ああ、そうだったわ。
だから今は午前二時すぎくらいね。眠くて、ジェマは寝ぼけているみたいだわ。
「いいから寝てろよ。着いたら起こすから」
アイゼアお兄様の言葉に甘えて、重いまぶたを閉じた。
まぶたの裏に浮かぶのは、花嫁衣装を来たお姉様の姿だ。
夢うつつ、ジェマとお姉様との日々がくるくると巡るように思い出された。
アイゼアお兄様に声をかけられて目を覚ました。空が白んでいる。
ジェマは今日、本当に体調が悪いみたい。ぼんやりしていて、ところどころ記憶が薄れる。呼吸がしづらい。喉の奥に、小石が詰まっているような引っかかりがある。
駄目ね。せっかくお姉様の晴れの日なのに。
ああ、お姉様が見える。純白のウエディングドレスに身を包み、美しいレース編みのベールを被っている。
そのベールとジェマと同じ色合いの長い髪が、風に吹かれてなびいている。
もっと近くで見たいのに、ここからずいぶん遠い。精霊王様との婚姻の儀は、普通の結婚式とは違って、花嫁に近づくことが制限されている。
と、隣でアイゼアお兄様が説明してくれた。
ちなみに国王陛下と皇后陛下と王太子殿下と同じ並びにいられるのは、お父様とお母様とマテオお兄様だけらしい。
だからジェマはアイゼアお兄様と、もっと後ろの方から見ている。
本当はアイゼアお兄様よりもマテオお兄様の隣にいたいのに。
アイゼアお兄様にそう言ったけれど、今日は国の儀式だから、ジェマのワガママは通らないぞと言われた。やっぱりアイゼアお兄様はジェマに優しくない。
ぷうと頬を膨らませて、お兄様とは反対側の隣にいるユーインに顔を向けた。
ユーインは険しい顔つきで真っ直ぐ前を見ている。
ちょうど儀式が始まったのだ。
祭壇の向こう側に立つ司祭様が、何やらありがたい感じのお話を始めた。
お姉様は一人、赤い敷き布の上に立って、じっとそれに聞き入っていた。
そのおごそかな雰囲気に、ジェマはうっとりしながらも、やっぱり息がしづらくてぼんやりしてしまう。うっとりしているのか、ぼんやりしているのか、自分でもよく分からなくなる。ああやっぱり寝不足だわ。
司祭様のお話が終わった。お姉様はこちらに背を向けたまま、まっすぐ司祭様の待つ祭壇まで歩いて行く。
ああ、とっても綺麗。青い海を背景にした祭壇。白い空に輝く朝日。赤い一本道。
お姉様は踊るように軽やかに歩いて、祭壇前でピタリと止まった。
「新婦、ジェマ・メイ・ボールドウィン。汝は精霊王を夫とし、永遠の愛を誓いますか」
「はい、誓いまぁす♡」
えっ!?
くるりとこちらを振り返ったのは、ジェマだった。
ベールの前を上げて、満面の笑みを見せている。何でジェマがあそこに!?
「ジェマっ!!」
思わず叫んだのは私だけじゃない。
私よりも近い位置にいた領主様が、ジェマの名前を叫ぶと同時に、駆け出したのが見えた。その後をマテオ様が続く。
慌てて隣を見ると、アイゼア様と目が合った。
「どっ、どういうことですか、アイゼア様っ」
いやぁああぁという大きな悲鳴が響いた。奥様だ。
前方に視線を戻すと、領主様とマテオ様が辿り着くよりも早く、ジェマが断崖絶壁から飛び下りる瞬間だった。
ばたっと倒れた奥様を周りの側近が慌てて受け止めた。走る途中で足をもつれさせたマテオ様が転び、岸壁まで走り着いたものの間に合わなかった領主様は、崖下に向かって獣の咆哮のように吠えた。
うおおおぉお、ジェマあああぁ。
駆け寄ってきた警護の一人に、領主様は掴みかかった。
「お前、行けっ。飛べっ。早くジェマを連れ戻せ。早く!」
部下を岸壁から放り投げようとしている領主様を、他の警護たちが数人がかりで制止している。危うく全員が落ちそうだ。
警護を振り払い、身体の向きを変えた領主様が、今度はこちらへ向かって来ながら怒鳴った。
「アルフレッドはどこだっ、アルっ。蘇生魔術師! 早くジェマを元通りにしろ、アルっ」
「ここですよ、領主殿」
その声は領主様の背後から響いた。
司祭の帽子を脱いだ、アルが立っていた。
私はひたすら混乱を極めていた。
いったいこれは何? 悪い夢を見ているの?
私は……眠っていたはずだ。
今日のこの儀式に備えて、少しは眠ったほうがいいよと言ってくれたのは、誰だったろう……アイゼア様……?
アイゼア様は私のことをずっとジェマと呼んでいた気がする。
どうしてだろう、私も自分がジェマのような気がしていた。
夢……これは夢……?




