第88話 『男は、いらない』
※はい、またやらかしました。
ホープとジルの会話のところで「爆発音」のことを追加しました。
「おお〜! 本当にここが、夢にまで見た……あの特殊部隊『P.I.G.E.O.N.S.』のオフィス〜!」
「ち、散らかってますね……」
目を輝かせて興奮するメロンと、案外そうでもないジョン。
二人がいるのは既に『領域アルファ防衛軍基地』の中にある、特殊部隊『P.I.G.E.O.N.S.』専用のオフィスである。
――日夜飛び回っている部隊にデスクワークする仕事場など必要なのか不明だが、まぁそこは一般市民の考えるところではないだろう。
メロンは早速デスクを見て回り、一つを指差し、
「見てください、このサングラスと葉巻のコレクション! ここは隊長ニック・スタムフォードのデスクってことですね〜! 彼の、ヒゲとリーゼントに葉巻を咥える姿! 渋くて男の中の男って感じで〜!」
「ニックって……あぁ、あ、あの人ですね」
ジョンがどうにか『メロンの理想のヒーロー像』と『自身の経験した現実』をリンクさせ、あの暴虐リーゼント男を思い浮かべる。
その様子にメロンは首を傾げた。
「ん〜? 何ですかその言い草」
問われたジョンは眼鏡をくいっと整え、
「だ、だって僕らがお世話になろうとしている生存者グループの、そ、そのリーダー格の人がニックさんですから――」
「え〜ニック・スタムフォードとも知り合いなんですか〜!? しかも終末世界でも生存者率いてるとかイメージ通りすぎません〜!?」
驚き、興奮したメロンはニックのデスクをバンバン叩き、サングラスを二つほど破壊。
彼女の「あっ……」という血の気の引いたような呟きを聞きながらも、ジョンはデスクを見て回る。
「こ、これは銃の……模型? あと銃弾とかナイフとか色々置いてある、デ、デスクがありますが……」
「リチャードソンのですかね〜? 彼は武器にこだわりがあったとか無かったとか……おっ『軍人記録』というのがありますよ〜! こういうのは読まなきゃ損ですね! リチャード損です!」
なぜかリチャードソンのデスクの上にのみ、『軍人記録』と書かれたファイルが置いてある。
手に取ってペラペラと読むメロンだが、
「難しくてわかりませ〜ん!」
あっさりとその辺の床にポイ捨てした。
「あなた、やっ、やりたい放題ですねぇ!?」
「当然です〜。お〜見てください、こっちはキーピックだの超小型ナイフだのちまちました道具や帽子なんかが並んでます、これはブロッグ・レパントのですね〜! ……彼は居ます?」
「あ、えぇと……知りません」
話だけは聞いた。
ブロッグとは、確かジョンに一瞬だけ接触してきたあの謎の男。
グループの一員だったが、スナイパーに狙撃されて死んでしまったそうだ。楽しそうなメロンに、わざわざこの話をすることはない。
……そんなことを考えるジョンは、いくつかの何も置かれていないデスクを眺めて歩く。
そして、
「あ、ありました」
目的の――銃が入ったバッグが乗っている、ハント・アーチのデスクを発見した。
「重っ」
ジョンがバッグを肩に掛けると、ずしり、とかなりの重みを感じる。仕方がないことだが。
――ふと、デスクの上にある物が気になった。
「しゃ、写真立て……これはハントさんの、ごっ、ご家族かな……?」
そこに立て掛けられている写真の中で太陽のような笑顔を輝かせているのは、まだ幼いハントのようだ。
くすんだ金髪は相変わらず。
そして彼の肩に手をやって、控えめに笑っている男の姿があった。
全く同じ色の、くすんだ金髪。
「あ〜それはたぶんハント・アーチのお兄さん、プレストンじゃないですかね〜。仲良しだったらしいですよ〜、先に兄プレストンが部隊にスカウトされ入隊、弟ハントがその後を必死に追って――」
ハントには、兄がいたのか。
兄弟揃って『P.I.G.E.O.N.S.』隊員だなんて、優秀が過ぎる。
グループ内でそのような存在は確認していなかったが、キャンプに不在だっただけか、あるいは離れ離れになったのか、もう生きていないのか……
もし離れ離れで生きているならば、兄のプレストンが気の毒すぎるが。
そうやって俯くジョンの顔を、覗き込むようにメロンが近寄ってきて、
「さては話聞いてませんね〜二人とは知り合いじゃないんですか〜? あなたのグループ、どういう状況なんですかね〜」
「しっ知りません」
――ハントなんて、さっきまでは生きていたのだ。
なおさらメロンには話せない。
首をブンブン振りながら、ジョンは銃のバッグを担いでその場から歩き去った。
「感じ悪〜」
メロンは、ぷくーっと頬を膨らませていた。
◇ ◇ ◇
ジョンとメロンのいる『P.I.G.E.O.N.S.』のオフィスから離れてはいるが、同じ階。
――リチャードソンは背中に赤髪の青年を背負って、孤独に赤い絨毯の廊下を進む。
その先には大きな両開きの、荘厳な木製の扉。
両側には、この世界『領域アルファ』のシンボルマークが描かれた旗が飾ってある。
ご大層なドアだ。
シンボルマーク――それは『円』の中に三つの点があり、一つは大きな黒い点、一つは小さな黒い点、最後の一つは小さな赤い点。そんなマーク。
「久々に見たが……いつ見ても、妙な旗だ」
何を示しているんだか、さっぱり読み取れないシンボルマークである。
それこそが狙いなのか。
ドアノブを回してみるが、びくともしない。
「こじ開けるぜぃ。第八代エリアリーダー……」
リチャードソンは自慢の高火力を持つ愛銃を取り出し、ドアノブを撃った。
無理やり開ける。
飛び出してきたのは、
「ウ"カ"ァァァア"ッ!!」
紫の目と歯以外は、リチャードソンの想像していた通りの姿。
大きく開かれたその口腔に銃身をぶち込み、
「……ゲイリー・アルファ・レイモンドさんよ」
世界と同じ名の付いた狂人の脳みそを、閃光と共にそこらじゅうに飛び散らせた。
「世界に一台のヘリコプターで、飛んでったとか聞いたんだが……こりゃどういう風の吹き回しだ?」
リチャードソンは第八代エリアリーダー――ゲイリーの変わり果てた姿を一瞥すると、すぐに調査に入る。
外出についての記録は、そう時間も経たない内に見つかった。
一年前の記録が最後だ。
当然である、スケルトンパニックが起こったのは一年前だから。
確かにヘリコプターに乗り込み出張したと書かれているが、訪問先は、何てことない普通の村。
理由などは、血や泥が付着していて読めない。
何にせよ、黒幕だったらこんなヘマはしないだろう。
――出張から戻って来て記録をつけていると、自分の部屋でスケルトンと格闘し敗北、狂人に転化、その後リチャードソンに見つかるまでここにずっと閉じ込められていたのだ。
これが黒幕では情けないにも程がある。
それに、
「ったくゲイリー……10年前のお前さんが中途半端な特殊部隊なんか作るから、俺たちのメンタルはゴリゴリ削られてくんだ。派手好きなのはわかるがよ……余計なことしやがって」
ゲイリーとは完全に上下関係ではあるものの、彼が自ら作った『P.I.G.E.O.N.S.』という部隊の隊員として、軽口を交わすような仲の友人だった。
他の隊員たちも同様に。
それにゲイリーも属するレイモンド家は、血族代々領域アルファのエリアリーダーを務めてきた。
熱心な一族であり、それぞれの代の者が、本当に命尽きるその直前までこの世界を引っ張っていた。
だからまだ『第八代』という小さな数字なのだ。
「じゃあな、王様。また会おうぜぃ」
――その小さすぎる数字に、果たして不可解な点は無いのか。
リチャードソンは、領域アルファがスケルトンに支配される前から、目を逸らし続けている。
今でも目を背けたままで、彼は部屋から廊下へと戻るのだった。
◇ ◇ ◇
一方ホープとジルは屋上の連なりを順調に進み続け、着々と軍基地に近づいていた。
軍基地の方向から巨大な爆発音が聞こえ、二人は互いに何も言わないものの、歩行スピードは明らかに速まった。
しかし途中、二人して同じビルを見つけ、同時に足が止まる。
「ジル……あれって……?」
「ん。珍しい、乗り物」
「車では……ないよね。トンボ? 十字のプロペラが付いた……でっかいトンボに見えるよ? おれには」
虫の一種であるトンボにも似た黒い乗り物が、向かいのビルに突き刺さっている。
よく見ると、グチャグチャに潰れた機体の合間からは、操縦士らしき人の腕がぶら下がっていた。
ホープの問いに、ジルは少し考えてから答えた。
「トンボじゃ、ない。あれは、確か……『ペルコスター』、という名前」
同じ田舎者なのに、『ペソコン』も知っているしジルは物知りだ。
「ペル……何?」
「ぺ、『ペルコスター』」
とはいえ知識をひけらかすのは、ジルの好きそうなことではない。
彼女はホープから目を逸らして咳払いすると、さっさと進み始めた。
――本当はジルは『ヘリコプター』という名前を思い出そうにも思い出せず、自信が無くて逃げただけだが。
「墜落……してた」
あの乗り物はニックやリチャードソンによると領域アルファに、つまり世界に一台しか無いらしい。
何に必要になるとも思えないが、一応覚えておくべきか。
――二人が歩き始めると、間もなく領域アルファ防衛軍基地が見えてきた。
姿が視認できるだけで、まだまだ距離はあるが。
「……ホープ、あの」
「え?」
珍しく、ジルの改まった妙な雰囲気で会話が始まる。
「寝不足の、理由。言ってないよね」
そういえば『どうして眠れなかったの?』とホープが聞くと、『まだ言えない』との回答だった。
よくわからなかったが……先程のイザイアスとの死闘を経て言えるようになった、とでも言うのか。
「実は、ホープの過去、聞いてた。最初から、最後まで……全部」
「えっ!? おれの後ろで起きてたの!?」
「そう考えると、ドキドキする?」
「いやあの女子テントにいる間ずぅっとドキドキしてたし……聞いてたのって、ドルドさんの話だよね」
「ん、ごめんね」
「ああ、いいんだよあんなの……大したことじゃないからさ」
本気で反省しているジルに、ホープは掌を向けて考えを正そうとする。
――ドルドとのことも、決してホープにとってノーダメージというわけではない。
が、あの時の自身の精神状態からしてドルドのことなど考えていられなかったので『大したことじゃない』と言い切れるのだ。
ましてやホープの、あれ以前の過去に比べたら――
「ドルドの話も壮絶、だけど、もっと他に、あるんじゃないの? あなたの、トラウマ」
「っ!!」
まさか『あれ以前』のことを聞かれてしまうとは。ホープの呼吸が一瞬停止した。
「できれば、知りたい」
「……ダメだ」
「え……友達、なのに」
ジルは、ホープに興味があるのだろう。それは悪い気分ではない。
拒絶するのはさすがに胸が苦しいが、
「あれより前のことは……相手がレイでもドラクでも、君でも、話すわけにはいかないんだ。話せない――いいや、話さない」
不可侵領域。
ホープにとってのそれであるとジルは気づき、理解したようで、
「ん。じゃあ他のこと、聞く」
彼女にとっては『もう一つの寝不足の理由』を、間接的に話す。
「レイ……何者?」
「っ!」
「仮面で、何を隠してる? あなたは知ってる、と思ったけど」
ジルとしては問われた寝不足の理由についての話だが、ホープとしては何故このタイミングでそんな質問が飛んでくるのか理解不能。
どうする。彼女なら話しても大丈夫か?
しかし、レイの許可も取らずに『魔導鬼』だと言いふらすのはどうだ。
ジルは変わった人間だが、他種族に対する価値観も変わっているのだろうか。
もし普通に『魔導鬼』のことが大嫌いだったら、ジルとレイの関係はめちゃくちゃだ。殺し合いになったりするかもしれない。
加えて勝手にバラしたホープとレイの関係もめちゃくちゃになる。レイが殺してくる――のは万々歳だが、彼女にだけはあまり嫌われたくない。かもしれない。
だが『普通』は『魔導鬼が嫌い』なのだ。
多くの人はそうなのだ。
ならば、
「本当にごめん……それも言えない」
こんなこともしたくはないが、ジルとの友情を切り捨てる他ない。
30秒近い逡巡の後、ホープはそんな答えを出した。
「ふーん。いいけど」
「隠し事ばっかだな、おれ……」
「人って、そういうもの。気にしないよ」
対して、ジルは友情を終わらせないし、問い詰める気もない。
――なぜなら、ジルはレイの正体が完全にわかってしまったからだ。
言っていないがレイの手が赤いのは見た。『魔導鬼』なのではないか、という予測はついた。
そしてずっと彼女と行動を共にしていて知っている可能性の高いホープに聞くと、彼は30秒も悩み込んだ末に、教えないという結論に至った。わかりやすい男だ。
つまりレイは全身の肌が赤く、魔法が使える『魔導鬼』で確定というわけなのである。
だからといって、どうということも無いが。
「何で突然そんなこと聞いたの、ジル?」
うまく誤魔化せた、と思っているマヌケなホープは知らんぷりして会話を続行。
「あの仮面じゃ、ホープと、キスもできないな、と思った。それだけ」
「『それだけ』じゃないよ!? いつの間にどうしてキスの話になったの!?」
「……気づいてないの?」
「……え?」
ジルの上目遣い、という不意打ちにドキッとしている場合ではないだろう。
彼女の意図を汲み取らなければ……
「あぁ、そういうことか」
手をポンと叩いたホープは、
「ごめんよ、ジル。イザイアスみたいな汚い男とキスする羽目になっちゃってさ……おれがもう少し早く戻ってれば」
「っ」
がくっ、とジルがズッコケた。
真剣に話すホープには、どうしてそんなことをするのか意味不明でしかない。
本当にあれは乙女心とかプライドとか、そんなものズタボロにされたろうから。
「そもそもあの場は、おれが君の指示を鵜呑みにして逃げたところから間違ってた。逃げる前に君の手を引いて一緒に走れば良かったんだ、そしたら怪我は勿論キスとかもあり得なかった。本当にさ、もし仲間になるんならおれはずっとこうやって迷惑を掛けると思うよ、君だけじゃなく皆に。いつもおれって後手に回っ――んぶっ!?」
目を瞑って喋りまくってたホープの唇に、何か当たって驚く。
見てみると、それはジルの人差し指で。
「ん……」
彼女はその人差し指を、今度は自身の唇に当てた。
「はい。これで、帳消し」
「あ」
何だ今のは。
ジルの指を介したホープとジルの間接キス、ということか。それでイザイアスの分を打ち消したと?
「ジル……嘘つかないで、おれにそんな価値があるわけない。こんなんじゃ……こんな簡単に君の心は癒えないはずだ。違う?」
無理だ。ホープの唇のどこに、他の男のキスを帳消しにする魅力があるというのだ。
ジルの強がりにはさすがのホープも呆れて――
「本当は、帳消し、する必要も無い」
「はい? ……どうして?」
今のジルは、少なくとも強がっているようには見えなかった。
そして、彼女は、ホープからの問いの答えを簡潔に素直に述べるだけだった。
「男は、いらない」
ジト目で無表情ないつもの端正な顔立ちに、いつもとは違う影を落として。




