二人の兄
しばらく経ったある日、ジェマとテラスでティータイムを過ごしていると、アイゼア様がやって来た。
「なあジェマ、もしまた死んだら生き返りたいか? 蘇生魔術で」
ジェマは目をぱちくりして、キョトンとした。
「ええ、もちろん。どうしてそんなことを聞くの?」
「何度生き返っても、お前の身体が丈夫になるわけではないだろう? 何度も同じ苦しい思いをして、死の恐怖を味わうんだぞ。嫌じゃないのか? 怖くないのか?」
「本当に死んでしまうのは怖いわ。死んでもまたすぐに戻って来られると分かってるから、怖くないの。死んだままなんて嫌よ」
「では、お前のために死ぬ奴隷少女は? お前を蘇生するために毎度三人が犠牲に、総じて何十人とーー」
「アイゼア!」
怒声が響いた。声の主の姿が見えたかと思うと、猛ダッシュでこちらへやって来た。
「ジェマに何の話だ!」
二人の兄、マテオ様だ。外出先から予定より早く帰宅されたようだ。
「何だよ、血相を変えて飛んできて。兄妹で仲睦まじく話してるだけだろ」
「仲睦まじくだと? お前、何か変なことを言ってただろう」
マテオ様がアイゼア様をぎろっと睨んだ。
ちっと舌打ちしてアイゼア様が立ち去ると、ジェマは立ち上がり、マテオ様に抱きついて甘えた。
「マテオお兄様、大好き。アイゼアお兄様は意地悪言うの。ジェマは死んだほうがいいって」
アイゼア様の目がつり上がった。
「あいつ、何てヤツだ。ジェマ、お前は何も気にしなくていい。ただ、生きていてくれ。そのためなら俺は何だってする。奴隷が何人死のうが、お前一人の死には到底及ばない」
抱きしめられるジェマを見ながら、黒い感情が胸の中に蓄積していく。
この苦しい感情に名前を付けるとしたら、単純に嫉妬だ。
マテオ様に抱きしめられたい訳ではない。
ただ誰かにこうして、お前は唯一無二の大切な存在だ、と言われてみたい。
何者にも替えがたい、守り抜きたい存在だと。
実の親に売られ、与えられた役割「優しい姉」を淡々とこなしているだけの私には無縁な話だから。
ジェマの姉になる前は、そこそこ裕福な商家の長女として、それなりに充実した日々を送っていた。
学校では生徒会で書記を務めていた。自分で言うのも何だが、品行方正な優等生。人に好かれたいと常に心がけていたため、友人は多く、先輩からは可愛がられ、後輩からは慕われていた。
それが裏目に出た。
いや、私の両親的には「お前の普段の行いが良かったおかげ」だそうだ。
領主様の娘とは知らず、入学したての新入生が校内で具合を悪くしているのを見つけ、医務室まで連れて行った。
たったそれだけの事だったが、それをきっかけにジェマは私に興味を持った。
身体の弱いジェマは学校に通い続けることが無理になって退学したが、私の父が事業で失敗し、家が潰れそうになったときに助けてくれたのはジェマの父親だった。
援助の条件として領主様が提示したのは、私がボールドウィン家の養女となることだった。
事業資金を援助してくれる上に、娘がボールドウィン家の一員、つまり貴族令嬢となる。願ってもない好条件だと両親は喜んで飛び付いた。
「お前の将来をよほど買って下さってるのね」と母は言い、
「このままでは学校への寄付金を納められず、退学するしかない。領主様のお申し出を有り難くお受けしよう」と父は言った。
「家のことは心配するな。ジェイムズがいる」
ジェイムズは私の兄だ。家業を継ぐ跡取りとして兄のことは大事だが、私はよその子になってもいいと。少なからずショックだったが、仕方ない。女に生まれた宿命だ。遅かれ早かれ、嫁に出される身。
「それにもしかしたら……」と母が嬉々として言った。
「領主様にはお二人、ご令息がいらっしゃるでしょう。どちらかがエミリーを見初めて、お側へ呼ばれたって可能性もありえるわね」
とんだ妄想だ。ボールドウィン家のご令息たちは私の通う学校の卒業生ではあるが、面識はなく、私の容姿は広く評判になるほどのものではない。
それにもし母の妄想がまかり通るなら、「養女」として家に呼ぶのではなく、使用人として召し使うだろう。想い人とあえて義理の兄妹となる意味が分からない。