夜中の逢瀬
その夜、皆が寝静まった頃にそっと部屋を抜け出して、中庭へ向かった。
ナイトドレスにガウンを羽織った軽装で、髪は下ろし、化粧っ気のない素っぴん顔だ。
無防備すぎるだろうかと思ったが、夜中にバッチリ化粧をしてドレスに着替えるのも、不自然だろう。誰かにばったり出くわしたときに怪しまれてしまう。
それに、と思った。待ち合わせの相手はあのユーインだ。
セシルに襲われたときに淡々と助けてくれたし、あれだけ魅力的なジェマに毎日ベタベタとアプローチされても、素っ気ない態度を貫いている強者だ。
私ごときが少し無防備な姿で現れたところで、少しも動じないだろうという安心感がある。
四方がガラス張りで天井が吹き抜けになっている中庭の中央には、ほっそりとした白木が植栽されている。
その下で佇んでいるユーインのがっちりとした姿が見えた。
私と違い、昼間と少しも変わらない姿だ。
さっぱりとした短髪に、いつもの護衛のユニフォームを着ている。
「ごめんなさい、お待たせして。随分待った?」
「いや、小一時間くらいだ」
えっ。小一時間は「随分待った」の部類に入る気がします。
恐縮する私に、「で?」とユーインは言った。
「俺に話って何?」
「えっ」と思わず声に出して驚いてしまった。
「アルから、あんたが俺に話があるって聞いて来たんだけど? 違うのか」
それはアルが勝手にそう決めつけたのだけど、こうしてせっかく来てくれたのだ。何か話さないと。
「ええと、あの……もうすぐお別れになる前に、ちゃんとお礼を言いたくて。前に学校で助けてくれて、本当にありがとうございました。もう駄目かもって思ったときに来てくれたユーインのこと、正義のヒーローに見えたわ。あのとき助けに入ってくれなかったら、どうなってたかと思うと……」
「あのまま生娘じゃなくなっていたら、生け贄にならずに済んだよな」
「えっ」
その発想はなかった。
確かに、精霊王の妻の条件は「身分の高い生娘であること」だ。
だからといって、あのときセシルに処女を奪われていたら良かった、などと思うはずがない。
何を言ってるんだこの人はという目で、まじまじとユーインを見つめた。
「今からでも俺に抱かれるか?」
はい?
はい?
本当に何を言ってるんだろう、この人は。
全く冗談を言っている気配がない。
真剣な表情から溢れ出るような男っぽさに、急にドキリとした。
「いっ、いえ、そんなこと、しないです」
焦って片言になった。
「痛いかもしれんが、死ぬよりはマシだろう」
そういう問題じゃない。
第一、私は生け贄になる決心をしている。
アルの誘いを受けて駆け落ちするにしても、ユーインの誘いを受けて生娘で無くなるにしても、どちらにしてもそれは「逃げ」だ。
逃げることは許されない。
私が逃げれば、ジェマが死に、もう二度と生き返れない。そして私の家族が報復を受けるのだから。
「死ぬほうがマシです」
キッパリと答えると、ユーインは切れ長の藍色の瞳をみはった。
「そ、そうか……死ぬほうがマシか……」
私の言葉を復唱して噛みしめているユーインに、珍しく動揺が見られる。
「そういえば、ユーインってアルとは昔から知り合いだったの?」
気まずさから話題を変えた。
ユーインがこの家に護衛として雇われたのは、アルの紹介だったと知ったのは最近だ。
あまり接点がないわりに、ユーインのことをよく知っている風に話すアルが不思議だったが、元々知人だったのだ。
「ああ。それほど親しい間柄でもないがな。ちょうど仕事を探していて、ちょうどこの家で護衛の空きが出たから、声を掛けてもらったんだ」
「そうなのね。じゃあ、子供時代からの友達というわけでもないのね」
「ああ。何でそんなことを聞く?」
「ああいえ、ちょっと……アルの子供時代ってどんな感じだったのかしら、と思って」
話題を変えようとしたら、余計に気まずくなってしまった。
モニョモニョと口ごもる私に、ユーインはにやっと笑った。
「なるほど、アルか。あいつめ、俺をけしかけておいて、けしからんな」




