第90話 『脱出劇』
二章も大詰めです。
――ゴン、ゴン、ゴンッ。
――ガチャ、ガチャガチャ、ガチャ。
領域アルファ防衛軍基地の中、ここは屋上へ出るための階段。そしてドア。
その錆びた鉄製のドアの向こう側からは、とんでもなく騒々しい音が響く。
二人以上――否、二体以上の気配を感じる。
リチャードソンは顔をしかめた。
「うるせぇなぁ。スケルトン何体いやがるんだよ、ここの屋上……ったく面倒だ」
別にわざわざ開けて始末しなくても良いのだが。
銃のバッグを取ったのなら、恐らく二度とこの軍基地にお邪魔することは無いからだ。
しかし、どうにも、開けておかなければならない気がする。
「……このまま悩む方が時間のムダだな」
そんな結論に至り、勢い任せで鍵を開けた。
すると、
「なんだ開い――おわっ!」
「うっ!」
「ぬおおっ!?」
飛び込んできた人影に押し倒されたリチャードソンの両腕には、
「青髪の坊主! ジル!? お……お前さんら生きていやがったか、大したもんだ! 良かった良かった!」
「リチャードソンさん……」
「久々な、感じ」
まさかの収穫。嬉しい再会。
一緒に街に入ったはずなのに、なかなか一緒にいてやれなかった若者たちがいるのだ。
無事生き残った二人の頭をガシガシ撫でてやるが、
「……いかん。こんなことしてる時間は無い。傷だらけのとこ悪いが、立て二人とも! 眼鏡の坊主と蹴り娘と合流するぞ!」
さっと立ち上がり、リチャードソンは走り出す。
カラフルスケルトンを爆発させまくったから、急がねば出口を死者たちに塞がれてしまうかもしれない。
――だから、
「ん? 蹴り娘……? それに、背負ってるその男も……誰?」
混乱する血まみれのジルに、リチャードソンは状況を説明することも叶わず、ここはとりあえず歯噛みするしかなかった。
「細かい話は後だ。こんなクソッタレの街、とっとと出てくぞ!」
◇ ◇ ◇
リチャードソンたちよりも一足早く出口まで辿り着いてしまった、ジョンとメロン。
なぜ辿り着いて『しまった』なのか。
「あ、あぁ……っ!?」
「これは、ちょいピンチですね〜……」
――出口付近が、既にスケルトンに占領されている。
「オァァア"ァォ」
「ク"ゥゥウ」
「ァァァア"」
この軍基地の出口というのは、装甲車やら戦車やらを格納していたのだろう車庫の中。
ドアを開けたら、そんな有様だった。
車庫というかガレージというか、もぬけの殻なその広い空間が、死者でぎっしり。
本当にスケルトンと狂人で埋まっているようだった。
「車庫だってのに〜、ミリタリーな車の一台もありませんし。人力で突破するしかありませんかね〜」
一年前のスケルトンパニックの際に全て出払ったのだろう、装甲車なんかは一つも残っていない。
二人が悩んでいると、数体のスケルトンと狂人がこちらに気づいた。
メロンが珍しく険しい表情でナイフを構えると、
「うぅ……」
今まで黙って俯いていたジョンが、呻き声にも似た何かを発して、顔を上げた。
「うぅわぁぁぁぁぁぁ――――っ!!!」
両手で頭を抱えながら咆哮した彼は、
「も、も、もうっ、許してくださいよぉ!」
「あ〜っ!?」
銃のバッグから、彼の貧相な腕にはあまりにも不釣り合いな機関銃を取り出して。
「ちょっ、ダメですダメです! この状況でパニックだけはダ――」
「うああああああああああ!!!」
連射、というか乱射を始めてしまう。
その『乱射』のデタラメ具合は尋常でなく、正面のスケルトンの群れに命中したのは最初の数発にも満たない。
――では、めちゃくちゃに振り回された銃口が放ち続ける、弾丸たちはどこへ行くのかというと、
「ぎゃあ〜〜〜っ!?」
しゃがんで避けたメロンの頭上を、水平に駆けていった形になる。
コンクリートの壁に刻まれる風穴が、綺麗な横一文字を描く。
――今、メロンが咄嗟にしゃがまなければ、どうなっていたか。
「ああああああああああああ!!!」
頭が錯乱してしまったのだろうジョンは、そんなことにも気づいていない狂い様で乱射を続行。
――さすがのメロンでも、彼の気持ちは読める。
この街に来た主目的の一つだったらしい銃のバッグを回収し、ようやく軍基地から、街から脱出すれば終わり。
そんなタイミングで、大量のスケルトンが逃走経路を塞いでいるという景色に遭遇したら、まぁ錯乱もしてしまうだろう。
――だが今、一歩遅ければ、メロンの頭は粉々になって、脳汁と血がそこらじゅうにブチまけられていた。
そうなると、どうせ後で正気を取り戻したジョンはメロンの死を悲しみ、自分の失敗を責めるのだ。
自分が悪い癖に、まるで被害者のように、『自分が全ての責任を背負う』と叫び、破滅していくのだろう。
人間なんて、どうせそうだ。
要するに、
「錯乱は勝手にしてりゃ〜良いですけど、他人を巻き込むのはNGですよ……一人でやってろっ!!」
メロンはそのまま転がりながら、拳銃でジョンの右脚を撃ち抜いた。
こうでもしないと止まらないからだ。
「えぇっ……!?」
一瞬の後、痛みに気づいたジョンは、まるで右脚が消失したかのように体勢を崩した。
乱射に使われた機関銃は落ち、スケルトンたちの足並みの中へ消えていく。
「アァゥ"」
「カ"ァッ」
チャンスとばかりに数体のスケルトンや狂人が彼を狙うが、
「それ! それ! それ!」
そのどれもが、メロンに正確に頭部を射撃されてあっけなく倒れた。
――彼女自身、気づいてはいる。
今、史上最悪の状況。
ジョンの乱射とメロンの正確な射撃、その共通点は爆音だ。ほぼ全てのスケルトンどもが、こちらに注意を向けている。
100を軽々と超える物量の死者たちが、こちらへ進撃してくるのだ。
さらにジョンは負傷している。
仕方なくとはいえメロンが負傷させたのだが、彼はもう自分の力のみでは歩けまい。
「万事休す……というやつですか」
メロンの呟き。
それとほぼ同時に、
「「りゃああああ!」」
「ほっ」
――メロンとジョンが出てきたのと同じドアから三つの人影が飛び出してきて、周囲のスケルトンを蹴散らした。
リチャードソンと背負われた若者のセットと、ヤケクソっぽいホープと、もう一人は……知らないがパーカーを着た女。
「おぉ、お前さんら来てたか……って、どうしたんだ眼鏡の坊主!? 撃たれてんのか!?」
「わ、私がやりました〜……事情がありまして」
説明してる間に食われるだろうから、メロンは「てへへ……」と舌を出してこの場をやり過ごす。
リチャードソンもそれを察したのか、状況を分析しながら指示を始める。
「青髪は、眼鏡に肩貸してやれ! ジル、お前さんは銃を頼む!」
「り……了解?」
「了解」
指示には、自信の無さそうな返答と、普通の返答が返された。
――ホープとジルは、それぞれマチェテと手斧を構え、
「だぁぁっ!」
「ふっ」
「ク"ェエッ」
動けないジョンを襲おうとするスケルトンたちを、あらかた吹き飛ばす。
ホープはどうにか微笑を作り、
「なんか久しぶり。手伝うよ」
「ホープ……さん……す、すいません……!」
正直ジョンよりボロボロで限界は近いものの、脚から血の止まらない彼のために肩を貸してやる。
同じくボロボロのジルもバッグを拾い、手斧を思う存分振り回しながら二人についていく。
「あの二人、やけにチームワーク良いじゃねぇか。俺らと離れてる間に何があったんだか」
とは、笑顔のリチャードソンの感想。
彼はメロンと一緒に三人の援護射撃に回り、ジルの持つバッグから機関銃を引っこ抜く。
そのまま進むべき方向――つまりは車庫の出口、大通りに出る方向に掃射。
勝利への花道かと錯覚するほど綺麗に、スケルトンや狂人たちが薙ぎ払われた。
「走れぇ!」
合計六人の生存者が、頭上を覆うガレージの影から抜け出した、その瞬間。
リチャードソンの余裕は、へし折られかけた。
「なっ、ハント…………ッ!!」
幾多のスケルトンや狂人たちの中から、見つけてしまったのだ。
唯一、絶対に、見つけてはならない狂人。
変わり果ててしまって、生前の活発で快活な姿など思い出すことが難しい、『P.I.G.E.O.N.S.』の隊員だった男。
ハント・アーチを。
その結果、
「あっ」
動揺して走るスピードが落ちたリチャードソンの背中に、ジルがぶつかり、
「マズい!」
銃がたんまり入ったバッグが地に落ち、亡者の群れの中へと飲み込まれていって。
――皆の余裕が、へし折られた。
――それでも進むしかない。
「……っ!」
なのに、
「えっ、えっ!? ジルさん行っちゃダメです!」
「戻れっ、命に代えは無ぇんだぞ!」
一人の少女だけは責任を感じたのか、無謀にもそのバッグを追いかけて、群れの方へ走り出してしまうのだった。




