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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第二章 生存者グループへようこそ
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第87話 『非・芸術的』



「これは……ど、どうなってるんですか……?」


 軍基地へ向かって歩いていた三人(と背負われる一人)。

 もうすぐ着くはずだが足を止め、その中の一人であるジョンが呟いた。

 彼が首を傾げるのも、無理はなかった。


「アァ"ッゥ」


 道路の上、数体のスケルトンがいる。

 別にそれは不思議でも何でもない。


 違うのはその見た目で、


「カラフルじゃないですか〜、かわいい〜!」


 メロンが目をキラキラさせる。スケルトン一体一体の全身に、なぜか色が付いているから。

 バリエーションは豊かだ。赤だったり青だったり黄色だったり、紫や橙、色んな色がゴチャ混ぜという感じ。


 しかし、


「かっ、可愛いかどうかは置いといて、どう見ても色が塗られてますよね? 生存者が、い、いるんでしょうかね」


「別に普通のスケルトンみたいだしな」


 ジョンとリチャードソンが言うように、特別なスケルトンだとか種類が違うとか、そういうわけではなさそうで。

 人間がスケルトンの体に、絵の具で彩色を施したと考えるのが自然だ。


「悪趣味な……お、良いのがある」


 カラフルだろうが白一色だろうが、スケルトンは邪魔なのだから退かすしかない。

 一言ボヤいたリチャードソンは、車が衝突してへし折れている道路標識を見つける。

 それを拾って、


「ほらよっ『止まれ』!」


「ウク"ァッ」

「オ"ォッ」


 寄ってくる無駄にカラフルなスケルトンたちを、豪快に薙ぎ払う。若い男を背負ったまま。

 標識のリーチの長さとリチャードソンのパワーが組み合わされ、周囲の敵を一網打尽にできるのだ。


「ふん!」


 今度は頭上から振り下ろし、『STOP』と書かれた部分で頭蓋骨を真っ二つにしてやる。


「良い武器を拾いましたね! ぼ、僕もバットで加勢して……あっ」


「まだまだいくぜぃ!」


 向かってくるのは半分ブルーで半分ピンクに塗られたスケルトン。リチャードソンが標識を構える。

 ――ジョンが間一髪のところで、


「リチャードソンさん、ダメです!」


「あ!?」


 彼の攻撃を止めさせる。

 メロンが首を傾げて、ジョンに事情を聞く。すると、


「な〜るほど、妙な敵がいるみたいですね〜。リチャードソン、こっちに来てくださ〜い!」


「あ? お、おう……」


 リチャードソンが目の前のスケルトンから離れると、メロンは即座に銃を構え、



「お手並み〜拝見!」



 笑顔で、あのスケルトンの顔面を撃つ。

 リチャードソンが銃声について警告しようとしたが、叶わなかった。


「――――――!!!!」


 超巨大な、爆発音。


 もちろん銃から出た音ではない――前を向けば、粉々になって炎と黒煙を発するスケルトンの残骸が転がっている。


「どう……いうことだ? 攻撃すると爆発する新種か?」


「い、いっ、いいえ違います……あのスケルトンの頭から機械のような音が聞こえて、まさかとは思ったんですが、()()が仕込まれていたようです」


「スケルトンで塗り絵した生存者は、ただの悪趣味なんて生ぬるいもんじゃないですね〜。これは厄介ですよ〜」


 厄介。それはメロンの言う通りで、


「どれが爆発するのか、わっ、わかり難い。ど、どんなに邪魔でも、下手に倒せないじゃないですか!」


 道いっぱいに広がるカラフルスケルトンたちだが、当然どれが爆弾入りかなど見分けがつかない。


「まぁ群れみたいにギッシリ詰まってるわけじゃないからな。避けて進めば……待て。眼鏡の坊主、どうして爆弾の音がわかったんだ?」


「ぼ、僕は耳が良いんです。言ってませんでした?」


「おいおい爆弾の音なんか全く聞こえなかったぞ! 立派な特技じゃねぇか……ったく、お前さん話してれば辛い目に遭わずに済んだのに」


 額を指で押さえながら、リチャードソンは大きなため息をつく。

 ――これ以上は若者を死なせたくない。


 それでも進まなければ。


 三人は軍基地の方向……つまり、彩り豊かなスケルトンたちの中へと歩いていく。



◇ ◇ ◇



「オー、爆破されて四方八方に飛ぶ人体……オー、オー、ワ―――ォ! なんと芸術的(アーティスティック)!!」


 彩色したスケルトン爆弾の餌食になり、道路に転がる死体を見て笑う者。

 キャンバスに筆を走らせる彼は『画家』。


「カラフルスケルトォンのロシアンルーレ―――ット!! ミーのセンスは神の領域ネ!!」


 彼が描きたい絵を描ききる時、いつも赤い絵の具が尽きる、尽きる。もっと要る。

 またこの死体や、狂人から()を貰おう。


 指先で絵筆を回しながら、そんな呑気なことを考えている『画家』だったが、


「ん? 妙な気配を感じマ――ス……」


 『画家』の後方には、今まさに次の標的を爆発せんばかりのカラフルスケルトン軍団。

 三人程度の男女がそこへ招かれるのは見えたが、一向に爆発しないような……


 まさか、と思いながら振り返る。


「マンマミ―――――アッ!?!?」


 突っ込んでいった三人が、三人そっくりそのまま抜け出てきたのだ。

 背負われるもう一人も健在。


 いくらかカラフルスケルトンが死んでいるようだ。

 爆弾入りを引かなかったとは、何という強運の持ち主たち――


「ベレー帽にチョビ髭……どこぞの芸術家でも気取ってんのか?」


「こ、このスケルトンたちは、あ、あなたの仕業ってことでいいですか? 僕ら苦労しましたよ」


「でもこのメガネのジョンが〜、爆弾の音全部聞き分けるっていうイカレポンチの特攻持ちだったんですよね〜!」


 意味不明なんですけど、と眼鏡の青年がツッコミを入れている。

 だが『画家』はそれどころじゃなかった。



「あり得ないデース! 間違っていマース!!」



 爆弾の音を聞き分ける? 嘘だ、おかしい、誤っている、この芸術的な罠は昨日仕掛けたばかりなのに。もう破られた? もう?


 許せない。


「死ぬがいい、デ――――ッス!! ユーたち……いや人間のような下劣な種族、ミー以外は死んだ方が価値がありマースね! 死んで芸術的(アーティスティック)におなりなさいネ―――!!」


 銃を懐から抜き取り、『画家』はあの二人組に向かって撃ちまくる。


「隠れろ!」

「わあっ!」


 小太りの男が青年を突き飛ばしつつ駆け出し、車の裏に隠れる。

 何度も車の方向を撃つがそうそう当たらない。


「ユーたち二人、すぐに芸術(アート)をわからせてや……ん?」


 弾切れの銃をリロードしながら『画家』は、ある違和感に気づく。

 と思いきや、


「あれ!? め、めっ、メロンさんは!?」


「いねぇのか!? 撃たれたか!?」


 こちらよりもっと動揺している二人が、車の影でドタバタと慌て始める。

 ――そうだ、最初は三人組で


「気づくのが遅すぎです〜! 赤ちゃんからやり直して〜……どうぞ!」


「べっ!?!?」


 背後からの声音に振り向くと同時、容赦なき拳が『画家』の頬を打ち抜いた。

 打たれた頬の痛みを感じる間もなく、彼は意識を手放していった――



◇ ◇ ◇



「ん……お……? ミーはどこに……?」


「起きましたか〜! まったく寝ぼすけさんですね〜うりうり〜!!」


「アウチ! アウチ!」


 目を覚ました『画家』だが、視界は真っ暗で何も見えやしない――何だか窮屈だ。

 隣からは聞き覚えのある、少女のような可愛い声がして、寝起きの一発とばかりに頬をつねってくる。


「な、何デースこれは!? 前が見えナ―――イよ!」


「そんじゃ〜見せてあげまショ〜タイム!」


 少女によって目隠しが外される。


 ここは車の助手席。若草色のポニーテールを結び直す少女は運転席に座っている。

 少女は自由だが『画家』は、


「オー!? んなっ、何を、何して、ミーを解放してくださいデ―――――ス!?!?」


 助手席のシートに完全に縛り付けられ、全く身動きが取れないらしかった。

 無言の少女はニコニコしているが、拘束を解く気は無いらしい。悪魔のようだ。


「この車、偶然にも鍵が挿しっぱなしでしてね――かっ飛ばしますよ〜! 準備良いですか!?」


「は!? は!? ――オーマイガッ!」


 少女は笑顔の崩れぬまま、猛烈な勢いでアクセルペダルを踏み込んでいく。

 前を向いた『画家』は、一人なのに阿鼻叫喚という言葉がピッタリな混乱ぶり。


 なぜなら、


「カラフルスケルトォン!? しかもこ――れ、ユーたちが爆弾入りだけ残した――」


「だから『掴まってろよ相棒!』って言ったんじゃないですか〜! やだな〜もう!」


「ミーの知らない記憶デース!? あ、あぶな、あぶあぶあぶ―――――ッ!?」


 車がスピードを緩めず色付きスケルトンを轢く。

 もちろん、


「――――!!」


「ギャアアア!? 死にマース! 死にマース!」


 フロントガラス一枚挟んだ先で、大爆発が起こるという珍事態。

 なぜ自分らが生きているのか逆にわからない。


 少女は爆発も意に介さず、爆炎の中を相変わらずの猛スピードで突っ込んでいく。


「ノ――ォッ! ノ――ォ……」


 焦りまくる『画家』のリアクションすら意に介さず、別のスケルトンを跳ね飛ばし、


「――――!!」


「ひぃぃぃぃ!?!? もう辞めましょ――うヨ!」


 今度は吹っ飛んでいったスケルトンが、少し後ろの空中で大爆発。

 助手席側の窓が豪快に割れる。


 当然『画家』の制止など無意味であり、


「まだまだ行きますよ〜!」


「ギャアアア!?」


「――――!!」


「や、やめ――」


「――――!!」


「ちょっ――」


「――――!!」


 少女はハンドルを右へ左へめちゃくちゃに動かし、色の付いたスケルトンたちを次々轢いていく。

 その都度爆発が起こり、車のボンネットからとうとう火が出始めた。

 なぜ今まで大丈夫だったのかの方が不思議だが。


「ではフィナーレ行きましょ! あ〜そうです、話したいことがあるんですが『画家』さん!」


 キキィッ、と急ブレーキで車が止まり、少女が相変わらず元気に話しかけてくる。


「ぜぇ……ぜぇ……な、なに?」


 汗びっしょりでとにかく俯くしかなかった彼は、恐る恐る前を見てみる。

 やはり、そこには恐ろしい光景(フィナーレ)が待っていた。


「マンマミーア……ノォッ、ノォッ!!」


「カ"ァッ、ァカカ"」

「ウォオ"オ"」


 ロープで一つにまとめられた、10体以上のカラフルスケルトンたち。

 仕掛けた本人である『画家』だからわかる。色の塗り方などでだいたい判別できる。


 ――アレは全部爆弾が入っているのだ。



「私バカですから〜芸術とか、からっきしです。でも一つだけわかることがありますよ〜」



 のほほんとした話題に反して、彼女はものすごい勢いでアクセルペダルを踏んでおり、それに合わせて普通の車がレーシングカーのように唸りながら超加速。


 ――あの爆弾の束に突っ込むのだ。



「人の命は、芸術ではありません。玩具でもありません――単なる自然現象です」



 もはや何も考えられなくなった『画家』は反論しないで、うなだれる。

 このままだと少女も自殺することになるのかと思っていたが、



「あ、私はまだ若いので〜キャピキャピし足りないので〜緊急離脱!!」



 猛スピードの車から、彼女は飛び降りた。ニコニコと笑顔を絶やさずに転がっていった。

 『画家』は、動けない。考えられない。


 終わりだった。




「マンマミーア――――――――――」




 ――大都市アネーロ全体に響くほどの爆音。ビルディングがさらに反響させる轟音。

 逆巻きながら天へと昇っていく炎を、包み込むように黒煙が立ち込めて。

 その黒き龍は高く高く、『勝利』を祝福した。


「問題は、ここが軍基地の近くってこった……急ぐぞ。街じゅうのスケルトンが集中しちまう」


 目を細めて狼煙を見上げたリチャードソンは、哀愁の漂う呟き。一息ついて歩き出す……気絶する青年という余計な荷物を背負いながら。

 ジョンが賛同して、彼についていく。


 そして、


「あれ? あの〜、私ちょっと転がって怪我しましたけど〜!? この英雄に労いの言葉も無しですか〜!?」


 メロンも、さすがに呼吸を荒くしながらだが、走ってついていこうとしていた。



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