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花嫁の控え室にて



とうとう明日が嫁入りの日となった。


婚姻の儀を執り行うのは、日の出すぐの太陽と沈む前の月が同時に空にある時刻ーー早朝の一時間程度と決まっている。

そして場所は、領土の最東端にある岬だ。


明日の零時から屋敷で支度を始め、午前二時には出発する。

この度は国儀として執り行われ、国王陛下もいらっしゃるということで、用意も入念だ。

今日は朝から「祭壇設置班」が岬に赴き、現場の準備をしている。


ドラマティックに飛び下りるのに最適な岸壁を「精霊王との誓いの場」として飾り立て、その祭壇までの道のりには長い布を敷いてある。

普通の結婚式であれば、その布の上を父兄にエスコートされて歩くのだが、精霊王との婚姻の儀では、花嫁となる娘が一人で歩いて行く。


という一連の流れを事前に予習しながら、それはそうだろうなと思った。

花嫁といえば聞こえがいいが、生け贄なのだ。父や兄が連れ添って処刑台へ導けというのは、あまりに酷だ。

しかし私の場合、養父と義兄だ。領主様とマテオ様なら、特に悲しむこともなく平気で連れ添ってくれそうだ。


「ーーというのが、一連の流れです。お分かりになりましたか?」


明日のために今日から屋敷に来ている司祭が、私に確認した。

途中からボンヤリしていたが、要は祭壇まで歩いて行き、精霊王との永遠の愛を誓った後に断崖絶壁から飛び下りればいいのだ。

何度も確認されるほど難しい段取りではない。

国王陛下がお見えになる場で、間違っても粗相がないようにと司祭は不安げだ。

優等生の私は微笑を浮かべ、「はい、大丈夫です」と答えた。


司祭が部屋を出ていくと、代わる代わるボールドウィン家の人々が訪ねて来て、私を勇気づける言葉をかけてくれたり、体調を気遣ってくれたりした。

今日は終日この「花嫁の控え室」と称された客間で過ごし、こうして今生の別れを惜しむ人々と最期の触れ合いをする日となっている。


実家の両親と兄も昼から訪ねてきた。

母は見るからにげっそりとやつれ、泣き腫らしたむくんだ顔をしていた。

それを見たときに初めて、私は泣きそうになった。

母は何度も後悔と懺悔の言葉を述べながら、私に抱きついておいおいと泣いた。

父は終始困った顔で、母を宥めるのに必死だった。

兄は申し訳なさそうな顔をしながらも毅然としていて、後のことは心配しなくていいと言った。婚約者とも上手く行っているそうだ。


「ではまた明日」と言って彼らが帰ったあと、嵐が過ぎ去った後のように呆けた。

胸を占めるのは疲労感と喪失感だ。ぐったりとして、ぽっかりとしている。


そして夜になり、部屋を訪ねて来たのはアルだった。

メイドたちの手によって花嫁姿になっている私を見て、開口一番「綺麗だね」と感想を述べた。


「馬子にも衣装ってこのことね」と自嘲気味に笑うと、アルはゆっくりと首を横に振った。


「いや、君は綺麗だよ。何を着ていても。どんな過酷な環境に置かれても真っ直ぐに伸びる、名も知らぬ花のようにね」


「それって、雑草じゃないですか」と軽口で返したが、嬉しかった。

そう、私は名も知らぬ道端の小花のように、ひっそりと咲いて散って逝くだけだ。


それでもこうして、その花の存在を気に留めて、綺麗だとお世辞でも言ってくれる人がいる。

アルがいてくれて良かった。



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